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維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか

維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_13452174.png「改革なくして成長なし」のフレーズは、小泉構造改革で訴えられた主張である。今回、その言葉を担いで選挙戦を戦ったのは維新だった。そして維新が選挙の勝利者となった。猛烈な反動が起きている。われわれは、この現象と事態をどう考えるべきなのだろうか。どのように政治学的に整理できるのだろうか。選挙前、岸田文雄は新自由主義からの転換を言挙げし、経済政策を分配重視の方向に切り換える旨を明言した。その磁場に惹き付けられるように、野党が次々と積極的な分配策を公約に掲げ、選挙は分配策の具体案の競争の観を呈し、新自由主義からの決別が公論として固まったように思われた。それに対して待ったをかけたのがマスコミと維新であり、バラマキ批判のキャンペーンであり、財政健全化を口実にした従来の竹中路線の擁護の動きである。結果的に票と議席の変動を見れば、マスコミが勝利し、維新が勝利し、ボトムアップの分配策には国民の支持が集まらなかったという残念な現実が横たわっている。マスコミが勝利の凱歌を上げ、その総括を刷り込む日々が続いている。



維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_13543709.png客観的に見て、この選挙は、新自由主義と脱新自由主義のイデオロギーの戦いだった。二つの陣営に分かれてのバトルであり、新自由主義の本営に維新とマスコミが幔幕を張り、脱新自由主義の側に野党勢が並び立ち、そして、脱新自由主義寄りの中間的位置に岸田文雄が配して不安定に揺動するという構図だった。選挙戦が終わり、敗残兵狩りが始まり、季節は一気に厳冬の闇夜に逆戻りした感がある。ここでどうしても考えてしまうのは、なぜ大阪の有権者は維新を選んだのかという問題だ。確かにマスコミはバラマキ批判で言論空間を埋め、洗脳工作のシャワー放射に余念がなかったが、世間の一般的空気は、脱新自由主義の流れが支配的で、逆戻りすることはないと通念させるものだった。米バイデン政権の動向も背中を押す環境要因となっていて、まさか、日本の選挙で、小泉改革のフレーズを唱える松井一郎が支持されて議席を伸ばすなどあり得ない想定図だったと言えよう。私の念頭に社会科学的解答として浮かぶキーワードは、大塚久雄の前期的商人資本であり、前期的資本主義の概念と講説である。


維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_13523907.png維新が勝つ度に大塚久雄の所論を思い出し、その理論での分析と解釈で納得するということを続けている。今から44年前の大昔、東京から西へ向かう新幹線に若い3人の大学生が乗っていて、Cは岡山まで行き、AとBは京都で下車した。途中、江戸期の大坂商人の性格づけの問題に会話が熱中し、Bがその先進性を強調して近代資本主義の曙光となる市民性を言い上げたものだから、AとCが大塚久雄の理論に拠って教科書的に反論し、それは逆だと言って車内で無邪気に論争したことがあった。昔の大学生は闊達によく議論した。1977年。京都の革新府政が陥落する直前の青春の情景である。Aはグラムシ研究に情熱を燃やす青年で、大学院に進みイタリア留学して気鋭の研究者となる。80年代後半、イタリアから帰るとなぜか反動の闘士に転向し、山口二郎と一緒に左から「政治改革」、すなわち小選挙区制導入を推進する悪のイデオローグに化けた。おぞましい変身と堕落はさらに続き、東海地方の極右ネオリベの巨魁となり果てて現在に至っている。日本の半世紀の劣化と変節を象徴し、それを牽引した具体例を見るようで哀しい。


維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_13455168.png一方、社会人となった私は、その後、加藤周一の山片蟠桃と懐徳堂論などに触れ、時代全体の立地と地殻の変動もあって、戦後社会科学の標準的な認識であったところの、前期的商人資本論の視角で大阪を一面的に見るという立場からは少し移動した。だが、21世紀の大阪のグロテスクな政治状況は、やはり、その古典的な社会科学の見方の正しさを証明しているのではないか、という省察と諦観に舞い戻らせてしまう。丸山真男の「日本政治思想史研究」は、戦中期の若い頃の作品なので、古典的な日本社会科学、すなわち講座派の認識と思考を土台にしていて、したがって必然的に、石田梅岩や富永仲基には消極的な態度となっている。日本マルクス主義、すなわち講座派と大塚史学の方法的特徴として、社会の階級配置の中間的存在である、自作農や中小自営業者の政治的反動性の性格の検出に神経質だった。警戒的だった。近代主義の動機と傾向が強かったため、前期的と位置づけられる対象にネガティブだった。丸山真男が「超国家主義の論理と心理」の中で析出している「擬似的知識人」の範疇と反動的特質も、そうした視角と関心からの所論の一つである。


維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_14164915.png以上、雑談と前置きが長くなったが、私の試論と見解は次のとおりだ。小泉構造改革が出現したとき、それに対して最も熱心にコミットし、ほとんど信仰的に帰依する支持者になったのは、都市のサラリーマンではなく、危機感に満ちた中小自営業者であった。都市のサラリーマンというのは、政治的には基本的に無党派層であり、経済的には、ホモエコノミクスと言っても会社からお給料をもらい、退職金と厚生年金をもらう身である。いわば無意識・無頓着のまま時代の流れに身を任せていればいい存在だ。新自由主義が台頭すればそれを受け入れ、脱新自由主義の風が吹けばそっちに靡きという、イデオロギーに根を張らない風見鶏の生き方である。だが、中小自営業者の場合は、思想へのコミットと生活生存とが直結している。中小自営業者は、20年前、構造改革(新自由主義政策)に賭けたのだ。バブル崩壊後の金融危機と大不況が続く中で、救世主として登場した「改革」思想に強く共鳴し、熱心な新自由主義の信徒に改宗したのである。現在、その多くは、特に過疎県の自営業者は、アベノミクスに裏切られたシャッター街の老人となり、自己の20年間の誤りに気づき始めている。


維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_13583545.pngだが、大阪は特殊で、未だそうではない。偏見と受け取られることを恐れず敢言すれば、大阪はもともと自助努力・自己責任の気風が根強い土地柄なのだ。小経営の思想的風土の地盤があり、新自由主義との整合性・親和性が高い属性をネイティブに持っている。普通の理性ある市民が、本人の主観では合理的に判断しているはずなのに、実は客観的には非合理的な思考回路に逆転し、社会を建設的ではなく破壊的な方向に導く政策に執心するという現象がある。最近の例では、米国のティーパーティ運動の論理と心理がその典型だろう。大阪の人々というのは、その伝統と歴史の蓄積と前提もあって、こと経済や経営の問題なら、自分たちの方が東京や地方よりも上であるという潜在的な優越意識を持っている。実際、ビジネスやコマースの現場に接すれば、大阪の方が東京よりもスマートでナイスだと思う瞬間に多々出くわす経験があり、実感でその優越心の根拠を確認させられるものだ。上京した大阪の人間は、東京の小売店のサービスに常に不具合と粗野性と低劣度を、そして非経済性(価格が高すぎる)を感じていることだろう。その大阪の大地は、嘗ては新自由主義とは無縁で真逆の空間であった。


維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_14114510.png新自由主義以前、維新支配以前の大阪の政治を、若い世代はご存じだろうか。そこは日本の他の地域とは異質で別格の公国だった。そこの政治的支配勢力は、実は公明党と共産党であり、自民党と社会党の二大政党の影響力の全くない独特のエリアだった。永田町の勢力図とは無関係の、まさに中世の自由自治都市・堺を彷彿させるような商人・小営業の政治的土壌だった。公明党と共産党が治める国、それが大阪であり、NHKの即日の開票報道 - 例の、ふた万ふた千、、と数を読み上げる - を見ながら、何とも奇異で個性的な印象を持ったものだ。だから、大阪の維新というのは、田﨑史郎が解説するように自民党そのものであり、決して自民と維新の二大政党制・政権交代システムが大阪で実現して定着しているわけではない。昔から、自民党は大阪で根を張ってないのであり、極論すれば傍流の少数政党にすぎないのだ。他の土地とは違うのである。そこには、中央官僚政府の政策には素直に従わない、独自路線で何でもやるという気風があり、つまり、「わたしらは自前でやらしてもらいまっさ」という、中央直属を排する独立主義の意識が強かった(現在も)。要するに、大阪の小営業たちは未だに小泉構造改革を信奉したままなのだ。


維新勝利の分析と試論 – なぜ大阪は新自由主義への逆戻りを選んだのか_c0315619_14140680.pngその宗教の信者なのであり、マインドコントロールから解放されてないのだ。そして、ここが重要なポイントだが、その新自由主義は関西弁の言語で語られるのである。大阪ナショナリズムと思想的にセットになっている。大阪ナショナリズムは、東京に対するルサンチマンが精神的基礎になっていて、ネオリベへのコミットの中身は、大阪ナショナリズムと内側でブレンドしている。それゆえ、私も、田﨑史郎と意見が同じで、維新は全国に勢力を拡延して政権政党に成長するのは難しいと予想する。露骨な新自由主義の政策思想でも、関西弁というオブラートに包まれれば大阪人の心情にはたやすく浸透する。しかし、関西弁の政治を全国で押し通すわけにはいかない。関西弁の政治トークはNHKの視聴者には異端である。標準語に置き換えて説明すれば、イメージに描かれるのは竹中平蔵の顔だ。そのような政策思想が、全国で、特にアベノミクスで疲弊した地方県の人々に積極的に響き届くはずがない。自民党と維新と、同じ政党が二つも要らないのだ。大阪には維新があるから自民党がない。維新が大阪で崩れない現実を見ながら、小営業とイデオロギーとの関係の深さに思いが至る。20年前に新自由主義に転向し、その信仰を固く守っている事実を思い知る。


小営業はフローな根無し草として生きられる存在ではなく、必ず、自身の経営と生存を賭けたところの、地面に根を張って立つ思想(=宗教)へのコミットが必要なのだ。小営業者は信仰者でもあるのである。宗教を真摯に持っている。それは簡単に崩れない。信仰がナショナリズム(地域愛)と接着していればなおさらである。客観的に、残念なことに、大阪は日本の政治の反動の拠点となっている。



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by yoniumuhibi | 2021-11-08 23:30 | Comments(7)
Commented by aaa at 2021-11-08 18:41 x
私は90年代末に転勤で大阪に来ましたが、まず驚いたのが、<やしきたかじん>の人気。その頃の彼は、特に政治色も無く、私も楽しく観てましたが…。
ただ当時の大阪は、名古屋に追い抜かれる(追い抜かれた?)と言ってる頃で、それを番組で彼とゲストが喧々囂々と議論してたのを覚えてます。その煽りのノウハウを活かして、00年代中盤あたりから、「このままでは中韓に追い抜かれる/舐められる」と言う文脈で政治番組を初め、そこから橋下が人気を得ていく。

もちろん、裏で彼を操縦していた人間もいるでしょう。
Commented at 2021-11-09 01:05 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by つばめ at 2021-11-09 11:52 x
経営と信仰の問題は興味深く思います。
知っている大阪人の銀行員は、維新なんて金に汚いゴロツキだと蔑視していました。その人は、ドイツのように連立を組みかえながら、日本でも各政党が折々に政権に加わるやり方がいいと言っていました。同時に、維新は下品で常に不祥事を起こしているような連中だから、全国的に勢力を伸ばすのは無理だと言っていましたね。

新宿区在住の知人は昔のみんなの党を支持していましたが(穏健なネオリベ主義者、菅や河野は下品だから嫌い)、日本の政治にはネオリベ、中庸、大きな政府を主張する勢力(高福祉)の3つの勢力が必要で、高福祉勢力のリーダーは山本太郎がいいと言っていましたね。

維新を支持する大阪人は、流されやすかったり、すぐ感情的になる人が多いように思います。

中国では大通りをPCR検査車が走っていて、手を挙げると止まってくれて、その場で検査ができる仕組みまで導入された都市があるそうです。なんと楽しく、希望があることでしょう。
Commented by 成田 at 2021-11-10 08:39 x
維新は新自由主義的な政策も問題ですが、自民党よりも改憲に熱心という極右政党です。このような党が存在し、一定の支持を得ていることに恐怖を感じます。

大阪に行くとテレビは吉本芸人と食べ物の番組ばかりです。あまり知性は感じられないです。
維新のような政党を支持する風土が大阪のテレビ局で作られているのだと思います。
いわば維新とテレビ局のタッグで辻元清美さんを落選させたと言えるでしょう。あまりにも愚かで呆れ返ります。
Commented by サン at 2021-11-11 09:17 x
数千万、億稼いでるアナウンサー上がりが、10万もらえると番組で喜んでいた様子がネット記事になっていた。年収制限が決まる前の話。
もらえない人は不満がたまる。そこへ橋下、吉村が「僕らみたいなの(高額所得者)が何十万ももらうのはおかしいでしょ」と言えば、もらえない人は喝采する。

夫婦ともに高収入で世帯年収が2500万はありそうなところの奥さんが、(うちの子は10万もらえないから)お金配る政策に税金使わないでと文句をSNSに書いている。
こどもが成人していてもらえないところの奥さんが、文句をSNSで書いている。貧乏人に金配ってもしょうがないと主張。(生活保護の金でパチンコに行くとかああいうのを真に受けている)

ブログ主さんが書かれているように、政治の問題は国民の問題です。今だけ金だけ自分だけ。助け合い精神のかけらもない。上に書いた高額所得者の奥さんは海外留学もしているのだが、外国で何を勉強してきたのかと思う。その奥さんは娘の英語学習にもお金を掛けて、娘を留学させようとしているのだが、今だけ金だけ自分だけでは、外国で通用しない。パックンまっくんのパックンは母子家庭だったけど、まわりの家のお母さんに、いつでもうちのご飯食べにいらっしゃいと声をかけてもらい、親切にしてもらったと書いています。
Commented by ほった at 2021-11-12 13:28 x
大阪を思想史的に位置づける観点を知りませんでしたので、勉強になりました。
大阪人は得した気分になるのが好きなんだと、大阪出身者が解説していました。確かに大阪のテレビの7、8割は「お得」を煽るような情報ばかりですよね。このような軽薄さは比較的最近の傾向だと思いますが、この軽薄さが維新を生んでいるのでしょう。

関西では、2016・2019の参院選で大阪は定数4で維2公1自1。2019の参院選で兵庫は維1公1自1。維新が候補を立てるという、来年の参院選の京都はどうなるか。ブログ主さんが候補者の質について記事を書かれていましたが、維新は表面的には上り調子ですから、見栄えのいい候補者を立てられるでしょう。

今回の選挙では伊吹文明、大島理森の議長経験者の進退がさすがであったことと、郷原弁護士が落選運動をされたことが印象に残りました。落選運動で幹事長辞任まで行けたのですから、素晴らしい成果です。
Commented by H.A. at 2021-11-14 22:18 x
大阪の維新は、そもそも都構想実現のためにつくられ、首長、そして地方議員を増やすことがめざされました。多くの自治体で維新議員が第一会派になり、維新公認候補が市長になっています。それが強みとなり、住民自治組織にも浸透し、地方議員が国会議員選挙を支え、選挙事務所では(他党より相対的に若い)ボランティアがチラシ折をされています。橋下氏のときと異なり、立憲や自民はむろん、共産や公明以上に組織政党になっています。マスコミに頻繁に出ることで、大阪府知事はコロナ対策を実際以上によくやっていると見せています。兵庫県や京都府にも知事のファンがいて、兵庫県知事は維新推薦候補となりました。高層ビルのそばに古い家屋がひしめく絵柄はよくありますが、実際には大阪は地盤沈下しているのに、よくなったといっています。学力テストの平均成績が低いのには貧困があるからですが、教員がだめだといって評価の対象とし、テストの類題を予め解かせる教員もいます。


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