平成天皇が訪韓して元慰安婦に言葉を - それが最終的で不可逆的な解決

c0315619_15170655.jpg吉見義明は、岩波新書『従軍慰安婦』(1995年)の結語において、慰安婦問題の解決のため日本政府が行うべき措置として次の六項目を挙げている。(1)政府所管資料の全面公開、(2)戦争犯罪を行ったことの承認と謝罪、(3)責任者を処罰してこなかったことの責任の承認、(4)被害者のリハビリテーションの実行、(5)被害者の名誉回復と個人賠償、(6)慰安婦問題についての歴史教育・人権教育の実施、記念碑と資料センターの設置(P.233-234)。それから15年後、今から8年前の2010年に出版された岩波ブックレット『日本軍「慰安婦」制度とは何か』では、以下の六項目を挙げている。中身は少し異同があるが、基本的な骨格は同じだ。(1)「軍の関与の下に」という主語を曖昧にした表現をやめ、加害の主体が日本軍(日本国家)であることを明確に認めること、(2)戦争犯罪の法的責任を正しく認めること、(3)賠償金を日本政府が拠出すること、(4)政府と公的機関が保有する関連資料をすべて公開し、真相究明を行い、歴史教育・人権教育・平和教育を奨励し、記念館を設置すること、(5)被害者の医療的ケアをすること、(6)官房長官談話ではなく閣議決定を経た首相声明を出し、国会でも決議すること、「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律」を成立させること(P.61-63)。



c0315619_15171752.jpg岩波新書『従軍慰安婦』の著者である吉見義明は、この問題の学術研究の第一人者であり、専門家として筆頭に位置する権威であることは言うまでもない。2年前の日韓合意に関する私の立場は吉見義明と同じで、前の二つのブログ記事でも、日韓合意に反対する吉見義明の見解(ハンギョレ記事)をリンクで紹介した。ところがなぜか、2年前の日韓合意発表以降、吉見義明の論評が国内のマスコミに登場しない。摩訶不思議な気分だ。講読している朝日の紙面にコメントが載った記憶がない。どうやら毎日や東京新聞も、吉見義明に取材して意見を報道するということをしていない。本来なら、関口宏のサンデーモーニングは、吉見義明を映像出演させ、2年前の日韓合意の欠陥や不当性を説明させるべきだっただろうし、そうした識見を紹介した上で、今回の新方針を客観的に公正に考える視点を視聴者に提供するべきだっただろう。それがリベラルの報道番組が取り組むべき当然の営為だったはずだ。5年前の2013年、当時大阪市長だった橋下轍が慰安婦問題で暴言を吐き、それに吉見義明が抗議して撤回を求めたときは、マスコミはその事件を大きく報道した。5年経ち、慰安婦問題をめぐる日韓の摩擦が再燃しているというのに、日本のマスコミの視野の中に吉見義明がいない。消えてしまっている。これが右傾化の現実だ。

c0315619_15173041.jpg安倍官邸に睨まれるのが恐いから、吉見義明の主張を紹介するのは難しいと言うのなら、せめて関口宏とサンデーモーニングのスタッフは、番組にコメンテーターとして頻繁に出演する河野洋平を起用するべきだっただろう。河野洋平は河野談話の当人ではないか。慰安婦問題について、そこらの学者や論者よりはるかに深い知識があり、日韓政府間交渉の実務と経過を知り、重い責任を自覚した上で日本国民に正しい見解を発することのできる人物だ。日韓合意と新方針をサンデーモーニングで論じるとき、河野洋平ほど適当なコメンテーターはいないだろうし、視聴者もそれを期待し注目するに違いない。なぜ右翼の田中秀征などを出し、安倍晋三の親衛隊が集結して韓国を袋叩きするようなスタジオ生放送にしたのだろう。慰安婦問題を報道機関がどう言論するかは重要な問題で、それはこの国の右傾化をさらに棹さして促すか、それとも抵抗して押しとどめようとするかという問題に関わる。日本国民があの侵略戦争にどう向き合うかという問題に関わる。日本がアジアの隣国とどう関係するかという問題に関わる。サンデーモーニングは、この国の右傾化を防ぐ最後の防波堤ではなかったのか。今、われわれに必要なのは、日韓合意と新方針に対して吉見義明と同じ認識と立場に立つことだ。村山談話で誓った反省の精神に即くことだ。

c0315619_15174280.jpg吉見義明が提示した問題解決のプログラムを見ながら、到底、これは実現不可能だと率直に思わざるを得ない。正論だけれども、2018年の現時点で、右翼勢力が国会の3分の2超を占め、新方針に8割が反発する国民世論の現状では、この解決策の提言は絵に描いた餅だと言うしかない。あまりに現実との間に乖離がある。この諸項目に着手する政府は、具体的には共産党が政権を取った暁に初めて実現するものだろう。共産党が衆院選で過半数を取ったとき、吉見義明の六項目は外務省や文科省の行政施策に具体的に落とし込まれる。保守を自認する枝野幸男の立憲民主党でも、ここまでの政治的跳躍は無理だろう。私は、独自のアイディアとして、平成天皇が訪韓し、元慰安婦に向けて謝罪の言葉を発することを解決策として提案する。お金の問題ではないと思うし、政府があれこれ外交工作しても、後でそれをひっくり返す右翼の政治家や勢力が政権に就いたら終わりなのだ。95年の村山談話も、形は残っているが実質は壊されてしまっている。カリスマである平成天皇が、自ら決断してこの快挙を遂行することで、慰安婦問題での日韓の葛藤や軋轢は終止符が打たれることと確信する。日本のマスコミと世論も、河野談話や村山談話を再び肯定する方向へ旋回するだろう。右翼のタテマエは尊皇だから、平成天皇を否定することは前提的にできない。

c0315619_15175399.jpg無論、私のこの提案も、吉見義明の正論以上に実現性のない空想論で、突拍子もない思いつきの夢想であるに違いない。だが、本当にそうだろうか。ここで想起を促したいのは、あの一昨年の生前退位の政治劇である。電光石火で奇想天外の早業だった。あれは、厳密にいえば憲法違反の行為で、しかも憲法改正の内実を含む行動で、右翼で天下人の安倍晋三も腰を抜かす意表を衝いた挑戦だった。民主主義のクーデターだった。安倍晋三が押さえているはずのNHKを、天皇陛下が奪って押さえた。すべてがルーティンで回り、異常も正常も含めて合法的支配の論理で回っている日本社会で、突如としてカリスマ的支配の契機が出現して政治を動かした瞬間だった。ウェーバーの支配の正統性の三類型に即して言えば、そういう整理と観点を措くことが可能だろう。ここは日本だ。日本史にはそういう属性があり、日本の政治には常にそういう可能性が孕まれている。禁忌が非破壊的に破られ、天皇が実質的な力をもって政治を動かすフェーズがある。だから、私はその奇跡を期待する。平成天皇にとって、韓国を未訪問のまま在位を終えるのは何よりの心残りだろう。それは、侵略戦争の過去の清算に努めてきた本人の最後の大きな宿題だったはずで、慰安婦問題もその関心の一つであるに違いない。昨年、北朝鮮の核問題で世論の憎悪が滾ったときは、素早く高麗神社訪問の絵を見せて国民を諭し鎮めるという一幕があった。

c0315619_15180750.jpg共産党が政権をとって日韓の戦後処理を前向きにするというのも奇跡で空想だし、平成天皇が韓国を訪問して慰安婦に謝罪するというのも奇跡で空想である。だが、どちらの奇跡に賭けるオッズの可能性があるかといえば、後者の奇跡の方だろう。在位中には無理だろうから、できれば、退位と同時に皇籍離脱して自由な民間人となり、言論の自由を得た一人の市民として、美智子氏となった現皇后陛下と夫婦で訪韓し、元慰安婦に会って謝罪の言葉を発して欲しい。美智子前皇后が、元慰安婦の肩を抱いてやさしく言葉をかける絵を作って欲しい。退位しても、皇籍離脱しても、この二人が日本国の最大のカリスマであることは変わらず、国民の精神的支柱であり思想的指導者であることに変わりはない。元慰安婦も、
挺対協も、韓国の国民も、それを受け入れて納得するだろう。積年の怨恨は氷解し、対立と不信は和解へと向かい、日本大使館前の彫像は撤去(移動)され、日韓関係は新しい地平を迎えるだろう。右翼化を極めていた国民世論も変化し、隣人である韓国を大事に思う気持ちが醸成され、65年の日韓基本条約を揚棄し、95年の村山談話に即した新しい日韓平和友好条約を結び直そうという気運も芽生えてくるだろう。政治は人間がするものである。政治において人間の主体的条件の意味はきわめて大きい。生前退位の革命をやってのけた平成天皇の辞書に不可能の文字はない。

最後の勇気と体力をふりしぼって、国民のため、日韓関係の戦後処理に動いてもらいたい。


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by yoniumuhibi | 2018-01-17 23:30 | Comments(4)
Commented by ロシナンテ at 2018-01-17 23:43 x
<皇籍離脱して自由な民間人となり、言論の自由を得た一人の市民として、>

平成天皇が自由人となり、非戦の行脚を重ねたとき、
そこに居合わせた者達は、聖人が降臨したが如き姿に深淵なる精神性の衝撃を受けるでしょう。

親米右派勢力がもっとも恐れるのは「そこ」だと思います。
それ故、上皇という足枷で幽閉しておきたい。
それがだめなら、一民間人の行為として全マスコミ報道から消し去る暴挙に出る。
テレビ・新聞が報道しなければ、その事実は無かった事になるのがこの国の心性ゆえ。

「その先」には、
反米右派勢力(ホンネの尊皇勢力)の台頭と弾圧、権力闘争維新が始まるのではないかと感じています。
妄想に過ぎればありがたいです。

別件ながら、
ICANがノーベル平和賞を受賞したのは「核国産化はアメリカ許さないよ」
のメッセージではないかと見ています。


Commented by 鮟鱇 at 2018-01-21 06:22 x
今回のブログ主の論調、あるいは「ロシナンテ」さんがコメントでおっしゃっておられる、
「平成天皇が自由人となり、非戦の行脚を重ねたとき、
そこに居合わせた者達は、聖人が降臨したが如き姿に深淵なる精神性の衝撃を受けるでしょう。」
と、いうような言説が他のサイト(たとえば「リテラ」など)でも通底を成しつつある様に思われます。

しかし、こうした言説は戦前、時の議会制民主主義の“為体(ていたらく)”に愛想を尽かし、
結果、「陛下ならわかってくださる」と、
天皇を担ぎ出したかつての青年将校たちの姿が重なって見えるのは錯覚でしょうか?

まして、今生天皇を「上皇」となられた後にも“担ぎ出そうというのは、
我が国においては中世における「上皇」「天皇」の二重権力構造が蒸し返されるかの様な醜態としか見えません。

その選ばれ方なども含め、様々な議論はあるにせよ、
安倍政権は現行制度下における選挙制度に基づいて、
私たち国民が選択した“政治権力”であります。
これを変えることは迂遠なことではあるし、手間がかかることではありましょうが、
それが、まさしく”民主主義”のコストというものではないでしょうか。

今生天皇が自らの意を投影出来る-という思い込み-で、
これを剥き出しの政治に引き出すことは、
我々が得た“民主主義”を圧殺してしまいかねない、極めて安易であり、危ういことであるように思われるのですが?
Commented by ロシナンテ at 2018-01-21 14:27 x
>結果、「陛下ならわかってくださる」と、
天皇を担ぎ出したかつての青年将校たちの姿が重なって見えるのは錯覚でしょうか?<

錯覚ではないと思います。
ただ担ぎ出すのは、時の政府・マスコミから完全に黙殺され、聖人が殉教した後の事でしょう。

担ぎ出すのはどこか。
軍務関係者よりも「日本会議」等からの先鋭化した信徒達(大勢に従い親米を装っているが心の中では反米民族主義者)
ではないかと思ってます。

それからは右翼同士の弾圧とテロ報復、日本内乱の始まりへと。

「キリスト教的なる聖人君子」の痕跡が今までの皇室観から飛び抜けてしまい、北一輝Ver2.0な者達をも生み出す土壌を作る。
上記のような事は妄想として笑って欲しいのですが、日本人の心性を見ると笑えない不気味さが私にはあります。
Commented by 七平 at 2018-01-22 11:52 x
ロシナンテ さんが使われた、”「日本会議」等からの先鋭化した信徒達(大勢に従い親米を装っているが心の中では反米民族主義者)” と言うのは安倍政権や多くの自民党議員を言い表すには非常に的を得た表現だと思います。いくら安倍晋三がゴマをすりまくり、鼻をまっ茶に染めても、それは米国側も見抜いている事だと思います。 

第一次安倍政権が終わりに近づくころ、オーストラリアでG20の会合があったのですが、会議前に安倍晋三はインドに寄り道をして故パル判事の記念館や子孫を訪れました。東京裁判はUnfairであると言って棄権した判事です。その訪問時の内容をNYTが記事にしていました。詳細は思い出せませんが、その記事を読んだ後、私は日本にいる友人に、”米国に対する安倍晋三の政治生命は終わった。 Bushと衝突が起きる。” とメールした事を記憶しています。2週間程すると、安倍辞任のニュースが流れ、やっぱりと感じました。実際、第二次に復帰できた、する事が許された方が不思議なくらいです。

以前にも書きましたが、日本のマスコミより米国の方が、日本の政治家の悪行をずっとよく知っていると思います。悪業のリークをすると、転げ落ちるような日本の政治家は山ほどいるのではないでしょうか?

隣国からも、本質的には米国からも信用されない政権が日本のかじ取りをしているのが実情だと考えています。


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