災害対策基本法の改正の提案 - 初動を規定し検証を義務づける

c0315619_14080851.jpg前回の記事で災害対策基本法について触れた。この基本法には不備というか不満がある。政府の初動の遅れについて、それを不作為として明確に根拠づけられる条文がないことだ。今回、総理大臣である安倍晋三は、政府の非常災害対策本部を7月8日になって立ち上げた。前日7日は、関係閣僚会議を15分間開いただけで、午前中に私邸に帰って休養するということをやった。今回の豪雨災害は5日夜の段階から始まっていて、6日朝には高知県の安芸川が氾濫し、午前3時に県知事の要請を受けた自衛隊が救助活動に動いていた。物部川が氾濫し、行方不明者の捜索も始まっていた。6日早朝、まだオウム死刑囚の死刑執行が始まる前だが、NHKは増水した安芸川や緊迫した市役所内の映像を中継で放送していた。5日昼、気象庁は緊急会見を行って記録的な大雨になる警告を発しており、5日夜のテレビ報道も大雨に対する警戒のニュースで埋まっていた。もっとも、このとき、あの「赤坂自民亭」の狂宴の酒盛りが行われていて、正常性バイアスを無限に発揮していたのは、安倍晋三を筆頭とする自民党政権の幹部たちだったが。



c0315619_14082089.jpg本来、今回の豪雨での政府の災害対策本部は、6日午後には立ち上がっていなくてはいけなかっただろう。6日午前、気象庁は「大雨特別警報を発表する可能性」を会見で言い、この記録的な大雨が大規模な災害を発生させる危機感を国民に告げている。そのことは、5日夜の時点から気象予報士や報道番組のキャスターによって伝達されていた。初動で関係機関を動かし、首尾よく人命救助を行うべき政府は、遅くとも6日午後には緊急災害対策本部を立ち上げ、官邸に危機管理センターを開設・稼働させ、①自衛隊(防衛省)、②緊急消防援助隊(消防庁)、③警察災害派遣隊(警察庁)の3隊を中央から一元的に指揮命令する態勢に入るべきだっただろう。政府が災害対策本部を立ち上げれば、当然、西日本各県の知事もスタンバイの態勢になる。前にも書いたが、今回、岡山県知事の6日夜から7日朝の行動が不明で不自然なのである。県庁に詰めて徹夜で緊急対応に動いていた気配が感じられない。小田川の堤防が決壊すればどうなるかは、倉敷市はハザードマップで十分承知している。

c0315619_14083462.jpgおそらく未明にかけて、倉敷市長は避難所の設営等で忙殺されていたのだろう。高知県知事のように岡山県知事が動いていれば、午前3時か4時頃には自衛隊と消防への派遣要請となっていただろうし、そのとき官邸に災害対策本部があって危機管理センターが機能していれば、総理大臣あるいは内閣危機管理監の即断即決で、全国で待機中の自衛隊、消防、警察の部隊を真備町に急派・動員することができただろう。午前8時には現場に到着・集結し、本格的な救命救助活動を展開することができたはずだ。浸水した家屋は4600戸。浸水のピークは7日午後1時。1000名の精鋭の救助部隊が入れば、正午までに住居1階に取り残されていた高齢者を救出することができていたと思われる。前回確認したように、制度上は、このときのための虎の子のミッションである、緊急消防援助隊4万6000人、警察災害派遣隊1万人がリソースされていて、さらに自衛隊2万1000人も待機していたのだ。真備町に1000人を投入することなど、官邸のオペレーションからすれば朝飯前の決定・指示だったと言える。

c0315619_14084846.jpg6日夜から7日未明にかけては、官邸の危機管理センターからそうした出動命令が、広島に行け、岡山に行け、愛媛に行けと、各地で待機する自衛隊と消防と警察に対して次々と発せられなくてはならなかった。現在の災害対策基本法は、政府にそうしたプリエンプティブな行動を義務づける設計になっていない。初動の概念がなく、あるいは弱く、初動の法制度が曖昧になっている。災害が発生する前の防災については中身がある。災害が発生した後の措置についても規定がある。だが、災害が発生した直後、災害が進行中、人命被害が拡大中の想定と対策が明確でないのだ。抽象的で空洞という印象を免れず、悪く言えば、政府の不作為を正当化・合法化する法的設計になっている。基本法には、第五章に「災害応急対策」という項目があり、「応急的救助」とか「応急措置」という言葉がある。しかし、条文の詳細を見てみると、政府が機動部隊を動かして人命救助に全力を尽くすという規定にはなっておらず、自治体が住民を避難させる規定が書かれている。避難させることが主題で、自治体と住民に任せていることが分かる。また、法律が想定している災害規模が小さい印象も否めない。

c0315619_14090083.jpg法改正をどのようにすればよいか、ここで全体の設計構想を示すことはできないが、ともかく、災害対策基本法の中に政府の初動を位置づけ、時間軸的に前段階である「防災」と後段階である「救援・復旧」 - これは災害救助法で具体規定されている - との間に、「初動」の措置を入れ、救命救助救出の行政行動体系を整理して義務規定すべきだろう。これは、基本法の不備と言えば不備で、ホール(穴)と言えばホールだが、基本法は、今回の安倍晋三のような不作為を想定していないのである。この点は重要なので指摘しなくてはいけないし、国会で野党が追及するときは論点にして欲しい。記録的な豪雨になると、気象庁が特別警報を出して責任措置(アリバイ)を講じる。6日夜から7日朝にかけて大規模が災害が現に発生しているのに、総理大臣が何も動かず、自衛隊・消防・警察に出動命令を出さずに私邸で無責任に休養など、そのような逸脱と不全を基本法は想定していないのだ。別に災害対策基本法でなくても、内閣法(第15条)でも、自衛隊法(第83条)でも、消防組織法(第44条)でも、何でも使って関係機関を動かせばよいのであり、動かすことができるのであり、それをするのが政府トップの責務なのだ。

c0315619_14121573.jpgそれともう一点、災害対策基本法の改正でどうしても必要なのは、初動の検証を政府に義務づけることである。これが今の基本法には欠落している。東日本大震災の原発事故は、明確に人災の要素が強かったから、政府や国会が検証委員会を立ち上げて報告がなされた。だが、4年前の広島土砂災害や御嶽山噴火災害では、政府の非常災害対策本部が設置されて動いたにもかかわらず、検証の作業と報告がされていない。もし、4年前の二つの災害について初動の経過が検証され、正しく総括されていれば、今回、安倍晋三が7日に私邸で休養という事態はなかっただろう。6日午前にオウム死刑囚の執行をすることもなかっただろう。延期にしたはずだ。今回、政府の初動の遅れのため、あるいは国交省地方整備局のミスのため、多くの命が犠牲になった。7日午前に真備町に救命救助機関が入らなかったこと、7日未明に肱川上流のダムを管理事務所が異常放流したこと、安倍晋三が災害対策本部を立ち上げず私邸で休養したこと、この3点については、政府の不作為の責任が追及されるべきで、法廷で争われて裁判所が判断を下すべき問題だろう。日弁連は正面から考えてもらいたい。そのことを通じて、基本法に初動の検証を義務づけるべきだ。

c0315619_14092191.jpg昨日(22日)、サンデーモーニングを見終わってNHKにチャンネルを回したら、西日本豪雨の日曜討論をやっていて、最期の5分間ほどの議論を見た。相変わらず、片田敏孝などが出ずっぱりで「避難しろ」の自己責任論の刷り込みをやっていた。この男は鬼怒川の堤防決壊のときも同じ台詞を言っていた。政府の無策や不作為を覆い隠すために、住民の自己責任のプロパガンダのボルテージを上げ、「逃げなかった住民が悪い」を繰り返している。災害の教訓をいちいち言い挙げるのも無意味だなどとも言い、過保護行政だなどと言っていた。恥知らずの御用学者がふざけたことを。いったい、阪神淡路大震災以降、7年前の東日本大震災以降、どれだけ膨大な税金が防災だの災害対策だのの名目で予算計上され、支出されてきたことか。どれだけの法律法令が作られ、各省庁の行政事務が新規に作られ、天下り法人が量産されてきたことか。国交省、経産省、厚労省、文科省、覚えきれないほど天下り法人(何とか機構、何とか研究所)がグリードに創設されてきた。どれだけの税金が、災害対策を名目にした費目で浪費され、天下り官僚と御用学者と業者の銀座の懇親会に使われ、視察名義の海外出張に使われてきたことか。前回見た緊急消防援助隊も、警察災害派遣隊も、20年前にはなかったものだ。

c0315619_14093380.jpg災害を出汁にすれば予算を簡単にぶん捕れるものだから、省庁は屋上屋を重ねるように競って天下り法人(機構・研究所)を作り、利権を野放図に積み上げ、二重行政・三重行政のビルディング・ブロックを建築してきた。その酒池肉林のエクスキューズとしてのアリバイ行政が、末端にトリクルダウンするところに、地域の防災無線だの防災メールだのハザードマップだの、気象庁の特別警報だのの防災行政の実際があるのである。もし、納税者国民に対する災害対策行政が過剰で過保護だと言うのなら、そうした表象になっている意味と理由は、官僚と御用学者の酒池肉林の凄まじさの痕跡に他ならないというものだ。災害を出汁にした官僚と御用学者のタカリの構造の片鱗、あるいは証左そのものである。いずれの日か、災害対策基本法を抜本改正し、災害救助法も改正し、税金が官僚と御用学者の酒池肉林のためでなく、国民のために使われるよう変革しなくてはいけない。今回、TBSの報道特集は、48時間以内に政府が被災者に快適なテント避難所を支給するイタリアの事例を示し、80年前と変わらず体育館に雑魚寝させられる日本の現実と対比させ、日本の低劣を批判していた。予算が有効に使われていない。イタリアが災害対策で使う予算は日本の何分の一だろう。

日本の災害時の避難所は、紛争地の難民キャンプよりも環境が劣悪なのだそうだ。確かに、避難所に関する法令や行政マニュアルを見ても、何やら、修学旅行で大部屋にぶち込んだ生徒を指導教員が管理するような、こうさせよ、自由にさせてはいけないという、お上が施してやるから弱者の民はきまりに従えと言わんばかりの、人権の制限と我慢の強制を前提にした、フーコーの刑務所と囚人の近代論を想起させるものになっている。


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by yoniumuhibi | 2018-07-23 23:30 | Comments(2)
Commented at 2018-07-23 20:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 村山 at 2018-07-25 15:50 x
「避難しない住民が悪い」という議論に完全に欠けている視点は、防災の目的は「国民の生命と財産を守る」という定義です。
生命を守るだけなら、国は避難所を設置し、避難指示を出したのだから、避難しなくて死んだやつが悪い、ということになるかもしれません。
しかし家屋は浸水し、あるいは土石流で流され、多くの国民の財産が失われたのです。
住民が避難しても彼らの「財産を守る」ことはできません。
今回、国や自治体は「国民の財産を守る」という防災の目標に失敗したのであり、その責任は問われるべきです。


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