松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント




19世紀の政治発展において、アメリカは相対的にヨーロッパから切り離された独自の道をたどったから、革命が国民的記憶の中に位置を占めるその定着のしかたも、フランスとアメリカでは同じではない。アメリカでは革命と合州国憲法は一体としてアメリカ人の歴史的アイデンティティを形成する核となり、自然、ヨーロッパ史に対するアメリカ史の独自性が強調された。(略)これに対して、革命とクーデタによる体制の変革が繰り返された19世紀のフランスにあって、フランス革命の評価は世論を二分する最大の論点であり(略)革命史は一貫して時代の政治状況と不可分なイデオロギー的意味あいをもって書かれた。(略)しかも、世紀転換期には、社会主義運動の高まりを背景に、フランス革命の未完の社会主義革命をみるジョレスの革命史が広範な読者を得る。
(略)東欧とロシアの社会主義の崩壊は、フランス革命史学のこのようなあり方を一変させ、(略)マルクス主義の階級分析を否定する「修正主義」の勝利は明らかであった。(略)戦争と革命の世紀としての20世紀の経験についての独自の考察を背景に、アメリカ革命とフランス革命のユニークな比較を行ったのがハンナ・アレントである。フランス革命が「社会問題」の拘束ゆえに失敗したのに対して、アメリカ革命は新たな政治制度の「創設」という革命本来の課題を達成した近代唯一の本当の革命であるというのが彼女の基本的視点である。(P.90-91)
(略)東欧とロシアの社会主義の崩壊は、フランス革命史学のこのようなあり方を一変させ、(略)マルクス主義の階級分析を否定する「修正主義」の勝利は明らかであった。(略)戦争と革命の世紀としての20世紀の経験についての独自の考察を背景に、アメリカ革命とフランス革命のユニークな比較を行ったのがハンナ・アレントである。フランス革命が「社会問題」の拘束ゆえに失敗したのに対して、アメリカ革命は新たな政治制度の「創設」という革命本来の課題を達成した近代唯一の本当の革命であるというのが彼女の基本的視点である。(P.90-91)

革命は、市民が公的領域に参加し、始まりをもたらすという人間の能力を発揮する特別な機会である限りにおいて、アレントの興味を引く。この意味での革命としてもっとも成功を収めたのは、アメリカの民主主義革命である。逆に、惨憺たる失敗に終わったのはフランス革命であり、また、フランス革命を模倣したロシア革命である。フランス革命が失敗したのは、それが民衆の貧困という社会問題の解決に迫られて、いつの間にか、人民の福利の追求が革命の目的になってしまったからである。飢餓という肉体の必然に駆り立てられ、そこからの解放をめざすということは、自由の創設という、政治革命が本来果たし得た目的とは決して相容れない。(略)アレントによると、建国期のアメリカにおいては、貧富の差や極端な困窮の問題が相対的には切迫したものではなかった。建国の指導者たちは、圧政や貧困からの解放よりは、新秩序の建設という純粋に政治的な事業に専念することができたのである。しかも、その革命は、暴力によって一切の権力的支配の打倒を試みる無政府主義的な反乱ではなく、畏敬の念をもって永続的に保守されるような権威をうちたてることをめざしたものであった。(P.233-204)

敢えてしばき隊の罵倒口調を倣って言うなら、アーレントもレイシストの傾向と属性を免れてないということではないか。BLM運動はそのことを気づかせるのであり、アーレントを相対化する思想的事件が起きていることの発見へと人を導くのである。日本の政治学と社会科学の世界で確立し定着したところの、基本的で標準的な視座が根底から揺らぐ事態が起きている。「リベラル・デモクラシー」のイデオロギーの体制がアンシャンレジームに転化する日が近いことを予感させる。アーレントのアメリカ革命論(一方的な絶賛と美化)には根本的な欠陥があると言わざるを得ない。













by yoniumuhibi
| 2020-10-22 23:30
|
Comments(5)

ロ-ルズやアーレント、またBLMへの歴史的視点、敬服して読みました。小生らの年代の者には、ロールズなど単なる米国学界での一流行、アーレントはフランクフルト学派の傍流でハイデッガーの情事の相手、くらいの認識しかなかったものですが、近年、高校の政治経済教科書などでは一番大きく取り上げられるようになり、何のこっちゃと戸惑いがありました。それだけ日本の学問世界が一層輸入学問に覆われているということなのかもしれませんね。それぞれ研究に値する立派な学者には違いありませんが。
公民と切り離された歴史科はもちろんのこと、高等学校公民(もうすぐ公共になる)科においても、経済の根本的な説明が、生産・流通・消費という観点で、家計、企業、政府の関係によってなされていると記述される。最初確認した時にはひっくり返りそうになりました。生産は企業によってなされるもので、そこで働く人間の「労働」はまったく消し去られている。政治の所を見ても、選挙は「政治参加」であって、「主権者としての国民」(国民と人民の問題はここではおく)など影も形もない。そもそもこの世界の富を生み出しているものは何なのか。「諸国民の富」の源泉は?という経済学の根本は忘れられ、ゴールドマンサックスの連中が富を生み出しているかのような錯覚に陥っている。そうした結果が現在の日本の惨状なのでしょう。現代金融資本のありかたや、現代政治のうわべの潮流(かつての英国労働党、近年の米国民主党の社会政策論)はもちろん大切に学ばなければなりませんが、根本視点が変わってしまっている。
書いていただいたマルクスへの思いに触発されての駄文、失礼しました。
公民と切り離された歴史科はもちろんのこと、高等学校公民(もうすぐ公共になる)科においても、経済の根本的な説明が、生産・流通・消費という観点で、家計、企業、政府の関係によってなされていると記述される。最初確認した時にはひっくり返りそうになりました。生産は企業によってなされるもので、そこで働く人間の「労働」はまったく消し去られている。政治の所を見ても、選挙は「政治参加」であって、「主権者としての国民」(国民と人民の問題はここではおく)など影も形もない。そもそもこの世界の富を生み出しているものは何なのか。「諸国民の富」の源泉は?という経済学の根本は忘れられ、ゴールドマンサックスの連中が富を生み出しているかのような錯覚に陥っている。そうした結果が現在の日本の惨状なのでしょう。現代金融資本のありかたや、現代政治のうわべの潮流(かつての英国労働党、近年の米国民主党の社会政策論)はもちろん大切に学ばなければなりませんが、根本視点が変わってしまっている。
書いていただいたマルクスへの思いに触発されての駄文、失礼しました。
2

パックンはご家庭の事情で、高校卒業まで新聞配達をされていたとのことです。パックンは聡明ですが、悲しみもたくさん知ったうえで、学業をきちんと成し遂げて、日本に来てからの種々の理不尽や不合理とも明るく付き合いながら、魅力的なパフォーマンスで私たちを楽しませてくれています。
その番組は見ていませんが、パックンがそのように仰ったのには、理由があるのでしょう。
パックンやロバート・モーリーソンが大統領選の番組に出ていますが、いいことだと思います。話がわかりやすいです。そしてSNSでも日本在住アメリカ人、またアメリカ在住日本人の大統領選に関する見解を知ることができます。とてもいい時代だと思います。科学者のロバートゲラー先生のSNSも私は非常に参考にしています。(なお、ゲラー先生はツイッターで貴アカウントをフォローしておられるようですよ。)
その番組は見ていませんが、パックンがそのように仰ったのには、理由があるのでしょう。
パックンやロバート・モーリーソンが大統領選の番組に出ていますが、いいことだと思います。話がわかりやすいです。そしてSNSでも日本在住アメリカ人、またアメリカ在住日本人の大統領選に関する見解を知ることができます。とてもいい時代だと思います。科学者のロバートゲラー先生のSNSも私は非常に参考にしています。(なお、ゲラー先生はツイッターで貴アカウントをフォローしておられるようですよ。)

駄文続きすみません。
私たちの世界の富を生み出す源は、お金がお金を生む錬金術の魔法ではなく、企業内部奥底の労働現場における労働、生産にあるということ、この当たり前の根本が中学高校の学習からする知的世界から蒸発してしまっている。伊東光晴のものを最後に、そうした視点をもつ教科書もなくなりました。
世界金融資本の統制下で「最大限の平等な自由、でも社会的経済的な不平等が条件次第でいくらでも是認される」政治と、共産党一党独裁下で独自の社会主義を掲げ「人民のために奉仕する」政治と、この両方を見すえて、新しい視点を探さねばなりません。もっと中国での政治、経済上の議論についての論評が増えるといいですのにね(IT・金融・科学技術は言うまでもありませんが)。
学生たちに考える例題としていつも提示していたことに、GHQによる戦後日本の民主化改革があります。戦前日本についての講座派マルクス主義の社会科学的分析は当然前提ですね。そこで、経済的民主化のために最初になされたことが理論的に正しいという問題です。すなわち、労働三法(今や規制緩和の掛け声の中でボロボロになった)、中でもその最初が何であったか。それが労働組合法、労働者の権利を守りそれへの分配を増進向上させるためには、資本家に対抗する力が必要だということです。それなしに、単に政治が上から指令しても労働現場も賃金水準も変わりはしない。労働三法の制定順序が、真っ先に早く労働組合法であるということの意味です。
19世紀社会科学で明らかにされてきた真理として、マルクスとウェーバーがあり、その延長上の政治変革としてのドイツ革命やロシア革命の帰趨によって現代ではそれらが無視されがちだとしても、そこで明らかにされた人間社会の真実は決して揺らぐものではない。小生らの世代ではマルクスとウェーバーは対立的にとらえられがちでしたが、ほんとうに読めばウェーバーはマルクスを前提に語っている。階級闘争と、それを前提にした政治権力の正統性(国家の存在を前提にするのではなく、支配のあり方から国家権力を考察する経験科学の方法)の解明。
そうした社会科学上の真理は、万有引力の法則と同じで、否定しても消えるものではない。きちんと認識しないと「水に沈む」。若い人たちに少しでも真理の「浮き」を供給するために、共に努力しなければと思いました。

今回のBLM運動が盛り上がっている時に、TWで、コンラッドの「闇の奥」の翻訳者、藤永茂さんの2007年のブログ(Another Bloody Racist?)が紹介されていたので読んでみました。アーレントの「全体主義の起源」にある「レイシズムは帝国主義の思想的武器」南アフリカのブーア人論が私しばき隊ではないけれど、もうドストライクのレイシズム。初版が1953年だとしても、中々キツい。藤永さんはEuropean Mindと言ってる、たぶん黄色人種に対しての感情も大差ないんじゃないか? 凡庸な悪のアイヒマンに気を取られがちなので、アメリカ革命絡みでのアーレントは凄く勉強になったし、日本で誰も彼もアーレントな理由がよくわかりました。

https://www.yzzk.com/article/details/封面專題/2020-25/1592451817922/港獨攻擊香港BLM幕後
この記事を御覧ください。香港で発行されている華字週刊誌、亜州週刊の記事です。香港在住のアフリカ系の人々がBLM運動に同調して声をあげたら、香港独立などと喚いている恥知らずどもが「中共のスパイ」呼ばわりして公然と攻撃している、ことを批難する記事です。
およそ植民地主義・帝国主義と人種差別は非常に密接な関係がある。人種差別が大嫌いな人が帝国主義を公然と擁護するはずがない。反人種差別の運動を公然と攻撃する輩が帝国主義を批判しているわけがなく、民主主義も本心では全否定でしょう。
「誰が君を褒めるか言ってみたまえ。君の過ちが何なのか教えてあげよう」とは、「あなたはそいつらの都合のいいコマに成り下がっている」という意味の、レーニンの名言です。米帝の後押しを密かにどころか公然と受け、それを得意げに威張りかえるような連中の正体がよくわかります。
ついでですが、この亜州週刊、チェックしておくといいですよ。
https://www.yzzk.com
拠点こそ香港ですが、「TIME」をモデルにした1987年の創刊以来、全世界の華人向けに編集されていて、日本にも特派員が常駐しているそうです。その人の記事は、こんな感じ。
https://www.yzzk.com/blogger/毛峰
この記事を御覧ください。香港で発行されている華字週刊誌、亜州週刊の記事です。香港在住のアフリカ系の人々がBLM運動に同調して声をあげたら、香港独立などと喚いている恥知らずどもが「中共のスパイ」呼ばわりして公然と攻撃している、ことを批難する記事です。
およそ植民地主義・帝国主義と人種差別は非常に密接な関係がある。人種差別が大嫌いな人が帝国主義を公然と擁護するはずがない。反人種差別の運動を公然と攻撃する輩が帝国主義を批判しているわけがなく、民主主義も本心では全否定でしょう。
「誰が君を褒めるか言ってみたまえ。君の過ちが何なのか教えてあげよう」とは、「あなたはそいつらの都合のいいコマに成り下がっている」という意味の、レーニンの名言です。米帝の後押しを密かにどころか公然と受け、それを得意げに威張りかえるような連中の正体がよくわかります。
ついでですが、この亜州週刊、チェックしておくといいですよ。
https://www.yzzk.com
拠点こそ香港ですが、「TIME」をモデルにした1987年の創刊以来、全世界の華人向けに編集されていて、日本にも特派員が常駐しているそうです。その人の記事は、こんな感じ。
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