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EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境

EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境_c0315619_14482362.pngEUが2019年に決議した歴史認識の転換の問題について、少し付言をしたい。5月17日放送の報道1930の中で森本敏が、ウクライナ戦争終結後の東欧情勢が不穏化するという予想を示していた。今、ウクライナにNATO諸国からこれでもかと最新鋭兵器が大量供給されていて、すべて無償であり、ウクライナは短期で軍事大国になりつつある。欧州で圧倒的な軍事力を持った国になっていて、戦争が終わった後、東欧の軍事バランスは一変、各国がウクライナを警戒する新たな緊張状態が生じるだろうと述べた。

現時点のマスコミ論者の観測では、この戦争でロシアは敗北し、侵攻後に占領した地域はすべて奪還されるという展望になっている。東部ドンバスでロシア軍が敗退した後、ヘルソン攻防戦が始まり、8月頃までに南部進駐のロシア軍が全滅一掃されるというのが多数の見方だ。18日の報道1930では、ゼレンスキーが、クリミアを交渉で取り戻すと語っていたと紹介された。テレビの報道番組に出演している解説者(西側大本営御用論者)の説明を聞くと、アメリカは、クリミア奪還を武力で決行する戦略に消極的な様子が窺える。




EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境_c0315619_14344169.pngクリミアはロシアに編入されてすでに8年経ち、住民の構成がロシア語母語のロシア人だけになっている。そこにウクライナ軍(NATO)が突入すると、強烈な抵抗と反撃に遭い、半島全体でパルチザン化した住民のゲリラ戦が長期化し、ウクライナ軍が疲弊してしまうという判断があるようだ。森本敏も、小谷哲男も、年内のクリミア奪還作戦には反対の意見を並べた。小谷哲男のコメントは、アメリカ・CIAの意向のダイレクトな表明である。「交渉」でクリミアを取り戻すという意味は、8月以降にはプーチンが失脚して、「交渉」に応じる相手がロシアに出現しているという意味だろう。

米英とウクライナは、今、非常に楽観的な戦局見通しに立っていて、プーチン失脚を確信し、それを前提した工程表で戦争に臨み、戦後の構想を練っている。ひとまず、彼らの見込みどおりに戦争が終わると仮定して、そこにEUの新歴史認識がどう絡むかを考察しよう。核戦争エスカレーションの破局に至らず、ロシアが何の手出しもできず、一方的に封じ込められ、アクーニンの予言するように完敗と国家分裂の事態になった場合の想定である。まず、そのときは、前の記事で書いたように、確実にベラルーシでカラー革命が起き、連動して西隣のカリーニングラードが焦点に浮上している。


EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境_c0315619_14345624.pngこんな飛び地は邪魔だから欧州に取り戻せという声が上がり、ドイツとNATOの欲望が疼き、勝ち戦の勢いのまま、包囲と攻略の着手実行へ歩を進めるだろう。ロシアにとってはあからさまな国連憲章違反の侵略である。だが、ここが肝心なポイントだが、2019年にEU議会が決議した新歴史認識は、この侵略を正当化する思想的余地を伏在させているのだ。敢えて言えば、カリーニングラードのロシア領有を無効化する根拠を、その論理的必然性と観念的推進力を与えている。そこがこの決議の悪魔的な要素だ。本質的矛盾だ。長きにわたって欧州を安定させてきた思想的基盤を崩し、EUによるロシア侵略を正当化するイデオロギーの爆弾が仕込まれている。

カリーニングラードのソ連編入が正式に決定されたのは、1945年7月のポツダム会議においてだが、実際の中東欧全体の線引きは同年2月のヤルタ会談で密約されている。ヤルタ会談の最も重要なアジェンダは、ポーランドの国境をどうするかという問題だった。結局、スターリンの要求どおりにカーゾン線で東部国境を引き、オーデル・ナイセ線まで西部国境を移動させる決着になる。39年の独ソ不可侵条約・秘密議定書でスターリンがぶんどったポーランド東方領土が、そのままソ連領有で固定化される結果となった。名前がないので旧ポーランド東方領土と呼ぶことにするが、きわめて面積が広大で、旧領土全体の4割以上になる。


EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境_c0315619_14474352.pngこの広い領土は、北を白ロシア共和国に、南をウクライナ共和国に編入され、今日までずっと不動だ。リヴィウも含まれる。2019年のEU決議・新歴史認識は、第二次世界大戦の定義を変え、従来の概念を根本から覆すもので、この1939年の独ソ不可侵条約(ポーランド分割)を大戦の起点とし、決定的契機として断定し弾劾するものである。すなわち、真っ向から独ソ不可侵条約の歴史を否定し、そこから派生した所産を白紙化する意義と目的性を持つ。つまり、現在のEUの思考においては、カーゾン線のポーランド東部国境は邪悪で不当なものになるのだ。ソ連共産主義という全体主義が暴力で押しつけた線引きであり、嫌忌すべきだという態度になる。

この問題と、森本敏が言うウクライナ戦争後の東欧の新軍事バランスがもたらす緊張関係の問題が重なる。現在、ポーランドとウクライナは蜜月以上の同志関係にあり、同盟国以上に強い絆で結ばれている。まさに二人三脚一心同体で宿敵ロシアと戦っている。だが、ロシアが敗戦して小さく萎縮・後退し、欧州前面に勢力を失ったとき、その現状は一気に化学変化を起こして逆転してしまう。ロシアという巨大で強大な脅威が除去され、いわば、宿願を半ば遂げたポーランドは、当然、嘗ての広大な東方領土への郷愁を復活させるだろう。この戦争でポーランドはNATOの最前衛として獅子奮迅の活躍をした。関ヶ原の井伊直政とか黒田長政の功績である。


EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境_c0315619_15162538.png家康たる米国に殊勲の褒美をねだる立場だ。加えて、2019年のEU決議・新歴史認識のお墨付きがバックにある。新歴史認識はカーゾン線の意義を否定している。時が来、条件が充ちれば、カーゾン線の呪いを粉砕して失地を回復できるという意識づけをポーランドに与えている。現在もそうだが、この戦争の後特に、ポーランドは鼻息がすこぶる荒い国となり、自信に漲り、自我と自尊と自負に遠慮しない国になると想像される。そのポーランドと、軍事大国となったウクライナが向き合う形になる。ウクライナ西部の広大な空間が、旧ポーランド東方領土(の南半分)であり、しかも、そこは中世のハールィチ・ヴォルィーニ大公国の領土なのだ。

ガリツィア(ハリチナー)。現在のウクライナの正統たる、バンデラ嫡流の極右民族主義の揺籃の地であり、ウクライナにとって非ロシア的契機が充満するところの、まさに反ロシアのアイデンティティとナショナリズムの根源地に他ならない。ロシアという共通の大敵が倒れたとき、間違いなく、この二国は緊張関係に入るだろう。ポーランドは、幾度も幾度も領土を削り取られ、国土を分割された不幸な歴史を背負う国であり、スターリンに強奪された地がウクライナ西方にある。一方、ウクライナにとって、そこは神聖な民族の地であり、ウクライナとロシアの同一性一体性を否定する根拠のあるシンボリックな地である。両者譲れず、摩擦に転化して不思議はない。


EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境_c0315619_15291863.png付け加えて言うと、第二次大戦中にスターリンが乱暴に削り取った土地は、ポーランド東方領土とフィンランド東方領土の他にもある。ルテニアがある。正確な呼び名は、カルパティア・ルテニアだろうか。ウクライナの西端の州であり、嘗てはハプスブルク帝国のハンガリー王国領だった。第一次大戦後にチェコスロバキア領となり、曲折を経て第二次大戦中の1944年にソ連軍が進軍、戦後にウクライナ領に編入する。Wiki の情報を見ると、2008年にウクライナからの独立を求める動きがあったと記載がある。特に紛争はないが、民族的歴史的に複雑な土地であり、ハンガリーやスロバキアが関心を示してもおかしくない。が、そのときは、軍事大国ウクライナが剣を抜くだろう。

さらにもう一か所。ルテニアよりもっと小さな狭い土地だが、北ブコヴィナという場所がある。やはり嘗てはハプスブルク帝国領の一部で、第一次大戦後にルーマニア王国領となり、1940年にナチス勢力下にあったルーマニアからソ連軍が占領。これまたスターリンがウクライナに編入する。基本的に、2019年のEU新歴史認識に照らせば、ここもソ連共産主義に不当に侵略・奪取された不幸な領土となり、問題の土地としての性格を持つ。ルーマニアが領土主張してもよいという蓋然性が生じる。この土地を、ソ連がモルダビア共和国ではなくウクライナ共和国に編入したのは、どうやら理由があり、中世にキエフ大公国に属していた過去があったからだと推測される。


EUの新歴史認識がもたらす戦後東欧の不安定 - 軍事大国ウクライナの西側国境_c0315619_15243453.pngここも事情と背景は同じであり、今は何事もないけれど、もし将来ルーマニアが関心を向けるようであれば、軍事大国のウクライナが剣を抜くに違いない。以上、小括するなら、2019年のEU決議・新歴史認識は、いずれウクライナの西側国境を不安定にし、この地域に新たな領土問題を惹起させる可能性がある。スターリンがウクライナに与えた西方領土(3か所)の正統性を失効させているからだ。ロシアというEUの敵が存在し、東から圧迫を受ける巨大岩盤があったときは、何も問題なく済んだ。ロシアを打倒・弱体化するための武器としての歴史認識・イデオロギーの役割で済んだ。だが、目的が果たされ、ロシアが弱小化した戦後、この新歴史認識の意味は大きく変わり、東欧の紛争の種となる。

軍事大国となるウクライナは、今度は、西隣の諸小国から部分的に領土保有の正統性を牽制され得る立場になる。戦後に軍事大国化するウクライナが、嘗てのロシアのような立ち位置と役回りを演ずる皮肉と戯画になりかねない。



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by yoniumuhibi | 2022-05-19 23:30 | Comments(0)


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