リベラルからソシアルへ - 2019年、時代の底流

c0315619_13451801.jpg平成の30年間(1989-2018)はどんな時代だったのか。今、テレビでそれが語られている。私なりに言えば、この30年間はリベラリズムの時代だった。そして、アメリカが絶頂の時代だった。30年前から25年前、書店の店頭は「解体脱構築」の大ブームで、いわゆる現代思想が一世風靡した時代だったが、その中でも特に脚光を浴びて思想世界で台頭していたのがジョン・ロールズとハンナ・アーレントの二人だった。アーレントについては、丸山真男が『戦中と戦後の間』のあとがきで言及しており、名著『全体主義の起源』全3巻は政治学を学ぶ者の必読文献とされていたから、いわば親近感のようなものがあったが、ロールズは大学時代に特に講義を受けた記憶がなく、あの『正義論』が急に学界と論壇で持て囃され、猫も杓子も「ロールズ、ロールズ」と言い始めた思想状況の出現については、何か唐突な感じがして、奇異に思ったことを覚えている。その後、時を経て、ロールズとアーレントは、まさに揺るぎもしない現代社会科学の二大巨頭の地位を占めるに至った。今の大学生には、あるいはアカデミーで研究職を得ようとする者にとっては、マストの思想的存在になっている。



c0315619_13464056.jpg嘗てのマルクスとウェーバーの地位をロールズとアーレントがリプレイスし、日本の社会科学界における、いわば絶対的権威として君臨しているように見える。このことはどういう意味を持つのだろうか。昨年9月に出た神島裕子の『正義とは何か』(中公新書)では、ロールズについて次のように紹介されている。「現代正義論は、アメリカの哲学者ジョン・ロールズの『正義論』から出発します。ロールズは一九六〇年代に公民権運動を経験するなかで、社会のすべての人々の自由と権利のために、<公正としての正義>と称される正義を構想しました。この思想的立場は『リベラリズム』と呼ばれ、『福祉国家の哲学的基礎』としての地位を確立しました」(P.20)。世間一般の通念では、ロールズの哲学が米国民主党の思想的基軸になっているという認識だから、この神島裕子の説明で正しいのかもしれないが、「福祉国家」という言葉と、私がロールズの「リベラリズム」について持つ感覚とは、正直なところあまりよく接着しない。何故かというと、アメリカは福祉国家のイメージと整合しないからだ。われわれは、ロールズの「公正」の言葉に惑わされているのではないかと疑う。

c0315619_13465246.jpgロールズとは何かというと、結局、アメリカの偉大な政治哲学者だということだろう。ロールズ以前、アメリカにはこれと言って看板になる本格的な政治哲学者や政治思想家はいなかった。ロールズは、アリストレス以来の西洋の自由主義の政治思想を総括し、天才的で画期的な理論体系を構築した20世紀の哲学者であり、英国のホッブズやロック、フランスのルソー、ドイツのカントに匹敵し比肩するところの、アメリカが生んだ巨人であり、この系譜で教科書で語られる理論家だと言えるだろう。ロールズの意義を評価することに私はやぶさかではないが、ロールズの「リベラリズム」に過度の期待を抱くことには警戒しなくてはならないのではないか。要するに、その中核にあるのは個人の自由と権利であって、何より個人の自由が大事だという思想に他ならない。ロールズが称賛され、現代の社会科学の教祖となって行った過程は、ネオリベラリズムが勃興し、ネオリベラリズムが世界を席巻した時代でもあった。リベラリズムとネオリベラリズムの間に、果たしていかほどの断絶と緊張があったのか。われわれはそのことを真剣かつ正確に顧みる必要があるだろう。

c0315619_13475326.jpg正月にNHK-BSで放送された『欲望の資本主義』を見たが、私見では、番組のキーメッセージはハイエクの「真価」の擁護だった。それが結論だった。そこまで来たかという意外感で私は衝撃を受けた。ハイエクが善玉になっている。これまで新自由主義という語は悪性表象で、ハイエクとフリードマンは、竹中平蔵に結びつくグロテスクな悪玉の首魁だったではないか。それが日本の常識だったはずで、ハイエクに内在して賛美するのは渡辺昇一のような反共論者に限られていた。それが今や、現代世界の経済システムの礎を築いた偉大な哲学者の評価になり、思想の巨人としてNHKが積極的に位置づけている。内橋克人や宇沢弘文の良識的な観点に立てば、ハイエクやフリードマンは論外の扇動者で、世界の経済を破壊し、人々に不幸をもたらす禍の元凶でしかない。ハイエクを礼賛するということは竹中平蔵を礼賛するということだ。拒絶するのが当然の態度ではないか。NHKの教養と制作のバランスはそこまで崩れてしまったかと、テレビの前で絶望せざるを得なかった。新自由主義は、批判されながら実質的な勢力と支配を強め、日本人にとって悪ではなく正の理論と体制になっている。

c0315619_13515592.jpg一方、同じNHKの番組では、米国の若者たちが集会してマルクス主義を熱心に研究する様子も伝え、アメリカの新しいトレンドを切り描いていた。「インターナショナル」の歌が聞こえた。彼らは、この30年間のロールズ主義の教育に漬ってきた者たちだ。その教育では、社会主義は全体主義の一つとして否定されている。アーレントが社会主義を排斥し、無価値化し、更地になった思想の地平にロールズが自由主義の堅固な体系を新築した。そして、アメリカが現代思想の支配者になった。ロールズ主義とはアメリカ主義そのものである。特に日本人の態度においてその「信仰」は明瞭で、だから、誰も彼もが日米同盟を絶対視し、米国に従属する方向性を肯定する。左翼リベラルの者が、オバマの肖像を掲げて拝跪するという倒錯を平気でやり、口を開けば中国への憎悪を吐き、「戦後の旧来左翼」への罵倒と侮蔑でツイッターを埋めている。右翼と同じことをやっている。それが今の日本の左翼リベラルだ。週刊金曜日が9条の特集で、臆面もなく山尾志桜里を出すのも、彼らの標準プラットフォームが「リベラリズム」だからであり、ロールズとアーレントのご本尊に依拠しているからだろう。

c0315619_13535777.jpg丸山真男は、物事の考え方には三つあり、(1)個人を中心に考えるか、(2)社会を中心に考えるか、(3)国家を中心に考えるか、その三つがあり、自分は社会を中心に考える立場だと言っていた。晩年、石川真澄を含めた鼎談で社会主義論を語ったとき、その趣旨の発言を残していて、医療や教育は個人中心の政策ではうまく行かず、社会中心の思考が必要だと説いていた。ソ連崩壊の直後の時期だったと思う。この言葉は遺言として重い。現在の日本人は、丸山真男を「戦後思想家」の範疇で括り、あるいは「戦後民主主義者」のバスケットに包んで処分し、過去の人間として始末しようとする。ロールズに対しては神様のごとく滑稽なほど崇拝し畏敬しながら、日本人の丸山真男に対しては唾を吐いて無造作に死体蹴りしている。なぜ、われわれは、ロールズ主義ではなく丸山主義で政治や法を考えようとしないのだろう。なぜ、丸山真男をスタンダードの軸心に据えないのだろう。私はそのことに抵抗し、異議を唱え続けている。社会主義の歴史的現実は、たしかにアーレントが批判するように全体主義の亜種に違いないが、理念としての社会主義にそのレッテルを貼るのは不当である。それは反共イデオロギーの作為の言説であり、それを盲信するのは無知と非常識だ。

リベラルからソシアルへ。時代の底流を射抜く標語を考案するとすれば、「レフト3.0」などという電通製のコピーまがいのものでなく、骨太の将来展望を含めて、この言語表現を採用するのがよいと思う。


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by yoniumuhibi | 2019-01-07 23:30 | Comments(2)
Commented by 長坂 at 2019-01-07 18:32 x
おめでとうございます、本年もどうぞよろしくお願い致します。
「欲望の資本主義」、あのナレーション(少女?大人?)が気になり集中出来ず、見るのをやめました。見なくて正解だったみたいですね。水道民営化で社会的共通資本が再注目かと思ったら、逆にハイエク・フリードマン礼讃?TPPといい宇沢先生、草葉の陰から泣いておられる。
サンデルの白熱教室でロールズブームみたいのありましたけど、今又流行っているのですか?ロールズって左から右に行ったネオコンにつながる印象しかないんですが、、、「アメリカ様が自由と民主主義を教えてやる」「無法国家(ブッシュの悪の枢軸)に軍事介入は正義」「無法国家(リベラルな同盟国でない国)には非寛容で臨む」とにかく「正義、正義」とうるさい!民主党も戦争が大好きですから。保護主義、孤立主義、紛争介入に消極的なトランプがネオコンに毒されないといいんですが。
Commented by NY金魚 at 2019-01-09 09:04 x
ネットで「欲望の資本主義2019」見ました。
最終章になって突然「ハイエクは新自由主義にハイジャックされた」と言い出す論者が顕れ、あれよあれよという間にハイエク≠新自由主義ということで終っちゃいましたね。
ハイエクがいう自由とは、モノがほしいとかいうよりもっと深い自由、個人が国家の考えに支配されない自由なのだと説得しますが、じゃあ現代の日本もアメリカも、国家の考えに支配されない自由など(芽生える気配すら)あるのか!という話ですよね。
100歩譲って、ハイエク≠新自由主義であるとして、フリードマンや竹中以下にやられっぱなしの、欲望を絶対に満たされない99%の大多数はどうなるんですか? いまのこの『欲望の資本主義』行く末を、どのように結論づけるつもりでしょうか?
この番組を3年間観つづけたのがまるで浪費だったかのような感覚です。NHKが新自由主義にハイジャックされた、といいたい。


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