孫崎享の『日本の国境問題』と東郷和彦の『日本の領土問題』を読む

c0315619_15265092.jpgスターリンの亡霊が日本地図上に呪わしく復活し、永久不滅に刻み込まれるような、そんな国境線を認めてはいけない。日本人が地図を見るたびに憂鬱になるような、そんなグロテスクな国境線を持ってはいけない。売国とは、「私利私欲、あるいは思想信条の為に国、国民に対し不利益な行為を行う事」という意味である。安倍晋三の今回の二島返還の手打ちと、それをマスコミで賛美・擁護している東郷和彦や鈴木宗男や後藤謙次の言論は、まさしく売国の所業そのものだ。昨夕(11/18)、日テレのバンキシャの中で、旧島民が鈴木宗男に詰め寄り、話が違うじゃないかと抗議する場面が出ていた。四島返還が要求ではなかったのかと憤激していた。当然の反応だろう。平和条約を結ぶということは、その条約の中で主権の線引きを具体的に記すということである。「二島先行」などという言葉のトリックに騙されてはいけないのであり、そのような時間差を置いた主権確定などあり得ない。決着は一度の機会だ。国後と択捉の主権がロシアにあることを日本が認め、条約に書き込めば、その法的権利を覆すことは二度とできない。戦争でしか取り戻せず、あの湾曲した歪な国境線が固定化される。



c0315619_15282027.jpg彼らが言うところの、「今回を逃したら永久にチャンスはない」の言葉に惑わされてはいけない。それは真っ赤な嘘だ。日本側が二島(歯舞・色丹)で譲歩するのなら、ロシア側はいつでも平和条約締結に応じられるのであり、そこが彼らのマキシマムのゴールであり、それを得るために60年間辛抱して待ったのに他ならない。この最悪の条件で平和条約を結ぶのなら、平和条約は結ぶ必要はなく、今度は日本側が何十年でも粘り続け、ロシア側が四島で応じる日を待つべきだ。日本とロシアは、すでに国交回復して60年が経っていて、人の往来も経済交流も自由に行われ、安全保障上の対立も特になく、二国間で解決すべき問題は国境の線引きしか残っていない。日ロ平和条約締結は、確かに重要な問題で、日本の残された戦後処理の課題ではあるけれど、日ロ二国間の関係という面では、その意味は時間が経つほどに薄れているのが現実だ。国民の関心も低い。今、性急に根室海峡にUの字の歪な国境を画定する必要はなく、その譲歩が必要なほど国民が平和条約を求めているわけではない。無意味な譲歩をして禍根を残すよりも、条約締結を先延ばしして局面が変わるのを待つべきだ。

c0315619_15283086.jpg孫崎享の『日本の国境問題』(ちくま新書)と東郷和彦の『日本の領土問題』(角川新書)を読んだ。この問題を考えるに当たっての、入門前の初歩的な知識を提供していると思われる二冊である。特に、孫崎享の本は要点を簡潔に整理してくれていて、読みやすく理解しやすく、この歴史の分析と説明がよくなされている。本のP.130に孫崎享の結論が示されていると思われるので抜粋しよう。「北方領土問題は、ポツダム宣言受諾とサンフランシスコ平和条約で大枠が決定している。一方において、米国は冷戦中、日本が米国の戦略の枠からはずれ、ソ連と独自に関係を構築することを望まなかった。ここで、北方領土を利用した。ソ連側が決して日本側に譲ることのない国後・択捉を日本に要求するよう求めた。かつ日本国内では『北方領土は固有の領土でソ連が不法に占拠している』という考え方を広めさせた。それによって独自にソ連との関係改善を行うことを封じ込めた」(P.130)。この本が出たのは2011年だが、孫崎享の言説の影響が日本の左翼リベラルに浸透し、現在の左翼はほぼこの線で北方領土問題を了解している。四島返還論など無謀で不毛なナショナリズムであるという立場に変わった。

c0315619_15294524.jpg東郷和彦の議論も基本的に同じで、二島返還論の正当性を導出する論旨だが、孫崎享と違うのは、日本に四島返還要求を固執させ、日本とソ連との間に国境問題を拗らせさせ、二国が平和友好関係を結べないように策謀したのが米国であるという一点が、東郷和彦の認識には欠落している。東郷和彦によれば、日本の対ソ(対ロ)外交を無理やり四島返還に固めたのは、外務省の中の「目に見えない、透明なビニールの壁」(P.61)だったと書いていて、真犯人が米国であると書いていない。このあたり、いかにもサラリーマン官僚が愚痴話を垂れているようで、本質を見抜いておらず、孫崎享と比較して知性の水準の差が出ている点を否めない。が、いずれにせよ、二人とも、ポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約が日ロの領土問題の決め手となる国際法であるという視角は同じであり、サンフランシスコ条約で日本が千島列島を放棄した以上、そして、その千島列島に北千島と南千島があり、南千島とはとりもなおさず択捉島と国後島を指し、1950年代前半には、日本政府が公式に、南千島も放棄したのだと国会答弁で断言している以上、択捉と国後の主権が日本に帰属するはずがないと言っている。

c0315619_15295816.jpgこの立場と見解が、現在の日本の左翼リベラルの北方領土論の基調であり、二島返還論 - 択捉・国後放棄論 - を肯定する論拠となっていて、だから、安倍晋三がプーチンと合意した今回の「決断」についても、左翼側からネットで非難轟々の嵐が起きる事態にはならなかった。逆に、私のように、司馬遼太郎の『菜の花の沖』の物語に描かれた近代日本の原点に依拠しつつ、四島返還の原則論を訴える者が、右翼ナショナリストのレッテルを貼られて批判される環境になっている。ずいぶん時代が変わったものだ。私は、孫崎享と東郷和彦に反論を試みたいと思う。仮にサンフランシスコ講和条約で日本が千島列島を放棄し、その千島列島に国後・択捉が含まれるとしても、サ条約は片面講和で当時者のソ連が調印しておらず、米国を相手に千島列島を放棄してもそれは実効的意味がなく、あらためてソ連(ロシア)と向き合って取り決める必要がある。この論点は、おそらく日本共産党と同じ中身のはずで、共産党はこの論理で、カムチャツカ半島の先に浮かぶ占守島から南に一列に連なる、千島列島全島の日本の領有権の存在を主張している。常識的には過激で強欲に見える領土論だが、歴史認識として、国際法解釈として、特に不当なものではない。

c0315619_15301318.jpg日本共産党の千島列島全体の領有権の主張は、1875年の千島・樺太交換条約を根拠にするものである。それに較べれば、1855年の下田条約を根拠とする私の四島返還の主張はマイルドで、せめて左翼リベラルはこの堅実な線の支持に即くことを要請したい。東郷和彦が本の中で何度も言っているように、北方領土問題とは単なる領土問題ではなく、ロシア(ソ連)との間の歴史問題が本質なのであり、平和条約を締結することは、二国間の歴史問題に決着をつけて解決することなのである。日本はソ連に何をされたか。単に中立条約を破られて侵略され、領土を奪取され占拠されただけではない。満州の戦争では、民間人を含む60万人が不法に連行され、シベリア抑留の苛酷な強制労働で6万人が犠牲となった。満州の戦争では、今年夏のTBSの報道番組で綾瀬はるかが証言を聴き取ったように、無数の日本人女性がソ連兵による残虐な性暴力を受けた。恐ろしいジェンダーの悲劇が起きた。ソ連(ロシア)はこれらの戦争犯罪の加害者であり、その始末をつけなくてはならず、日本は平和条約締結の外交機会において、ロシア(ソ連)に責任をとらせなくてはならない。ロシアに戦争犯罪の過誤を認めさせ、正しく謝罪と反省を得なくてはならない。

c0315619_15302591.jpg国後・択捉の返還は、戦争犯罪を贖う国家賠償の対価と見做してよい。われわれ日本人は、戦争時のロシア(ソ連)の蛮行を忘れてはならず、始末をつけずに水に流してはいけない。それは、韓国・中国・フィリピンなどアジア諸国に対する加害者としての戦争犯罪を忘れてはいけないのと同じだ。正しく謝罪と反省と賠償をしないといけない。四島返還の要求を捨て、国後・択捉を諦め、スターリンが占領した形での暫定境界線を正式に国境線と認めることは、スターリンの暴力の歴史を認め、受け入れることであり、スターリンの暴力に屈服することである。ポツダム宣言では、「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国」に限定されることが決められ、連合国の定義では、その「北海道」の中には国後と択捉は入っていない。1950年代前半までは、政府(吉田茂・外務省)もその定義だった。米国が日ソ間に横槍を入れ始めて以降、日本政府は解釈を変え、「千島列島」に国後・択捉を含めず、1855年の下田条約に基礎づけて、わが国固有の領土である「北方領土」と概念づけた。私は、孫崎享とは違って、むしろこの米国の横槍を奇貨とすべきであり、これを逆利用して下田条約の原点に復初すべきという持論である。どんなことがあっても、スターリンの理不尽な暴力に屈服してはならない。

スターリンの悪魔的暴力を結果的に正当化してはいけない。まさに歴史問題の解決として、国後・択捉の主権を日本に帰属させるべきである。



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by yoniumuhibi | 2018-11-19 23:30 | Comments(0)


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