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『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文

『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文_c0315619_14111063.jpg『そろそろ左派は<経済>を語ろう』の序文で、ブレイディみかこが次のように言っている。「政治制度としての民主主義がある程度確立されたとしても、経済的不平等が存在すれば、民主主義は不完全である。その経済的なデモクラシーの圧倒的な遅れこそが、トランプ現象やブレグジット、欧州での極右政党の台頭に繋がっているとすれば、いま左派の最優先課題が経済であることは明確である。これが欧州の左派の共通認識だ」(P.7-8)。この共通認識が日本の左派に欠落しているとブレイディみかこは批判するのだが、最初に割り込んで論評と解説を入れさせてもらうと、経済的不平等の存在が民主主義を不完全なものにするという認識は、まさしく大塚久雄の持論であって、講座派が強調していた社会科学の命題に他ならない。そして、この思想が高度成長の政策を進める上で基本にあったし、遡って、GHQの戦後改革(農地解放・財閥解体・労働三法)の断行において指針となっていたものである。民政局が推進した戦後改革の設計主任はE.H.ノーマンで、講座派系の知識人であること、あらためて言うまでもない。後にマッカーシズム禍に追い詰められ、1957年にカイロで自殺した。



『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文_c0315619_14112105.jpgブレイディみかこは、大塚久雄も読んでないのだろうし、講座派が何を唱えていたか何も知らないのだろう。現在の欧州左派の金看板である経済民主主義の思想が、そもそも戦前日本のアカデミーの中にあり、戦後日本の経済社会を形作ったキーのコンセプトであることを、ブレイディみかこは知らないし、どうやら北田暁大も松尾匡も知らないようだ。まさか、日本共産党が常々「経済民主主義」の政策論を唱えている事実を知らないわけではないだろうが。ブレイディみかこがこの日本社会科学の基本的事実に無知だったとしても、それは許せるが、北田暁大と松尾匡がそれを知らなかったとすれば、それは大問題だろう。だが、この鼎談本の中では大塚史学も講座派の理論も紹介されておらず、講座派と大塚史学が政治的民主主義の基盤として中産階級社会を作ろうと理念を設定した事実も触れていない。大塚史学が東大(→霞ヶ関)の主流だった歴史にも触れていない。一億総中流の嘗ての経済社会は、自然に形成されたものではないのだ。目的意識的に、政策によって形作られたものであり、GHQの革命権力によるスクラップ・アンド・ビルドによって達成されたものである。ブレイディみかこの序文を続けよう。こう言っている。

『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文_c0315619_14114681.jpg「さて、そうした認識を持った左派がダイナミックに活動している欧州に住むわたしが、日本に帰省すると違和感をおぼえることが往々にしてある。まず、左派の人があまり経済に関心を持っていない。というか、経済を語ることは左派の仕事ではないと思っているように感じられるときがある。また、『経済成長は必要ない』という非常に画一的な意見を耳にすることが多い。『では貧困や格差の問題には興味ないの?』と聞くと『分配は重要』という答えが返ってくるのだが、『成長とかもうあるわけがない』『これからの日本は内面を豊かにせねばならない』と彼らが言う社会で、どうやっていま苦しんでいる人々のために実質的な分配をおこなっていくかは不明瞭である。この経済に対するぼんやりとした態度は、近年の欧州の左派とは真逆と言ってもいい。(略)日本は世界で経済的に最も不平等な国の一つであり、(略) 家庭を持ったり子どもをつくったりするのはエリートのすることだと思う若者たちが存在し、(略)シングルマザーたちが毎月の生理用品を買うために食事を抜いている(略)。こんな社会に生きる左派を名乗る人々が『経済に興味がない』と言うのは、日本独自の風土とかいうより、単に無責任なのではないだろうか」(P.8-9)。

『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文_c0315619_14121503.jpg「日本の左派の人々と話していると、彼らの最大の関心事は改憲問題であり、原発問題であり、人種やジェンダー、LGBTなどの多様性と差別の問題だ。こうしたイシューは社会のデモクラシーを守るために重要だと考えられているが、経済はデモクラシーとは関係のない事柄だと思われている。これは日本があまりにも長い間、なんだかんだと言っても自分たちはまだ豊かなのだという幻想の泡に包まれてきたせいもあるだろうし、豊かだった時代への反省と反感が強すぎるせいもあるかもしれない。だが、これほど歴然と経済にデモクラシーが欠如している国であることが明らかになっているのに左派が経済に興味がないという状況は、国内経済の極端な不均衡が放置されている事実ときれいに合わせ鏡になっているように見える。(略)そして左派とは本来、社会構造の下敷きになっている人々の側につくものであり、不公平は不可避だという考え方を否定するものではなかったか」(P.9-10)。長々と引用したが、この主張は私がずっと言ってきたことだ。ブログを始めて14年間、ずっと、何度も何度も繰り返ししつこく言い続けてきたことであり、ようやく論壇の著名人も同じことを言うようになったかと思う。なぜ今までこうした告発がされなかったのだろうと腹立たしい気分になる。

『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文_c0315619_14122633.jpgレフト2.0だか何だか知らないが、リベラルだの左派だのを自称する者たちは、ずっとずっと、マイノリティとジェンダーの問題に熱中して毎日毎日口角泡を飛ばし合い、奇怪なカタカナの新語を乱発して各自が得意顔になっていた。現在もそうした言論状況が続いていて、LGBTのデモには5000人が参加するが、生活保護切り下げ反対のデモには50人しか集まらない。そして、口を開けば、「もう右肩上がりの時代は終わった」とか、「経済成長を求めるのは誤りだ」とか、「家の中はモノで溢れていて欲しいモノは何もない」だとか言い続けている。リベラル左翼の立場の者が貧困と格差の問題に寸毫も関心がない。つい先日も、水野和夫がNHKの「マネー・ワールド」という番組に出て解説していたが、そこでもやはり、経済成長は終わった、欲しいモノは何もないと垂れていた。左派ほどこの言説を強調する。むしろ右翼の方が日本の異常な経済萎縮を問題視し、成長が必要だと言い、そのことを問題提起していた。具体名を挙げると三橋貴明である。経済の現状認識と政策論において、日本の左派が唱える成長不要論は全く音痴と言うほかなく、倒錯の中にある宗教教団の如くだった。説得力がなく、国民の支持が右派に回る要因を作っていた。

『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文_c0315619_14124043.jpg三橋貴明と藤井聡が示す各国GDPの伸び率のグラフは、経済の議論としてきわめて説得的なもので、わが国の経済政策を立案する上では基礎となる客観的資料だったと言える。1995年をベースにして、20年間の間に、米国はGDPを2.3倍に伸ばし、EUも2.2倍に伸ばしている。具体的には、ドイツは3.1倍、英国は2.2倍、フランスは1.8倍に伸ばしている。日本はずっと停滞したままだ。私は何度も言ってきたが、欧州各国が社会保障の水準を維持できるのは、GDPを伸ばし、税収を伸ばしてきたからで、高齢化が進展する中で社会保障(年金・医療・介護)を維持するにはそれしかない。日本の場合は本当に異常で、20年間GDPが増えず、税収も増えないのに、それで社会保障を維持せよと要求する方が間違っている。国家財政が破綻するのは必至ではないか。だが、無名のゆえか、私がどれほど声高に叫んでも、日本の左派のアカデミーや論壇がこの主張を拾い上げることはなかった。左翼政党も脱構築化したアカデミーと論壇に忖度して、経済成長が必要だとは言わなかった。成長必要論は日本では右翼の主張になった。本来、ブレイディみかこや北田暁大がやらなくてはいけないことは、日本の左のアカデミーがどうしてこのような錯誤に陥ったのか検証して解明することなのだ。

必要なのは左翼の自己批判なのであり、80年代後半以降の脱構築主義 - ローティの言う文化左翼、北田暁大の言うアイデンティティ・ポリティックス、松尾匡の言うレフト2.0 - を清算し止揚することなのだ。レフト2.0などと持ち上げている議論や勢力に、いったい何の価値や意味があったのだろう。この国の女性の権利向上に尽力し貢献したのは、70年代までの革新政党と革新自治体だった。土井たか子だった。在日の権利向上も同じだ。レフト3.0などと、電通のキャッチコピーのような茶らけた議論をやって、いったいどういう説得力になると言うのだろう。「現代思想」界隈でうろつく一握りの論壇屋と貴族たちの言葉遊びにしか聞こえない。

『そろそろ左派は<経済>を語ろう』 - ブレイディみかこの序文_c0315619_14130315.jpg

by yoniumuhibi | 2018-11-02 23:30 | Comments(4)
Commented by ムラッチー at 2018-11-03 11:54 x

 社会を分断するのも、統合するのも「経済」ですね。
戦後の日本の「高度経済成長」は正しく、物質面から
「国民を統合」しましたからね。
どうあがいても現世の人間は「経済」からは逃げられない。
ならば、是非とも「民を済う」であって欲しいですね。
Commented by 七平 at 2018-11-04 09:29 x
(1の2)資本主義と共産主義は対立する立場にありますが、経済学自体は中立、何主義であろうと重要な学問だと思います。学生時代、私の専攻は理科系でしたが、学位取得にはSocial Science必須単位も満たさねばならず、経済学を2学期に渡り取ったのを思い出します。48年前の話ですが、 印象に残っているのは、最初のクラスの冒頭で、教授が経済には二つの目的があると言い切った事です。一つは(資源、人材を含む完全雇用)Full Employmentであり、他方はEquitable Distribution of Income (公平適切な収入の配布)です。Equal で無いところに注意が必要です。

日本も含め、先進国では消費意欲を圧倒する程、物資、製品が溢れ、働く意欲さえあれば必ず職が見つかる環境下にあり、上記の第一目的はほぼ満たされていると思います。 
Commented by 七平 at 2018-11-06 11:31 x


昨日一旦、掲示された、(2の2)が消されてしまいましたので、日本での表現の自由に対する妨害行為として、一部伐採して、再送します。 妨害行為が続くようであれば、日本の言論統制の実例として、記録しておきます。

(2の2)問題は第二点、Equitable Distribution of Incomeにあると思います。野放しの資本主義経済下では、個人の収入も需要と供給の関係が決める事と、希少価値を有する人が単純労働者より何百、何千倍の収入を得て当然となります。しかし、このような収入格差は右肩上がりの経済環境下では許されても、資本主義経済の成熟期以降には問題視されます。生産性の無い純資本家が資本運営だけで高所得を得たり、現安倍政権と取り巻き官僚が代表する様に、無能な人材が既得権に胡坐をかいて、高収入を得ていると映ってしまいます。社会不満に繋がって行くのは当然だと考えます。この社会不満は資本主義、社会主義無関係で起こるはずです。

故宇沢弘文博士の様な、時代を先行した立派な経済学者を輩出した日本なのですが、彼の主張は政治に反映されないどころか、竹中平蔵のような食わせ者が小泉首相と共に、日本経済の崩壊の基礎を築いたというのが私の観測です。実際、宇沢弘文さんが残したVideoには、”竹中なんぞは経済学者とは呼ばん”、と言い切られています。私も同感です。
Commented by 吉村 at 2018-11-11 17:16 x
そのとおりと思いました。
経済成長しながら分配するしかないです。
朝日新聞の経済成長はしなくていいという論調はよくわからなかったです。会社に置き換えると、自社はもう成長しなくて良いと言えるかです。
もちろん朝日新聞は右肩下がりの業績ですが、かれらなりに生き残りのための成長戦略を考えてます。
日本経済が成長して、価値と富を生み出し、それを国民にどうやって分配するかを考えるのが国家的な課題でしょう。


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