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ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識

ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識_c0315619_13283673.pngロシアとウクライナは兄弟国ではないのか。最近、この種の問題をテレビ報道で聞くことが多い。兄弟国という語に厳密な定義があるわけではないが、われわれの通念と表象では、例えば、豪州とNZの関係がその典型例として当て嵌まりそうである。ドイツとオーストリアも同じドイツ語圏なので兄弟国と言えるかもしれない。が、ドイツとオーストリアの関係と比較すれば、ロシアとウクライナの方がはるかに兄弟国の関係の条件を満たしていて、言わば親戚同士としての血縁が濃いと言える。


(1)言語が類似していて(氏名も相似)、(2)同じキリル文字を使い、(3)東方正教会の宗教が同じで、(4)東スラブ民族という民族のカテゴリーが同じである。何より、(5)キエフルーシを自らの国家の原点として共通に位置づける国だ。(1)から(5)、歴史的文化的にこれほどの共通点を持っている国同士というのはあまり例がない。分離したチェコとスロバキアくらいだろうか。二国が仲がよければ兄弟国であると自他共に認めてよい関係なのである。だが、今はウクライナ側から両者の相違ばかりが無闇に強調され宣伝されている。




ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識_c0315619_13333341.pngテレビを見ていたら、ウクライナの駐日大使が登場し、ロシアとウクライナが兄弟国の関係だというロシアの主張は、ソ連が言っていたことで意味がないのだと切り捨てていた。この主張はあまりにイデオロギー的なバイアスが極端で、学問的な説得力がなく、世界史を学んできたわれわれには受け付けられないものだ。だが、どうやら今のウクライナは、明らかにロシアとは断絶・隔遠した自己認識を持とうとしていて、ロシアとは歴史的に無縁に発展してきた国だという自己主張をしている。それがどういう歴史認識なのか興味深く、中身を探ってみることにした。


まずその前に、われわれにとっての教科書である森安達也の『ビザンツとロシア・東欧』(講談社)を読み返した。この本は37年前に買って何度も何度も読み返している。前回のクリミア危機のときも読み直した。学者の文章、知識人の説明、とはまさのこれだという記述が並び、うっとりしながら森安達也の歴史世界に没入してしまう。素晴らしい。森安達也は、キエフルーシをキエフロシアと表記している。キエフ大公国はキエフロシアであり、ノルマン人(ヴァリャーグ)がスラブ人を従属させつつキエフに建てた国がキエフロシアだと書いている。「キエフ・ロシアはノルマン人によって成立した東スラブ人の国といってよい」(P.210)とある。


ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識_c0315619_13360954.pngルーシという語は、東スラブ民族の国号であり国家を呼ぶときの雅称だという説明がある。この説明は分かりやすい。このときおそらく重要なのは、ルーシという国号をビザンチン帝国が認め、呼称としてオーソライズしたという経緯だろう。ビザンチン帝国とキエフルーシとの関係は、古代中国と古代日本との関係に似ている。日本が自らを倭ではなく日本だと号したとき、隋唐帝国がそれを認める次第になり、オーソライズされたからこの国は日本となったのである。古代日本も、仏教と漢字を、文化文明を朝鮮半島経由で導入して国家を建てた。日本は周辺であり、ルーシも東ローマの周辺国家なのだ。


キエフルーシの10世紀の王(大公)であるウラジーミル1世は、ビザンツ皇帝の妹を妻に娶り、ビザンツ教会の司祭の手で洗礼を受けてキリスト教徒として結婚式を挙げ、988年にキエフに戻った。キエフの住民を老いも若きも集めて強制的にドニエプル川の水につけ、全員を正教徒に改宗させている。森安達也は、「ロシアが西方教会ではなく、コンスタンティノープル教会を通じてキリスト教を受容したことは、最大の発展を約束されたスラブ人の国がビザンツ文化圏に含まれたことを意味し、東方正教会の拡大を決定することになった」と書いている(P.215-216)。


ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識_c0315619_14365601.png森安達也の説明は、こうしてスラブ東欧の歴史をオーソドックスに確認させてくれ、納得させてくれる。何よりビザンチン帝国との関係が重要で、東方正教会の影響という点が決定的だと教えてくれる。キリル文字は教会の典礼のために開発されたものだった。現在のウクライナの歴史認識は、まさにこの点に挑戦し、いわば歴史を新たに仕立てていて、われわれの知らなかった歴史部品が集められ、コラージュされ、ウクライナのアイデンティティが構成されているのである。ロシアとは違うのだ、そもそも別系統なのだ、独自の経路なのだという自己認識を強引に正統化するような歴史が提示されている。そのことをネットで調べて発見した。


Wikiのウクライナの歴史の情報を見ると、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国という国家が中世史に登場する。「キエフの衰退後、ルーシの政治・経済・文化の中心は、西ウクライナにあったハーリチ・ヴォルィーニ大公国へ移された」などと書いている。あれれ、これは何だと戸惑ってしまう。こんな国の名前は聞いたことがない。初耳だ。森安達也の教科書の整理には登場しない。それならばと、朝日=タイムズのコンパクト版世界歴史地図を捲って確認したが、この国の説明は全くなかった。ハールィチ・ヴォルィーニ大公国。重要なのは、この国の王が1253年にローマ教皇インノケンティウス4世から王冠を受けたという事実であり、リボフ(リヴィウ)の市街を創建して首都を置いたという点だ。


ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識_c0315619_13412426.pngいやはやと驚くが、こうして、いかにウクライナがロシアとは異なる独自の歴史を歩んでいるかを語り、しかも、その主要契機として西方教会(ローマカトリック教会)との接触と関係を言うのである。まさに現在の政治がそのまま被さった歴史認識の観があり、反ロシアのウクライナ・ナショナリズムの歴史認識と言える。この当時、モンゴルの侵入と十字軍があり、東方教会と西方教会は仲が悪く勢力争いが絶えなかった。また東スラブ民族の諸ルーシ公国がすべて反モンゴルで固まっていたわけでもなく、このハールィチ大公国もまたモスクワ大公国と同じく、モンゴルに与したり、それと戦ったりと風見鶏を演じている。小国の風見鶏をしながらハールィチ大公国はあっさり150年ほどで滅び、一方のモスクワ大公国はロマノフ朝の大帝国となった。


もう一つ、ウクライナの新しい歴史認識のチャレンジで特徴的な要素は、近世をコサックの歴史として描き上げ、自己主張している点である。「15世紀後半、リトアニア・ロシア・クリミアが接する地域、『荒野』と呼ばれるウクライナの草原において、コサックという武人の共同体が成立した」などと書いている。近世史をコサックの存在と活動に惹きつけ、ウクライナのアイデンティティの核にしようとしている意図が読み取れる。どう評論すればよいか分からないが、このあたり、何となく、司馬遼太郎が語る日本中世史の言説に似た印象がしないでもない。板東の一所懸命の武者こそが本来の日本史を作ったのだと司馬遼太郎は理念化し、武士こそ日本人であると言っていた。


ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識_c0315619_13435084.pngコサックに焦点を当てて意義を浮かび上がらせるウクライナ史が、どれほど説得力があるか分からないが、基本的にこの時代はロシア帝国の黄金時代だ。Wikiの情報を見ると、「コサックの国家は、独立を維持するためにロシアの保護を受けたが、ポーランド王国、オスマン帝国、クリミア・ハン国に対する盾となり、東欧におけるロシアの強国化に貢献した」と総括されている。ロシア帝国に服属し、ロシア帝国の部下として働いたわけで、今、ロシアに対抗して独自性を言うウクライナの歴史部品としては、あまり自慢できるものでもないように感じられる。とまれ、今、ウクライナは言わば文化大革命の時期を迎えていて、国家国民のアイデンティティが刷新されている。どうやら明治維新の廃仏毀釈の運動のように。


中世のハールィチ・ヴォルィーニ大公国と近世のコサックを二本柱にして、ウクライナの国史の物語が新たに描かれ固められている。両親のどちらかがロシア人とか、ロシア人の親戚がいてロシア語を普段から喋っているという国民、すなわちロシアを兄弟国だと自然に思ってきたウクライナ国民は、精神的に窮屈で重苦しい環境になっているに違いない。

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by yoniumuhibi | 2022-02-17 23:30 | Comments(4)
Commented by 鈴木元衛 at 2022-02-17 16:39 x
私が15年ほど前に国際学会の夕食会でウクライナの20代の若手研究者と話したときの経験ですが、その研究者は「ロシア語とウクライナ語とは異なる」と強調し、「ウクライナの政治家はロシアの方ばかり見ていて国民のことを考えていない」と批判していました。こういうふうに、ある種の民族主義的な感情がその当時から起きていたと思われます。
Commented by 八代中 at 2022-02-17 22:34 x
ホロドモールと言われるスターリン時代の強制移住と人工飢餓政策のウクライナの犠牲者が400万人から1400万人いるので、その時の記憶が反露感情として残っているのかもしれません。
WW2の日本の戦没者が300万人程度ですから人口比で考えるとかなりの死者が出ております。
ただウクライナとロシアは兄弟国であるのも事実なので、ウクライナ政府はNATOに行くのではなく、バランスを取りながら国を保って欲しいものです。
Commented by H.A. at 2022-02-18 21:25 x
23年前に、モスクワからの夜行列車でキエフ、その後リヴィウ、そこからルーマニアを旅しました。キエフ・ルーシからウクライナ(辺境が語源)への移行は、継続と変化の双方がうかがえます。中世は現在の中央、西部ウクライナ、さらにベラルーシは、ポーランド・リトアニア同君連合王国の版図でした。ウクライナ語はベラルーシ語、ポーランド語、スロバキア語、ロシア語のそれぞれに共通の言葉があります。正教とカトリック双方が融合したギリシャ・カトリック教会があります。しかしソ連時代にウクライナ共和国の境界が確定し、東部と黒海沿岸、その後クリミアがウクライナとなりました。東部やクリミアはロシア人、正教の地域です。西、中央、東は、雰囲気も、多数派政党も違います。決して単一民族国家ではありません。(ちょうど第一次大戦後の中東欧の国々が複数の民族を内に抱えていたようなものです。)こうした国を、分裂することなくまとめていくのは、難しかったのかもしれません。
Commented by 米帝大嫌い at 2022-02-19 20:46 x
「満州は支那ではない」と言い張って、満州に傀儡政権を打ち立てて、さらにそこを足場に大陸全土の侵略を謀っていた日帝を彷彿させる話ですね。
ジョージ・オーウェルを知っていたら、歴史の改竄は独裁政権や侵略者が自らを正当化するためには絶対不可欠なものとわかります。
今の段階でさえ、ナチス侵攻に狂喜して迎合して積極的に協力していた、ユダヤ人狩り出しの道案内なんか大喜びでやっていた対ナチ協力者の公然たる賛美をやりまくっている連中を、一から百まで全面的に後押ししているのが欧米とやらの連中です。そのうち、ナチス本体の評価も一夜でひっくり返すんじゃないか、「ナチスはソビエト共産主義と戦った正義の勢力で、英米は昔からナチスを支えていたのだ」という「歴史観」を当然のような顔で西側マスゴミが一斉に喧伝を始めるんじゃないか、と今から私は疑っています。もちろん、アウシュビッツは全部でっち上げ。ソ連軍が解放したというのが何よりの証拠!
私はユダヤ人ではありませんが、本物のユダヤ人なら、ナチスの同類どもは全て、例えばパレスチナ人への暴虐を止めない奴らやそいつらを後押しする奴らを許すはずがないと確信します。言い換えると、ナチスの同類を非難するどころか躍起になって後押しする輩は、それだけでユダヤ人であるはずがない。


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