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E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家

E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家_c0315619_16560703.png日本の非正規労働システムはどうなるのだろうかという問題を考え、前回、戦前の寄生地主制が問題解決された歴史を振り返った。地主小作制は経済発展を阻害する桎梏であり、破砕されなくてはならなかったが、現在の非正規労働制も同じだと思われる。新自由主義政策が構造固定させたこのシステムの足枷のため、日本は国内市場を萎縮させ、20年以上成長が止まり、人口も増やせず、世界的にも異常な現象の経済的衰退を続けてきた。企業の開発力や競争力も失った。どうやって、誰が、日本の非正規労働者を解放するのだろう。直観を先に言えば、それはやはり、社会主義者の手によってということになるのではないか。寄生地主制とのアナロジーで洞察すれば、そういう結論になりそうである。資本主義を是認し肯定し、資本主義に内在し依拠した政策的思惟からは、非正規労働制を根本的に揚棄しようという発想は生まれない。その矛盾を倫理的に否定し、それとは原理的に対峙する理想主義の思想的主体性のみから、問題解決の展望が出てくるのだろう。



E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家_c0315619_17195066.png戦後日本の民主的改革、すなわち、戦犯訴追、日本国憲法、農地解放、財閥解体、労働基準法、教育基本法、シャウプ税制、等々は、まさに革命と呼べるものだが、それを実行した主体は誰だったか。一般にはGHQ民政局とかニューディーラーズと呼ばれている。が、そこには中核となる理論的指導者がいた。E・H・ノーマンだ。ケーディスの右腕と言われた情報将校のノーマンこそ戦後改革のリーダーであり、この革命の指導者に他ならない。われわれは - 特に私の世代は - どれほどノーマンの革命の恩恵に浴する人生を得たことか。日本の民主主義政治と高度経済成長はノーマンの賜物と言っていい。ざっくり言えば、ノーマンは32年テーゼをGHQの軍事権力をもって実行した。連合国占領軍に二段階革命の一段階目を実践させた。ノーマンがいなければ、日本国憲法は制定されてなかっただろう。近衛文麿が生きていて、松本私案に近いものが仕上がっていたはずだ。日本共産党が合法化されて自由に活動することもなかった。共産党の合法化は決定的な問題だ。それがあったから、戦後日本の民主主義運動が活力源をもって続いて行くのである。


E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家_c0315619_16563189.pngノーマンの戦略というか方法の要諦は、これは私なりの解釈だけれど、簡単に言えば、GHQが今これをやらなければ日本で共産革命が起きますよという脅しだったと思われる。単なる脅しではなく、正確な認識と判断に基づく説得と予測だったから、秀才で頭脳明晰なマッカーサーはノーマンの進言と献策を即断で受け入れた。マッカーサーの反共保守思想とは正反対の、ラディカルで社会主義的な献策を受け入れ、GHQの絶対権力で迅速に遂行した。ノーマン以上に日本を知り尽くした社会科学的知性のスタッフは他になく、日本語が堪能な者はなく、マッカーサーは昭和天皇との歴史的会見の通訳をノーマンにさせている。ノーマンが陪席していた。丸山真男を歴史の舞台に引っ張り出したのも、ノーマンの力が影で大きかったのではないかと私は勝手に推測している。二人は同志で、5歳年下の丸山真男にとってノーマンは心から信頼する兄弟子だった。『E・ハーバート・ノーマンを悼む』は、丸山真男が書き残した追悼文の中でも吉野源三郎と並んで別格のものだ。その中に、1945年秋と思われる時期に、情報将校として赴任したノーマンと復員した丸山真男が東大で再会する場面が登場する。


E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家_c0315619_16571787.png戦後、私が復員してふたたび研究室に通い出したある日、書庫から室に戻ろうとすると、ドアの前に軍服をきた大柄の外人がニコニコしながら立っていて、私が近づくと『しばらくでした』と日本語で言って手をさしのべた。それがノーマンだった。私は正直に言って、一瞬懐かしいというより、おもはゆい気持ちを抑えることができなかった。しかしノーマンの態度や話し方はいささかのこだわりもまたわざとらしい心遣いも感じられず、その笑顔はこの五年の間、お互いの置かれた運命やそれぞれの属する祖国の関係になにごともなかったかのように自然な親しみがあふれていたので、こんどはおもはゆさを感じたこと自体がはずかしくなった。ノーマンはその折に厖大なタイプ原稿を持参していて、それには『日本政治の封建的背景』という標題がつけられていた。これは仮題で内容もまたこれから勉強していろいろ直さなければ・・・・と彼は例の謙虚な口ぶりで言っていたが、その一部が玄洋社の研究として発表されたほか、ついに完成の日を見るに至らなかったのはかえすがえすも残念なことである。(第7巻 P.58-59)


E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家_c0315619_17104881.pngこの場面を映画に撮りたいと私は長年夢想している。再会した二人が話し合ったのは、論文のことだけではなかっただろう。情報将校のノーマンが東大で訪ねた相手も、丸山真男だけではなかったと思われる。法学部長だった南原繁にも会っているだろうし、戦後改革の設計図を描くに当たっての緊密な相談をしていたに違いない。鈴木安蔵とのコンタクトは知られているが、他にも多くの知識人と接触し、戦後改革の中身を構想し、それぞれが有機的に動くように差配していたはずだ。ノーマンはマッカーサーの傍にあり、まさにGHQ権力の中枢にいた。昭和天皇との会見が9月27日、徳田球一らを府中刑務所から釈放したのが10月10日、近衛文麿と木戸幸一を戦犯として訴追する覚書をアチソンに提出したのが11月5日。まさに革命家として疾風怒濤の活躍をしている。俊敏果断に。今、ノーマンの動きを必死に追跡しているのは、右翼であり、ノーマンに「ソ連のスパイ」のレッテルを貼り、「共産主義者」としての像を確定して貶めるためにやっている。いつかその意味づけが逆転し、20世紀の知識人が「共産主義者」であったことが正当に評価される日が来ることを期待したい。


E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家_c0315619_17233089.png冷戦が始まり、日本も逆コースとなり、ノーマンも丸山真男も赤狩り禍に遭遇する運命となる。1950年に丸山真男はレッドパージのリストに入れられ、危うく大学を追放されそうになった。丸山真男は危機一髪で助かったが、ノーマンには執拗なマッカーシズムの追及が続いて1957年にカイロで自殺という悲劇に至る。追悼文はこのとき書かれた。ノーマンの歴史的評価は未だ定まらず、顕彰されず、あら探しと誹謗中傷が間断なく続き、その失脚と客死の事件は現代史の大きな謎として残っている。丸山真男の追悼文は、おそらく、私の穿った見方だが、二人の交流と友情の全体を余さず証言してはいない。ノーマンは若い丸山真男を見つけて、この男に(いわば革命家の任務を)任せようと思ったのではないか。恵果和尚にとっての空海だったのではないか。あまり外国人が前に出るのはよくなく、主役は日本人がいいという配慮で、駐日カナダ代表部主席という前線から引いた外交官の位置に収まり、安藤昌益の研究に没頭したのではないかと想像する。2002年に出た加藤周一編の『ハーバート・ノーマン人と業績』をあらためて読み直して、一つのインスピレーションが浮かぶところとなった。本の編者の名は加藤周一だが、実際の著者は中野利子である。


E・ハーバート・ノーマンを悼む - 忘れられた革命家_c0315619_17212660.png中野好夫の娘。中野利子による「ノーマンの社会的復権」という論稿と最後の章の年譜こそが肝だ。年譜を読んでハッと閃いたのは、ノーマンを失脚と弾劾に追い込んだ張本人というか首謀者が、どうやらマッカーサー本人ではないかという推理である。ノーマンは大物で、明確な証拠もない疑惑レベルで事務的に弾劾に持ち込める相手ではなかった。カナダに対する主権侵害に関わり、米加二国間関係に長く禍根を残す外交問題となり得る。それを敢えて強引に弾劾に持ち込んだのは、その力業ができる大物が背後で動いたからだ。いずれ証拠が出るだろう。龍馬暗殺の首謀者が松平容保だった件と似ている。レーニンのニコライ一家処刑の秘密指令とも似ている。龍馬暗殺の政治はミステリーで、誰が黒幕なのか長く分からないまま、実行犯の下っ端しか判明していなかった(刺客たちが口を噤んでいた)。現在では、磯田道史も容保だと指をさしている。ポッカリ空いた(白色テロリズムの)核心の空白に、容保のピースを当て嵌めると一気に謎が氷解する。マッカーサーのゴーサインがなければ、米国政府がカナダ政府を動かし、緊急帰国命令とカナダ国家警察による取り調べという事態はなかっただろうし、米上院でのウィットフォーゲル証言もなかっただろう。


時あたかも朝鮮戦争の真っ最中。緊急帰国命令が届く50年10月14日の10日前の10月4日に、ノーマンはマッカーサーと東京で会見していて、中国の朝鮮戦争介入をめぐって議論している。このときまでに、おそらくマッカーサーの手元には、ノーマンについてCISや右翼からの情報が多数寄せられていたに違いない。この男を仕留めておかないとまずいとマッカーサーは確信したのだろう。10月4日の会見は、マッカーサーにとってノーマン(の本性=マッカーサーにとっては危険性)を見極め、ノーマンを斬るか斬らないか最終判断を下す審問の機会だったのではないか。マッカーサーは共産主義から世界を守る最高司令官だった。この会見も映画で撮りたい。



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by yoniumuhibi | 2021-06-07 23:30 | Comments(0)


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