『君たちはどう生きるか』と格差・貧困問題に対する日本人の態度

c0315619_14320911.jpg生活保護費削減の問題は、あいかわらずテレビ報道で取り上げられない。19日に議員会館で抗議集会が開かれているが、テレビ撮影は入ってなかったようだ。新聞記者は来ている。主催者はテレビ局に取材要請をしたのだろうか。集会には共産党と立憲民主党の議員が参加している。立憲民主党の議員の名前は載っていない。立憲民主党と枝野幸男のツイッターを確認したところ、やはり生活保護費の問題について一言もコメントを発していなかった。厚労省が「1割削減」を発表して2週間経つが、野党が目立った反対行動を起こしておらず、マスコミの関心が著しく低い。昨日(20日)になって、ようやく日弁連が「生活保護基準について一切の引下げを行わないよう求める会長声明」を出したが、記者会見を開いておらず、マスコミも記事にしていない。立憲民主党がこの問題に対して無視と沈黙を続けるのは異常だが、そうした立憲民主党の姿勢に対して、しばき隊や左翼界隈が何も言わず、黙認したまま素通りしているのも理解に苦しむ欺瞞的な光景に映る。普通であれば、例えば森友加計問題のときの民進党のように、党本部に官僚を呼びつけ、マスコミにカメラを回させ、糾弾する絵を夜のテレビで撒かせて人気取りをするものだ。



c0315619_14322484.jpg19日に議員会館で抗議集会を開いた主催者は、阿部彩と岩田正美に出席を求めたのだろうか。今回の生活保護費削減について、誰より説明を求めたいのは、件の生活保護基準部会の委員を務め、ずっと審議に参加してきた二人の著名な社会政策専門家の大学教授である。現時点で、8日と12日と14日の部会の議事録は公開されていない。何があったのか、厚労官僚の提案に対してどういう討議がなされたのか、会議の場にいた二人から証言が聞きたいし、二人には国民に説明する責任がある。14日に出された部会の最終報告書は、部会委員の全員一致の手続きの上で正式決定されていて、反対委員はいない。ということは、阿部彩も岩田正美も報告書の内容に賛成している。であれば、今回の行政措置に関与した二人の責任は重い。生活扶助5%カットがどれほど重いものか、消費税が2%上がる中で支給を5%切り下げられることがどういうことか、母子加算月4000円の減額が当時者にとってどれほど苛酷な仕打ちか、われわれよりもずっとこの二人がよく承知しているに違いない。マスコミの記事を追うかぎり、部会が紛糾した様子はなく、報告書了承の賛否で割れておらず、委員の抵抗で会議が深夜にまで及んだという噂はない。席を蹴って退出した委員もいない。

c0315619_14323580.jpg最近、気になりながら言いそびれてることがある。それは、『君たちはどう生きるか』の格差と貧困の問題についてだ。『君たちはどう生きるか』には格差と貧困の問題が出てくる。そして、最近の書評や記事を見ると、いつの時代も格差と貧困があり、昔も今も変わらないテーマが取り扱われている、などと安直・無造作に書かれている。池上彰も「貧困や格差が社会の大きな問題であることはいまも同じです」などと垂れている。『君たちはどう生きるか』の中に格差と貧困が描かれていて、それは今の日本の現実と同じで、だから80年前に書かれたものでも新しく、読むと感動を覚えるのだなどと軽く紹介されている。恰も、本を売るためのキャッチコピーのように、格差と貧困という単語が並べられ、『君たちはどう生きるか』のテーマの普遍性が宣伝されている。私は、この言説に対して違和感を覚えてならない。この本を真面目に読んでない者の皮相的な感想だ。何が皮相的で、どこに違和感を感じるのか。それは、戦後の日本人が、この本で倫理教育を受け、この本で精神的主体性を育みながら、まさしく、この本に描かれてるような格差と貧困をなくすべく、誰もが豊かに暮らせる日本の経済社会を作ろうと努力し、一億総中流と呼ばれる社会を作ってきたという歴史への認識の欠如である。格差と貧困のない、一億総中流社会の実現は戦後日本人の理念であり、目標であり、高度成長によってそれを半ば成し得たのだった。

c0315619_14324883.jpg『君たちはどう生きるか』の80年前の日本社会は、今と同じく格差と貧困が剥き出しの社会だ。80年前と今とは同じである。だが、その間に横たわる社会は同じではない。80年前と今とはシームレスに連続してはいない。80年前の格差と貧困の社会が、そのまま何も変わらず80年間続いて今に繋がっているわけではない。80年前と現在の間には、格差と貧困のない社会があり、一億総中流と呼ばれる時代があった。誰もが夢と希望を持って働いて貯金ができ、家庭を持ち、親よりもよい暮らしができ、自分よりも子によい暮らしを与えられる社会があった。そして、それは自然に形成されたのではなく、人間の意思によって、格差と貧困を社会から根絶しようという意思と努力によってできたのであり、その意思と努力を個々と政府に媒介した思想こそ、戦後民主主義の思想であり、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』に書かれた倫理思想だった。この真実を確認しなくてはならない。この社会科学的事実をオミットしてはいけない。戦後の日本人にとって社会の格差と貧困は悪であり、倫理的に懊悩する問題であり、放置したり是認していてはならず、肯定してはならず、是正や改善のために努力しなくてはいけない社会悪だった。底辺の底上げによって解決を図るべき問題で、そのために政策が動員されなければならなかった。『君たちはどう生きるか』は、格差と貧困の社会矛盾を憎み、それに立ち向かう精神性を涵養するための教育書だったのである。

c0315619_14330042.jpgそうした観点が、今の『君たちはどう生きるか』が売れる言論空間にない。戦前の日本人が格差と貧困に苦しんだこと、この矛盾を打開し克服する社会科学の挑戦がなされたこと、河上肇の『貧乏物語』があること、講座派と労農派の日本資本主義論争があること、経済学者たちの挑戦が、単に社会の成員を低水準で平等にするのではなく、いかにして生産力を拡大させながら、すなわち経済発展と経済成長を遂げながら分厚い中産層を形成するかという使命と課題にあったこと、それらの社会科学の上に、あるいは傍らに、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』があったということ、そのことを、現在のブームに便乗している軽薄な論壇は見落としている。私は、2年前のちょうど今頃、SEALDsの諸君に読んでもらおうと思って、「自由と民主主義を考えるための『世に倦む』選書15冊」という記事を書いた。その筆頭に『君たちはどう生きるか』を置いている。このときに書いたことだが、どうしても読んでもらいたい一冊は大塚久雄の『国民経済』であり、大塚久雄の経済学理論がどのようなものかを発見してもらいたかった。それは、戦後の高度成長の理論的基軸と思想的背景がどこにあったかを理解してもらうためである。日本が一億総中流になる前、すなわち戦後改革(財閥解体・農地解放・労働基準法・シャウプ税制)の前の日本は、まさに身分制と言うに等しい格差社会であり、ミゼラブルな貧困に懊悩する社会だった。

c0315619_14331311.jpgわれわれは、日本人が格差と貧困を克服した経済の歴史を持っている事実を忘れている。格差と貧困とはずっと前から続く問題であり、シームレスに繋がった問題だと錯覚し、永遠に続いて解決不可能な問題だと観念してしまっている。『君たちはどう生きるか』を読んで育った者たちが、格差を埋め、貧困を少しずつなくしてきたことを忘れている。決して今と同じ状況が70年間続いたわけではないのだ。一度は一億総中流社会を築きながら、それを壊し、制度を改悪し、新自由主義社会に移行し、現在に至っているのである。そのことを、池上彰は言わないし、斉藤孝は言わないし、岩波や朝日そのものが言おうとしない。格差と貧困などと、今では枕詞のように言い、当たり前の現実のように言うけれど、20年前にはこのような言い方はされていなかった。そもそも、政府が行政施策の中で「低所得層」などという言葉を使うことはなかった。昔、小泉純一郎が国会で答弁していたように、「わが国には貧困はない」のがタテマエだっのであり、貧困が存在しないのが行政のデフォルトだったからで、そのような否定的な現実の放置は許されなかったのだ。安倍政権になって以降、「低所得層」は政府行政で当たり前の概念になり、それを前提に政策設計され、NHKを含めたマスコミも平気でその言葉を使っている。格差と貧困の座視や放置は許されないことだという倫理的な公準がない。

『君たちはどう生きるか』の正義感が壊され、あるべき、持つべき理念と拒絶感が消え失せてしまっている。

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by yoniumuhibi | 2017-12-21 23:30 | Comments(4)
Commented by 宮澤喜一や河野洋平の頃は良かった。 at 2017-12-21 18:37 x
様々な分岐点があると思います。
1つは80年代に大きな問題となった多くの公立中学校の荒廃
文革のような愚連隊がのさばり、まともな生徒たちの学習意欲までを奪いました
なぜあそこまで深刻な状態となったか不明ですが、まともに学習する機会を奪い、自ら考える力を削ぐことを狙いとする
力によるものかという疑いを持っています。教育は貧乏から脱却する最良の選択肢です

2つは新党ブーム
日本新党、新生党、新党さきがけなど。もちろん、国民生活の質の増進を掲げるまともな人もいましたが、これらができた
いちばんの理由は、世に倦む日日様が仰っていたように社共潰しによる野党ネオリベ化だと思います

また、新党政権が主導した中選挙l区制の廃止も、自民党内の格差是正派を政治の中心から追放するためにもってこいのルールであり、この任務は小泉政権のときに完了されたと思います。

良心的な人々をだまし、貧困から脱却する機会を事実上選挙で選べないようにし、心すこやかに毎日を過ごすことが難しくなってしまいました。
Commented by 七平 at 2017-12-24 10:53 x
先回の選挙で第一野党になった立憲民主党の動向と、その党首である枝野幸男の言動にはフォローを始めています。 悪質低質極まり無い日本の世襲政治家に比べ、枝野氏は実際に弁護士であり、原稿なしで視聴者と視線を合わしながら話しができるだけでも大きな差と感じています。当たり前の事をして、期待を持たせるという事は原稿丸読み型の日本の政治家のレベルが如何に低いかと言う証明でもあります。

日本のマスコミが生活保護費削減の問題を取り上げていない様ですが、日本のマスコミの偏向報道と政府に対する御用聞き忖度は、記者クラブを中心に昔からなされています。 政府にとって都合の悪いニュースは取り上げない、取り上げても内容を湾曲させてしまう。故山崎豊子の小説にも、又、元NYT東京支局長の指摘にもあるように、記者クラブ制度が日本のジャーナリズムの癌である事は明白です。

枝野氏は12月18日にFCCJでの会見で、生活保護費削減の問題に関する質問に答えられています。リンクを入れると投稿妨害に会いますので、You Tube FCCJの公式サイトにログインして 11:40 / 1:03:04のところをご覧ください。 偽ビデオにご注意の程。

枝野氏は何事も憲法に対する整合性に重きを置かれるようで、”健康で文化的な生活保障” が憲法でなされており、従って、それを可能にするような給料を得るようにせねばとのお話ですが。そこには、人道的なCompassion が聞こえてきません。聖書や他宗教の経典、又、憲法も所詮人間が書いたもの、整合性だけに͡こ゚だわって、弱者に手を差し伸べない様であれば、がっかりしてしまいます。


Commented by T at 2017-12-26 16:44 x
先日の初コメント、自分の無知をさらけ出したようで気恥ずかしいのですが、子供の頃読んだ「君たちはどう生きるか」の記憶の中で
一番感動した部分は、コペル君が素直な同情心から訪問した浦川君について、おじさんが「君は自分の(社会的ステイタスが)浦河君より上だと思っているかもしれないけれど、生産するという観点からは、浦河君の方がずっと君より上にいるんだ」と諭す部分でした。
今考えるとそこには、貧困と格差という現代に通じるテーマがはっきり現れていたと思いますが、コペル君が「貧しい友」と先入観を持って接していた浦川君が、実は誰より人徳を持った存在だった、ということに感動したのです。
しかし、80年前の日本社会の貧困と、現在の貧困、格差はまったく異なり、相似形ですらありません。
だからますます、何故このコミカライズ本がベストセラーなってるか不思議でなりません。
女性が輝く時代とか言われて踊らされている前に、水谷君のお姉さんの存在が、漫画ではなかったことになってることに怒ろうよ!!

Commented by tta at 2017-12-29 19:53 x
貧困。実はわたしも含め大金持ちでない限りはいつそこに陥るかわからない世の中なのに、他人事。自分の生活がカツカツでなんとかやり繰りしているから余計に生活保護受給を怠慢の結果となじる。この貧しき者がより貧しき者を叩くという構図がまさに国全体の貧しさを表しているように思います。
自分の納めた税金がモリカケのようなところに流れることや、金持ちがより富むことには無批判な一方、これ以上いくともう生きていかれないという方々にたいしては徹底して圧を社会全体でかける。私は自分の血税がモリカケに流れるのは我慢できなできません。富裕層をより富ませる方便に使われるのも我慢できません。けれど、1日1日をカツカツで生きている人がたまに娯楽をしたり車を所有して仕事に行くの使われるのはなんとも思いません。なぜ不正受給しているわけでもない生活保護受給者を叩いたり、締め付けたりする方向にいく一方で、富裕層優遇にはなんの批判も向けないのか疑問でなりません。
貧すれば鈍するというのを地で行く日本に暗澹たる気持ちになります。


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