ロシアとウクライナは兄弟国か ー 無縁性と独自性を強調する新しい歴史認識

(1)言語が類似していて(氏名も相似)、(2)同じキリル文字を使い、(3)東方正教会の宗教が同じで、(4)東スラブ民族という民族のカテゴリーが同じである。何より、(5)キエフルーシを自らの国家の原点として共通に位置づける国だ。(1)から(5)、歴史的文化的にこれほどの共通点を持っている国同士というのはあまり例がない。分離したチェコとスロバキアくらいだろうか。二国が仲がよければ兄弟国であると自他共に認めてよい関係なのである。だが、今はウクライナ側から両者の相違ばかりが無闇に強調され宣伝されている。

まずその前に、われわれにとっての教科書である森安達也の『ビザンツとロシア・東欧』(講談社)を読み返した。この本は37年前に買って何度も何度も読み返している。前回のクリミア危機のときも読み直した。学者の文章、知識人の説明、とはまさのこれだという記述が並び、うっとりしながら森安達也の歴史世界に没入してしまう。素晴らしい。森安達也は、キエフルーシをキエフロシアと表記している。キエフ大公国はキエフロシアであり、ノルマン人(ヴァリャーグ)がスラブ人を従属させつつキエフに建てた国がキエフロシアだと書いている。「キエフ・ロシアはノルマン人によって成立した東スラブ人の国といってよい」(P.210)とある。

キエフルーシの10世紀の王(大公)であるウラジーミル1世は、ビザンツ皇帝の妹を妻に娶り、ビザンツ教会の司祭の手で洗礼を受けてキリスト教徒として結婚式を挙げ、988年にキエフに戻った。キエフの住民を老いも若きも集めて強制的にドニエプル川の水につけ、全員を正教徒に改宗させている。森安達也は、「ロシアが西方教会ではなく、コンスタンティノープル教会を通じてキリスト教を受容したことは、最大の発展を約束されたスラブ人の国がビザンツ文化圏に含まれたことを意味し、東方正教会の拡大を決定することになった」と書いている(P.215-216)。

Wikiのウクライナの歴史の情報を見ると、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国という国家が中世史に登場する。「キエフの衰退後、ルーシの政治・経済・文化の中心は、西ウクライナにあったハーリチ・ヴォルィーニ大公国へ移された」などと書いている。あれれ、これは何だと戸惑ってしまう。こんな国の名前は聞いたことがない。初耳だ。森安達也の教科書の整理には登場しない。それならばと、朝日=タイムズのコンパクト版世界歴史地図を捲って確認したが、この国の説明は全くなかった。ハールィチ・ヴォルィーニ大公国。重要なのは、この国の王が1253年にローマ教皇インノケンティウス4世から王冠を受けたという事実であり、リボフ(リヴィウ)の市街を創建して首都を置いたという点だ。

もう一つ、ウクライナの新しい歴史認識のチャレンジで特徴的な要素は、近世をコサックの歴史として描き上げ、自己主張している点である。「15世紀後半、リトアニア・ロシア・クリミアが接する地域、『荒野』と呼ばれるウクライナの草原において、コサックという武人の共同体が成立した」などと書いている。近世史をコサックの存在と活動に惹きつけ、ウクライナのアイデンティティの核にしようとしている意図が読み取れる。どう評論すればよいか分からないが、このあたり、何となく、司馬遼太郎が語る日本中世史の言説に似た印象がしないでもない。板東の一所懸命の武者こそが本来の日本史を作ったのだと司馬遼太郎は理念化し、武士こそ日本人であると言っていた。

中世のハールィチ・ヴォルィーニ大公国と近世のコサックを二本柱にして、ウクライナの国史の物語が新たに描かれ固められている。両親のどちらかがロシア人とか、ロシア人の親戚がいてロシア語を普段から喋っているという国民、すなわちロシアを兄弟国だと自然に思ってきたウクライナ国民は、精神的に窮屈で重苦しい環境になっているに違いない。










by yoniumuhibi
| 2022-02-17 23:30
|
Comments(4)

私が15年ほど前に国際学会の夕食会でウクライナの20代の若手研究者と話したときの経験ですが、その研究者は「ロシア語とウクライナ語とは異なる」と強調し、「ウクライナの政治家はロシアの方ばかり見ていて国民のことを考えていない」と批判していました。こういうふうに、ある種の民族主義的な感情がその当時から起きていたと思われます。
5

ホロドモールと言われるスターリン時代の強制移住と人工飢餓政策のウクライナの犠牲者が400万人から1400万人いるので、その時の記憶が反露感情として残っているのかもしれません。
WW2の日本の戦没者が300万人程度ですから人口比で考えるとかなりの死者が出ております。
ただウクライナとロシアは兄弟国であるのも事実なので、ウクライナ政府はNATOに行くのではなく、バランスを取りながら国を保って欲しいものです。
WW2の日本の戦没者が300万人程度ですから人口比で考えるとかなりの死者が出ております。
ただウクライナとロシアは兄弟国であるのも事実なので、ウクライナ政府はNATOに行くのではなく、バランスを取りながら国を保って欲しいものです。

23年前に、モスクワからの夜行列車でキエフ、その後リヴィウ、そこからルーマニアを旅しました。キエフ・ルーシからウクライナ(辺境が語源)への移行は、継続と変化の双方がうかがえます。中世は現在の中央、西部ウクライナ、さらにベラルーシは、ポーランド・リトアニア同君連合王国の版図でした。ウクライナ語はベラルーシ語、ポーランド語、スロバキア語、ロシア語のそれぞれに共通の言葉があります。正教とカトリック双方が融合したギリシャ・カトリック教会があります。しかしソ連時代にウクライナ共和国の境界が確定し、東部と黒海沿岸、その後クリミアがウクライナとなりました。東部やクリミアはロシア人、正教の地域です。西、中央、東は、雰囲気も、多数派政党も違います。決して単一民族国家ではありません。(ちょうど第一次大戦後の中東欧の国々が複数の民族を内に抱えていたようなものです。)こうした国を、分裂することなくまとめていくのは、難しかったのかもしれません。

「満州は支那ではない」と言い張って、満州に傀儡政権を打ち立てて、さらにそこを足場に大陸全土の侵略を謀っていた日帝を彷彿させる話ですね。
ジョージ・オーウェルを知っていたら、歴史の改竄は独裁政権や侵略者が自らを正当化するためには絶対不可欠なものとわかります。
今の段階でさえ、ナチス侵攻に狂喜して迎合して積極的に協力していた、ユダヤ人狩り出しの道案内なんか大喜びでやっていた対ナチ協力者の公然たる賛美をやりまくっている連中を、一から百まで全面的に後押ししているのが欧米とやらの連中です。そのうち、ナチス本体の評価も一夜でひっくり返すんじゃないか、「ナチスはソビエト共産主義と戦った正義の勢力で、英米は昔からナチスを支えていたのだ」という「歴史観」を当然のような顔で西側マスゴミが一斉に喧伝を始めるんじゃないか、と今から私は疑っています。もちろん、アウシュビッツは全部でっち上げ。ソ連軍が解放したというのが何よりの証拠!
私はユダヤ人ではありませんが、本物のユダヤ人なら、ナチスの同類どもは全て、例えばパレスチナ人への暴虐を止めない奴らやそいつらを後押しする奴らを許すはずがないと確信します。言い換えると、ナチスの同類を非難するどころか躍起になって後押しする輩は、それだけでユダヤ人であるはずがない。
ジョージ・オーウェルを知っていたら、歴史の改竄は独裁政権や侵略者が自らを正当化するためには絶対不可欠なものとわかります。
今の段階でさえ、ナチス侵攻に狂喜して迎合して積極的に協力していた、ユダヤ人狩り出しの道案内なんか大喜びでやっていた対ナチ協力者の公然たる賛美をやりまくっている連中を、一から百まで全面的に後押ししているのが欧米とやらの連中です。そのうち、ナチス本体の評価も一夜でひっくり返すんじゃないか、「ナチスはソビエト共産主義と戦った正義の勢力で、英米は昔からナチスを支えていたのだ」という「歴史観」を当然のような顔で西側マスゴミが一斉に喧伝を始めるんじゃないか、と今から私は疑っています。もちろん、アウシュビッツは全部でっち上げ。ソ連軍が解放したというのが何よりの証拠!
私はユダヤ人ではありませんが、本物のユダヤ人なら、ナチスの同類どもは全て、例えばパレスチナ人への暴虐を止めない奴らやそいつらを後押しする奴らを許すはずがないと確信します。言い換えると、ナチスの同類を非難するどころか躍起になって後押しする輩は、それだけでユダヤ人であるはずがない。
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