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松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント

松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント_c0315619_13520395.png西洋政治思想史の研究世界から見たとき、今年の最も重大な事件はBLM運動だろう。今年最大というより、この10年、否、30年の時間軸で最大のマグニチュードの激震だったと言っていい。ソビエト崩壊の前後にレーニン像が次々倒され、NHKが「社会主義の終焉」を放送して国民に価値観の転換を促し、諸事全般、社会諸制度全体の基礎をなす価値基準を大きく変えたのが30年前だったが、今年、アメリカでジェファーソンの銅像が引き倒された。1990年代以降、日本では「リベラル・デモクラシー」が政治の普遍的価値として奉祀され、絶対的教義として信仰されるようになった。社会科学のご本尊様の位置からマルクスとウェーバーが消え、ロールズとアーレントが鎮座してアカデミーの臣民諸衆を睥睨するようになる。「リベラル・デモクラシー」とは、畢竟、アメリカの政治体制のことであり、アメリカの政治理念の意味であり、アメリカ民主主義のモデルに表象漂着するものだ。この30年間の日本と世界を支配したイデオロギーシンボルが、その標語で、ロールズとアーレントの学説が核心に据えられていた。



松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント_c0315619_13571558.pngそこから現実世界で何が起きたかというと、政治では、今に続く劣化と堕落の起点となり槓杆となった「政治改革」のムーブメントが吹き荒れ、経済では、ロールズの「格差原理」に基づく格差の是認によってネオリベ法制の推進と構造化が遂行され、金融とITが米国資本に蹂躙され占領されるところとなった。9条は棄てられ、自衛隊は米軍の従属部隊となり、集団的自衛権が法制化され、FMSで米国製武器を爆買いするようになった。日本の国家方針であった平和主義は解体され、それを精神的に支えた戦後民主主義の思想は否定された。戦後民主主義にとって最大の敵であったはずの日本軍国主義は、やすやすと肯定され、8月15日に靖国に参拝するのが国民にとっての当然の行動様式にされている。今や遂に、米国の番犬となって中国と戦争しようと決意する終着駅にまで辿り着いた。日本は米国のイヌとなり、日本人は米国資本の餌になった。戦後民主主義が、次に克服しようとした敵であったアメリカ帝国主義は、日本軍国主義と同様、言葉すら蒸発して消えてしまっている。戦後民主主義の精神を支えたのが、マルクスとウェーバーの日本社会科学であったこと、言うまでもない。


松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント_c0315619_13443559.png先週、報道1930を見ていたら、アメリカの建国年をめぐる歴史認識の問題が話題となり、「1619プロジェクト」とその論争が取り上げられていた。その中で、番組出演者のパックンが、自分は「1619」を支持すると言い、きわめてラディカルな歴史認識の立場を主張する場面があり、意外な前向き発言に驚かされた。1787年にアメリカ憲法が制定されたとき、その憲法体制下には黒人奴隷の存在が構造的に組み込まれていたのであり、そんな憲法は歴史的にだめだと堂々と言うのである。さすがに進取の気風を旨とするアメリカ人はどんどん前へ行き、過去にとらわれず新しい潮流に目を開き、伝統的なアイデンティティに拘泥することがない。特に、パックンのような現代のグローバル時代のエリートはそうなのだろう。私がアメリカ人であれば、ジェファーソン像の引き倒しは「やり過ぎ」の不逞を感じるに違いないし、不朽の名作で国民的古典だった『風と共に去りぬ』が一瞬で否定された「文化大革命」の疾風怒濤には動揺を禁じ得ない。だが、現代のアメリカは先を走っていて、パックン的な進歩的態度は決して異端ではないのだ。特にNYなどの知的水準の高い地域では。


松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント_c0315619_14041394.png松本礼二の『近代国家と近代革命の政治思想』の主役は、やはりトクヴィルのアメリカ民主政治の理論で、全体がその構成で整理され、思想史の通史がよく配置されている。が、議論の影の主役というか、主題となり基調となっているのは、アーレントのアメリカ革命賛歌である。フランス革命は失敗し、アメリカ革命は成功したというアーレントの規定だ。トクヴィルが言ったことをアーレントが言っているという説明が強調され、アーレントを通じてトクヴィルの意義が説得されている。革命とデモクラシーとは違うのであり、峻別しなくてはならないという保守主義の政治哲学のメッセージである。要点の部分を引用しよう。


19世紀の政治発展において、アメリカは相対的にヨーロッパから切り離された独自の道をたどったから、革命が国民的記憶の中に位置を占めるその定着のしかたも、フランスとアメリカでは同じではない。アメリカでは革命と合州国憲法は一体としてアメリカ人の歴史的アイデンティティを形成する核となり、自然、ヨーロッパ史に対するアメリカ史の独自性が強調された。(略)これに対して、革命とクーデタによる体制の変革が繰り返された19世紀のフランスにあって、フランス革命の評価は世論を二分する最大の論点であり(略)革命史は一貫して時代の政治状況と不可分なイデオロギー的意味あいをもって書かれた。(略)しかも、世紀転換期には、社会主義運動の高まりを背景に、フランス革命の未完の社会主義革命をみるジョレスの革命史が広範な読者を得る。

(略)東欧とロシアの社会主義の崩壊は、フランス革命史学のこのようなあり方を一変させ、(略)マルクス主義の階級分析を否定する「修正主義」の勝利は明らかであった。(略)戦争と革命の世紀としての20世紀の経験についての独自の考察を背景に、アメリカ革命とフランス革命のユニークな比較を行ったのがハンナ・アレントである。フランス革命が「社会問題」の拘束ゆえに失敗したのに対して、アメリカ革命は新たな政治制度の「創設」という革命本来の課題を達成した近代唯一の本当の革命であるというのが彼女の基本的視点である。(P.90-91)


松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント_c0315619_14001195.pngアーレントが、フランス革命を失敗だったと総括し、アメリカ革命の成功と優越を謳い上げるのには理由と根拠がある。何よりフランス革命には血みどろの恐怖政治(テロル)があり、ナポレオン帝政の軍事独裁に繋がり、殺戮と破壊と混乱の野蛮な歴史をもたらしているからである。一方、アメリカ革命にはそれがなく、近代的な理性の下で、自由と民主主義の政治制度と社会秩序が合理的に着々と築かれたという認識をアーレントは措く。そうしたコントラストによる評価と規定である。全体主義に帰結したロシア革命は不毛な悪であり、それを媒介したフランス革命は愚かな失敗だと切り捨て、トクヴィルと同じ認識に立つ。


革命は、市民が公的領域に参加し、始まりをもたらすという人間の能力を発揮する特別な機会である限りにおいて、アレントの興味を引く。この意味での革命としてもっとも成功を収めたのは、アメリカの民主主義革命である。逆に、惨憺たる失敗に終わったのはフランス革命であり、また、フランス革命を模倣したロシア革命である。フランス革命が失敗したのは、それが民衆の貧困という社会問題の解決に迫られて、いつの間にか、人民の福利の追求が革命の目的になってしまったからである。飢餓という肉体の必然に駆り立てられ、そこからの解放をめざすということは、自由の創設という、政治革命が本来果たし得た目的とは決して相容れない。(略)アレントによると、建国期のアメリカにおいては、貧富の差や極端な困窮の問題が相対的には切迫したものではなかった。建国の指導者たちは、圧政や貧困からの解放よりは、新秩序の建設という純粋に政治的な事業に専念することができたのである。しかも、その革命は、暴力によって一切の権力的支配の打倒を試みる無政府主義的な反乱ではなく、畏敬の念をもって永続的に保守されるような権威をうちたてることをめざしたものであった。(P.233-204)


松本礼二著『近代国家と近代革命の政治思想』を読む - BLMと脱アーレント_c0315619_13444749.pngこのアーレントの言説は、今日のトランプ政治とBLM運動を凝視した上で反芻したとき、あまりに、ナチスから身を保護してくれた米国に対するリップサービスが過ぎるとは言えないか。アーレントと松本礼二が、アメリカ革命をかく讃えるのは、フランス革命とロシア革命のような恐怖政治がなかったという点に集約されるように窺われる。だが、アメリカ革命とアメリカ民主政治の歴史には、実際には巨大な流血と悲劇があり、原住民を暴力で絶滅させるジェノサイドがあった。それこそが革命の生々しい過程であった。そこにはウクライナのホロドモールと同じ歴史があった。膨大な革命の犠牲者がいた。その真実に対するアーレントの盲目はどうだろう。インディアンはその国の政治に関わる人間ではないとでも言うのか。平穏に自由と民主主義の理想的地平が築かれたという大地には、夥しい数のインディアンの血が流れ、すべてを狡猾に残忍に奪われて否定された無念が染みこんでいる。19世紀前半の人であるトクヴィルはいいだろう。私は許せる。だが、20世紀の思想家であるアーレントに、この歴史認識の欠落と人道的視線の不在は許せない。失格だ。


敢えてしばき隊の罵倒口調を倣って言うなら、アーレントもレイシストの傾向と属性を免れてないということではないか。BLM運動はそのことを気づかせるのであり、アーレントを相対化する思想的事件が起きていることの発見へと人を導くのである。日本の政治学と社会科学の世界で確立し定着したところの、基本的で標準的な視座が根底から揺らぐ事態が起きている。「リベラル・デモクラシー」のイデオロギーの体制がアンシャンレジームに転化する日が近いことを予感させる。アーレントのアメリカ革命論(一方的な絶賛と美化)には根本的な欠陥があると言わざるを得ない。


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by yoniumuhibi | 2020-10-22 23:30 | Comments(5)
Commented by 印藤和寛 at 2020-10-22 21:04
 ロ-ルズやアーレント、またBLMへの歴史的視点、敬服して読みました。小生らの年代の者には、ロールズなど単なる米国学界での一流行、アーレントはフランクフルト学派の傍流でハイデッガーの情事の相手、くらいの認識しかなかったものですが、近年、高校の政治経済教科書などでは一番大きく取り上げられるようになり、何のこっちゃと戸惑いがありました。それだけ日本の学問世界が一層輸入学問に覆われているということなのかもしれませんね。それぞれ研究に値する立派な学者には違いありませんが。
 公民と切り離された歴史科はもちろんのこと、高等学校公民(もうすぐ公共になる)科においても、経済の根本的な説明が、生産・流通・消費という観点で、家計、企業、政府の関係によってなされていると記述される。最初確認した時にはひっくり返りそうになりました。生産は企業によってなされるもので、そこで働く人間の「労働」はまったく消し去られている。政治の所を見ても、選挙は「政治参加」であって、「主権者としての国民」(国民と人民の問題はここではおく)など影も形もない。そもそもこの世界の富を生み出しているものは何なのか。「諸国民の富」の源泉は?という経済学の根本は忘れられ、ゴールドマンサックスの連中が富を生み出しているかのような錯覚に陥っている。そうした結果が現在の日本の惨状なのでしょう。現代金融資本のありかたや、現代政治のうわべの潮流(かつての英国労働党、近年の米国民主党の社会政策論)はもちろん大切に学ばなければなりませんが、根本視点が変わってしまっている。
 書いていただいたマルクスへの思いに触発されての駄文、失礼しました。
Commented by コスモス at 2020-10-23 00:22
パックンはご家庭の事情で、高校卒業まで新聞配達をされていたとのことです。パックンは聡明ですが、悲しみもたくさん知ったうえで、学業をきちんと成し遂げて、日本に来てからの種々の理不尽や不合理とも明るく付き合いながら、魅力的なパフォーマンスで私たちを楽しませてくれています。
その番組は見ていませんが、パックンがそのように仰ったのには、理由があるのでしょう。

パックンやロバート・モーリーソンが大統領選の番組に出ていますが、いいことだと思います。話がわかりやすいです。そしてSNSでも日本在住アメリカ人、またアメリカ在住日本人の大統領選に関する見解を知ることができます。とてもいい時代だと思います。科学者のロバートゲラー先生のSNSも私は非常に参考にしています。(なお、ゲラー先生はツイッターで貴アカウントをフォローしておられるようですよ。)
Commented by 印藤和寛 at 2020-10-23 08:10

 駄文続きすみません。
 私たちの世界の富を生み出す源は、お金がお金を生む錬金術の魔法ではなく、企業内部奥底の労働現場における労働、生産にあるということ、この当たり前の根本が中学高校の学習からする知的世界から蒸発してしまっている。伊東光晴のものを最後に、そうした視点をもつ教科書もなくなりました。
 世界金融資本の統制下で「最大限の平等な自由、でも社会的経済的な不平等が条件次第でいくらでも是認される」政治と、共産党一党独裁下で独自の社会主義を掲げ「人民のために奉仕する」政治と、この両方を見すえて、新しい視点を探さねばなりません。もっと中国での政治、経済上の議論についての論評が増えるといいですのにね(IT・金融・科学技術は言うまでもありませんが)。
 学生たちに考える例題としていつも提示していたことに、GHQによる戦後日本の民主化改革があります。戦前日本についての講座派マルクス主義の社会科学的分析は当然前提ですね。そこで、経済的民主化のために最初になされたことが理論的に正しいという問題です。すなわち、労働三法(今や規制緩和の掛け声の中でボロボロになった)、中でもその最初が何であったか。それが労働組合法、労働者の権利を守りそれへの分配を増進向上させるためには、資本家に対抗する力が必要だということです。それなしに、単に政治が上から指令しても労働現場も賃金水準も変わりはしない。労働三法の制定順序が、真っ先に早く労働組合法であるということの意味です。
 19世紀社会科学で明らかにされてきた真理として、マルクスとウェーバーがあり、その延長上の政治変革としてのドイツ革命やロシア革命の帰趨によって現代ではそれらが無視されがちだとしても、そこで明らかにされた人間社会の真実は決して揺らぐものではない。小生らの世代ではマルクスとウェーバーは対立的にとらえられがちでしたが、ほんとうに読めばウェーバーはマルクスを前提に語っている。階級闘争と、それを前提にした政治権力の正統性(国家の存在を前提にするのではなく、支配のあり方から国家権力を考察する経験科学の方法)の解明。
 そうした社会科学上の真理は、万有引力の法則と同じで、否定しても消えるものではない。きちんと認識しないと「水に沈む」。若い人たちに少しでも真理の「浮き」を供給するために、共に努力しなければと思いました。
Commented by 長坂 at 2020-10-23 15:15
今回のBLM運動が盛り上がっている時に、TWで、コンラッドの「闇の奥」の翻訳者、藤永茂さんの2007年のブログ(Another Bloody Racist?)が紹介されていたので読んでみました。アーレントの「全体主義の起源」にある「レイシズムは帝国主義の思想的武器」南アフリカのブーア人論が私しばき隊ではないけれど、もうドストライクのレイシズム。初版が1953年だとしても、中々キツい。藤永さんはEuropean Mindと言ってる、たぶん黄色人種に対しての感情も大差ないんじゃないか? 凡庸な悪のアイヒマンに気を取られがちなので、アメリカ革命絡みでのアーレントは凄く勉強になったし、日本で誰も彼もアーレントな理由がよくわかりました。
Commented by 米帝大嫌い at 2020-10-23 21:03
https://www.yzzk.com/article/details/封面專題/2020-25/1592451817922/港獨攻擊香港BLM幕後
この記事を御覧ください。香港で発行されている華字週刊誌、亜州週刊の記事です。香港在住のアフリカ系の人々がBLM運動に同調して声をあげたら、香港独立などと喚いている恥知らずどもが「中共のスパイ」呼ばわりして公然と攻撃している、ことを批難する記事です。
およそ植民地主義・帝国主義と人種差別は非常に密接な関係がある。人種差別が大嫌いな人が帝国主義を公然と擁護するはずがない。反人種差別の運動を公然と攻撃する輩が帝国主義を批判しているわけがなく、民主主義も本心では全否定でしょう。
「誰が君を褒めるか言ってみたまえ。君の過ちが何なのか教えてあげよう」とは、「あなたはそいつらの都合のいいコマに成り下がっている」という意味の、レーニンの名言です。米帝の後押しを密かにどころか公然と受け、それを得意げに威張りかえるような連中の正体がよくわかります。
ついでですが、この亜州週刊、チェックしておくといいですよ。
https://www.yzzk.com
拠点こそ香港ですが、「TIME」をモデルにした1987年の創刊以来、全世界の華人向けに編集されていて、日本にも特派員が常駐しているそうです。その人の記事は、こんな感じ。
https://www.yzzk.com/blogger/毛峰


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