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「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー

「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14401567.png猫も杓子も「アーレント、アーレント」と言い続けて25年以上の時間が経った。その間、日本の政治は劣化を極め、右傾化の道を転がり続けた。日本の社会科学アカデミーの新しい神殿に、ロールズとアーレントの巨大な像が立ち、主神2神を祀る神官たちから「リベラル・デモクラシー」の教義が説教されるようになって久しい。それは何だったのか。今、その思想的な問い返しの時期が来ている。一言で言えば、新しく建設された神殿は「脱マルクス」の神殿であり、大衆に講釈されたのは、実のところフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」の思想と命題だった。ソ連崩壊をもって自由経済と民主主義が最終的に勝利し、その政治体制が永遠に続くという「真理」であり、「大きな物語」は終わったのだと総括して観念させる洗脳教育の大系である。そのイデオロギーには理念型があり、アメリカの自由と民主主義の社会原理と政治体制だった。「リベラル・デモクラシー」の高唱と尊崇は、現実にはアメリカの政治思想と政治体制を絶対化し、それに帰依し恭順する態度を意味していた。



「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14062361.png「リベラル・デモクラシー」の言語と表象から、誰をイメージするだろう。樋口陽一、長谷部恭男などの顔が浮かぶ。「立憲デモクラシーの会」に参加して活動しているところの、世間から見て左派の、学問的には主流で標準の学説の憲法学者の面々が浮かぶ。政治学者の方は、東大岩波系の権威勢の悉くがこの範疇に属し、右派も左派も関係なく例外はないだろうという想定に及ぶ。特に政治思想史方面はそうで、トクヴィルとアーレントを積極的に信奉する研究者だらけだ。誰もがアーレントの虜になって熱中した時代は、フクヤマを鵜呑みにして肯定した時代であり、トクヴィルに脚光が当たって精読された時代であった。「リベラル・デモクラシー」にあらずんば学者にあらず、というのが日本の政治学の現状であり、「リベラル・デモクラシー」の重鎮イデオローグたらんと小物たちが覇を競い合っているのが界隈の景観に他ならない。そこには佞悪な作為と策略があり、丸山真男の定義を「ラディカル・デモクラシー」から「リベラル・デモクラシー」に塗り替えようとする魂胆が窺える。丸山真男をアーレントに接着させ、フクヤマと同質の思想性に化合処理しようとする保守派の企てがある。


「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14063875.png「リベラル・デモクラシー」の概念は、ネットの情報ではどう解説され一般に理解されているだろうかと検索すると、面白いことに辞書や辞典のテキストは表示されない。その代わり、Wikipediaの「自由民主主義」がページのトップに出力され、そこから語義を探り辿るという作業と進行になる。「リベラル・デモクラシー」の意味は、日本語の「自由民主主義」にあっさり変換され等値され、その通念で単純に固められて提示されるという仕組みになっているのである。笑ってしまう話だが、それが真実であり本質なのだ。「リベラル・デモクラシー」とは、とどのつまり、自由民主党が掲げている政治思想のことなのである。Wikiの説明では、(1)議会制民主主義と複数政党制を認め、(2)個人の自由を重視するのがその柱だとある。最近の安倍晋三と菅義偉による耳に煩いプロパガンダから加えれば、(3)法の支配も要素に入れていいだろう。彼らは、これを「自由と民主主義の価値観」と呼び、「わが国の価値観」だと執拗に頻繁に繰り返して強調している。その意味は、日本は中国のような共産党独裁の国家ではなく、一党独裁の政治思想は容認しないということだ。


「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14071757.pngさて、それでは現実の日本の政治はどうかと言うと、所与の既成政党の中で最も民主主義政治を牽引し、国内の政治を民主主義の実質に方向づける原動力となっているのが共産党であること、この評価は政治を多少知る者にとっては常識で自明の事項だろう。この野党の存在がなく、議会での活動と抵抗がなかったら、日本は今のレベルの自由と民主主義をおよそ実現できない。この観点は証明不要で、右翼以外に疑ったり難癖をつける者はあるまい。共産党を欠けば、報道自由度ランキングや民主主義指数などの、世界の諸国と比較した自由と民主主義の水準は、もっと低い位置に下がるに違いないし、司法が裁判を通じて保障する基本的人権の中身も、今よりずっと低い程度に切り下がるだろう。この仮説を否定する政治学者がいたら手を挙げてもらいたい。政党の看板として共産主義を掲げ、自由民主主義とは異質でアンチテーゼとなる理念を戴き、かつまた、そのために自由民主主義者から攻撃の標的にされている共産党が、日本の政治の中で最も民主主義の実績と機能を持っているという事実は、非常に皮肉なことであり、日本独自のパラドクシカルな政治的現実である。


「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14134193.pngだが、これは事実として否定できない重要な問題で、丸山真男はその意味を正しく認めて論じており、論文『現実主義の陥穽』の「追記及び補注」にある簡潔な指摘で確認できる(未来社旧版 P.513 を参照)。丸山真男の思想が「リベラル・デモクラシー」ではなく「ラディカル・デモクラシー」である所以は、この決定的な分析視角にこそ精髄があると言える。すなわち、いわゆる戦後民主主義の思想が、現在の主流派政治学と正統アカデミーが唱導するところの「リベラル・デモクラシー」とは根本的に違うことが、この点から明確になるはずだ。われわれは、その視角から今の「リベラル・デモクラシー」論の正体を炙り出す必要があるのであり、不動の教理として喋々される「リベラル・デモクラシー」のイデオロギー性を暴いて覚醒する必要がある。結局のところ、日本のアカデミーがしたことは、自民党の党の理念を無条件に肯定し、米国の政治体制と日米同盟を称揚し、フクヤマの思想を社会科学の絶対的教義として定置し復唱しまくったというに尽きる。フクヤマ以前の、「政治改革」以前の、日本の健全な民主主義の思想と政治を否定し、歴史と記憶を歪め抹殺しているだけなのだ。


「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14540306.pngアーレントの政治思想とトクヴィルの政治思想史学とは、実のところ、そういう真相であり、そうした政治実践と裏表の知的ムーブメントである。極論すれば、保守反動のイデオロギーの台頭と興隆と支配だ。一昨年だったか、18歳以上が選挙で投票権を持つ有権者になるということで、文科省が高校での主権者教育の指導を始め、教師が生徒に選挙のための授業を試みる場面があった。何やら、各政党の政策公約を読んで要点を比較整理し、政党別に(代理者となって)発表・訴求させ、模擬投票を行う取り組みをNHKが取材していた。果たして、自分が社会科の教師だったら、高校生に何を語って教育すればいいのかと、思い悩んで考え込んでしまう。各政党の政策を頭に入れさせる前に、それぞれの政党がどんな政党なのか、どんな社会を目指し、何を理念として綱領を持つ政党なのか、その基本を教えないといけないだろう。党の理念は党名に掲げられる。そして、日本の現実政治では、社民と共産が一塊のグループであり、それ以外の政党(自民・立憲・国民・公明・維新)が一塊の大きなグループであり、その二つの集合の間に太い線が引かれる。社会民主主義政党と自由民主主義政党の二つである。


「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14240236.pngその基本的図解を前提として生徒の頭に入れさせないといけない。無論、ほとんどの生徒は理解しているだろうが。太い線で左右に分かれる基本政策の違いは何かというと、ズバリ、日米安保に賛成か反対か、憲法9条について改憲か護憲かである。このとき、右側の大きなグループに入る諸政党のイデオロギーこそ、アカデミーが教説し喧伝するところの「リベラル・デモクラシー」なのだ。立憲民主党は、政局上の立場と主張こそ共産党に近く、「野党共闘」の主翼を標榜しているけれど、党がコミットし党員が即く理念は自民党と大差ない。同類である。「リベラル・デモクラシー」だ。党が出発した25年前は、きわめて新自由主義的な性格を表明していて、それが最先端で普遍的な潮流だと言わんばかりの姿勢で、ロールズ主義(米国志向)を前面に押し出した政党だった。相手が高校生であっても、誠実な社会科教師たらんとすれば、その真実を生徒に教えないわけにはいかないし、正しく現代政治史を説明しないわけにはいかない。その上で、政党間で対立し差異が出る選挙公約を検討・判断してもらう必要がある。そういう、政党を根本から教える骨太の授業でなければ、社会科(学)の政治教育にはならない。


「リベラル・デモクラシー」とは何か - アーレントとトクヴィルの正統アカデミー_c0315619_14210628.png選挙で投票の選択肢となる政党の中で、共産党以外は「リベラル・デモクラシー」に立脚する政党なのだ。少なくともタテマエ上はそうだ。ここに、政治学と社会科学の正統アカデミーが「リベラル・デモクラシー」を担いでいる意味の問題がある。要するに、端的に言えば、共産党を異端として排除しているのであり、社会主義政党を用無しとして無視することをアカデミーがオーソライズしているのであり、「政治改革」を正当な選択として教理的に基礎づけているのだ。そのことに薄々気づいている高校生・大学生が、積極的に共産党・社民党を支持する動機を見出すのは容易なことではないだろう。「リベラル・デモクラシー」の政党に投票することが妥当で普通だと、高校生は学び取る。その政治認識を身につける。そのことはまた、授業でなくてもテレビの報道番組で絶えず教えていることである。自民党が若者から支持されているのは、早い話、「リベラル・デモクラシー」の意義を大学が学生に検証なく教育しているからであり、今の政治学の学説と講義がそうなっているからだ。自由民主主義のみが正義の信条であり、それに挑戦したり超克を試みる思想は不埒な異端だという規定なのだ。アメリカが理想であり価値の源泉なのだ。


本来、日本の政治学は「リベラル・デモクラシー」の矛盾を衝き、そのイデオロギー性を看破し警戒する学問だった。「リベラル・デモクラシー」を担ぎ嘯く勢力の反動と逸脱を批判し、現実を理念に近づけるのが使命だった。丸山真男の政治学はそうだった。なぜ、日本では共産党こそが最も民主主義を活性化し、民主主義の価値実現に貢献するのか、そのようなパラドクシカルな現象が起きるのか、自民党の政策と権力が自由民主主義の理念を潰す方向に作用するのか、そのことを解明し論証して社会科学の知識にできるのが政治学だった。マルクスとウェーバーの像が撤去され、アーレントとロールズが神殿に鎮座したアカデミーは、無知と盲目の軍団が群れ屯す卑俗と欺瞞の園となってしまった。


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by yoniumuhibi | 2020-11-02 23:30 | Comments(0)


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