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社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜

社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_15345168.pngフクヤマの所論と主張によれば、自由民主主義(リベラル・デモクラシー)が人類史において最終的に勝利し、その政治体制が永続する地平となり、「大きな物語」は終わり、歴史は終焉したということになる。佐々木毅は『歴史の終わり』の解説の中でその意義を称賛し、「思想や意識の世界において決定的な決着がついた」(上巻 P.274)と言った。20世紀の歴史は、西欧型自由民主主義が、ファシズムや共産主義などのイデオロギーの挑戦を受けた時代だったが、そのイデオオロギーの戦いに決着がつき、リベラル・デモクラシーの勝利が確定し普遍化したのだと結論づけている。こうした認識は、現在の社会科学一般のみならず世間の政治議論の定説となっていて、例えば長谷部恭男が憲法学で立憲主義の原理を説く際も、この思想が前提として立論されている。一方に勝利した正義の思想であるリベラル・デモクラシーを置き、他方に敗北した悪の思想である共産主義を置き、その二項対立の図式でイデオロギーと政治体制の根本を整理し、現代社会の基本的な価値観を教説し理解するという思考と論理は、今日の常識であり、青少年が学校教育で身につける信念である。



社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_17363638.pngだが、こうした「価値観」の一般論をそのまま受容し是認するのは危険であり、民主主義の捉え方としても誤解があるということは、これまで幾度も問題提起してきた。フクヤマに反駁しなければならない最も重要な論点は、その20世紀の民主化を担ってきた主体は誰かということだ。その内実と真相に立ち入れば、フクヤマや佐々木毅の平板なテーゼは簡単に破綻してしまう。フクヤマは第1章の叙述で、世界の各国の例を出し、ここも民主主義になった、あそこも民主主義に変わったと言い、まるで小学生のような一覧表を並べ、普遍的な流れが独裁政治から民主政治への移行であると説く。ギリシャやポルトガルやスペインの民主化を例示し、自説の正しさを強調している。だが、然らば問いたいが、そのとき、欧州各国で独裁体制を民主化して行った主力の政治勢力は誰だったのか。ギリシャの軍事独裁政権に抵抗して最も弾圧を受けた主体は誰だったのか。欧州現代史の具体論に踏み込むまでもなく、われわれ日本の戦後政治史がその真実をよく物語っている。本当のところは、ダワーが説くごとく、左派こそが日本国憲法の理想を地上に引き下ろしたのだ。


社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_14310465.png革新勢力と呼ばれた日本の戦後の左派 - 現在のしばき隊の左翼リベラルとは異なる - が、いわゆる「平和と民主主義」の運動によって、憲法の紙の上に書かれた自由と民主主義を日本社会に実質化させたのである。そのことは、丸山真男が『現代政治の思想と行動』の中で基礎づけているとおりで、戦後日本で「民主化を押しすすめ」たのが「相対的に『左』の集団」だったという有名な一節がある。日本もそうだが、日本だけでなく韓国もそうだったし、フィリピンやタイなど東南アジア諸国の事情も同様だろう。日本の「平和と民主主義」の運動を担った勢力とは、まぎれもなく革新勢力であり、共産党や社会党を支持する政治的立場の市民であり、すなわち社会主義者だった。社会主義・共産主義の理想を持つ者たちが、戦後日本の民主化運動の中心的役割を担ったという客観的事実は否めない。そして重要なのはここからで、その民主化運動を常に妨害し、逆流の方向へ動かすべく干渉してきた右派の反動勢力の実在があり、その二つの対抗と衝突のプロセスこそが日本の戦後政治史の歩みだったということだ。例えば、具体的には岸信介である。高度成長前の右翼的な自民党である。


社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_14222013.png岸信介はリベラル・デモクラシーの人間だろう。そして今では、安倍晋三や菅義偉や麻生太郎がそうである。事ある毎に「価値観、価値観」と喚いているところの、反町理や橋下轍や櫻井よしこがそうだろう。テレビで音量高く「価値観」の語を連呼する者たち。こうして政治的具体性を明らかにしていくと、佐々木毅が高らかに勝利宣言して称揚するリベラル・デモクラシーを積極的に奉じる主体の中身がよく分かろうというものだ。この者たちは、少し前までは保守反動のカテゴリーで括られていた異端の政治集団である。岸信介こそまさに保守反動の巨魁で、戦後民主主義を否定し、日本を戦前の政治体制に戻そうとした政治家だった。その嫡流が安倍晋三であり、青バッジを胸に光らせている日本会議の面々に他ならない。岸信介がめざした政治的方向性に民主主義の要素はなく、民主化を阻止しようとしたのが岸信介と自民党だ。そのことの思想的な本質は、09年に下野した自民党が作成した憲法草案を見ても明瞭だろう。リベラル・デモクラシーの元来の思想的観点から見たとき、自民党憲法草案は明らかに復古反動の性格が濃厚で、権威主義の政治体制とイデオロギーを正直に条文化したものだ。


社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_14223149.png二項対立で図式化した一方の価値観であるリベラル・デモクラシーを、勝った勝ったと言い、その絶対性と普遍性と永久性をやかましく謳い上げている政治勢力が、米国のネオコンであり、日本の産経文化人であり、およそ民主主義の理念とは縁遠い日本会議と反動政治家である点は、皮肉であり滑稽であり、欺瞞であり倒錯であると言える。日本の自由民主党という党名は、少し前までは何とも胡散臭い名称に聞こえ、名が体を表していない政党名だった。現在もその傾向は残るが、革新勢力が強かった時代は特にその印象が強く、要するに自由民主という意味は反共という意味であって、自由と民主主義のない全体主義のソ連中国に対抗するという防共の意味においてのみ、その自由民主の看板が正当化されていたと言うに尽きる。レーニンが西欧的な議会を「ブルジョワジーのおしゃべり小屋」と呼んで頭から否定し、プロレタリア独裁(人民民主主義)を正当化したところの、いわゆる「ブルジョワ民主主義」批判やそれへの蔑視の観念が左翼内で広く成立していたのも、口ではリベラル・デモクラシーを担いでいた親米右派が、実質的に非民主的な反動勢力であったからという背景を無視できない。


社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_14340707.pngもう一つ、共産主義の崩壊・敗北とリベラル・デモクラシーの勝利・普遍化については重要な論点を指摘できる。それは、ソビエト体制の幕引きを務めたゴルバチョフの人格と思想といういわば偶然の問題だ。ゴルバチョフにその気があれば、混乱と忍苦はあってもソ連はもっと体制を長続きさせることができただろう。ソ連崩壊がスムーズにマイルドに展開し実現したのは、マルクス主義の思想の根本的な誤りによる必然的結果と言うよりも、指導者ゴルバチョフの判断と選択による主体的契機の方が大きい。司馬遼太郎は、徳川幕府を平和裡に終焉に導いた徳川慶喜の才能と決断を高く評価していた。センスがよく、インテリで、政治情勢と時代動向をよく熟知し理解していた慶喜だったからこそ、大政奉還も決断できたし、鳥羽伏見の戦いの後、あっさり戦闘継続を放棄して敗者の立場に回れたのだと語っている。おかげで明治維新は流血の少ない革命となり、内戦の犠牲を最小に抑えた幸運な近代国家への出発となった。他の無能な将軍や指導者が幕府の指揮を執っていたら、日本は清国や朝鮮に似た屈折と低迷の経緯を辿ったのではないかと司馬遼太郎は言っている。ゴルバチョフはどのような政治思想の持ち主だったのか。


社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_15063210.pngゴルバチョフは志の高い理想家だった。スターリン主義の政治と思想に対する批判と悔恨の意識を持ち、それによる内外の犠牲者に対して真摯に贖罪する理性と倫理観を持っていた。ソ連の指導者として自己批判する謙虚な精神を持っていた。理想を持った純粋な社会主義者だからこそ、理想に準じた政治を追求し、最後にはソ連崩壊という断崖に辿り着いたのだろう。20世紀の社会主義者というのは、常に内部で、内部と外部の間で、スターリン的なマルクス・レーニン主義の是非を思想闘争し、社会主義における自由と民主主義をめぐって激しく論争を続けてきた。その事実は忘れてはならない点である。日本でもそれは行われてきて、マルクス・レーニン主義を奉戴し護守する代々木法王庁が知識人から批判されるという構図と攻防が、社会主義世界(左翼世界)の日常定番の風景だった。社会主義は近代市民社会のさらに一歩先の人類の未来をめざすイデーだから、そこに自由と民主主義が全面開花するのは当然で、その要素が否定されたり後退したりという逸脱はあってはならないことだったのである。社会主義者はラディカルな民主主義者であり、保守自民党の徒よりもファンダメンタルでハイレベルな民主主義者だった。


社会主義・共産主義とリベラル・デモクラシー - ゴルバチョフと徳川慶喜_c0315619_17543445.png民主主義とは何かという理論的な基礎づけも、精力的に作業していたのは右派ではなく左派である。知識人の一般的表象はずっと左派が独占するところであり、アカデミーでは親米反共の右派は異端で、右派論者は少数派のイデオローグにすぎず、その「民主主義」は常に反共親米のシンボルでしかなかった。丸山真男の説くとおり、日本の民主主義を実態において推進してきた中核的貢献者は社会主義者であり、それが日本の社会主義者たちの伝統と自負であった。その自我と自信にノイズを入れて悩ませていたのが、マルクス・レーニン主義の正統理論(『ゴータ綱領批判』『国家と革命』)の所在であり、パリ・コミューンとロシア革命の歴史に基づく階級論と国家権力論のドグマだった。したがって、本来、ソ連崩壊は社会民主主義者にとっては福音と解放の到来を意味していたはずである。不思議なことに、にもかかわらず、社会民主主義はその後全く奮わず、日本の左翼は社会主義を棄て、しばき隊的な文化リベラリズムとアイデンティティ政治の徒に化けてしまっている。日本の左翼は転向し、社会主義から離脱した。そのため、フクヤマと佐々木毅の勝利宣言が真理として確定され、政治学の教科書の地位に座ってしまっている。産経文化人と日本会議がリベラル・デモクラシーの司祭となって、我が世の春を謳歌する次第となった。


今、何やら、フクヤマと佐々木毅のリベラル・デモクラシーの「正論」が、恰も当時のソ連東欧のマルクス・レーニン主義のような無謬のイデオロギーとして超越的に鎮座君臨し、アカデミーと一般社会を強圧的に睥睨支配している感を否めない。『1984年』のイングソックのごとく。



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by yoniumuhibi | 2021-03-29 23:30 | Comments(2)
Commented by ヤマ at 2021-03-30 08:03 x
アメリカで、66歳のモハンマド・アンワルさんが命を落とされた。アンワルさんは2014年にパキスタンからアメリカにいらして、お孫さんもおられる。
アンワルさんが運転していたウーバーイーツの車を、15歳と13歳の黒人女性2人がテーサー銃でカージャック、その際に車が横転しアンワルさんが命を落とされた。犯人の女たちもかけつけた州兵たちも救命せず、女たちに至っては車の中に私たちのスマホがあるのとそんなふざけたことを言っていたそうだ。
合掌。
アメリカで昨年末に、福島出身の阿部華子さんがひき逃げに遭い命を落とされた。 事件は12月31日に発生。犯人が盗難車で赤信号の交差点に突っ込み、歩いていた阿部さんともう1人の女性をはね、車を乗り捨てて逃走した。事件の直前にも強盗を働いた疑いがあり、車内からは拳銃と覚せい剤の一種メタンフェタミンが見つかった。この犯人の男は強盗の罪で収監されていた刑務所から昨年春に仮釈放され、その後複数回逮捕されたにもかかわらず、サンフランシスコ地区検察は刑事訴追を見送っていたので、野放しになっていたようだ。阿部さんは福島から留学され、アメリカの大学を卒業し、データエンジニアとしてSFで働いておられた。
合掌。
アジア系が命を落としても、アメリカ社会は冷たいですよ。
Commented by つばめ at 2021-03-30 11:41 x
武漢はマスクはするもののそれ以外は日常に戻っていて、ビュッフェ料理も普通に提供されています。
アクリル板で仕切って飲食してるのなんて、日本だけではありませんか?ましてや変異株にアクリル板では無理でしょう。
宮本亜門氏が日本から五輪中止を言い出すべきだと言っておられましたが、その通りですね。ドイツなど感染者が増えて、ロックダウンしていて、五輪などという雰囲気ではありません。
大阪は、自分から緊急事態宣言解除を申し出たのに、もうあっけなくリバウンドで、恥も外聞もないようですが、いかにも大阪らしいですが、事態は深刻と思います。ブログ主さんが言っておられたハンマーダンスの繰り返しで、人々はしらけきっていて、GDPだけが目も当てられない数字となるでしょう。


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