「反日」と「愛国」の言葉 - NHKスペシャル「赤報隊事件」を見ながら

c0315619_16062796.jpg「インターネット上には赤報隊が繰り返し用いた『反日』という言葉が飛び交っている。意見や立場の異なる相手にレッテルを貼り、排除する際に使われている」。28日に放送されたNHKの赤報隊特集番組の結語で、伊東敏恵の渾身のナレーションが響いた。この言葉は重い。勇気を出してよく言ってくれたと思う。スタッフに拍手を送りたい。今や「反日」という語はそこら中に溢れていて、市民社会の言論空間の普通語になっており、われわれは感覚をすっかり麻痺させられている。テレビの番組でも「反日」という言葉は当たり前のように使われ、例えば、池上彰のニュース解説番組でも頻繁に登場する。韓国や中国の立場や主張を「反日」と決めつけて批判する議論は、池上彰が毎晩やっていて、そのため、一般国民にとってその言語と言説は標準的な観念になっている。「反日」批判のイデオロギーは、書店の店頭に横溢し、テレビを通じて茶の間に散布され、インターネット上に氾濫し、もう誰もその言語に接して違和感や抵抗感を覚えない状況になってしまった。昨年、韓国の大統領選に出た野党候補の文在寅に対して、関口宏がサンデーモーニングで「反日政治家」だと決めつけて揶揄する場面まであった。だが、本当は、「反日」は普通語ではないのだ。市民社会で普通に使われる言葉ではなく、右翼が使う特別な政治言語なのである。



c0315619_16071242.jpgそのことを、伊東敏恵の説明があらためて教えてくれた。私と同い年の小尻知博が殺された31年前、「反日」という言葉は、渋谷駅前の街宣右翼だけが轟音を響かせて吐き散らす異様な言葉だった。「反日」の語は彼らの専用品であり、右翼専属の政治用語だった。スクランブル交差点を行き交う市民にとって、耳に入る轟音は平穏を破って神経に障る苦痛そのもので、言論の自由のある社会だから耐えなければいけない苦役や税金のような迷惑だった。黒い大きな改造トラックが公道で大音量を響かせ、日教組攻撃の威嚇を吠えるとき、「反日」の言葉が連呼され、だから「反日」という言葉は、一般市民と職業右翼とを分ける隔壁をなす言葉でもあった。その「反日」が、境界の壁を超えて日常の社会空間に侵入してきたのが、90年代の半ばから後半の時期であり、町の書店の店頭に平積みされた新刊本のタイトルに、やたらとその言葉が印刷されて販売されるという恐ろしい事態が出現した。著者は「正論」や「諸君」の常連文化人で、それまでは日陰者の異端だった者たちである。「新しい歴史教科書をつくる会」が跳梁跋扈し、マンガ右翼の作品が大流行し、石原慎太郎が都知事に当選した。ネットでは2chが繁盛し、「シナ」だの「チョン」だのの侮蔑語の洪水となり、反共プロパガンダで埋められ、草の根右翼の大繁殖に手がつけられない状態になった。

c0315619_16084886.jpg「反日」の語が次第に市民権を得て普通語になって行くのと同時に、「サヨク」という不快なカタカナ語が頻出するようになり、小林よしのりや西部邁が率先してその語の普及に努めていたが、嘗ての「アカ」と同じ意味で「サヨク」が政治言語として使い回され、徐々に定着する忌まわしい現象が起きた。そうした言葉を積極的に使う人間が増え、抵抗を覚える人間が減り、要するに社会全体のイデオロギーが着実に右翼化し、座標軸の標準が右へ右へ移動し、小泉純一郎が靖国参拝する2000年代前半までには多数派の勢いとなる。2000年代後半から現在まで、その傾向は変わらず、勢力は増し、歯止めは利かず、結局、若い世代ほどラディカルな右翼脳になる現実が固まって後戻りできなくなっている。このとき、アカデミーは歯止めをかける努力をしなかった。イデオロギーが危険な方向へ転ぶ状況を阻止しようとせず、むしろ、その流れを肯定的に意味づける社会学ばかりを繰り出し、結果的に右翼化を容認する役割を果たした(つぎつぎになりゆくいきほひ)。このときアカデミーが注力していたのは、戦後民主主義を否定する脱構築の学説の製造であり、丸山は終わったとか、大塚は古いとか、ウェーバーの「犯罪」とか、戦後社会科学を解体・清算する作業ばかりに熱中していた。マルクスとウェーバーに唾を吐き、丸山真男と大塚久雄に石を投げ、ジェンダー、マイノリティ、カルスタ、ポスコロの説教と商売に夢中になっていた。

c0315619_16093453.jpg戦後民主主義の思想や運動が否定された。右からは「サヨク」として罵倒され、相対的に左の主流となった脱構築からは「古い戦後左翼」として排除され、ネガティブネスが極まった悪性表象にされ、攻撃と侮辱と殲滅の標的にされた。「マルクス経済学」や「社会主義」や「護憲」は思想悪の禁止語にされ、差別され、右から虐待され、左からゴミ箱に棄てられた。「総動員体制」だの、「右肩上がり」だの、「国民主義」だのの奇妙なレッテルを貼られ、無前提に卑しめられる思想対象となった。2010年代に入ると、左翼の中に右翼と相似形の狂暴で凶悪な要素が出来し、敵に対してツイッターで集団で嫌がらせを仕掛けるようになる。卑劣な難癖をつけて恫喝と脅迫で襲撃し、悪質なデマを吐き散らし、相手を屈服させてネットの中で権力を誇示する一団が出現する。獰猛で野蛮なしばき隊だ。しばき隊はネット右翼の左版そのものの暴力集団で、意見や立場の異なる者に「ヘイト」や「レイシスト」のレッテルを貼って一方的に暴力で排斥した。竹野内真理や鄭玹汀が暴行の餌食となった。その行動パターンは赤報隊と同一だ。しばき隊に共産党や社民党が寄生し利用するという図に行き着き、日本の政治も来るところまで来た末期症状の感がある。左翼も暴力容認となり、言論を暴力で圧殺しても構わないという態度に変わった。香山リカや佐藤圭などが、「圧力以上・暴力未満」を自慢するしばき隊を礼賛する風景は、その醜く歪んだ真相を示している。

c0315619_16101916.jpgもう一つ、「反日」の語を考えるとき気になる言葉がある。「愛国」だ。「愛国」の語について検討を加える必要がある。この言葉も、元来は右翼語だった。「愛国」という言葉が政治の場で使われるとき、それを使うのは、自己の立場を正当化しようとする右翼であり、右翼が掲揚する伝統的な標語であり、日の丸と同じ意味のアイコンでありシンボルだった。数寄屋橋で演説する赤尾敏の愛国党が、政治の世界における日本語の「愛国」の意味だった。異端右翼の世界の言葉であり、険悪で不気味な右翼の専属語だった。それが、いつの間にか普通語のようになって往来を闊歩し、市民社会の言論空間で市民権を得た言葉になっている。「反日」と同じような言語として定着している。どうしてそのようになったのだろう。語の変容の経緯と足跡を辿ると、一冊の高名な本に行き着く。そう思う。それは、2002年に出された小熊英二の『民主と愛国』だ。ここで、なぜ小熊英二は「愛国」という言葉を使ったのだろう。テーマとして「愛国」の語を選んだのだろう。なぜなのか。小熊英二はこの本について、戦後日本のナショナリズムをめぐる言説を検証したものだと言っている。また、戦後思想の姿をよみがえらせ、その限界を明らかにすることが目的だと序章で語っている。だが、具体的にどういう思想史上の仮説が提示され論証されているのか、どういう結論なのか、中身はよく分からず、なぜ「愛国」の語が表題に置かれているのかも不明で説明がないのだ。

c0315619_16104932.jpgどうやら、小熊英二が「愛国」の語を「ナショナリズム」と同義に捉え、「ナショナリズム」という語の替わりに題名に「愛国」を掲げたらしいということが、2015年にSEALDsの奥田愛基の発言から推察されるようになった。小熊英二の本の序章では、あれほど言語の意味については、その体系や構造に着目して丁寧に言説分析すると方法姿勢を言いながら、「愛国」の語についての吟味検討が全くされていない。単純に「愛国」と「ナショナリズム」を等値してしまっている。これでは右翼の思うツボではないか。奥田愛基は、戦後の左翼勢力も「愛国」を唱えていたのであり、そのことは小熊英二の『民主と愛国』の中で書かれているではないか、と、こう言ってのけていた。唖然とした。戦後の共産党の民族民主統一戦線の政治理念、すなわち戦後の二段階革命の目標である米国からの独立をめざすナショナリズムを、右翼の薄っぺらな商標である「愛国」と一緒くたにしてしまっているのである。奥田愛基がこの話を誰から聞いて言ったのか、小熊英二本人からか、それとも他のしばき隊学者からか、事情はよく分からないが、それにしても荒唐無稽で出鱈目な話ではないか。日本の右翼の「愛国」などは、それをナショナリズムと等値して真面目に考察する価値など一切ない、単に無知な者を騙す詐欺商法の看板にすぎない。そんなことは常識だ。だから、日本の社会科学や政治学では、「愛国」の語は普遍的な意味を帯びず、学問が現実政治を分析する際の概念としては用いられず、右翼のいかがわしい詐欺看板として処理されてきたのである。

小熊英二がやったことは、右翼の「愛国」を普通語にする誤用であり、左翼リベラルも「ナショナリズム」を「愛国」の日本語に変換して使えという推奨だ。とんでもない思想作業上の錯誤と過失ではないか。結局、その後、『ネットと愛国』などという題名の本などが出回って、「愛国」の語は右翼の専売特許ではなくなった。右翼に碇づけられていた悪性表象の「愛国」は解き放たれ、「愛国」が普通語にロンダリングされて読書市場を自由徘徊するようになり、右翼の大義名分だった「愛国」が、何らか正当性と説得力を感じさせるイデオロギー状況に変わってしまった。暴力団も不動産屋の看板を事務所に掲げて偽装するけれど、右翼の欺瞞的な名目にすぎなかった「愛国」が、政治学で研究対象にするナショナリズムと同じものに混同され、小林よしのりの「ゴー宣」と戦後共産党の「民民」が同じものに化けてしまった。右翼と一般市民を分けていた隔壁が破壊された。左から不用意に壊された。天を仰いでしまう。



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by yoniumuhibi | 2018-01-29 23:30 | Comments(2)
Commented by memory at 2018-01-30 00:27 x
「反日」という単語は、私も一度も (地の文で) 使ったことがありません。この単語を日本人自身が使うということは、「日本」自体へのどんな批判も拒否してしまう思考停止につながると思います。
Commented by キヌケン at 2018-01-31 08:08 x
最近エーリッヒ・フロムの『悪について』を読んでいます。
彼によれば”本物の悪の真髄”には主に3つあり、1.ネクロフィリア 2.ナルシシズム 3.近親相姦的な結びつき としています。そのうち、ナルシシズムに関しては説得力のある論理を展開していて、他者不在な個人的ナルシシズムは国家という集団にその自己愛の対象を変えることがあり、自己愛が病的にまで強い為政者が権力を持って暴走し、市民はその権力者に心酔し追随するメカニズムを解き明かしています。まさに今の日本の自画像ですね。
 世に倦む日日さんのような良い意味での個人主義者がたくさん登場することを願います。
 あと、テレ朝のキムタク主演『BG〜身辺警護人〜』は憲法9条をヒューマニズムの観点から擁護しているドラマですね。第1話では、「あなた方が拳銃を出さなかったら、犯人は刃物なんか出さなかったんじゃないですかね?」というセリフがあり、第2話では、キムタクを襲った凶悪犯が警察に取り押さえられるシーンで、「その人も被害者なんだから!」というセリフもありました。 テレビという媒体がこうした健全なメッセージを発していることを頼もしく思います。


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