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宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』 - フリードマンと新自由主義への批判

宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』 - フリードマンと新自由主義への批判_c0315619_15162260.png09年に出された内橋克人と宇沢弘文の共著による『始まっている未来』。9月に内橋克人の逝去があり、故人を偲ぶ意味でこの機会に読み直した。12年前に読んだときも感銘を受け、PARC自由学校の講演時に推薦書として挙げたが、今回の読後感想はさらに強い印象が残った。12年経っても全く内容が色あせていない。経済を考える上での必須で有用な知識を与えてくれ、しかも対談のオーラルの説明で流れるように平易に教えてくれる。あの内橋克人の口調でやさしく清らかに啓蒙されていく。推薦書を2冊挙げよと事務局から注文が来たとき、何と何をセレクトしようかと悩んだが、この本を選んでよかったと確信する(もう1冊は丸山真男の未来社本)。市民が読む経済および経済学の入門書として最適の本であり、まさに古典となる教科書だ。正直、12年の歳月の後に再読してこれほど内容に衰えがなく、減価償却されてないとは思っていなかった。二人の知性に感服させられ、と同時に、この10年で一段とこの国の知性が劣化し、平均水準が下がったことを痛感されられる。我が身について反省させられる。



宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』 - フリードマンと新自由主義への批判_c0315619_15133337.png対談録ではあるけれど、対談本にありがちなスカスカ感や冗漫性がない。濃い中身が連なって続く。付箋紙だらけの読書になる。対談を企画した岩波の岡本厚(司会)と清宮美稚子(編集・文章化)の腕前もあるのだろう。内橋克人も宇沢弘文も、この対談のために事前準備はしているのだろうけれど、それ以上に、おそらく、頭の中に正確で重要な知識と情報が詰まっていて、その場の即興で引き出しが開いてどんどん出てくるのだ。そのことに驚かされる。ただの論者ではなく学者だ。しかも、このとき内橋克人は77歳。宇沢弘文は81歳。自分が77歳になったとき、こんなに内容の濃い、トークの口述がそのまま教科書の講義になるような鋭い議論ができるとは到底思えない。まさに理性と知性の力そのものを見るようで、今度の再読ではそのことに感動を覚えた。全体のテーマは新自由主義批判ということになる。その中身が、経済学の理論史の問題として、日本の政策史の問題として、簡潔に必要十分に要点整理されている。前者は宇沢弘文が熱く論じ、後者を内橋克人が端正に要約する。批判の俎上に上げられている主敵は、フリードマンと竹中平蔵である。


宇沢弘文のフリードマン論は重要で、何度か聞くところだけれど、ここでは特に次の点に注目して抜粋したい。

宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』 - フリードマンと新自由主義への批判_c0315619_15183771.png宇沢:1964年リンドン・ジョンソンとバリー・ゴールドウォーターが大統領選を争っていたときに、ゴールドウォーターはベトナムで水素爆弾を使うべきだと主張して、「何百万もの人たちが命を失い、社会も自然も壊れてしまう」とものすごい反発にあう。そのとき、フリードマンは一人立ち上がって、ゴールドウォーターを全面支持したのです。そのときのフリードマンの言葉が、「One communist is too many! 自由を守るためには、共産主義者が何百万人死んでもかまわない」。(P.21-22)

宇沢:(水爆開発の責任者でマッカーシズムの折にオッペンハイマーを公聴会で告発した)テラーは、多くの物理学者から蛇蝎のごとく嫌われていましたが、その後、共産主義から自由を守るために、つまりパックス・アメリカーナを守るために水素爆弾を使うべきだと狂信的に主張しつづけた。そのテラーに全面的に賛同したのが、、ミルトン・フリードマンだったのです。テラーと同じように、スタンフォードにもよくやってきては、自由を守るために、水素爆弾を使うべきだと演説をぶっていました。(P.20-21)


宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』 - フリードマンと新自由主義への批判_c0315619_15202848.png先日、NHKの『欲望の資本主義』を見ていたら、現代の経済理論に決定的な影響を与えた巨人としてフリードマンが登場し、その栄誉と功績が讃えられる番組構成になっていた。経済学の偉人として美化されていた。非常識きわまる、あり得ない出来事だ。世の中変わったといみじみ思う。これだから、渡部昇一が翻訳を担当した、ただの右翼の異端本にすぎなかったF.フクヤマの著書が、日本の政治学の教科書になってしまうのだ。そんな時代に腐れ墜ちたが、フリードマンが反共のエンスージアストで核攻撃を本気で主張する狂人だった事実こそ決定的に重要ではないか。こんな人物を経済学の巨人と持ち上げて喜んでいるNHKは異常だ。新自由主義の思想の本質は反共であり、資本主義を社会主義から守ろうとする邪悪で偏執的なエゴイズムの信念と、それを「自由」Liberalism の大義で正当化する教条と理屈の体系である。フリードマンはマッカーシズムの中心にいる凶悪なイデオローグである。経済思想家としてのフリードマンを素描するときは、この問題を看過してはならず、現代史の中に正しく位置づけないといけない。


宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』 - フリードマンと新自由主義への批判_c0315619_10283828.png宇沢弘文の渾身のフリードマン批判を聞きながら、オリバー・ストーンの『もうひとつのアメリカ史』を思い出した。反共主義の系譜として戦後アメリカ史を分析・概括した労作。反共帝国主義国家アメリカの試行錯誤と進化と生態変容が、自己批判的な視角でクリアに描かれていて、現代人の必読書と言える。結局、すべてが一つに繋がっている感慨を抱く。エコノミクスとポリティックスは繋がっている。別々のものではない。猛毒の極右反共のフリードマンを、何か純粋なアカデミーから出てきた経済学の大家のように表象づけるのは間違いだ。フリードマンの「功績」を強調する態度は、まさしく新自由主義の正当化であり、格差を合理化して永続化に導くイデオロギー的作為である。われわれは、宇沢弘文がオリバー・ストーンやマイケル・ムーアと同じ地平に立っていて、彼ら米国における批判精神を持つ知識人の教師格の存在であることに気づく。宇沢弘文こそ、まさにアメリカ現代思想史をグリップしている偉大な巨人だ。スティグリッツが宇沢弘文の弟子であり、いわば、黒澤明とコッポラやルーカスやスピルバーグの関係性と同じなのは誰でもよく知っている。


宇沢弘文・内橋克人『始まっている未来』 - フリードマンと新自由主義への批判_c0315619_11144564.pngが、単に経済学の領域を超えて、宇沢弘文はアメリカ思想界にとって影響力の大きな知識人と言えるだろう。冷戦とマッカーシズムの苦悩、ベトナム戦争と良心的アカデミーの抵抗、新自由主義モデルの実験場とされたチリの革命と反革命。現代アメリカ政治思想史の重要局面に、凝視すれば宇沢弘文の屹立した孤高の姿があり、知識人たる者の普遍的正義の立場とメッセージが示されている。それが、今もアメリカの左派の中で確実に息づいている。彼らのカーネルの一部になっている。この思想史的事実に、日本人の一人として誇りを抱かされる。われわれ日本人にとってのE.H.ノーマンと同じ先駆者なのであり、表面から隠れた、インビジブルな思想的指導者なのだ。気候変動と脱炭素の時代、新自由主義への反省気運が高まる時代、宇沢弘文はこれからアメリカで意義が評価される思想家であるに違いない。その宇沢弘文は、対談中、何度も日本がアメリカに植民地化されていると言う。


宇沢:そういう政策 - 日米構造協議を通じた630兆円の無駄な公共投資の支出強制 - を見ていると、日本は完全に植民地というか・・・属国ならまだいいのです。属国なら一部ですから。植民地は完全に搾取するだけのものです。それがいま大きな負担になっていて、救いようのない状況に陥っているわけです。(P.43)

宇沢: いまのご指摘(アメリカの対日要求の受け入れと公立病院の削減)は、民主主義以前の問題で、日本が果たして独立した一つの国であるのかどうか、信じられないぐらいの状況ですね。属国ならまだいい。完全に植民地だといましたが・・・。(P. 55)


ブログの文章を書きながら、表現を「属国」にしようか「植民地」にしようか迷うときがよくある。迷いつつ、そのときの気分で両方を書いてきた。内田樹などは属国と言っている。宇沢弘文がこう明確に規定しているのだから、迷わず「植民地」でいいわけだ。実際のところは、限りなく植民地に近い属国で、日々、属国から植民地に移行しているのが真実なのだろうが。制度的にも状態的にも。


内橋:パックス・アメリカーナから脱却し、経済学の復権を急がねばならない。そのために何が必要なのでしょうか。いま、メインストリームの経済学に対する批判と疑いの目はかつてないほど厳しいものになっていると感じますが、経済学の復権はどこから始めるべきなのでしょうか。

宇沢:それについては絶望的だと思うのです。特に経済学の分野では、アメリカの大学で教育を受けて、アメリカ的な市場原理主義的な思想にかなりコミットした人たちが、いま中心になっている。かつてはマルクス経済学者が中心になって、新自由主義の流れに厳しい批判を加え、同時に政府のあり方、社会のあり方を常に問題提起してきた。そのマルクス経済学者の発言力がかなり薄れている。それが文部官僚が主導してきた大学改革の一つの帰結ではないでしょうか。


今回の読書は内橋克人を偲ぶ目的のものだったが、感想文を書き始めると宇沢弘文が中心になった。内橋克人については、また稿をあらためて書きたい。これは12年前の対談で、宇沢弘文は「絶望的だ」と言っているけれど、今よりもまだましな知性と良識が日本の空間にあり、書店に行けばそうした新刊書の入荷を期待することができた。この本も出版されてすぐ買い求めて読み、PARCの推薦書に挙げるということをしている。12年前はしばき隊の影もなく、ジェンダーやマイノリティや多様性が今ほど、左翼のみならず国民の間で喧騒されることもなかった。脱構築主義の誤った思想が社会全体に吹き荒れる環境ではなく、しばき隊の凄惨な暴力に人が怯える時代ではなかった。経済学の正しい認識を復活させようという呼びかけが説得力をもって響く時代だった。本はネット通販で今も新品が入手できる。未読の方はぜひお読みいただきたい。


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by yoniumuhibi | 2021-11-22 23:30 | Comments(2)
Commented by 長坂 at 2021-11-24 09:34 x
アメリカだって韓国だって、ガチガチの新自由主義でしょう? だけど最賃上がる、給料上がるプラス成長。バイデンは就任直後に、「アメリカはミドル・クラスが作った、労働者の国だ」文在寅は「目指すは福祉国家」と明言してる。アメリカはあちこちでストライキ中、韓国もゼネストが行われたばかり。アメリカの労働長官のツイートが、星条旗が無ければ、「槌と鎌」としか思えないくらい、労働者の団結を呼びかけている。本人もピケットに参加している。1948年以降、連綿と続くGHQの反共政策で、日本の労働者は団結どころか競争対立、ゼネストやる気力をすっかり削がれてしまった。一方宗主国は労働者が主役の国作りをしようとしているなんて。皮肉な物ですよね。
Commented by ひばり at 2021-11-26 11:40 x
宇沢:日本は完全に植民地というか・・・属国ならまだいいのです。属国なら一部ですから。植民地は完全に搾取するだけのものです。それがいま大きな負担になっていて、救いようのない状況に陥っているわけです。

この言葉、マスコミはもちろん、日常会話の中でももはや禁句です。太平洋戦争に向かう時代に、大陸侵攻や英米との敵対関係に強い危惧を抱いた日本人は大勢いただろうと思いますが、誰も口にできなかった高度忖度社会の空気感が今はよく理解できます。


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