フランスにおける階級闘争の勝利 - 国民的争議で最賃月20万円

c0315619_15470556.jpg3週間に及ぶ大規模デモの後、テレビ演説に立ったマクロンは、(1)最低賃金を1か月100ユーロ増額すること、(2)年金生活者への増税を一部撤回すること、(3)残業代を非課税にすること、(4)経営者に対して従業員に年末賞与を提供するよう政府が求めることを表明した。まさに絵に描いたようなデモ側の勝利であり、フランスにおける階級闘争の勝利の図と言っていい。私は、ここまでマクロンが譲歩するとは思わなかった。4日の世論調査で支持率が23%にまで落ちたマクロンは、ここで妥協しないと政権維持は困難と判断したのだろう。この発表を受け、11日の世論調査では、デモ収束を望む声が54%となり、以前のように国民の圧倒的多数がデモを支持という状況から変化が起きた。だが、燃料税値上げと並んで最も争点となっていたところの富裕税については、マクロンは富裕税復活の要求を拒否。それに「黄色いベスト」側は反発、デモ継続の姿勢を示している。同じ11日の世論調査では、運動を理解するという声も64%に上っていて、デモが収束するかどうかは見通せない。一つ言えるのは、マクロンが今回の懐柔策に出なければ、確実に年内退陣に追い込まれたということだ。



c0315619_15472227.jpg11月17日にはフランス全土で28万人だったデモの規模は、12月8日には12.5万人に減っている。この間、燃料税引き上げについては政府が撤回し、「黄色いベスト」は当初の目標を達成していた。仮に「黄色いベスト」がデモを継続しても、クリスマスシーズンを迎えてデモの参加人数は減るだろうと予想される。そして、デモ全体の中での暴徒の比率とビジビリティが上がり、デモへの国民の支持が低下するのは間違いない。ただ、一方、「黄色いベスト」側からすれば、マクロン退陣まであと一歩に迫り、富裕税復活の大魚を得るのもあと一息であり、その里程標からすれば、クリスマスまでもう一押しして「12月革命」を成就し、21世紀の世界史にフランス市民革命の1ページを刻みたいと考えるのも無理はないところだろう。「黄色いベスト」側は、このマクロンの対応について、「どれも中途半端な対策だ」と一蹴している。効果を巧みに狙った対策ではあるが、中身を見ると、小手先のその場凌ぎの類だということがフランス人には判別できるのだろう。マクロンはとにかくデモを恐れている。40歳の若さが未熟さとして出ている。

c0315619_15473308.jpg黄色いベスト」の運動で中心的に動いている市民の属性は、報道で確認するかぎり、年齢の高い者が多く、地方在住の者たちが多い。彼らから見て、40歳のマクロンは経験のない軽輩であり、侮蔑すべきネオリベエリートの小僧の表象なのだろう。「黄色いベスト」の運動主体の特徴について、高崎順子は次のように書いている。「彼らには、これまでのデモ隊とは一線を画する特徴がある。それは右派(保守系)・左派(社会主義系)といった政治思想による団体ではなく、そのすべてが乗り入れている『庶民』という社会階級の集団ということだ。彼らを繋ぐのは『お金が足りない』という共通の生活不安である。そしてその原因にある、『金持ち優遇の代償に搾取されること』への怒りだ。政治思想で分断されない分、素朴で強い連帯感があり、数も多い。(略)黄色ベスト運動をフランス革命に比する声は、それが庶民VS富裕層という階級闘争の形を取っていることに起因している」。現地を取材した他の記事を見ても、運動に右派と左派の両方が参加している事情が報告されていて、庶民の生活苦を起因とする政府への異議申立てであり、階級闘争であると性格づけられている。

c0315619_15474406.jpgテレビの報道は、凱旋門を背景にしたシャンゼリゼ通りでのデモ隊と警官隊の衝突を撮った映像が多い。それがコンテンツとして絵になるから、マスコミ記者はどうしてもパリに集まってしまう。けれども、どうやら、今回の運動のエネルギーの根拠地は、パリではなく地方にあり、格差経済の矛盾に喘ぐ地方の低所得住民こそが運動の中核を担い、要求貫徹の強い意思を持っている事実が察せられる。カメラは地方に入らないため、その真相が少し分かりにくい。思い出すのは、昨年のフランス大統領選の現地報道であり、ルペンが脚光を浴びていたときの情景である。あのとき、ルペンは干し草の倉庫みたいな場所に聴衆を集めて演説していて、EUの拡大によってポーランドの安い牛乳が流通し、フランスの酪農家が没落して廃業に追いやられている問題を告発していた。年に何人も首を吊って自殺しているという、農業大国フランスの豊かなイメージが一瞬で崩れる情報に接して驚かされた。どうやら、EUのネオリベ政策で打撃を受けて疲弊しているフランスの農家と地方は、国民戦線がその支持を吸収している現状がある。フランスの左翼が、都市で脱構築のくっちゃべりに漬った所為だろうか。

c0315619_15475565.jpg左翼が自国の地方経済や国民生活に無関心になり、無責任になり、経済とはまるで無縁の、脱国民的な課題に熱中し、すなわち、ポリティカル・コレクトネスの方面の政治と政策に奔走しているのは、洋の東西を問わない傾向(流行)であるらしい。そのため、農業保護や国民生活に関わる政策要求を優先順位の上位に置く者は、右翼に期待を寄せざるを得ず、国民戦線に共感して取り込まれるという帰結と構図になった。主権国家の解体脱構築を理念として掲げる最近の左翼のイデオロギーが、フランス左翼の後退と縮小に繋がっているように私には映る。フランスの左翼が、反EU・反ネオリベ・反緊縮の旗幟を鮮明にしていれば、彼らの本来的で伝統的な支持基盤であるフランス小営農層を失うということはなかっただろう。この20年間のグローバリズムの進展は、英語圏経済の論理と制度を国際標準にする運動であり、英米のリベラリズムを世界普遍の思想基準にするものだった。その際、日本は典型的に異端であり、フランスも準異端となる。嘗ての日本に似て、フランスも経済の中で公共セクターの役割と比重が大きく、資本主義をレギュラシオンするのがいいという社会主義的な考え方が根強かった。

c0315619_15480573.jpgそうした独自性について、おそらくフランス国内では、日本と同様、旧態依然ではだめだという焦燥感や、一国主義では取り残されるという不安感のバネが働き、脱ガラパゴスの衝動が親EU(親グローバリズム)の方向に収斂して行ったのだろう。脱ネーションの志向が国民的合意となったものと思われる。2007年にサルコジを大統領にした選択には、そうした底流があったのではないか。マクロンはサルコジを小粒にしたような男で、ネオリベ政策こそ絶対に正しく、国家はネオリベエリートが指導することで誤りなく運営されると信じて疑わないのだろう。40歳のこの若僧は、ネオリベラルが統治支配する以前の世界を知らない。何でこんなに未熟な小僧がフランスの大統領なのだろうという感覚と、リベラリズム(&緊縮)のリーダーでないとフランス経済は活力を保てず、衰弱し、国力が落ちて先進国の中で置き去りされるという心理と、二つの屈折した意識がフランスの中にあるのに違いない。そして、ルペンを阻止するためにネオリベで我慢したけれど、もうこれ以上我慢はできないというフランス人の悲鳴が聞こえてくる。デモに参加する者たちが語る言葉は分かりやすく、同感できるものだった。2年前のサンダース支持者と同じ主張だった。

c0315619_15545274.jpgそれにしても、このニュースで強く思ったのは、フランスの賃金の高さと日本の賃金の低さである。まず、フランスは最低賃金を時給ではなく月給で計算する。この違いは大きい。今回、100ユーロ引き上げたことにより、フランスの最低賃金は月1500ユーロ(約20万4800円)になった。日本の大卒初任給(20万3400円)より高いじゃないかという声がツイッターで漏れた。最低賃金が上がると生活保護の支給もスライドして上がる。20万4800円を月の労働時間(151.67時間)で割ると、時給1350円となる。日本は現在874円(全国平均値)。フランスの3分の2以下だ。時給874円を月給に換算すると、月160時間働いたとして13万9840円。約14万円。こんなところだろう。低すぎる。溜息が出る。日本はあまりに異常に労賃が安すぎる。その低すぎる最低賃金は、来年以降、移民の流入と増加によってさらに下押し圧力がかけられることが決まっている。フランスではデモという政府への団交で賃金を上げ、増税を却下させたが、日本では移民法の成立で賃金が下がることが確実となった。労賃を下げる移民法に、マスコミも野党も左翼も翼賛し、国民的抵抗は起きなかった。

何で、日本人の労働価値がフランス人の3分の2なのか。日本人は資本の奴隷だ。日本のことを思うと憂鬱だが、フランスにおける階級闘争の勝利を言祝ぎたい。新自由主義との正面闘争に歴史的勝利。大きな一歩だ。フランス労働者の快挙に敬意を表し拍手を送りたい。


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by yoniumuhibi | 2018-12-12 23:30 | Comments(4)
Commented by 長坂 at 2018-12-12 18:07 x
その代わり失業率、特に青年失業率を見てください。今よりもっとも外国人労働者で充分でポーランドとか生産性高い国に企業は工場つくりますから。
Commented by ハルボジ at 2018-12-12 22:28 x
いつも時宜にかなった的確なコメントに感謝です。
Commented by 反新古典派 at 2018-12-14 07:53 x
フランスは物価高いですから、その分賃金高くないとやってられないというのもあるでしょうね。4年前パリに旅行したときに1食で二千円近くかかりました。
日本は物価が安すぎます。100円ショップなどはあり得ない安さでかなり満足できてしまうレベルの製品を提供しています。最近は特にその傾向を感じます。100円ショップのクオリティーが上がりすぎている…。物価が安すぎて賃金も抑制され、物価が抑制されるデフレスパイラル。もちろんスタグフレーションは最悪ですが、こんな安すぎる製品があると国内産業は高付加価値製品を出せないとキツイ。実際どれくらいの中小企業が高付加価値な製品を出せるかというとかなり厳しいものがあると思えます…中国製品がかなり追い上げてきています。昔の日本のように
Commented at 2018-12-14 22:33 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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