どうして安保法を阻止できなかったのか - 戦略の検証と敗因の分析

c0315619_145044.jpg安保法が国会を通過して成立した。予想していたとおり、9月14日の週の採決と可決成立となった。9/10頃だったか、朝日が1面記事で9/16委員会、9/17本会議の日程予想を出していたので、おそらく野党に譲歩を示す形で、本会議のラストは9/18だろうと予測を述べたが、そのとおりになった。昨日(9/21)、朝日が9/21-20に実施した世論調査の結果が出ていて、それによると安倍晋三の支持率は35%で、前回(9/12-13)と較べて1ポイントしか落ちていない。あの強行採決の蛮行を挟んで、そして国会前デモの中継と共に法案反対を唱えたマスコミ報道を挟んで、支持率は1ポイントしか落ちなかった。衝撃的なのは、安保関連法への「反対」が減り、「賛成」が増えていることだ。強行採決を挟んで、「反対」が54%から51%に減り、「賛成」が29%から30%に増えた。毎日の世論調査でも安倍晋三の支持率は35%で、前回8月の32%と較べて3ポイントも上がっている。官邸は独自に世論調査をやっていて、世論の動向を把握していたから、あのように躊躇なく予定どおり強行採決を打ってきたのだろうが、それにしても、この結果を見ると、われわれは安倍晋三に掠り傷ひとつ負わせることができなかったと認めざるを得ない。泰山鳴動してネズミ一匹。屈辱的な敗北だ。マスコミが「反対デモの盛り上がり」をどれほど喧伝しても、数字は冷徹な現実を突きつけている。



c0315619_1450187.jpg国民は見てないようで政治を見ている。国民はマスコミに踊らされているようで必ずしもそうではない。冷静にマスコミと政治の奥を観察していて、直感と経験則で真相を感じ取っている。この世論調査の数字は、法案反対の野党に冷ややかな視線を浴びせ、反対運動を展開した左翼リベラルと反対の論陣を張った左系マスコミ(東京、朝日、毎日、テレ朝、TBS)を突き放すものと言える。Twにも書いたが、横浜で公聴会があった9/16と委員会採決があった9/17は、報ステとNEWS23は、放送法の中立原則をかなぐり捨てて、国会前デモに視聴者を動員する報道にシフトしていた。国会前デモの人数が増えれば牛歩で抵抗ができるのだという、野党側の本音と要請を伝えるパイプ役(広報)となり、デモの爆発的拡大を誘引すべく前がかりで野党を応援していた。だが、野党と左系マスコミが期待した人数は集まらず、保守マスコミは野党批判を始め、たじろいだ野党(民主党)が腰砕けになり、結局のところ牛歩は不発に終わる。野党の応援で国会前に詰めかけた者は、野党が牛歩を撤回したのを見て、裏切られた気分になった者もいただろう。左系マスコミの懸命の宣伝作戦にかかわらず、笛吹けど踊らずで、与党を動揺させ挫折させるに足る十分なデモ人数を反対派は供給できなかった。デモの人数が足らなかった。テレビであれだけ強力に訴えても、思惑どおり人は動かなかった。

c0315619_14503023.jpg最終盤のデモが爆発的勢いを示さなかったことと、この世論調査の結果とは符牒が合う。人にとってデモに出るのは賭けだ。政治の結果が勝ちに転ぶ動機づけがないといけない。自分が動くことで勝負に影響し、目が出るのであれば、われもわれもと勝ち馬に乗る。選挙の投票と同じで、接戦になって野党に逆転の勝ち目が出れば、われもわれもと投票所に足を運ぶ。投票率が上がる。今回は、長い政治戦を通じて後半に安倍晋三に巻き返され、終盤は完全に勝敗の帰趨を固められ、反対派に勝ち目がない状況になったため、9月の最終攻防でデモに向かう(フローの)人の足が止まった。法案反対派は賛成派の倍近くいるのだが、安倍晋三の支持率が下がらず、逆に8月に上がったまま安定し、与党内の動揺が完全に止まり、9月の詰めの法案日程が盤石となった。カギはどこまでも安倍晋三の支持率で、支持率を45%から35%に落とし、35%から25%に落とし、さらに落とすことで与党内に動揺を生じさせ、総裁選を実現させ、公明党を弱気に追い込まないといけなかった。6月から7月初にかけての憲法学者の怒濤の攻勢のとき、すなわち政治戦の前半、安倍晋三の支持率は10ポイント激落し、勝敗の見通しはイーブンになっていたのである。誰もが、野党や反対派だけでなく与党の者も、これなら行けるかもしれないと希望を持ったはずだ。6月末の時点が、われわれ反対派が最も優勢な時期だった。

c0315619_14504161.jpgだが、7月に入って憲法学者が背後に引っ込み、SEALDsのデモが政治戦の前面に出るようになり、法案反対の動きと勢いは失速する。野党がプロレス(八百長・出来レース)を演じていて、本気で法案阻止する意思も戦略もないことは、辻元清美の態度をテレビで見ながら、衆院審議時点で国民は十分に察知していた。9月に法案を阻止するためには、国会の外から論点を持ち込み、8月中旬までに支持率を25%まで落とし、総裁選の幕に引き込むしかなく、公明党を継続審議に持ち込むしかなかった。そしてそれは、6月末時点では十分に可能と思われる展望だった。その政治を実現させる上で最も有効な戦略は、私が提案した受け皿作りを具体化させることだっただろう。受け皿が見えないと安倍晋三の支持率は落ちない。だから早めにと、私は具体的なプランを提案した。7月、このプランが浮上し、マスコミで話題になって議論されるレベルに至っていれば、保守を含めた広範な層から注目と期待を受け、大きな言論の力となり、安倍晋三から支持率を奪い取る原動力になっていたに違いない。7月に「小林節を首班とする立憲連合政府」の受け皿工作に注力すべきだった。7月以降、法案反対の政治言論を仕切った左系マスコミは、SEALDsのデモを反対運動の中核に据え、連日SEALDsを宣伝紹介し、SEALDsに大衆の支持を集めて街頭に誘う戦略を遂行した。左系マスコミに合わせて、政党(共産党)もその戦略で陣形を張った。

c0315619_14505317.jpg私は、その戦略が失敗だったと分析する。実際に、8月に入って安倍晋三の支持率は反転回復した。7月の政治の動きの結果が8月の支持率にあらわれる。勉強の結果が試験の点数にあらわれるように。SEALDsは、現在は左翼リベラルの世界で神格化が進み、絶対的なシンボルになっているが、何度も言うように、彼らには言葉がなく、イメージとコピーだけの広告代理店のCMアイドル的存在(=神輿)だったから、憲法学者のように人の心を動かすことができなかった。その証拠に、7月15日以降の金曜国会前のデモの人数は、SEALDs発表値で、7月15日が10万人、7月24日が7万人、7月31日が2万5000人と減っている。7月15日と7月24日の数字は荒唐無稽な水増しの数字で、実数はこの5分の1以下だ。7月31日の数字が急に小さくなったのは、このときの集会が「学者の会」と共催だった所為もあるだろう。佐藤学や中野晃一の目が光っていて、木下ちがや(しばき隊)の独断で水増し率を決定できなかったためだろうと推測する。同じように、9月6日の新宿でのデモも「学者の会」と共催だったため、SEALDsはいつもの極端な水増し数字を発表できず、1万2000人という控え目な数字に止まった。その一週間前の8月30日のデモでは、SEALDsは「35万人」と誇大な数字を独自に発表している。SEALDsの大本営発表の数字は、5から10で割ると本当の数字が窺われる寸法だ。いずれにせよ、7月15日の衆院通過時をピークにして、デモの人数は明らかに減っている。

c0315619_1451527.jpg政治のデモに個人が参加するときというのは、芸能イベントや商品広告のようにイメージやキャッチコピーで釣ることはできない。できたとしても、それは一瞬のモメンタムで風が吹き止んでしまう。言葉のない(理論武装を提供できない)SEALDsには、人を動かす力がなく、デモの実際の動員力はなかった。マーケティングの用語で比喩すれば、アウェアネスはどんどん上がったが、プリファレンスは上がらずに「購買」に繋がらなかった。90年代の国内ビール市場におけるMALTSやバドワイザーの位置と似ている。安保法案反対のデモ運動は、総がかりが団体系(Mature Left)のベースロードを分担し、SEALDsが左系マスコミの後押しを受けてフロー(非団体系の個人)を積み上げるという戦略だったが、SEALDsはフローを動員することができず、8月30日の主催者発表12万人のデモは中高年の男性ばかりが目立つという結果になった。12万人という数も期待と予想を下回った。この時点で、安倍晋三の支持率は持ち直して40%に戻り、創価学会の乱も見かけだけで内側では完全収束し、公明党が盤石で、そのため野田聖子の推薦人集めも頓挫した。万事休す。野党は、公明党が秋波を送ったにもかかわらず武藤貴也の議員辞職勧告決議案に乗って来ず、完全に与党にプロレスを見抜かれる結末となった。ここからは(9月からは)誰も政局を動かせず、反対派の一般市民はホールドアップの状態で、野党のプロレスと、左系マスコミのデモ報道を見守る以外になかった。

c0315619_1451199.jpgあらためて、総括として、7月に安倍晋三の支持率を落とす方策を次々打たなくてはいけなかったこと、それが欠如した失敗を強調したい。総裁選を政治戦のクライマックスに位置づけ、そこで安倍晋三の首を取る作戦を設定すべきだった。そして、反対派の政治の主役には憲法学者のチームを据え、立憲主義のエバンジェリズムでマスコミ報道を終始埋めなくてはいけなかった。結局、戦略の実行は左系マスコミ - 特に報ステとNEWS23 - が担当しているのだから、国会も、デモも、それぞれ戦略フェーズの一つでよく、したがってSEALDsはママの会と並ぶ脇役の精鋭軍団の一つでよかった。デモの絵に拘る必要はなかった。デモが自己目的化し、デモの絵作りのフェティシズムに陥ってしまった。世論こそが勝負の勘所であり、安倍晋三の支持率を下げることが目的で、その目的達成のために戦略ミックスを組み、最適な手段を効果的に繰り出すべきだった。イメージではなく言葉(セオリー)が説得と確信の根源であることを理解すべきだった。憲法学者の講義が4か月間茶の間を埋め続け、人々を立憲主義者に変えるプロジェクトにする必要があった。1945年8月の敗戦から1年間が、民主主義の概念の集中教育の期間であり、国民の誰もが民主主義者に人格改造する機会であったように、2015年6月からの4か月間は、立憲主義が国民の内面にインストールされる機会でなくてはならず、市民が憲法の本を買い、小林節や長谷部恭男の講義を再学習する時間でなければならなかった。

ところが、反対派はそれをせず、7月からSEALDsを主役にし、小熊英二の「デモ=民主主義」の刷り込みに熱中するという誤りを犯してしまった。SEALDsではなく、憲法学者を中核に置かなくてはいけなかった由縁は、一つにはイデオロギーのバランスの問題がある。この点は、誰も指摘していないが、今回の政治を解読する上で重要な問題点に他ならない。憲法学者(小林節・長谷部恭男・石川健治・木村草太)の中に左翼はいない。基本的に保守のスタンスだ。だから、市民は憲法学者に積極的にコミットしたのである。市民の政治ニーズがそこにあった。いくら左系マスコミがSEALDsの無色透明を宣伝しても、SASPLから出発したSEALDsを中立表象で説得するのには無理があり、左に寄りすぎたSEALDsでは広く国民一般の支持を調達するのが難しかった。


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by yoniumuhibi | 2015-09-22 23:45 | Comments(0)


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