杉浦重剛の裕仁皇太子への倫理教育 - 三種の神器と教育勅語

c0315619_13143956.jpg昭和天皇の思想形成において、もう一人重要な人物がいる。東宮御学問所で倫理学を進講した国粋主義者の杉浦重剛だ。学習院初等科を出て、裕仁皇太子は高輪の東宮御学問所で13歳から20歳まで教育を受けるが、このとき倫理学の講師を担当したのが杉浦重剛である。奇妙な経歴の持ち主で、理化学を学ぶべく維新政府の留学生としてロンドンに派遣されながら、神経衰弱になって明治15年に帰国、以後は国粋主義者となって三宅雪嶺などと政治言論の活動をしている。前半は夏目漱石と似ているが、後半は雲泥の生涯だ。理系の秀才がなぜ国粋主義者に化けたのかは不明だが、おそらく漱石と同様に英語の能力で悩み、東洋人への偏見と差別に遭って鬱病を発症したのだろう。国粋主義の文系闘士に転じたのはそれが動機と思われる。杉浦重剛も、三宅雪嶺も、人物を紹介する欄には真っ先に国粋主義者の文字が踊っている。その杉浦重剛がどうして裕仁皇太子の倫理教育の係に選任されたのか、誰の人選によるのか、古川隆久の本にも説明がなく謎だ。明治天皇もしくは乃木希典の遺言だったのかもしれない。



c0315619_13144999.jpg昭和天皇にとっての杉浦重剛に該当するのが、われらの平成天皇の場合は安倍能成である。1940年に一高校長、終戦後の1946年に文部大臣、戦後の学制改革と教育基本法制定に尽力し、平和問題談話会の発起人として代表を務め、南原繁と共に全面講和論を推進した。まさに戦後民主主義の現場を担ったオールドリベラリストの代表格の存在であり、吉野源三郎の師の位置にある。その安倍能成が46年10月に学習院院長に就任、47年から新制中等科に進学する明仁皇太子の教育係としての抜擢と選任だったことは疑いない。前回、ヴァイニング夫人と乃木希典の対比を見たが、引き続いて、倫理教育者としての安倍能成と杉浦重剛の対照構図の中に、戦前日本と戦後日本の国家の本質的相違が看て取れる。二つの国家の間に断裂があり革命があったことが確認、了解できる。杉浦重剛の倫理学の進講は、①三種の神器、②五箇条の御誓文、③教育勅語、の三本柱を基本方針とする内容で、全278回の講義のうち、最多登場人物は明治天皇(36回)だったと古川隆久が本の中で「実証」している。無理もない。②も③も(形式上は)明治天皇が作って出したものだ。

c0315619_13150082.jpg13歳の少年に施した倫理教育の指導要領の三本柱の一つが、三種の神器だったという事実は注目に値する。ここでわれわれが想起するのは、原武史が岩波新書『昭和天皇』(2008年)で描いた戦時中の実像であり、三種の神器の保持に執拗に拘泥した驚くべき非合理的で呪術的な姿である。1945年7月末にこう言っている。「伊勢と熱田の神器は結局自分の身近に御移して御守りするのが一番よいと思ふ。(略)自分の考へでは度々御移するのも如何かと思ふ故、信州の方(松代大本営)へ御移することの心組で考へてはどうかと思ふ。(略)万一の場合には自分が御守りして運命を共にする外ないと思ふ」(「木戸幸一日記」)。また、戦後はこう降服を決断した理由を述べている。「敵が伊勢湾附近に上陸すれば、伊勢熱田両神宮は直ちに敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなく、その確保の見込が立たない、これでは国体護持は難しい」(「昭和天皇独白録」)。要するに、三種の神器のことしか考えてないのである。自分が三種の神器を保持し、天皇の正統的地位を守ることが国体の護持で、それが戦争継続の目的なのだ。神器確保の見通しさえあれば永遠に継戦続行するのである。

c0315619_13170714.jpg民草の命など二の次で、頭の中は三種の神器への執着でいっぱいで、継戦も降服も、何より国体護持の論理と目的が先行し、それを成就し達成するための選択と判断なのである。そのような思考態度と行動様式を内面化させ、帝王学として刷り込んだのが杉浦重剛の倫理進講だった。裕仁少年はそのイデオロギーで教化され、ポルポト軍の少年兵のように育ち、長じて太平洋戦争の現場で国家指導するのである。そのように叩き込まれたから、トランプが海兵隊上がりの指導教官の哲学を終生信仰し貫徹するように、聖なる道徳教義の実践に迷わず邁進したのだ。現在、『昭和天皇の学ばれた教育勅語』なる本が出版され、右翼の間で教養として持て囃されている。杉浦重剛が進講した記録のテキストが収められ、所功が解説している。その本の宣伝文にはこう書いている。「近代日本の目覚しい発展は、明治天皇の御聖徳によるところが、きわめて大きい。本書は、その明治大帝が渙発され、みずから率先垂範に努められた『教育勅語』を満十三歳の少年皇太子のために杉浦重剛翁がわかりやすく説いた御進講の記録全文」。ネットで「昭和天皇 教育勅語」のクロス検索をかけると、上位に登場する情報の多くは右翼による肯定的なもので、否定的なものはほとんどない。

c0315619_13172428.jpgサントリー学芸賞を受賞した古川隆久の『昭和天皇』でも、国粋主義者の杉浦重剛に対する否定的な眼差しは一切なく、逆に肯定的に評価されていて、杉浦重剛がすぐれた教育を行ったから昭和天皇は立派な指導者に育ったという結論になっている。気持ち悪いとしか言いようがないが、こんな中身の現代史書がサントリー学芸賞を受賞し、昭和天皇の戦争責任に関する問題でスタンダードの研究者としてNHKで解説し、朝日新聞の記事に登場している。目眩を覚えてしまう。苛立つ気分になる。古川隆久において、教育勅語への批判的視角は寸毫もない。普通、われわれの常識からすれば、こんな男(杉浦重剛)が倫理の教育係だったのかと佞悪さを思い知るし、だからこそ昭和天皇はあのような狂気の戦争を行ったのだという理解に直結する。教育勅語の国体思想に対する拒絶と嫌悪から思考が出発する。教育勅語が歴史に与えた厄災と惨禍に思いが到り、その悪魔性に対する恐怖の感覚が先に来る。靖国神社と同じで、あの戦争を媒介したイデオロギーの現物対象だからだ。だが、ネットの中はそうではないし、どうやらアカデミーもマスコミもそうではないのだ。教育勅語と国体思想が肯定的に受け流されている。

c0315619_14120004.jpg古川隆久は、「徳をもった君主が国を治めれば民衆もそれに感化されて国が栄えるという儒学の政治思想を『徳治主義』と呼んでいる。(略)杉浦の帝王学の方針はまさにこの德治主義そのものである」と書いている(中公新書 P.11)。だが、実際には、こうした君子の倫理観と使命感は昭和天皇には内面化されず、民の救済を優先すべしという価値基準が全くなかったことは、戦争指導の全過程を通じて明らかであろう。沖縄は本土決戦のための捨て石とされ、皇軍の「人間の盾」にされて12万人以上の県民が無残に犠牲になった。ポツダム宣言が7月26日に発せられているのに、だらだらと受諾を遅らせ、二度の原爆投下で広島と長崎の市民を大量に犠牲にしてしまったのは昭和天皇の責任である。しかも、昭和天皇はテニアン島での米軍の作戦行動を暗号解析で掴んでいた。右翼と古川隆久は、杉浦重剛の倫理教育によって昭和天皇は有徳で英明な君子として人格完成したと言い、教育勅語のありがたさを宣伝するのだが、実際は、どうしようもなく無能で無責任な「国家指導者」を作っただけにすぎない。そのことは、あの75年の記者会見での「戦争責任は言葉のあや」だとヘラヘラ逃げた卑怯で卑劣な態度から十分に断言できる。

最低の指導者ではないか。その男を聖人君子だと崇め、そんな男を育てた「帝王教育」を賞賛することが、どれほどの欺瞞であり、許されない歴史修正だろうか。

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by yoniumuhibi | 2018-09-05 23:30 | Comments(1)
Commented by 久保 公 at 2018-09-30 16:42 x
はじめまして
78歳 自分の明日も知れない老人ですが
日本国と日本国民の行く末が 気がかりでなりません
今日の 政界やマスコミ界や 本屋の店先をみますと
日本の将来を悲観してしまいます

この項目 国と国民にとって 最も大切な 最も根本的なことを
きちんと書いてくださって ありがとうございます


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