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日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム

日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム_c0315619_15000136.jpg1965年に結ばれた日韓基本条約について、日本のマスコミ報道があまりにそれを美化し、神聖で絶対的な取り決めのように説明していることに違和感を覚えます。徴用工問題の韓国大法院の判決以来、BS-TBSの松原耕二の番組をはじめ、国内の報道番組では日韓基本条約がずっと話題に上がるのですが、必ず自民党議員や保守論客が出演し、日韓基本条約と日韓請求権協定を金科玉条のように言い挙げる場面が続いています。これによって日韓の信頼関係が築かれ、長い友好発展の礎になったとか、両国の安定と繁栄を支えてきた基盤だとか、そのように賛美する言い方がされます。そうした言説に対して、スタジオに同席している者が異論を差し挟む局面がありません。誰もチェックを入れず、日韓基本条約を客観視し相対化する視点を入れないのです。北方領土問題をめぐる56年日ソ共同宣言がまさに同じ扱いで、テレビに出ずっぱりの鈴木宗男がエバンジェリズムのマシンガンを連射し、56年宣言の無謬性と神聖性を刷り込む独演会が続きました。それに誰も異論を唱えませんでした(木村汎だけを例外として)。テレビの前で呆然とするばかりで、まさに浦島太郎の気分です。



日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム_c0315619_15001283.jpg民主化が進み、国内で言論の自由が確立した90年代前半、日韓関係を問い直す世論と運動が韓国で勢いを増し、折から慰安婦問題が浮上して、93年に河野談話が出る展開となります。村山談話が発表された95年は、戦後50年の節目の年であると同時に日韓基本条約から30年の記念年で、過去を清算して日韓関係を新たな地平に押し上げようという気運と期待が溢れたときでした。この年、終戦の日に村山談話が発表される直前、岩波書店が「世界」の臨時増刊で『敗戦50年と解放50年』と題した特集号を出します。8月1日発行の別冊版でした。日韓の知識人が揃い踏みし、「和解と未来のために」をテーマにしたシンポジウムを東京とソウルで開催、その基調報告と討論記録を一冊に纏めました。事務局を担ったのは、岩波書店社長の安江良介と韓国クリスチャン・アカデミー院長の姜元龍。出席したオールスターズは、日本側が、坂本義和、大江健三郎、井出孫六、鴨武彦、宮崎勇、原寿雄の面々、韓国側が、李庭植、金芝河、池明観、金容徳、金泳鎬、趙淳、金鎭炫などです。さらに和田春樹と隅谷三喜男、網野善彦、加藤節などの豪華な顔ぶれもセッションに加わっていました。いま読み返しても中身は全く古くなっておらず、むしろ新しく、価値のある知的成果だと私は確信します。

日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム_c0315619_15002480.jpgこの日韓シンポジウムで最も焦点となって議論された一つが、65年の日韓基本条約の総括であり、この場に集った日韓の知識人が討論で共通認識を示すことでした。早速、韓国側がこの条約をどう見ていたか確認をしましょう。現在も基本的に認識は変わってないはずです。李庭植(当時ペンシルベニア大)がこう提起しています。「1965年の国交正常化以降、韓日関係において一番基本的な問題は、韓日基本条約自体が韓国や日本で国民の全幅的な支持を受けていない条約であったということである。特に韓国においてそうであった。条約締結のための交渉が進められていた期間中に、朴正煕政権は戒厳令を敷き、四個師団の陸軍兵力をソウルに出動させなければならなかった事実を思い起こせば、韓国内の反応がどんなに熾烈であったかがわかるであろう。韓国側の反対派は韓日条約を屈辱的な条約であると非難し、日本では社会党をはじめとする左翼勢力が韓日条約は日本をして朝鮮半島の分割を永久化し、日本を冷戦の荒波に飛び込ませるものでるとして反対した。しかし為政者達は彼らが当面していた問題を妥結するために反対派を制圧し条約を施行するようにした。特に朴政権は日本の資金を必要とした」(P.16-17)。

日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム_c0315619_15003667.jpg「彼はそのために様々の屈辱的な譲歩をしたが、韓日間の交渉は富裕で頑固な地主と飢えた小作農との交渉に酷似していた。李承晩大統領があれほど重視した過去に関する問題でもそうであったし、いわゆる賠償金問題でもそうであったし、漁業問題でもそうであった。日本政府は朴政権に不利な条件を押しつけ利益を得ようとしたが、韓国人の反日感情を増幅させた。解放されて20年ぶりにあった韓日条約締結は、韓国のまた一つの世代に体験を通して憤怒に満ちた反日感情を持たせるようにしたのである」(P.17)。また、姜萬吉(当時高麗大学)は討論で簡潔にこう述べています。「私の考えでは、韓日条約には二つの問題があります。その一つは、前文にもどこにも日本の韓国支配の歴史に触れてない点、もう一つは、賠償条約になり得なかった点です。賠償の名前もつけることができず、おかしな名目で、わずかな金額を受け取って締めくくってしまったことが、大きく誤った点だと考えます」(P.53)。この問題提起に対して安江良介がこう応じている。「姜先生のいわれた日韓条約の二つの基本的問題点ついて、私はまったく同意見です」(同)。TK生のペンネームで「世界」に「韓国からの通信」を連載していた池明観の主張も載っていますので抜粋しましょう。

日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム_c0315619_15004828.jpg「朴正煕政権の対日姿勢というのは、低姿勢即ち『屈辱外交』であるほかはなく、これに対する韓国国民の抵抗は燃え盛るばかりであった。(略)しかしかつての日韓関係を清算するという決意を持たず、これからアジアの平和と繁栄に対して日本がどのような参与をなすべきかについて展望を持っていなかった日本政府には、韓国の軍事政権こそ日韓会談の相手として最適であると考えられたと言わざるを得ない。実に朴正煕政権は日本が近視眼的な国家利益を目指して線引きをし、打算的な外交を展開するのにはもっとも有利な相手であった」(P.45)。再び李庭植に戻って、その結論となる和解のための提言を紹介しましょう。至言です。「韓日条約に対する葛藤をはじめとして政府次元のさまざまな葛藤は、両国国民間の距離を縮めるのに障害となってきたが、両国民が接近するのに一番大きな障害になったのは、やはり過去の歴史に対する認識の差異であった。この問題は過去50年間あまりに頻繁に議論され、両国民は食傷ぎみになっているといっても過言ではない。日本帝国主義の統治期間に対する葛藤は、韓国側が力説してきた過去の過ちに対する贖罪の問題と、日本人が主張してきた功に対する評価の問題の対立として要約されるが、葛藤の基本的問題は歴史に対する客観的な省察の欠如からきている」(P.19)。

日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム_c0315619_15041507.jpg「過去に対する問題は謝罪でのみ解決されるものではない。地に伏せて土下座をしたとしても怨恨を解消するのは難しい。形式的な謝罪よりも相手の感情を理解しようとする心を持つことが重要であると思う。何よりも過去に対する客観的な知識を獲得し省察する機会を持たねばならない」(P.20)。こうした韓国知識人側の批判があり、この岩波シンポジウムが冊子として編集され発行された日付が8月1日。実際に店頭に並んだのは7月でしょうが、それから間もない8月15日、日本政府は村山談話を発表します。まさしく韓国側の批判と要請に応えた形で、謙虚な態度で言葉を選び並べ、日本の新たな外交基本指針となる考え方を内外に宣言しました。24年前のことであり、記憶を甦らせることはさほど難しいことではありません。草案の作成には司馬遼太郎が関わりました。24年前の日韓の議論を振り返り、村山談話の意義にあらためて光を当てるべきだと思います。なぜ、かくも一方的かつ一面的に、65年の日韓基本条約が積極的に揚言され、水戸黄門の印籠のように翳され、村山談話が報道と論壇から隠され、誰も口にせず忘却しているのでしょう。本来、岩波のような論壇業者が、24年前の安江良介を倣って、日韓の著名文化人を集め並べ、共同シンポジウムを開催するときなのではありませんか。

日韓基本条約の歴史認識 - 95年の岩波主催・日韓シンポジウム_c0315619_15053001.jpg


by yoniumuhibi | 2019-02-04 23:30 | Comments(1)
Commented at 2019-02-04 16:15 x
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