四島返還を不毛なナショナリズムだと貶める山口二郎の売国言説

c0315619_14442812.jpg山口二郎が18日の東京新聞のコラムに北方領土問題について書いている。「私は、四島一括返還という従来の方針には懐疑的だった」と言い、さらに「『未解決の領土問題』は、実体的な国益にかかわるものではなく、国民の間にナショナリズムを高めるための便利な道具である」と言っている。山口二郎によれば、四島返還を求めることは不毛なナショナリズムであり、政治家が国民の期待に応えてロシアに四島返還を求めることは、ナショナリズムを煽って操る愚劣な政策であるらしい。そして、「安倍首相が、この便利な道具を放棄し、現実的、合理的に国境線の画定を行うというのは、一つの見識である」と言い、四島返還を放棄して二島返還に舵を切った安倍晋三の今回の「決断」を高く評価してやっている。山口二郎の見解では、根室海峡に斜めUの字の湾曲した国境線を引くことが、現実的で合理的な問題解決のあり方となる。山口二郎が従来から四島返還に懐疑的で、二島手打ちを支持している立場だとは知らなかった。山口二郎の過去の北方領土論を発掘して検証する必要があるだろう。このコラムの発言と矛盾する証拠が発見され、山口二郎の無責任さが露呈するに違いない。



c0315619_14491953.jpg「国民」的なものを全否定する90年代以降の脱構築主義の風潮と、吉田茂が国後・択捉を放棄した戦後史を概説した孫崎享の著書の影響で、左翼リベラルの方面では二島返還論がすっかり主流として定着し、四島返還論は不毛なナショナリズムの主張という位置づけになった。従来は標準的で常識的だった四島返還論が陥没した。ここには、18日のサンデーモーニングでも論じられたような、ナショナリズムという言葉を一方的に貶価し、ネガティブな意味に定義づける言語の操作も関係している。また、外国の侵略によって失地した領土を回復しようという国民の意思や運動が、そもそも無意味なことで、社会的に悪性のものだと決めつける価値観の介在もある。もしも、こうした価値観が正当化されるなら、クリミアを取り戻そうとするウクライナ国民の努力は、歪んだナショナリズムの妄動だとして一蹴されるという結論になるだろう。日本の左翼リベラルは、ウクライナへの同情と応援一辺倒だが、山口二郎的な言説に依拠して、領土要求は無意味なナショナリズムだから放棄しろと言うのだろうか。半島付け根のペレコープ地峡で主権を線引きしてロシアと妥協するのが、「現実的で合理的」だと言うのだろうか。

c0315619_14493262.jpgポーランドはどうか。先週、独立回復100年を祝う行進が首都ワルシャワであり、第一次大戦終結から100年を記念したパリの行事でのマクロンの演説とバインドされて報道され、ポーランドでEU離脱を求める極右が台頭している状況が懸念されていた。ナショナリズムを否定するマクロンが善として称揚され、ナショナリズムが隆起するポーランドが悪として描かれ、明暗のコントラストで総括される「風をよむ」の特集があった。18世紀後半、ポーランドは大国(露・墺・普)による三度の分割で全領土を失っている。ナポレオン戦争の後、ようやくワルシャワ公国を立てるが、ウィーン体制の反動でロシア帝国領とされ、ポーランド人は再び亡国の民となった。ポーランドの歴史は独立運動の歴史であり、領土侵略の悲劇に泣き続けた歴史である。そのポーランド人を前にして、山口二郎のような皮相的で一面的なナショナリズム否定論を垂れたら、彼らはどんな反応を示すだろうか。ポーランドの歴史はナショナリズムの歴史であると言って過言ではない。ロシアから特に何の威圧も脅威も受けてないのに、ナショナリズムを嫌悪する動機や理由から、自ら領土をロシアに献上して喜んでいる日本人を見て、ポーランド人は何を思うことだろう。

c0315619_14494329.jpgナショナリズムの問題については、また別の機会に論じたいと思う。本来、二面性があり多義的な意味を持ち、複雑な政治学の概念であるナショナリズムを、今の日本人は - 脱構築主義のイデオロギーに教化されたせいで - 否定的な意味でしか一般に語らなくなった。ナショナリズムの概念が歪曲され、「国民」や「国家」の語義が不当視され失墜させられることで、現代の日本人は、自国の近代史のみならず、世界史における各国各民族の営為もまた正しい認識が持てなくなっている。もし、山口二郎的な、脱構築的な、ナショナリズムの誤った偏見が肯定されるならば、韓国が国家のレゾンデートルを定義したところの、韓国憲法の前文などは、真っ先に否定され排斥されなくてはならないだろう。それは韓国を否定するということである。日本の左翼リベラルは、そのような思想的な矛盾と錯誤を持ったままで、平然と政策をあれこれ議論している。矛盾を矛盾として自覚していない。流行現象である脱構築主義の教条と俗説は、国民国家を作ろうとして努力してきた人々の歴史を無価値化する。国民国家を頭から否定し、それを過去のものだと決めつける。韓国憲法は現役の憲法で、前文は現在も生きた神聖な理念なのに。

c0315619_14495422.jpg前回、孫崎享の『日本の国境問題』を読み返し、二島返還論の正当性が導出される戦後外交史の言説と論点を確認した。孫崎享はこう言っている。日ロの国境問題を枠づけている国際法は、ポツダム宣言とサンフランシスコ条約の二つであり、ポツダム宣言が「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られ」ると規定し、サンフランシスコ条約で日本が千島列島を放棄している以上、また、それを吉田茂の演説や外務官僚の答弁で追認している以上、日本には国後・択捉を要求する権利はないのだと。この主張に対しては前回の記事で反論を試みたが、加えて、孫崎享の所論には実は隠されている弱点がある。それは、ヤルタ協定について触れていないことだ。孫崎享は、日ロの国境問題を決定づけているのは、ポツダム宣言とサンフランシスコ条約の二つだと言っている(P.130)。だが、歴史を正確に見れば、ヤルタ協定とポツダム宣言とサンフランシスコ条約の三つであり、ヤルタ協定を捨象することはできない。東郷和彦の方は、枠づける国際法は三つだと正しく指摘していた。孫崎享がヤルタ協定をオミットしたのは、偶然ではなく作為的なもので、ヤルタ協定を視野に入れた途端、二島返還論は脆くも破綻するのである。

c0315619_14501180.jpg二島返還論(=国後・択捉放棄論)の正当性を論理化しようとすると、大西洋憲章とカイロ宣言の原則を破ったヤルタ協定は邪魔なのだ。ヤルタ協定には国際法としての正統性がない。領土変更はしないと定めた大西洋憲章に違反した協定であり、戦争による領土拡張を認めた協定である。ヤルタ協定の不当性が浮かび上がると、千島列島のソ連領有の合法的根拠が失われる。そうなると、ポツダム宣言もサンフランシスコ条約も、前提に深刻な瑕疵のある国際法だという性格づけになる。千島列島放棄の法的意味が揺らぎ、吉田茂がどう言おうが、千島列島の主権の所在は一から白紙で再考すべき問題になる。すなわち、志位和夫が主張しているのは、こういう中身(ヤルタ協定無効論)であり、スターリンの侵略行為を正面から批判する視座で論理が構成されている。日本共産党の北方領土論は、孫崎享や東郷和彦・鈴木宗男らの二島返還論に対する根本的な批判となり、説得力のある言説と言えるだろう。私も、ヤルタ協定懐疑の立場から、ポツダム宣言が日本に与えた主権範囲に違和感を覚えるし、せめて、連合国は、固有の領土である国後・択捉の主権は日本に認めるべきだと考える。その点、国後・択捉を千島列島から切り離して北海道に属せしめた日本政府の後づけの理屈は、苦しく無理な解釈ながらも評価してよい。

c0315619_14502260.jpg一方、いかにも歯切れのよい日本共産党の千島全島返還論だが、実はここにも国際法の法理上の陥穽がある。共産党の北方領土論を簡潔に纏めたサイトがあるので、注意してご確認いただきたい。要点整理の中に何かが欠落している。お気づきだろうか。ポツダム宣言だ。孫崎享がヤルタ協定の存在を周到に隠したように、共産党は都合が悪いのでポツダム宣言を伏せているのである。ポツダム宣言は、「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られ(る)」と記していて、この中に国後・択捉は含まれない。このポツダム宣言を日本は受諾している。ポツダム宣言を受け入れ、その履行を基礎にして戦後日本が成立している。民主主義も基本的人権も平和主義もそうだ。ポツダム宣言は否定できない。ポツダム宣言を受け入れた国際法上の事実も否定できない。であれば、千島列島全島が日本の主権に含まれるなど強弁できるはずもなく、せいぜい知恵を絞って解釈を工夫し、「北海道」の中に国後・択捉を入れるという曲芸を使うしかない。そこに1855年の下田条約の原点を持ち出し、ソ連の戦争犯罪の歴史問題を加え、国際的に説得力のある論理と物語を構築するしかない。という次第で、共産党が大胆に唱える千島全島主権論も、威勢よく見えて、実は致命的欠陥があるのである。

以上を踏まえて、孫崎享(東郷和彦・鈴木宗男・佐藤優)と共産党の中間線とも言える、従来の四島返還論を私は持論に据えたいし、われわれ戦後の日本人が長く標準とし国論としてきたところの、四島返還論の原則と方針を崩すべきではないと考える。



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by yoniumuhibi | 2018-11-21 23:30 | Comments(2)
Commented at 2018-11-22 10:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by エドガーアランポー at 2018-11-27 00:38 x
キャッシュレス化については
1、現金決済とキャッシュレス決済、両方残しておかないと、停電時にコンビニで何も買えない、タクシーにも乗れないということになりかねません。今後異常気象で台風も増え、停電も増えるでしょう。
2、個人情報が紐づけされ、人間が数値化される可能性があります。
https://dot.asahi.com/aera/2018112200018.html
この記事は非常によく、中国で起きていることの問題点をまとめています。

現行の日本の信用スコアは、勤務先などの社会的ステイタスも考慮してカードのランクを変えてはいますが、一応信用歴史や支払い履行能力といった点で問題がなければ、普通にクレジットカードを持てます。
今後は、消費行動やさまざまな情報が紐づけされていく可能性があり、信販会社・小売り・情報データを扱う会社に、人間を数値化させる権利を与えるのは、好ましくないと考えます。
ですから、現金決済の道を残しておく、現行のやり方のままが一番いいでしょう。そして、都心では、無人コンビニや無人スーパーといった、スマホ決済でレジに人がいない、レジすらない、そういう店舗を小売が作ればいいのです。


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