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左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る

左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_16004265.png鶴見俊輔は、2004年に「九条の会」を立ち上げたとき、明治以前からの日本人の知恵を自分たちの心の中に掘り起こすことによって、9条を守り支える心構えを作ることができるのだと言っている。そして具体的に、万葉集の防人の歌に注目している。言われてみれば、万葉集に編まれた防人の歌はどれも厭戦的な主題や情感のものばかりで、徴兵された男が家族との別れを嘆き悲しみ、望郷の念を切なく詠んだものばかりだ。戦争に対して前向きな、愛国意識が綴られた作品はほとんどない。

・ 唐衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてそ来ぬや 母なしにして
・ 我が妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず
・ 我が妻も 画にかきとらむ 暇もが 旅行く我は 見つつ偲はむ
・ 防人に 立ちし朝けの 金門出に 手放れ惜しみ 泣きし児らはも

戦意発揚と戦勝祈願の作品で有名なのは、まさに支配階級の中心にいた額田王が、遠征途上の愛媛県で勇ましく詠み上げた一首だけだろうか。古の防人の歌があったから、与謝野晶子の反戦歌に繋がるのだ。




左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_16064429.png思えば、9条を守ろうとした先哲たちは、みな自分の言葉で9条を語り、9条を意義づける物語を説き、9条を基礎づける理論を練った。独自の想像力で9条を説明する言語を開発し、その持論の説得力をわれわれに伝えて共感と啓発に導いた。丸山真男の『憲法9条をめぐる若干の考察』もそうである。先哲の碩学は、アイディアと工夫で9条の防衛と擁護に挑み、情熱的に、エネルギッシュに、9条を守る知的城郭の構築に取り組んだのである。そこにこそ、戦後民主主義の知性の豊穣な世界が所産としてある。

それは、知識人として必要なことで、知識人に求められたことだった。なぜなら、今日と同じく、マスコミでは絶えず改憲派による怒濤の波状攻撃があり、手抜きのない絨毯爆撃が続き、世論を改憲方向に洗脳し誘導するプロパガンダの散布作戦があったからだ。改憲派があの手この手で新説を繰り出し、9条を卑しめ、貶め、無価値化する攻撃と策動を続けたからである。理屈と言葉の戦場があり、9条を守るために絶えず防戦し、抵抗し、陣営を覚醒させなければならなかった。タッグ・オブ・ウォーがあったからだ。理論武装が必要だったからだ。


左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_16092567.png私は、いわば戦後民主主義の知性の最後の弟子として、同じように言説のバトルフィールドに歩兵として参加し、尊敬する先哲の真似をして説得力作りに取り組んだ。学歴のない無名の兵卒ながら、学歴のあるエリート士官には決して実力で負けないぞという自信と野心を持ち、9条エバンジェリズムをネットで試みた。その一つの成果が、中江兆民の『三酔人経綸問答』の紹介であり、洋学紳士の非武装立国論の発見と指摘と拡散である。最初に触れたのが1998年のHP上で、その後ブログで何度か触れ、2011年に論稿に整理して記事発表した。

1998年以前に、兆民の古典を憲法9条の思想的源流として発掘し、その画期的な思想史的事実を広く案内した者が誰かいただろうか。私は知らない。いてもおかしくないはずだが、不思議なことに - 文語体の原文だった所為なのか - みな見落としていた。改憲右翼側が平和憲法を叩くときの常套句は、押しつけ憲法論であり、それが日本人の伝統とは無縁だという難癖と罵倒である。護憲側には弱点だった。だから、護憲勢力の課題として、鶴見俊輔も言うように、9条平和主義が日本人の思想的伝統である史実を探し、証拠として挙げ、反論して論破する必要があったのだ。


左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_16442362.png洋学紳士が唱える立国論の構想は、そのまま憲法9条の理念であり、非武装中立の安全保障策である。これが、帝国憲法発布と帝国議会開設以前の、明治20年の日本の言論界に存在した。それを知らずに兆民を読み、初めて見つけて知った者は、まさに目から鱗の衝撃だろう。私はそうだった。現在では、ネットの普及もあり、この件は周知の事実になっている。その結果なのか、改憲右翼の方も、押しつけ憲法論に9条を重ねて護憲を叩く手法は採らなくなった。この明治思想史を措いたことで、押しつけ憲法論は、かなりの程度無力化されたと言ってよく、成果として報告させていただきたい。

もう一つ、柳生心陰流の無刀取りの歴史がある。これは未だ整理して記事化していないが、9条論の上で有意味な着想だと考えている。これもまた、戦後のどこかで誰かが理論化していてよい政治思想史の素材のはずだけれど、特に学説として問題提起されておらず、政治学者が怠慢して放置した状態にある。重要なのは、家康がこの武芸と思想を幕府の安全保障政策の基軸として採用し、柳生家を国防相たる公儀兵法指南役に据えた決定的事実である。政治学はこの意義を見落としてはいけない。平和と安定のための活人剣の選択と定置。カリスマ家康の政治的天才に感服し脱帽する。


左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_16412311.png真剣の相手と素手で闘って、敵を制して勝つなど、精神美学のフィクションもいいところで、リアルな武闘現場ではあり得ない。だが、家康はフィクションを真実として教義化し、徳川幕藩体制の軍事イデオロギーとして定立するのである。職業戦闘者である武士に、この思想を普遍的価値観として信奉させ、活人剣の極意を実践修練する武士に編成替えするのだ。それは、戦国の世の終焉と平和国家出発を象徴するモニュメンタルな政治だった。かくして剣戟と流血オリエンテッドで問題解決する武士の流儀は放棄され、徳川三百年の泰平の世が続くのである。平和の中、経済と文化が発展し成熟した。

まさしく、新陰流無刀取りは憲法9条ではないか。平和国家建設の理念の定礎ではないか。戦国と德川泰平を境する元和偃武の柳生兵法は、明治からの戦争国家と平和日本との境に憲法9条が置かれた歴史の先行例となる。アナロジーの構図を描いて抜群の説得力が出来する。こうして考えると、日本には、明治期にも兆民の洋学紳士の非武装立国論があり、また、家康が採択して制度化した活人剣思想があった。いろいろな歴史段階でいくつも憲法9条の契機がある。賀来千香子の幕末の先祖が行った、大砲鋳造用の反射炉の建設と破壊も典型的だ。平和実現のための武力放棄の英断と美挙がある。


左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_16545130.pngこうした史実を発掘し、整理し、論理化して意味づけ、9条平和主義の日本政治思想史に学説化することが、政治学する者に求められている使命であり、挑むべき課題であり、社会から要請されている責任だろう。戦後民主主義の知識人に連なろうとする者は、常にその意欲と動機を持ち、思考をめぐらし着想を得ようとしないといけない。9条の説得力を編み出す創意と努力をしないといけない。私はそう思う。左翼のデモや集会に出て頭数作りに貢献するだけでなく、言葉を作り、説得力を作ることに寄与しないといけない。世間が9条の価値を再認識し納得する言葉のエンジニアリングこそが必要だ。

その観点から見たとき、現在の左翼業界の定番文化人はどうだろう。その資質と水準と業績はどうだろう。私は、護憲派の勢力が弱体で改憲派に小突き回されているのは、何より言葉がなく、貧相で、知識人がいないからだと思う。5月3日の有明集会の様子が動画で上がっていて、壇上のスピーチが聞けるが、どれも力強さがなく、聴衆をエンカレッジする言霊の熱がない。中野晃一の発言など退屈なルーティントークそのもので、熱意も工夫も準備も演出もない。マンネリな視点と単語の羅列であり、身内だけで通じる卑弱な言葉だ。感動がない。こういう場面で常に絶妙の役割を果たした寂聴は、天国で何と言うだろう。


左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_16492959.pngいわゆる左翼系の売れっ子文化人はどうだろうと、憲法記念日のツイッターをチェックしてみた。何か意味ある発言をして影響力を発揮しているだろうかと。香山リカのアカウントを見ると、5月3日は8件の本人投稿があるが、憲法については何も言っていない。札幌ドームの日ハムの試合の情報をタイムラインに流していて、この日の関心はそこに集中している。翌4日も憲法の話題はない。有明の集会も、札幌の集会も顔を出していないばかりか、RTで関連の発信を拡散することもしていない。憲法には全く関心がないことが分かる。左翼業界は、この人物をずっと重宝して持ち上げてきた。

香山リカが5月3日のツイッターで憲法について何も語ってないのは、知識と関心がない所以もあるが、別の理由が伏在する可能性もある。読者からタレコミのメールが来て、先月下旬の某動画チャンネルで、野間易通が9条改憲に賛成し、核武装にも賛成すると明言したらしい。しばき隊とSEALDsが9条改憲賛成派であることは、7年前の安保法制時から一貫しているが、今回は核武装賛成にまで歩を進めたようで、極右の安倍晋三と同じ位置にまで遂に踏み込んだ。香山リカは人も知るしばき隊の熱心な活動家であり、こうした状況と推移を受けて、憲法記念日の無関心の態度表明となったのかもしれない。


左翼系文化人の脱力の憲法記念日 - タッグ・オブ・ウォーの中で言葉を作る_c0315619_17005811.pngもう一人は津田大介である。正直、金髪の顔写真が目に入るのが不快で苦痛なのだけれど、典型的な左翼系人気文化人なのでチェックしよう。おそらく憲法について何も言ってないだろうと予想したが、案の定だった。当然の結果であり、驚くことはないが、問題に思うのは、こんな男を左翼の政党や業界が持て囃しまくって、左翼系人気タレントに担ぎ上げてハシャいでいることだ。何のメリットがあるのだろう。不明である。改憲右翼の立場に立って考えたとき、津田大介とか香山リカのような俗物キャラが浮薄に跳梁している現実は、まさに左翼の劣勢と右翼の優勢を根拠づける客観的材料に違いない。左翼の劣化と荒廃の証左であり、自らの勝利を確信する与件的情景だろう。

津田大介や香山リカに既成左翼のロートルが群がり、神輿に担いでポリコレ言説に夢中になり、9条の危機を等閑している現状こそ、この国の絶望の真の正体だと言える。改憲と護憲はタッグ・オブ・ウォーの熾烈な戦いであり、改憲派は手を抜かないのだから。5月3日の憲法記念日は神聖な日だ。護憲派の言葉がなくてどうするのか。



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by yoniumuhibi | 2022-05-07 23:30 | Comments(2)
Commented at 2022-05-08 09:20
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 極少数派 at 2022-05-09 20:12
保守、リベラルともども現在の状況を利用し憲法改正、再軍備容認、核武装論をおおっぴらにするとは世も末といった感じです。
不思議なのは現政権、与党始め憲法改正、先制攻撃論をぶち上げる人が同時に非常なロシア侵略批判者でもあることです。論理的には彼らも武力によって相手を押しつぶすことを容認しているのだからロシアの行為を批判できる立場ではないと思います。
剣を持つものは剣に倒れるとはキリストの言葉ですが無刀取り、そして日本の古くからの伝統、そして現行憲法にも通ずる良い言葉だと思います。
日本はこの70年に限らず歴史的に中国大陸、朝鮮半島と長期にわたる互恵関係を築いてきました。日本列島には反戦平和を基礎にした周辺諸国との関係を容易に維持できる地政学的文化的条件がしっかり整っているのだと思います。
しかし、明治以降は英国、そして現在は米国の地政学上のチェスボードに振り回され自らの進むべき最良の道を見失ってしまっているのです。平和憲法こそが私達の未来への正しい道を照らす希望だと今こそ益々実感しています。
日本はただでさえ地震、台風、津波といった多くの自然災害とそれこそ永久に戦わなければなりません。この上隣国との戦争への準備など狂気の沙汰としか言いようがありません。


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