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内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか

内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_15444874.png先週22日、内田樹が『コロナ後の世界』というインタビュー形式の小論を発表して話題になった。ツイッター画面右横に出る「おすすめトレンド」に載っていたので一瞥したが、違和感を覚える内容だったので感想を述べたい。政治学の観点から看過できない議論が並んでいる。

― 今回、中国の成功と米国の失敗が明らかになった。それが「コロナ以後」の政治体制にもつながってくるわけですね。

内田 そうです。今後、コロナ禍が終息して、危機を総括する段階になったところで、「米中の明暗を分けたのは政治システムの違いではないか」という議論が出て来るはずです。(略)少なくとも現時点では、アメリカン・デモクラシーよりも、中国的独裁制の方が成功しているように見える。欧州や日本でも、コロナに懲りて、「民主制を制限すべきだ」と言い出す人が必ず出てきます。(略)国民を監視・管理するシステムにおいて、中国はすでに世界一です。




内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_15070641.pngコロナ禍の危機と厄災が世界と日本を覆う中、コロナ後の世界を展望する議論が上がり、その中で、米中の力関係が崩れて中国が台頭する未来への警戒感が強調されている。マスコミ報道の中で特に目立つのは、左派ないしリベラルに属すると見られる論者たちからの、ほとんど常軌を逸した、ヒステリックな中国憎悪の主張の連打と乱発である。具体的には、4月19日のサンデーモーニングでの寺島実朗の発言、4月26日の同番組での姜尚中の発言、4月25日のTBS報道特集での日下部正樹の発言などが挙げられる。中国を独裁国家と決めつけ、独裁国家である中国のコロナ封じ込めの成功を忌み嫌い、その意義をムキになって否定し、中国の全体主義への悪罵と呪詛を刷り込むという言論である。ネットの中でも、しばき隊左翼を中心にして、同類の反中プロパガンダが執拗かつ獰猛にシャワーされている。第三次世界大戦の破局が危惧される中、この危険で無責任な言論状況は到底黙過できない。


内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_15160326.png内田樹の民主主義論の問題点を指摘したい。政治学を学んだ者にとって、民主主義に二つの側面があること、すなわち、①制度としての民主主義と ②運動としての民主主義 の二つがあることは自明の理だ。初歩の学問的認識である。この理論は丸山真男によって提供されたもので、戦後民主主義の範疇における基本的で常識の命題と言ってよい。われわれ護憲派の信念でもある。民主主義は、デモスの支配、すなわち支配される者が支配するという逆説を本質的に内包した思想であり、その理念の実現は常に「永久革命」の裡にある。民主化の不断の運動の中で理念を実現するものであり、制度が十全に成立しているからといって決してそこに民主主義が存在するわけではないのだ。丸山真男は、「民主主義は現実には民主化のプロセスとしてのみ存在し、いかなる制度にも完全に吸収されず、逆にこれを制御する運動としてギリシャの古から発展してきたのである」と言っている(『現代政治の思想と行動』旧版 P.574)。


内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_14520341.png内田樹だけでなく、寺島実郎や姜尚中や日下部正樹だけでなく、中国を独裁国家と規定し、日本を民主主義国家と規定し、そうした平板でステレオタイプな対立概念を無前提に置いて両国を比較する論者は圧倒的に多い。だが、丸山真男のセオリーに立ち返ったとき、それがいかに素朴で杜撰な思考であり、身贔屓な傲慢と無知に基づく固定観念かを思い知ることになるだろう。例えば、言論の自由について見ると、報道の自由度ランキングの指標において日本は66位であり、先進国の中で異常に低い位置にある。この報道の自由度ランキングについては、それを屡々取り上げて日本の劣等を言い上げるのは、内田樹などもっぱら左派の論客である。欧米を前にしたときは、欧米諸国の優位を言い、日本の未熟と後進を言う。それを政権批判の材料にする。だが、中国を前にしたときは、一転して日本は優等で別格だと言い張り、その優越意識を微動だにさせることがない。だが、丸山真男の「運動としての民主主義」の論に即いたとき、真実と実相はどうだろうか。


内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_15065077.png中国には言論の自由はない。共産党独裁の統制国家である。だが、中国の市民は監視の目をかいぐって微博を駆使し、裏技を精力的に動員してネット空間に言論の自由の隙間を作っている。努力と工夫をする。ITの統制に対してITで対抗する。捕縛され収監される危険を冒して、果敢に当局の不正と腐敗を告発し、権力に対抗する意見発信を試みようとする。プロテストする。その全てを共産党は圧殺することはできない。また、人権侵害に遭った市民を救援しようと挺身する弁護士の不屈の活動もあり、弾圧の中で自由と民主主義の一歩前進を求め、体制と折り合いをつけながら粘り強く闘っている者たちがいる。そこに、中国社会の次の理想と目標が息づいている。経済的豊かさを手中にした彼らが、次に進んで達すべき段階と地平が見えている。緊張感がある。デモも多い。抗議行動が多いから監視カメラが必要で、武力警察の予算が膨らむのだろう。しばき隊学者の定義では「デモ=民主主義」だから、デモの多い中国はデモの少ない日本より民主主義的な国となる理屈になるはずだ。


内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_15131922.pngいずれにせよ、運動としての民主主義という視角から採点したとき、日本と中国の民主主義の内実の評価は、内田樹が粗雑に描くほど単純なものではあるまい。どれほど民主的な法制度が完備・制定されていても、民主主義を担う者の主体性が弱ければ、実質的に独裁政治が機能してしまうのである。そのことは、眼前の安倍政治(安倍一強・官邸独裁)の実態が後世の教科書の記述となり、教訓として語られるに違いない。国会と政党は機能していない。官僚もマスコミも、安倍晋三に奉仕し忖度するロボットと化し、安倍晋三の方を向いてのみ業務している。安倍晋三と米国のために予算を使い、安倍晋三と米国を喜ばせるために職業し、そうすることで、上級国民としての出世と収入を得て満足している。それで国家が完結し、どこからも抵抗らしい抵抗が起きない。事態改善の芽がない。大衆世論は政権を支持している。緊張感がない。3か月経っても、マスコミ(朝日新聞・TBS)はPCR検査がなぜ増えないのかジャーナリズムできない。能力がない。コロナを発症しても下級国民は検査してもらえない。


内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_14505210.png一昨年、角川ソフィア文庫の『民主主義』に内田樹が解説を書いていて、これも業界で少し話題になっていた。「解説」についての論評は別の機会にしたいが、70年前に文部省によって書かれた中学高校生向けの民主主義読本が、非常に内容の濃い、水準の高いものであることを内田樹は認めている。また、戦後すぐの時期の日本政府の民主主義概論が、民主主義を担う精神に何より着目して力点を置き、制度ではなく精神こそが重要なのだと教説していることを発見し、カルチャーショックを受けて紹介している。ここで文部省が強調している精神は、ウェーバーのエートス論に置き換えて読んでいいだろう。そして、丸山真男の言う「運動としての民主主義」を担う主体性と理解してもいいだろう。エートスとは倫理のことである。端的に言って、日本の民主主義が機能不全なのは、倫理が欠如しているからであり、倫理が決定的に薄弱だからだ。エートス論の視圏から今回のコロナ禍の中国・韓国・日本三国の対応を比較したとき、私は、決して内田樹が言うように、中国が独裁国家だから対策に成功したとは思わない。


内田樹の短絡 – 民主主義とは何なのか、中国はなぜ対策に成功したのか_c0315619_14504290.png対策の成功は、上からの強制の契機ではなく、むしろ下からの自発性と団結・連帯・協調・自制の契機にある。そう言えよう。対策に成功した中国と韓国に共通しているのは、政府と政策に対する信頼と、国家と社会の保全を担う国民のエートスだったと言っていい。中国の場合は、鍾南山の指導への国民の信頼と結束がキーだっただろう。成功の理由は中国と韓国で類似している。私は、両国の成功の秘訣は、両国の政権と政策がソシアルな性格で、国民が倫理を有していたからだろうと考察している。それが明解な答えだろうと確信している。翻って、対策の失敗が明らかな日本はどうだろうか。有名なスマイルズ『自助論』の一節が想起されるではないか。

一国の政治というものは、国民を映し出す鏡にすぎません。(略)立派な国民には立派な政治、無知で腐敗した国民には腐りはてた政治しかありえないのです。

スマイルズの格言から照射したとき、コロナ対策の日中の彼我はどのように整理され総括されるのか、日中の国民の質は如何なのか。日本の国民の質の低下、途方もない劣化と無能と退廃は何によって媒介されたのか。内田樹に問いたい。


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by yoniumuhibi | 2020-04-27 23:30 | Comments(3)
Commented at 2020-04-28 10:00
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 長坂 at 2020-04-28 10:27
内田先生には「独裁」か「民主主義」かなら「天皇主義」か「民主主義」かも是非考えてもらいたいものです。
対COVID-19の戦勝国韓国、ドイツ、台湾、ニュージーランドって別に独裁国じゃないし大苦戦中の日米と比べたら何が原因かすぐわかる気がしますが。
エンゲルス風に「空想から科学へ」と「科学から空想へ」の差?
最新テクノロジー駆使、合理的科学的判断、人命重視でガンガンやれる国と検査せず数を弄り、苛斂誅求を放置、武運長久「汚染マスク」配給で誤魔化すシンゾージャパンや漂白剤注射でオッケーのトランプUS(ただUSはメディアがちゃんとファクトチェックをする)との差。

残虐行為に耐え抗日で生まれた国と3・1の気高い宣言を礎にする国をとにかくdisらないとやっていけないテレビや新聞が潰れ、文化人枠から追放されない様必死なリベラルがコロナ後一掃されますよう。
Commented by みきまりや at 2020-05-03 13:26
 庶民に、政治を自分のものとする意識の希薄な国という人間たちのグループは、その経済も道徳も生への愛なども感度が薄くなり、危機意識も鈍くなってゆくのかな…などと私は考えます。
 『戦後史の正体』孫崎享著を読んだことが思いだされます。その中で終戦後、“占領軍による検閲への参加”が述べられ、その大作業に高度の教育がある日本人が、5000人破格の高給で採用され、彼らは米国の方針に逆らえば追放され、すり寄れば大きな経済的利益を手にすることができ、その構図は今日まで続いているということであった。
 当時のGHQが占領国の何もかもを調べ検閲していた目線で、今は日本人たちである安倍内閣が、この国のことをその目線で見ている…“桜を見る会”とかを開催して。
 触覚を研ぎ、真実を追い、その結果を庶民に発信するのが、ジャーナリストの誇り、使命なのではと思いますが、マスコミにその若々しい鋭さ、強さが仮死状態だとしたら、庶民自身が自分のものである政治について発言し、文章なども書いて正解を探り続け、同じ考えの者の数を増やしてゆかなければ!今のコロナのような感染力で!などと、新型コロナウイルスの、静かで確実で異常な広がり方に、力を感じてしまいます。


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