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テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退

テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退 _c0315619_15394569.jpg2016年が始動した。今年の世界と日本はどんな年になるだろう。漠然と予感するのは、今年もテロが起きそうだということで、ロシアと米国でテロが発生するのではないかということだ。昨年は、年明け早々の1月7日、パリでシャルリーエブド事件が起き、血なまぐさいテロで新年が始まった。そして、11月13日のパリでの同時多発テロへと繋がった。テレビ報道では紹介されないが、確か、シャルリーエブド事件のあと、黒い覆面をして銃を持った何人かのイスラム国の男女がネットに映像を上げ、パリで大きなテロを起こしてやると宣告していたことを覚えている。画面の右側に立った若い女が訛のないフランス語でまくしたてていた。この一団が、実際に11月のテロに関わったかどうかは不明だが、結局、あのときの予告どおり、大規模テロを彼らは実行、無辜のパリ市民130名が犠牲となった。覆面姿だから顔は見えないが、音声からして完全なフランス人だと察知された。パリの事件についての考察と解説は、内藤正典が過不足ないものを提示しているので、それに追加する視点や情報は何もない。さらに、サンデーモーニングの年末特集で橋谷能理子が報告したところの、ロンドンでのジハーディ・ジョンの生い立ちの説明もまた、欧州でのイスラム過激派のテロを分析・解読する上で十分に説得的なジャーナリズムとなっていた。



テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退 _c0315619_15395910.jpg彼らは動きが早かった。そして、約束どおり大規模テロをパリで決行した。シャルリーエブド襲撃のあと、フランス内務省は鉄壁の守りでテロ防御態勢を敷いていたにもかかわらず、歴史的な流血の惨事を防ぐことができなかった。今、イスラム国はロシアと米国にテロ計画の宣言を出している。パリで昨年起きたことを考えると、モスクワとDCあるいはNYで何か物騒なことが起きてもおかしくない。イスラム国にとって、目下、最大の憎悪と復讐の相手はロシアのプーチン政権であるに違いなく、テロのエネルギーが噴出する場所がモスクワになる公算が高い。米国については、いわゆる一匹狼型のテロでも、12月初の加州サンバーナディーノの事件のように14名の流血を「達成」できるわけで、いつでもどこでも同類同規模の凶悪事件が突発的かつ散発的に起きる可能性がある。カリフォルニアの事件で驚いたのは、犯人がAR-15自動小銃で武装していたことで、これは米軍で使われている軍用小銃である。ゴルゴ13で登場するアーマライト社製M16と呼ばれているものと同じ型だ。どうしてこんな殺傷力の高い大型の武器を、この犯人たちは平素から所持していたのだろう。米国の銃流通の野放しの程度に呆れさせられた。サンバーナディーノの事件からまだ1か月しか経っていない。人は何事も忘れやすいが、この問題は米大統領選に大きく影を落とす。

テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退 _c0315619_1540935.jpg正月のテレビでの米大統領選をめぐる議論と報道を見ていると、2月のアイオワ州とニューハンプシャー州の党員集会・予備選を経て、トランプは共和党の候補から脱落するだろうという予想が示されていた。予備選になれば米国民の理性と常識が戻り、ポピュリズムしか能のないお騒がせ売名候補は淘汰されるだろうという見方だ。が、本当にそうなるだろうか。もし、11月にパリの事件が起きず、12月に加州の事件が起きなければ、トランプが共和党候補の中で頭抜けた位置にいるという図はなかっただろう。テロがトランプ人気を増殖させている。ということは、2月か3月に再びテロの惨劇が起きれば、米国大衆の支持はトランプに集まるという展開を意味する。テロが起きない保証はなく、一匹狼型のテロの未然の抑止は米国社会ではきわめて難しい。仮に、テロを決行前に摘発することができ、計画段階でFBIが犯人を検挙することができても、それがニュースで流されれば、全米を震撼させ、移民排斥とイスラム拒否を掲げるトランプを有利に導く状況になるだろう。米国でなく、英国で起きても、ロシアで起きても、テロによる流血はトランプの票になる。トランプが途中でレースを離脱する思惑だったとしても、テロに怯える大衆の不安心理がトランプのポピュリズムに癒着し、雪だるまが転がるように政治の暴走を止められなくなるかもしれない。

テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退 _c0315619_15402381.jpgトランプが大統領選の本命になる事態はないだろうという、良識的なリベラルの判断と見通しは、テロは12月のサンバーナディーノで打ち止めだという楽観的な想定が前提になっている。問題はイスラム過激派のテロだけではない。米国で頻発する銃乱射事件は、それが宗教や人種とは無縁のものであったとしても、起きるたびに米国市民を不安にさせ、精神を害させ、何かデスペレートな気分と方向性へ誘引する力となるだろう。根底には、新自由主義の蔓延による中産層の没落があり、プアホワイトとなって希望を失った者たちの八つ当たり衝動みたいなものがある。理性と良識の政治を担う民主主義的な主体とは、大塚久雄が説くごとく、やはり中産層としての経済的基盤を持っていなくてはならず、リベラルな社会建設の展望を持ったホモエコノミクスでなくてはならない。能力と展望がないといけない。人の痛みを痛みとして理解し、傷ついた者を助けるべく手を差しのべ、社会が健全に前進することを欲し、人の良心を信じることのできる人間でなくてはいけない。今、日本も同じだけれど、米国のマジョリティの市民はそうした物質的基礎の条件を剥奪され、内面に嘗ての余裕と希望と、他者を思いやる懐の深さを次第に持てなくなりつつある。そして、格差の底辺でドロップアウトしたところから絶望と憎悪が生まれ、矛盾の問題解決としてテロや戦争を肯定する動機が胚胎されてゆく。

テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退 _c0315619_1540352.jpg新自由主義による格差と困窮が、一般市民への無差別の暴力や社会破壊の原因となる構造は、基本的に欧州でも米国でも同じではないか。米国の銃乱射事件も、欧州と米国のテロ事件も、社会問題として見たとき、根っこには共通する要因と病巣があるように思われる。そのトランプが、共和党の大統領候補になって11月まで選挙を戦うことは、軍産複合体にとってこれ以上ない絶好の機会到来となるだろう。オバマが大統領になったのは7年前の2008年だったが、そのときの米国は、まさに政権交代にふさわしく、その前のブッシュ時代の全否定の空気で覆われていた。イラク戦争は誤った戦争で失敗だったという総括がなされ、残ったツケへの反省が世論となり、米国は二度と大きな対外戦争はやらないという誓いが立てられていた。今、その空気が揺らぎ始め、トランプ的な「強い米国」の主張と幻想がまた首を擡げている。このことは、米国の中産層がヨリ薄く脆くなったことと無縁ではない。南シナ海での軍事衝突を予測する立場から、別途詳しく論じるつもりだが、次の米国のアジアでの戦争は、中国軍との交戦を自衛隊が請け負ってくれる戦争だ。自衛隊が米国から兵器を購入して武装し、米軍の指揮下に入って中国軍とコンバットする戦争である。米国にとって負担の軽い戦争であり、軍産複合体が大儲けするだけの、東南アジアから中国を閉め出して米国のテリトリーに治めるだけの、米国の国益が増すだけの戦争だ。

テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退 _c0315619_1540433.jpg南シナ海での中国相手の戦争は、無論、米国を第3次世界大戦に巻き込み、中国との核戦争に導きかねない深刻なリスクである。だが、見たところ、そうした危険性を予知してナーバスになっている雰囲気は米国にはない。戦争に反対する警鐘が鳴らされていない。嘗てのソ連との冷戦のときのような、悪夢への恐怖とか、中国と平和共存を図るべしというリベラルの声とか、そういうものがあまり聞こえて来ず、中国打倒論だけが世論を制している感がする。思えば、オリバーストーンの番組で検証できるとおり、1950年代から1960年代の東西冷戦の時代は、米国は強烈な反共イデオロギーが支配する国であり、中西部・南部の広大な農村地帯における粗野で無知な保守性はどぎつい性格のものがあったけれど、それでも当時の米国はぶ厚い中間層が健在で、ミドルクラスが主役で社会全体を回していた。今、米国は資本のみが富み栄え、社会は疲弊して萎縮する一方にある。民主党の支持基盤であるリベラル層が、果たしてどこまで健全で自制的な意識を保ち、世界平和を守る方向へと米国政治をドライブできるだろうか。今回の慰安婦問題の日韓合意について、米国のリベラル系論者の論評が朝日紙面に出ているが、それを見るかぎり、きわめて米国の世界戦略と東アジア支配にとって都合のいい解釈での「評価」して語っておらず、この複雑骨折の外交が日韓の国民に不幸を重ねるものである本質を寸毫も見抜いていない。

安倍晋三の「英断」を歓迎する面妖なコメントばかりだ。目眩がする。米国の民主党系のリベラルが、米国の国益の論理のみにとらわれ、米国の国益を世界の幸福だと錯覚してしまっている。東アジアへの視線において、公平中立で他者内在的な認識や思考がなくなっている感じがする。


テロと米大統領選 - ミドルクラスの疲弊とリベラル的理性の衰退 _c0315619_15405915.jpg

by yoniumuhibi | 2016-01-04 23:30 | Comments(4)
Commented at 2016-01-04 18:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by マリモフィズ at 2016-01-04 20:32 x
池田勇人&田中角栄の高度経済成長と福祉の充実が厚い中間層を作り、心穏やかでゆとりある日本がかつてあった。
何だか今の日本を見ると吉田茂(1946~1956)
岸信介(1956~1964)福田赳夫(1964~1972)
中曽根康弘(1972~1987)安倍晋太郎(1987~1991)
三塚博(1991~1995)小泉純一郎(1995~2006)
安倍しんぞー(2006~)…こんな感じの悪夢を歩んで来たのかと錯覚してしまう
Commented by 長坂 at 2016-01-05 15:08 x
明けましておめでとうございます。今年もどうか宜しくお願い致します。

母方の祖父の兄が戦前、海外移民となったため、殆どの親戚がカナダとアメリカ西海岸にいます。40年程前、初めてアメリカに行った時、スーパーのパートのレジだった叔母の時給が強い組合のもと、今にすると2千円以上だったのではないかと。医者や弁護士でなくともプール付き4寝室の一軒家、一人一台のマイカー、勉強したければいつでも大学へ。それがレーガン・サッチャーの80年代を過ぎあっという間に時給600円の世界に。
M&A とリストラの嵐。給料は上がらず、移民の安い労働力と地価の高騰でコミュニティは破壊され、中間層は一掃。ホームレスとスペイン語が公用語の国に。「アメリカン・ドリームの終焉」に立ち会えたという事かもしれませんが。トランプを支持したい怒りの中間層なんでしょうか、"Enough is Enough" なんでしょうか、2008年の副大統領候補、あんなサラ・ペイリンもそこそこ人気があったから、トランプも侮れませんよね。
Commented by ローレライ at 2016-01-06 17:42 x
トランプは『Isはオバマとヒラリーが作った!』との暴露戦術に出て『民主党支持層の切り崩し』も始めましたが彼自身のマニュフィストは避けています。


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