左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る

・ 唐衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてそ来ぬや 母なしにして
・ 我が妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず
・ 我が妻も 画にかきとらむ 暇もが 旅行く我は 見つつ偲はむ
・ 防人に 立ちし朝けの 金門出に 手放れ惜しみ 泣きし児らはも
・ 我が妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず
・ 我が妻も 画にかきとらむ 暇もが 旅行く我は 見つつ偲はむ
・ 防人に 立ちし朝けの 金門出に 手放れ惜しみ 泣きし児らはも
戦意発揚と戦勝祈願の作品で有名なのは、まさに支配階級の中心にいた額田王が、遠征途上の愛媛県で勇ましく詠み上げた一首だけだろうか。古の防人の歌があったから、与謝野晶子の反戦歌に繋がるのだ。

それは、知識人として必要なことで、知識人に求められたことだった。なぜなら、今日と同じく、マスコミでは絶えず改憲派による怒濤の波状攻撃があり、手抜きのない絨毯爆撃が続き、世論を改憲方向に洗脳し誘導するプロパガンダの散布作戦があったからだ。改憲派があの手この手で新説を繰り出し、9条を卑しめ、貶め、無価値化する攻撃と策動を続けたからである。理屈と言葉の戦場があり、9条を守るために絶えず防戦し、抵抗し、陣営を覚醒させなければならなかった。タッグ・オブ・ウォーがあったからだ。理論武装が必要だったからだ。

1998年以前に、兆民の古典を憲法9条の思想的源流として発掘し、その画期的な思想史的事実を広く案内した者が誰かいただろうか。私は知らない。いてもおかしくないはずだが、不思議なことに - 文語体の原文だった所為なのか - みな見落としていた。改憲右翼側が平和憲法を叩くときの常套句は、押しつけ憲法論であり、それが日本人の伝統とは無縁だという難癖と罵倒である。護憲側には弱点だった。だから、護憲勢力の課題として、鶴見俊輔も言うように、9条平和主義が日本人の思想的伝統である史実を探し、証拠として挙げ、反論して論破する必要があったのだ。

もう一つ、柳生心陰流の無刀取りの歴史がある。これは未だ整理して記事化していないが、9条論の上で有意味な着想だと考えている。これもまた、戦後のどこかで誰かが理論化していてよい政治思想史の素材のはずだけれど、特に学説として問題提起されておらず、政治学者が怠慢して放置した状態にある。重要なのは、家康がこの武芸と思想を幕府の安全保障政策の基軸として採用し、柳生家を国防相たる公儀兵法指南役に据えた決定的事実である。政治学はこの意義を見落としてはいけない。平和と安定のための活人剣の選択と定置。カリスマ家康の政治的天才に感服し脱帽する。

まさしく、新陰流無刀取りは憲法9条ではないか。平和国家建設の理念の定礎ではないか。戦国と德川泰平を境する元和偃武の柳生兵法は、明治からの戦争国家と平和日本との境に憲法9条が置かれた歴史の先行例となる。アナロジーの構図を描いて抜群の説得力が出来する。こうして考えると、日本には、明治期にも兆民の洋学紳士の非武装立国論があり、また、家康が採択して制度化した活人剣思想があった。いろいろな歴史段階でいくつも憲法9条の契機がある。賀来千香子の幕末の先祖が行った、大砲鋳造用の反射炉の建設と破壊も典型的だ。平和実現のための武力放棄の英断と美挙がある。

その観点から見たとき、現在の左翼業界の定番文化人はどうだろう。その資質と水準と業績はどうだろう。私は、護憲派の勢力が弱体で改憲派に小突き回されているのは、何より言葉がなく、貧相で、知識人がいないからだと思う。5月3日の有明集会の様子が動画で上がっていて、壇上のスピーチが聞けるが、どれも力強さがなく、聴衆をエンカレッジする言霊の熱がない。中野晃一の発言など退屈なルーティントークそのもので、熱意も工夫も準備も演出もない。マンネリな視点と単語の羅列であり、身内だけで通じる卑弱な言葉だ。感動がない。こういう場面で常に絶妙の役割を果たした寂聴は、天国で何と言うだろう。

香山リカが5月3日のツイッターで憲法について何も語ってないのは、知識と関心がない所以もあるが、別の理由が伏在する可能性もある。読者からタレコミのメールが来て、先月下旬の某動画チャンネルで、野間易通が9条改憲に賛成し、核武装にも賛成すると明言したらしい。しばき隊とSEALDsが9条改憲賛成派であることは、7年前の安保法制時から一貫しているが、今回は核武装賛成にまで歩を進めたようで、極右の安倍晋三と同じ位置にまで遂に踏み込んだ。香山リカは人も知るしばき隊の熱心な活動家であり、こうした状況と推移を受けて、憲法記念日の無関心の態度表明となったのかもしれない。

津田大介や香山リカに既成左翼のロートルが群がり、神輿に担いでポリコレ言説に夢中になり、9条の危機を等閑している現状こそ、この国の絶望の真の正体だと言える。改憲と護憲はタッグ・オブ・ウォーの熾烈な戦いであり、改憲派は手を抜かないのだから。5月3日の憲法記念日は神聖な日だ。護憲派の言葉がなくてどうするのか。







by yoniumuhibi
| 2022-05-07 23:30
|
Comments(2)

ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。

保守、リベラルともども現在の状況を利用し憲法改正、再軍備容認、核武装論をおおっぴらにするとは世も末といった感じです。
不思議なのは現政権、与党始め憲法改正、先制攻撃論をぶち上げる人が同時に非常なロシア侵略批判者でもあることです。論理的には彼らも武力によって相手を押しつぶすことを容認しているのだからロシアの行為を批判できる立場ではないと思います。
剣を持つものは剣に倒れるとはキリストの言葉ですが無刀取り、そして日本の古くからの伝統、そして現行憲法にも通ずる良い言葉だと思います。
日本はこの70年に限らず歴史的に中国大陸、朝鮮半島と長期にわたる互恵関係を築いてきました。日本列島には反戦平和を基礎にした周辺諸国との関係を容易に維持できる地政学的文化的条件がしっかり整っているのだと思います。
しかし、明治以降は英国、そして現在は米国の地政学上のチェスボードに振り回され自らの進むべき最良の道を見失ってしまっているのです。平和憲法こそが私達の未来への正しい道を照らす希望だと今こそ益々実感しています。
日本はただでさえ地震、台風、津波といった多くの自然災害とそれこそ永久に戦わなければなりません。この上隣国との戦争への準備など狂気の沙汰としか言いようがありません。
不思議なのは現政権、与党始め憲法改正、先制攻撃論をぶち上げる人が同時に非常なロシア侵略批判者でもあることです。論理的には彼らも武力によって相手を押しつぶすことを容認しているのだからロシアの行為を批判できる立場ではないと思います。
剣を持つものは剣に倒れるとはキリストの言葉ですが無刀取り、そして日本の古くからの伝統、そして現行憲法にも通ずる良い言葉だと思います。
日本はこの70年に限らず歴史的に中国大陸、朝鮮半島と長期にわたる互恵関係を築いてきました。日本列島には反戦平和を基礎にした周辺諸国との関係を容易に維持できる地政学的文化的条件がしっかり整っているのだと思います。
しかし、明治以降は英国、そして現在は米国の地政学上のチェスボードに振り回され自らの進むべき最良の道を見失ってしまっているのです。平和憲法こそが私達の未来への正しい道を照らす希望だと今こそ益々実感しています。
日本はただでさえ地震、台風、津波といった多くの自然災害とそれこそ永久に戦わなければなりません。この上隣国との戦争への準備など狂気の沙汰としか言いようがありません。
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