トランプの曲芸軽業外交 - タクティックスの奏功で北朝鮮を譲歩へ

c0315619_15333739.jpg昨日(27日)午前、文在寅が二度目の南北首脳会談の結果を記者会見していたとき、放送中のNHKのスタジオに速報が入った。トランプがホワイトハウスの記者団に米朝首脳会談について語り、6月12日に開催されることを期待する旨の発言をしたことが伝えられた。一時はどうなるかと沈痛な気分に落ち込んだが、これでようやくというか、急転直下というか、5月24日の会談中止発表の前に戻った。こうして後から経過を振り返り、Wertfreiheit(価値判断自由)な態度で冷静に考察すると、トランプが絶妙のタクティックスを演じ、この外交の主導権を握ったことが分かる。先週前半まで押せ押せだった北朝鮮にとって、24日の突然の中止決定は意表を衝かれた衝撃の展開で、すぐに金桂冠が取り成しの談話を出し、対話継続の意思を明らかにした。トランプの前で平身低頭となる妥協的姿勢を見せた。トランプの24日の中止声明は、崔善姫がペンスを「間抜け」と非難した直後に出されたが、タイミングを捉えた一瞬の切り返しで、米国が主導権を握り返して北朝鮮を譲歩に追い込み、妥結に向けて交渉を前に進めるための博打だったと言える。



c0315619_15342217.jpg金桂冠の25日の談話を肯定的に評価したトランプは、その日、記者団に「駆け引きは誰でも行う」と言っていて、中止声明が周到な戦術であり、思惑どおり成功を収めたことを認めている。あのとき、われわれが恐れたのは、北朝鮮がいつもの高飛車な調子で応酬し、会談中止ならそれで結構と開き直り、トランプを罵倒して喧嘩のボルテージを上げる進行だった。そうなってしまえば、会談を開く機会は永久に失われ、1月から奇跡的に形成された和平の契機は雲散霧消し、文在寅の努力は水泡と帰してしまう。だが、トランプは自信があったのだ。中止発表に踏み切っても、北朝鮮は尻をまくって決裂することはなく、必ず折れて歩み寄ってくると読み切っていた。その確信と予測の上で、リスクをテイクしてチャレンジに出た。そして、北朝鮮のお株を奪う瀬戸際外交のリバースは見事に的中、北朝鮮が譲歩の用意があり、米朝交渉を妥結させ成功に導こうとする確固たる意志があることが明らかになった。ビジネススタイルの政治を標榜するトランプのタクティックスの勝利と言える。米国の関係者は溜飲を下げただろうし、トランプ支持者たちも昂奮しただろう。

c0315619_15374785.jpgトランプは巧みな演出工作をやっていた。あの24日の ホワイトハウスでの中止声明の絵だ。あの場には、どういう関係者か不明だが、大勢の男女がトランプの周辺に集まって一団を作っていた。トランプのすぐ斜め後方には、崔善姫から侮辱されたペンスが位置して構図を作り、この中止声明が報復であり、米国は侮辱は絶対に許さないというメッセージを送っていた。が、他の15名ほどの男女は見慣れない顔で、マスコミに頻出する政権要人の姿は一人もなく、議員かもしれないが、どことなく普通の素人の市民のような風情が印象的だった。今から反芻して見逃せないのは、トランプの中止発表の言葉を聴きながら、トランプに寄り添う一人一人の表情が、暗く曇って行ったことである。特に女性の表情が分かりやすかったが、残念な受け止めが色濃く漂った。悪い発表だったからだ。嬉々として拍手する政策の発表ではなく、外交が失敗に終わったことを宣告する不吉な発表であり、人々を暗澹とさせる内容だったからだ。誰もが、これで軍事オプションに向かうのだろうかと悲観的な気分になった。誰もが感じる不安と失望を、あの集団はよく映像表現していて、事態の深刻さを物語っていた。

c0315619_15443140.jpgテレビ報道であの絵を見た誰もが同じ思いを持ったことだろう。頼むから、北朝鮮、折れてくれと。ここでキレて爆発と断絶をしないでくれと。いつもの過激な言葉で挑発せず低姿勢になってくれと。大人の政治忍耐を努めて、トランプに詫びを入れて交渉継続してくれと。彼らはまさに、われわれの気分を態度と表情で代弁していた。あの絵は素人の自然な反応が表出されていて、登場した彼らが演技をしていたとは思えない。だが、トランプは意識的にあの絵を準備して見せている。これが米国だけでなく世界の市民の反応なのだと、北朝鮮に見せて説得するべく絵を制作している。メッセージの効果を計算した上での演出だ。そして、この演出作戦は効を奏し、北朝鮮を動揺させ、金桂冠の異例の速さと低姿勢のリアクションを引き出し、さらに二度目の南北首脳会談まで呼び込む顛末となった。トランプからすれば、してやったりの百点満点の成果に違いない。金桂冠の25日の談話をトランプはすぐに掬って拾い上げ、25日、26日、27日と週末を通して楽観論のトーンを上げたコメントを連発する。さらに実務者を交渉の場に派遣し、3日間かけて24日の中止発表を撤回した。アクロバットな外交芸を軽業で演じた。

c0315619_15483891.jpgもう一つ、この曲芸外交を注視して気づくのは、トランプのよく練った戦略と采配である。トランプは、先に米国から降りるという作戦に出たのだ。これは、普通に考えて意外きわまる行動だが、決して短慮で突発的に決めた一手ではない。基本的に、米国と北朝鮮との間の溝は深く、完全非核化と体制保証の取引の中身が詰められず、歩み寄りするのが至難の交渉なのである。現場での交渉は、北朝鮮がすっぱかし戦術に出て、実務者にタカ派が多い米国側は、これ以上北朝鮮の主導権で振り回されるのなら破談やむなしという危機的局面を迎えていた。このとき、交渉が破裂する最悪の場合、金正恩が中止を決断してトランプに通告する形は避けなくてはならないのである。そうなると、米国は北朝鮮の非礼と独善に対応して軍事オプションという流れに向かわざるを得ない。決裂の形を作る場合でも、トランプが先に中止を決断して通告した方が、米国側にフリーハンドが残り、北朝鮮の対応に応じて策を選ぶことができる。その方が軍事オプションの選択になりにくい。戦争の方向に流されにくい。北朝鮮が強硬に主導権を握って揺さぶりをかけ、駆け引きを弄び、挙げ句に交渉断絶の通告となると、体面を潰された米国は軍事オプションに流れてしまう。

c0315619_15582149.jpgそういう判断があったと考えられる。トランプは大胆に、そして早々と「交渉中止」のカードを切り、先に米国の方から席を蹴るという意外な状況を作り出し、北朝鮮が譲歩して交渉を前に進める経路と地平を拓いた。と、そのように先週のトランプの外交を分析できよう。北朝鮮と米国は交渉戦をやっている。米国の中には、北朝鮮と和平交渉などしたくない勢力が多くいて、政権の中は一枚岩になっていない。トランプのワンマン外交は、北朝鮮を説得して妥協させる外交であると同時に、内側の強硬派(CIA・軍産複合体)を宥めて折り合いをつける政治でもある。北朝鮮にとっても、トランプにとっても、米朝交渉は合意を結んで成功させるしかないものだ。今回、トランプが一本取った形になり、北朝鮮に妥協の用意があることが判明して、米国側の担当者は交渉の前途に自信を持っただろう。リビア方式をちらつかせ、徒にハードルを引き上げ、北朝鮮を交渉断念に追い込むことは、もうやらないだろう。北朝鮮の方も、従来の無責任で感情的な罵詈雑言の乱射はやめるに違いない。6月12日に首脳会談が開催されるとすれば、それは「大筋合意」とか「一括合意」の形しかないのである。具体論は詰め切れない。トランプはそれでよく、金正恩もそれでよく、中国も韓国もわれわれもそれでいい。

アバウトな形での歴史的合意が達成され、賑々しく派手にローンチされるのが政治的に最もよいのだ。具体的な非核化の詰めはそこから先のプロセスでいい。ひとまず、雨降って地固まるとなった。大統領のトランプが、北朝鮮の非核化の実現以上に、米朝会談を成功させようとする強い執念があることを実務者たちは知り、何とか互いの溝を埋め、交渉を妥結させようと奮闘努力するだろう。


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by yoniumuhibi | 2018-05-28 23:30 | Comments(3)
Commented by 七平 at 2018-05-29 00:56 x
北朝鮮の核にまつわる一連の情勢を見るにつけ、トランプのドタバタ政治を脇に置いて、着実に外交力を発揮しているのは中国です。トランプの扱い方を心得え、貿易戦争もトランプ企業のインドネシアでの投資Project に$500Million 肩入れする事によって見事にかわしてしまいました。中国に続き、韓国も北朝鮮もトランプの扱い方を習得しつつあるように思われます。

情けないかな、政治的にアジアの後進国に転落を続ける日本では、嘘が蔓延し延命と既得権にしがみつく世襲政治家が国民に対する冒涜行為を続けているのは明らかです。マスコミも司法府も国民の多くも長いものに巻かれろを決め込んいるようです。 弱者にゴマをすらせる輩は必ず強者にゴマをすります。安倍晋三のトランプやプーチンに対する態度がそれを物語っていると思います。 

最終的にはそのような政治家を選出し続ける国民に問題があるのですが、70余年かけてなされた育児、漫画の読み過ぎ、DRAM教育による洗脳効果は簡単にぬぐいされる訳でも無く、私自身、最近では、日本は落ちるところまで、落ちないと目が覚めないと考える様になっています。
Commented by 北風寒太郎 at 2018-05-29 10:45 x
 軍事オプションという選択肢は、既に消滅しているのでは?
電撃訪中する前の北朝鮮は、張成沢氏や金正男氏をはじめとした親中派の大量粛清により、かつてのイラク・フセイン政権の様に孤立していました。
よって、中朝軍事条約に配慮し、先制攻撃を行わず、在韓米軍基地での偽旗作戦といった形で韓国国民の感情を味方に付けさえすれば、空爆できる状態にはありました。
米朝が妥協・協調し、死者を出したくない米軍が空爆だけを行い、地上部隊を投入せず、38度線以北を意のままにしたい中共・人民解放軍が間髪を入れず北朝鮮政府の保護に乗り出せば、ロシアも下手に手出しができないですし。

 しかし、寝耳に水の中朝接近のお陰で、イラクの様に孤立した状態だったのが、ロシアがバックにいるシリアの様になってしまい、手出しができるか怪しい情勢になりました。
アメリカとしては、下手に動いて中国の後方支援による報復を受け、自国の兵士に犠牲者が出る展開にでもなれば、11月の選挙が危うくなります。
泥沼の戦争となれば、隣国ロシアも地政学的に介入せざるを得ない。
平昌五輪と南北会談で醸成された韓国国民の親北感情も無視できない。

 結局のところ、今の時点で是が非でも米朝会談を成功させたいのはトランプではないでしょうか?
先日の会談中止のコメントは、国内や政権内の好戦派の溜飲を下げさせるために、習近平と金正恩に根回ししながらやった可能性も考えられますし。
シリアの毒ガス疑惑の際、アサドとプーチンに根回ししながら軍事基地を爆撃したのと同様に。
トランプとキッシンジャーなら、そのくらいやりかねないと思いますよ。
Commented by 私は黙らない at 2018-06-09 03:30 x
あまりにも頭に来たのです一言残させてください。
今、安倍がアメリカに来ていますが、インタビューの中で北朝鮮に言及し「北朝鮮には豊富な天然資源,勤勉な労働力、、、」私はこの労働力という言葉にカチンときました。なぜ、勤勉な国民と言わない、せめて労働者といわない。些末なことのようだが、何気ない一言にこの男の本質が露呈したような気がする。この男にとって、我々は、単なる労働力なのだろう。アメリカには我々の血税で尻尾をふるくせに、アジアの国は労働力扱い。だから蚊帳の外なのだ。こんなディグニティのかけらもない男をひきづりおろせない野党、そして自民党、私は本当に恥ずかしい。
朝鮮戦争の終結について、トランプが言及した。日本のメディアはどうしてこれを歓迎しない?極東の冷戦ごっこはもう止めだというアメリカのメッセージ、どうして見えないの?


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