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トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口

トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口_c0315619_12280632.png不毛で惨憺たる米大統領選討論会が行われ、昨夜(9/30)のテレビ報道はその話題一色だった。予想されたことだが、劣化と荒廃が凄まじい。CNNのジェイク・タッパーは「私が見た中で最低の討論会だった。実際のところ、討論会でさえなかった。恥さらしだった」「間違いなく言えることは一つある。米国民が敗北した、ということだ」と嘆いている。ダートマス大のチャールズ・ウイーランは、「カオスを極め、礼節を欠き、見苦しい、過去最悪のテレビ討論会だった」「手に負えない幼稚園のクラスのようで、米国人の多くを失望させただろう」「討論会は米国社会の分断の深さを示す象徴でもあった」「投票日以降に暴力や社会不安が生じることを強く懸念している」と総括している。昨夜の報道1930で紹介されていたが、ニューヨークタイムズやワシントンポストなどもタッパーと同様の厳しい論評を上げている。日本の報道で気になるのは、この米国の醜態を晒した討論会について、「泥仕合」とか「非難合戦」の表現を当て、トランプとバイデンの両方に責任があると判定していることだ。



トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口_c0315619_12281706.png喧嘩両成敗の立場であり、どっちもどっちという見方である。この見解は、CNNやニューヨークタイムズの論評とはニュアンスが若干違う。米メディアの認識は、泥仕合にした張本人がトランプであると指弾していて、まともな討論をしようとせず、挑発と侮辱だけを意図的に乱発して討論会を壊したトランプに責任の大半を帰している。その上で米国政治の失墜と凋落を嘆いている。嘆きには苦悶があり、倫理的内面的な要素と質量が窺われる。こうした大統領を選んで恣に暴走させていることへの自責がある。米国の自壊の進行に対する悲憤と鬱懐がある。だが、日本のマスコミの見方はそれとは異なり、両者の責任をイーブンに認めていて、討論会が醜悪な泥仕合に堕した原因が何かを追及せず、真に責任のある者を咎めない。外国の政治のことだから、自責だの悲憤だのには至らないのかもしれないが、この疑似中立的で事なかれ主義的な、安易なパターン処理の概評は、客観的には、トランプ擁護の地平に偏った誤った態度であり、妥当で的確なジャーナリズムの意見とは到底言えない。


トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口_c0315619_12283110.pngトランプが矢継ぎ早にバイデンに対して誹謗中傷を繰り返し、「極左」だのと嫌がらせを連発して挑発し、悪質なデマを含む侮辱と人格攻撃を一方的に畳みかけるのに対して、それに「黙れ」と反論するバイデンの行為がなぜ不当視され、喧嘩両成敗の裁定へと帰着する総括へと収斂されてしまうのか。これでは正当防衛の概念が成立する余地はないではないか。侮辱にも罵倒にも、黙って我慢し無視を貫けと言いたいのだろうか。その選択をすれば、メディアは逆にバイデンの耄碌と怯弱を言い上げ、逃げ腰だと批判し、バイデンの資質を不活性で無気力と論って酷評しただろう。トランプの手法は生放送の場を周到に利用した悪質な挑発で、法的には名誉毀損となる犯罪行為である。しばき隊の手口と瓜二つだ。しばき隊は今回のトランプと全く同じ手法で、ツイッターで標的の政敵に対して先手先手で誹謗中傷し、恫喝し、嘲笑し、嗜虐し、執拗に揚げ足取り攻撃を反復させた。ツイッターも、メンションの機能を悪用されるとテレビの生放送と同じで逃げ場がない。暴力の嵐をまともに受けて防ぎようがない。


トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口_c0315619_12284225.pngしばき隊と同じで、トランプには最初から政策討論する気などなく、侮辱と揶揄を一方的にまくしたて、悪辣なデマ攻撃を重ね、バイデンが挑発に乗るのを誘い、「泥仕合」の口喧嘩の応酬で圧倒して捻じ伏せることを狙っていた。木村太郎の「解説」によると、90分間それをやり続ければ、77歳のバイデンは体力に限界が生じ、脳の回転に支障が生じ、呂律が回らなくなったり、狼狽えたり黙ってしまったりするだろうと踏み、そうした失態の場面を発生させることをトランプは狙ったのだと言う。しばき隊の暴力の手口とそっくり同じ。こうして罵詈雑言を続け、相手を神経衰弱にした挙げ句、しばき隊は「論破した」だの「正義が勝った」だのと吹聴していた。トランプが作為し実行しているのは暴力であり、討論ではなく暴行なのだから、本来、民主主義政治のディベートの場にしようとしているテレビ局は、トランプを物理的に制止して公共の秩序を守らなくてはならないはずだ。当該行為を暴力だと定義し、トランプのマイクを消音するとか、司会以外の誰かがトランプの言動を阻止する必要がある。


民主主義政治は対話と議論の上に成立するのであり、主権者である国民に判断材料を提供する手続きこそが命だ。真摯な対話と討論を拒否し、暴力で相手を捻じ伏せ、プロセスとルールを壊し、手段を選ばず権力を維持しようとするトランプに、民主主義政治の参加者としての権利と資格を認めてよいのだろうか。トランプは米民主主義政治の破壊者であり、であれば、権力の一翼を担う米マスコミ(=第四の権力)は、それ相応の対応と処断をすべきであり、現職の大統領だからといって日本人がするような卑屈で前近代的な忖度は無用だろう。日本のマスコミの真似は見苦しいのでやめてもらいたい。


トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口_c0315619_14102009.png暴行が目的の人間を出演させても意味がない。ルールを守れない者に民主主義政治のプレイヤーになる条件はないのである。それが大原則だ。暴力は無用だ。暴力を手段にする者を政治に参加させてはならない。米国民主主義の劣化を嘆いたり、「米国民の敗北」に悩むのなら、その原因を作っているトランプを排除しなければならないのであり、トランプにルールを守らせる物理的強制を措置する必要がある。実際、トランプに馬鹿にされ貶められているのは米国民であり、それを許しているのは米マスコミなのだ。トランプにルールを遵守した正常な討論を期待する方が間違っているし、正規の行動が生放送で進行すると予定する方が勘違いが甚だしい。トランプには自制心や誠実さはないし、遵法精神や規範意識は欠片もない。トランプは、具体的な論点で自分に不利な発言が出ると、脊髄反射的に「極左」だの「テロリスト」だの「社会主義者」のヘイトワードを飛ばし、話の腰を折って議論を妨害する作戦に出た。これもしばき隊の常套手段であり、敵には常に「ネトウヨ」と「レイシスト」のラベルが貼られた。


トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口_c0315619_12403911.pngその宣告によって敵対者への暴力を正当化する人格否定が行われ、堰を切ったようにリンチ攻撃が続く。ルワンダ虐殺のとき、殺害されたフツ族は、政権側のツチ族によって最初は「ヘビ」と規定され、虐殺の後半では「ゴキブリ」と規定され、「駆除」の対象とされ、殲滅が肯定された。しばき隊はその古典的手法で誹謗中傷を扇動したのだが、トランプが同じ方法を再現していて気分が悪い。「泥仕合」とか「非難合戦」とか言って意味を消極化する前に、これは暴力の政治なのであり、リアルの暴力に直結してゆく重大な伏線なのだ。さて、一方、米国のマスコミ以上に退廃と錯乱の果てにいるのは日本の論者で、中林美恵子のような、あの「討論」を不当な暴力とも逸脱とも捉えず、民主主義の自壊とも言わず、トランプとバイデンのゲームと捉え、どちらが何点取ったと評論している者たちである。プロの競馬評論家のようなことをやっている。論外としか言いようがない。危機感の無さに驚き呆れる。中林美恵子らの言説は、この「討論会」を当然なものとして日本人に受け止めさせ、何も異常はないという認識に誘導している。


トランプの無法に寛容な日本のマスコミ – しばき隊を彷彿させる暴力の手口_c0315619_12561536.png米国のマスコミ論者には、一歩踏み込んで、スマイルズの格言である「一国の政治は国民を映す鏡にすぎない」を引用してもらいたかった。トランプ政治は、現在の米国民のレベルの反映なのであり、そのことを米国民自身が自覚して猛省する必要があるのだ。分断は深まっている。前回の記事で、米国は口数が少なくなったと書いたが、4年前は、親トランプ派と反トランプ派の間で侃々諤々の激論が行われ、相互の説得が試みられていた。その結果、家族の間でも分断と亀裂が起きたりしたが、少なくとも4年前は、互いの正義と信条に基づいて、米国人らしく言葉での論争と葛藤があった。今は、それが断念され放棄されている。もう論争はなく、罵り合いの口論にしかならず、その延長上の野蛮な殴り合いにしかならず、さらには過激派間の銃撃戦までが見通されている。2年前の中間選挙のときは、中傷の応酬をしながら、まだ両者の論争に多少の熱があったが、今は、両者は心が通じ合う存在ではなく、アルメニア人とアゼルバイジャン人のような憎悪し合う関係に成り果てている。時間は分断を深める方向にのみ作用し、コロナ禍という国難も米国を一つにする契機にならなかった。


良識ある米国市民にとって、トランプとの戦いは自分自身との戦いであり、米国とは何かを考え、考え抜いて、思想的な答えを導く厳しい戦いである。トランプが傷つけているのは、バイデンとバイデン支持者の人格と名誉だけでなく、米国の政治と社会なのだ。米国の国家と国民の尊厳を傷つけているのだ。トランプは政治に勝つために暴力を使っている。公正で中立な立場の者は、体を張ってそれを止め、米国を暴力と価値喪失から守らなくてはならない。


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by yoniumuhibi | 2020-10-01 23:30 | Comments(4)
Commented by アン at 2020-10-02 11:23 x
学術会議についての貴ツイートの件、私も同じように考えておりました。
菅は前政権の汚れ仕事を取り仕切ってきました、山口と詩織さんの件、沖縄での強権(知事から工事の認可権を取り上げるスキーム)、官僚の人事権掌握、キャスター追放、前川さんへの中傷。こう書き並べてみて、もう民主主義国家ではなくなっているのを感じます。
今回の菅の動きを是とはしません。しかし、今回の件で野党が大騒ぎしても、国民は支持しないと思います。
いま一番学問の権利が奪われてるのは、大学生ですよ。ひどい大学は、一時期学生のキャンパスへの立ち入りを禁じていた。電車乗って会社には行くのに、学生が大学にも行けないのはおかしいでしょう。学術会議が真剣に取り組むべきは、若者の学ぶ権利の保障でしょう。何かやっていますか?
そして国立大学の教員でも、「批判ばかりする」という理由で左翼っぽいことが嫌いな人間が結構います。政治を勉強していないのです。2004年の遠山プランの時から経済的に迫害が始まって、2012年の安倍ー菅独裁政権で国内の民主主義が破壊されて、いまになって「学問の自由」といっても、遅いのですよ。
Commented by コスモス at 2020-10-02 13:18 x
憲法学 小沢教授 安保関連法案について国会の中央公聴会で違憲性を指摘
刑事法 松宮教授 国会の参考人質疑で共謀罪について「戦後最悪の治安立法」と批判
政治思想史 宇野教授「安保保障関連法に反対する学者の会」呼びかけ人
歴史学 加藤教授「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人。
キリスト教学 芦名教授「安保保障関連法に反対する学者の会」「自由と平和のための京大有志の会」賛同者
行政法 岡田教授 辺野古について政府の対応に抗議する声明を発表

これは明確な弾圧ですね。内調かどこかに調査させたのでしょう。
一方で、黒川の時は、安倍を守るために黒川が優遇されて稲田検事総長が引きずりおろされるのは許せない、と世論が盛り上がりました。権力者の私利私欲は許さないと世論は思ったわけです。
今回は、任命権で議論するのは菅の思うつぼでしょうね。(法律家は任命権や過去の国会答弁を持ち出しているようですが)菅は任命権を盾にして、いざとなれば学術会議廃止くらい打ち出すかもしれません。
弾圧をするな、と抗議すべきでしょう。
Commented by 和久希世 at 2020-10-02 20:16 x
こんな記事を書きましたので一応ご報告します。

アメリカ大統領候補者討論会についての報道に対するマスコミ批判に思ったこと
http://blog.livedoor.jp/dendrodium/archives/84057902.html
Commented by そよかぜ at 2020-10-03 12:58 x
「中井浩二 学術会議の果たした役割とその退潮」という報告文書がネット上にありますが、戦後まもない時期には、日本の学術研究を推し進めるうえで、大きな役割を果たしました。
しかし、現状では「え、この人?」というような何の業績もない、政治力だけの人間が入っていることも事実です。今回任命されなかった6人は、学術的良心に基づいておられる方で、この方たちが排除されてそれに抵抗できないならば、もう価値はないですよね。
学術会議そのものを廃止するのもありと思いました。あえて、国家公務員として任命する必要があるのか疑問です。
そして、研究費そのものが削減されているのに、学術会議で年間10億の予算を浪費する必要があるのでしょうか?
また、フクシマの放射能問題についても、学術会議として世にアピールする見解が出せていない以上、もう存在価値もないでしょう。
また、戦後間もない時期に自然科学の共同研究所推進をするうえで学術会議は大きな役割を果たしましたが、いまは、総理大臣や関係閣僚も出席する科学技術会議(CSTI)で、大規模プロジェクトを決めています。
もちろんこの問題を見過ごすことはできませんが、ただ、今議論すべきはコロナ対策、米中との外交、コロナ禍の経済対策です。コロナ禍で自殺者が増えるのはこれからと言われています。
コロナと経済の両立ではなく、コロナをゼロにして、感染対策をしつつある程度安心できる生活をしなくては、社会がもたないと思います。


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