古川隆久の『昭和天皇』 - 戦争責任を否定して擁護する悪質な右翼本

c0315619_14222153.jpg旧ソ連時代にモスクワを旅して、赤の広場にあるレーニン廟を観光したことがある。廟はあのとおり花崗岩で造られた小さな建物で、入口を入ると地下への階段があり、それを少し降りると遺体安置室まで通路が伸びている。観光客は列を作って順番に前へ歩いて行く。その狭くて暗い通路の脇に、青い軍服を着た衛兵が銃を持って静かに並んでいた。全員、二十代前半と思われる若くて背の高い美男子で、選りすぐりの精鋭を揃えているのが印象的だった。遺体はエンバーミング処理が施されたものだと現在では正しい説明がされている。当時はそのような知識や情報はなく、ソ連邦科学アカデミーが誇る「死体防腐処理」の正体は謎だった。遺体を目にしたとき、すぐに感じたのは、これは蝋人形じゃないかという疑いである。どう見ても蝋人形的で、表面がテカテカしていて、人の遺体の実物には見えなかったのだ。蝋人形だという噂は当時からあった。国家の中枢に置かれている、その国家を国家として成り立たせている神聖なものが、ニセモノのダミーで、ウソを世界中に言っている。そう感じた。この国は長くないなと思った。



c0315619_14223218.jpgこんなウソを言っていたら、いずれ国家が崩壊するだろうと。「昭和天皇=平和主義者」という言説は、それと同じなのではないかと思う。全くの虚構の物語であり、でたらめな作り話であり、世界中から異議を唱えられ、ブーイングを浴びて拒否されるドグマだ。昭和天皇が71年に訪欧したとき、各地で反対デモが起きてテレビで報道されたことを覚えている。ロンドンではプラカードを持った元英軍兵が移動中の車列に向かって抗議していた。王立植物園で記念植樹した杉が翌日伐り倒されるという事件も起きた。ハーグでは瓶が車に投げつけられてフロントガラスにひびが入った。アントワープでは車に卵が投げつけられた。ケルンでの学生のデモ行進では、プラカードに「ヒトラーの盟友」と書かれていた。子どもながら、欧州での昭和天皇の評判の悪さに衝撃を受けたものだ。あの頃、日本のマスコミ報道では、昭和天皇はすっかり「終戦の聖断を下した平和主義者」として定着していたから、国内と海外との評価の違いに驚かされた。日本は、昭和天皇がヒトラーと同じファシズムの侵略戦争の指導者だった事実を認めず、隠し、曖昧にし続けて今日まで来ている。

c0315619_14224343.jpg古川隆久著の中公新書『昭和天皇』を買って読んだ。2011年に出版されてサントリー学芸賞を取った本だが、帯にはその記載(宣伝)がない。先日の元侍従(小林忍)の日記の件が報道された際、古川隆久がNHKや朝日で解説の任を担ったのは、この本への世上の評価によると考えていいだろう。最初に「はじめに」と「おわりに」を読み、その次に第五章の「戦後」を読んだが、呆れ果てて残りを読むのが嫌になったというのが率直な感想である。どうしてこんな本を1080円も出して読んでいるのだろうと、そういう嫌悪感と不条理感で半日ほど悩まされた。最も知りたかったのは、著者が昭和天皇の戦争責任についてどう書いているかということで、降服せず徒に敗戦を長引かせて犠牲を拡大させた問題や、責任を部下に押しつけて米国に命乞いした問題や、新憲法制定後になお自ら米国と外交交渉し、沖縄を差し出して日米安保を決めた問題について、どう説明しているかということだった。この本は2011年の刊行だから、当然、吉田裕の『昭和天皇の終戦史』や豊下楢彦の『安保条約の成立』も踏まえた上での研究発表ということになる。そこが私の関心の焦点で、それは誰でも同じだろう。

c0315619_14225513.jpg本当に唖然とさせられた。簡単に言えば、この本の「昭和天皇の戦争責任」に関する記述というのは、いわば日本政府・宮内庁の公式見解を並べたもので、昭和天皇の戦争責任の真実を否認するものである。「昭和天皇=平和主義者」のドグマを堂々と正当化するものだ。第五章の「戦後」の部分は、学術書の文章を読んでいるというより、産経新聞の論説を読んでいるようであり、とにかく先に昭和天皇の免責ありきで論が立てられ、責任を正面から追及して実像を浮かび上がらせた諸研究(吉田裕・豊下楢彦)を軽く撫でて一蹴するという内容だった。中身をまともに検討していない。妙な詭弁を簡単に言いのけ、責任論を排して済ませている。まるで、あの菅義偉の官房長官会見の応答と同じだ。「特に問題ではない」、「政府として問題だとは認識しない」、あの強引な押し通しと同じで、まともに反論せず、それは違うという一言の切り返しで片づけている。見解が違う論者は相手にしないという姿勢に徹している。「歴史修正のマエストロ」と私が呼ぶところの、秦郁彦の論理や筆調とよく似ているが、秦郁彦の南京事件論の方がまだ多少の倫理的な痛痒感を残しているように感じる。

c0315619_14230687.jpg古川隆久の「昭和天皇の戦争責任」論は、まさに官僚の文筆そのもので、学術研究者としての人間的な倫理感覚がまるで感じられないものだ。実証的、実証的とやたら言っているが、昭和天皇の戦争責任を免責するために史料を並べたというだけの実証主義であり、イデオロギー的な実証主義で歴史研究として意味がない。古川隆久の論を見ると、昭和天皇に戦争責任がないとは言っておらず、巧妙な言い回しで、責任はあるけれど、深く自覚も反省もしていたから責任問題は解決済みでいいじゃないかという論理になっている。すぐに思い出すのは、安倍晋三の森友問題や加計問題への対応で、責任は自分にあると言いつつ、再発防止策を立てて実行することが自分の責任の取り方だと言って済ますところの、あの無責任な逃げ口上である。そして、「第三者委員会の検証」と「再発防止策」という無内容な話で、簡単に責任問題を済ませてしまう日本の空気である。責任という言葉を無意味化する言説詐術および政治工作と、それを許す日本の思想風土である。古川隆久が「昭和天皇の戦争責任」の問題でやっていることは、菅義偉の会見での悪質な態度と同じであり、安倍晋三の卑劣な言い抜けと同じだ。

c0315619_14231976.jpgしかし、その菅義偉の態度や安倍晋三の論法と同じものが、日本の学術とマスコミの世界で、「昭和天皇の戦争責任」論の標準言説のような地位になっていて、朝日の記事でさえ古川隆久が出張る状況になっている。天を仰ぎたい気分とはこのことだ。時世がこうだから、政治状況が安倍独裁で固まっているから、「昭和天皇の戦争責任」の問題についても、右翼反動としか言いようのない古川隆久が「権威」で「中立」の顔をしてマスコミに出るのだろうか。それを素通りさせるのだろうか。常識で考えて、そんなことをしていていいわけがない。古川隆久の昭和天皇論、特に昭和天皇の戦争責任についての視角と立場は、基本的に日本会議と同じものだ。このような歴史認識が国際的に通用するわけがなく、時代が進むほどに奇怪で噴飯な「過去の物語」と化すだろう。吉田裕や豊下楢彦の労作は、40年前はとても想像できない昭和天皇の実像の暴露であり、日本史の真実の解明と定立だった。それは本当に説得力に充ち満ちていて、その成果が与えられたことで、戦争と戦後の日本の歴史の謎がクリアになった。よく分からない歴史がよく分かる歴史になった。それは、韓国や中国の人々にとっても同じで、日本現代史に関心を持つアジアや欧米の人々にとっても同じだろう。

c0315619_14233014.jpgおそらく、今後、米国で公文書が発見されて、1940年代後半から1950年代前半の昭和天皇に関する未公開記録が明らかになるだろう。そのことは、さらにわれわれを驚愕させるに違いない。日米同盟の現在の体制は昭和天皇が作ったものだった。平和憲法の改定にすぐに動いたのも昭和天皇だ。あらゆる問題の根源に昭和天皇がいる。この国を不幸にする右翼反動の政治の中心にこの男がいる。それにしても、日本人というのは、どうしてこうも犯罪と災禍の中心にいる者を積極的に免責しようとするのだろう。罪状と罪責を曖昧にすることに死力を尽くすのだろう。それを隠蔽し歪曲して擁護しようとするのだろう。頬被りと開き直りと責任転嫁に加担するのだろう。福島原発事故もその典型的な事例だと思う。どうして東電は潰れないのだろう。が、特にその不思議を、私は小保方晴子事件としばき隊リンチ事件の二つで身に染みて思い知らされた。どちらの事件でも、中心にいる責任者を擁護し、声高に免責論の詭弁を唱え、私に対して暴力の襲撃を繰り返したのは左翼である。右翼ではない。日本人は、無責任社会こそが理想で、ミツバチやアリが巣を作るように、ネイティブに無責任社会を建設して維持することが本能で生理なのだろうか。

責任の中枢を真空にし、責任者を不問にしないと生きていけない民族なのだろうか。尊敬する両陛下には、そういう日本人の病的な生き方を断ち切っていただきたいと願う。


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by yoniumuhibi | 2018-08-31 23:30 | Comments(0)


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