5月9日プーチン演説への少数派の意見 - 神秘主義と焦土作戦の脈絡

アメリカ合衆国は、特にソビエト崩壊後、自分たちは特別だと言い始めた。その結果、全世界のみならず、何も気付かないふりをして従順に従わざるを得なかった衛星国にも、屈辱を与えた。しかし、われわれは違う。ロシアはそのような国ではない。
われわれは、祖国への愛、信仰と伝統的価値観、先祖代々の慣習、すべての民族と文化への敬意を決して捨てない。欧米は、この千年来の価値観を捨て去ろうとしているようだ。この道徳的な劣化が、第2次世界大戦の歴史を冷笑的に改ざんし、ロシア嫌悪症をあおり(以下略)。
われわれは、祖国への愛、信仰と伝統的価値観、先祖代々の慣習、すべての民族と文化への敬意を決して捨てない。欧米は、この千年来の価値観を捨て去ろうとしているようだ。この道徳的な劣化が、第2次世界大戦の歴史を冷笑的に改ざんし、ロシア嫌悪症をあおり(以下略)。
プライムニュースで演説が放送され、字幕が付されているのを見たが、NHKの内容と少し異なり、ヨリ正確な翻訳だった記憶と印象がある。が、残念ながら映像ソースがなく確認できない。

真実の暴露であり、本質的な批判だ。フランスなど欧州の知識人がこれをどう聞き、どう思ったかは不明だが、私の解釈では、プーチンがここで象徴的に意識し、原稿校了時に念頭に描いた具体例は、おそらくアメリカと日本の関係ではないかと思われる。私の想像力は、このプーチンの衛星国批判に着目し、おのずと日本の矛盾を顧みて共感する方向に向かう。プーチンの発言の趣旨がこのとおりであったのなら、この一節についてはアグリーだ。正論だ。プーチンが日米関係の真実を代弁している。われわれは、アメリカから屈辱を受けている。

柔道や空手や剣道で高位有段の達人になる外国人は、基本的に親日の傾向と心情が強く、日本の文化や伝統や歴史について積極的に学び、吸収し、自己の人格や教養の一部としている者が多い。日本を理想化し、日本の武道とその思想を偶像崇拝している者が少なくない。武道は日本の大事なソフトパワーである。プーチンが柔道を始めたのは14歳のときで、小柄で体力の虚弱な不良少年が、喧嘩で強い大男相手に勝ちたい一心で始めたのに違いない。「柔よく剛を制す」。他の男の子たちと同じく、この理念に惹かれ憧れたのだろう。

プーチンは69歳だから、青年期から壮年期に見た日本は、奇跡の高度成長を遂げて、製造業と経済で世界を席巻した国である。その日本の成功と繁栄は、武道に体現される日本人の精神性に由来し、独自で崇高で独立不羈のものと映る。その日本が、自らアメリカに従属し、飼い犬のようになり、強みを失い、開発力と生産力のない二流国に落ちぶれて行くのを見て、プーチンは何事かを感じたのに違いない。アメリカと張り合う位置にまで強大化した中国と較べて、日本の低迷と凋落に思いを馳せ、その内実と過程を分析し、アメリカの手口の恐ろしさに感じ入ったのだろう。

プーチンとロシア人の目には、それは欧州の自滅とロシアの危機に映るのだ。事は単に、NATOという集団的自衛権の軍事同盟によって敵指定され、封じ込めを受けているという安全保障上の危機だけではない。まさしく、ハンティントンの『文明の衝突』的な構図で、西欧とは異質の文化文明で近現代を生きてきたロシアが、その生き方を根本から否定される存亡の危機に他ならない。アメリカは、リベラル・デモクラシーという形での、アメリカの政治思想と体制しか普遍的と認めないのであり、嘗てソ連が共産主義を東欧諸国に押しつけて子分にしたように、他を属国化するのである。

私はロシア思想史には無知同然の素人だけれど、森安達也がどこかで、ロシア正教の神秘主義的特徴について語っていたのを思い出す。話が脱線して恐縮だが、例えば、コミュニストが歌う『インターナショナル』は、オリジナルのフランス版とソビエト・ロシア版ではかなり趣が違っている。フランス版原曲はシャンソンのように軽快な響きであるのに対し、ソビエト版は荘重過飾で重々しく交響曲的に設えている。それから、マルクス主義の「全般的危機」論も、いかにもロシア的な宇宙崩壊的な概念で、聖書の黙示録を連想させる。マルクスではなくソ連共産党(コミンテルン)発案の性格が滲み出ている。

戦争の行方への見方として、第三次世界大戦・核戦争が必至という悲観的リアリティは、ロシア国内でじわじわと影を濃くしているようだ。この感覚は決してプーチン政権周辺の一部だけのものではない。ロシアはすでに「窮鼠猫を噛む」段階ではなく、「肉を切らせて骨を断つ」から進み、「毒を食らわば皿までも」「死なばもろとも」の追い詰められた心理に達している。1945年の日本の「一億玉砕」の狂気に近づいている。何と言っても、ロシア軍のパフォーマンスは悪く、戦況は不利で、通常戦力ではNATOに歯が立たず、ロシアには核のカードしかないのだから。ロシア人の誰もが悟り始めている。敗北か核戦争か二者択一を覚悟せざるを得ない局面が来ると。

ロシアを国連人権委から追放する決議案に対して反対棄権した諸国の人々の意識は、おそらく私に近く、二つの基軸に対して冷ややかな視線だろう。そのイデオロギー性(侵略性)を看破し、欧米グローバル資本主義を正当化し地球ローラー化するための二本の柱だと警戒しているはずだ。一方、先進国の人間、日本の人間はどうだろう。例えば、社会主義の思想は、この二つの基軸に対してどう対応するだろうか。また例えば、日本の戦後民主主義の思想は、二つの基軸に対してどうだろうか。ロシアは独立国だとプーチンが言う意味は、二つの基軸で簡単に攻め落とされないぞという意味であり、ロシアには正教を伝統とする文化と価値観があるのだという自己主張である。

最後に、何度も念を押すが、だからと言って、国連憲章違反の侵略戦争が正当化できるわけではない。この点を何度も執拗に確かめてくる者がいるので、何度でも念を押して断言しておく。





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by yoniumuhibi
| 2022-05-10 23:30
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Comments(2)
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