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戦争か革命か - 55年前と同じ岐路 (7月15日は岸内閣総辞職の日)

戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_16224360.jpg市民革命の語の定義を辞書で引くと、「新興の産業資本家を主体とする市民階級が封建権力や絶対主義権力を倒し、国家権力を掌握する政治変革。ブルジョア革命」などという説明が出て来る。学校でもそのように習うし、正確な説明に違いないが、これが全てではあまりに教科書的で、社会科学的に厳密な概念にすぎて、この語の本来の活力が生かされないように感じる。不満だ。この定義だと、カテゴライズされる具体的な事例が特定の歴史にのみ限定されてしまい、杓子定規的で窮屈な語法になり、言葉の生命力を失う結果に導かれている気がしてならない。もっと言えば、この定義づけは、マルクス主義の歴史認識の方法にかなり影響されていて、発展段階論と階級闘争論を前提として概念が構成されている。今日、社会科学の世界でマルクス主義の理論が退潮し、マルクス的な学問体系の説得力が頭から否定され、条件反射的に拒絶・排斥されている中、この市民革命の定義は一般感覚として何か古臭く時代遅れに感じられ、敬遠されて積極的使用をためらう術語になるのではないか。そう懸念を覚える。現代社会で起きている事件を把握して表現する生きた言葉ではなく、教科書の中にお蔵入りした過去の概念になってしまいそうで、できればもう少し広義の意味を与え、市民社会で普通に使える言葉になればいいと思う。



戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_16225471.jpg辞書の説明によれば、フランス革命とピューリタン革命が範疇に入っている。アメリカ独立革命も当然含まれるだろう。が、そのあたりの西洋近代の歴史で打ち止めになってしまい、例えば、1986年のフィリピン革命や1989年の東欧革命や2011年のエジプト革命がスコープに入ってこない。1989年のベルリンの壁崩壊やルーマニアの市民蜂起は、どう考えても市民革命の激動としか呼びようがなく、市民革命の語で概念化することが適当な社会的事象と思われる。そうすることで、市民革命の語は現代社会でバイタルなものになり、積極的に人口に膾炙される通念となるだろう。敢えて「狭義の」と言わせてもらうが、狭義の学術的な定義がマルクス的属性を帯びた用語であるため、意識的あるいは無意識的に、「市民革命」という語を日常言語から隔離しようとする動機が蠢き、教科書の片隅の特殊な歴史用語に封印させようとしたのではないかと、反マルクスのイデオロギーの心理的関与を想像する。フィリピンやエジプトで革命を起こした民衆は、辞書にあるような古典的で専門的な概念は頭にはないし、そのような経済史学的な含意の革命を成功させようと思って蹶起したわけではあるまい。むしろ自由と民主主義を求め、立憲的統治と人権の保障を求めて、圧政と暴虐からの解放のために革命を起こしているのである。これらのパラダイムを市民革命と呼ばずして何と呼ぶのか。

戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_1623745.jpg60年安保が市民革命であったこと、あらためて詳しく説明するまでもあるまい。戦後70年間、一度として市民のデモによって政権が崩壊した例はなく、ただ一度、1960年6月に30万人のデモの爆発が岸内閣を打倒した。そして、そこから政権の性格が変わり、政策が大きく方向転換し、自民党が護憲派に旋回し、日本国憲法の理念(平和主義・主権在民・基本的人権)が体制として定着した。われわれの世代は、まさに日本国憲法の理念を、理想ではなく当たり前の制度として、空気のように心得ている罰当たりな者たちである。この体制が定着して空気になるのに、どれほど夥しい人間が犠牲となり、どれほどの流血と辛苦と困難があったかを知らない、ただ生まれながらに平和と繁栄の恩恵を受けて育った苦労知らずの貴族世代だ。60年安保の後、日本は一丸となって高度経済成長に突入する。幸運にも60年代後半から70年代前半に少年時代を送った者は、夢と希望がいっぱいの毎日を過ごして大きくなることができた。日本の政治体制を大きく変えた60年安保の市民革命、それは、1945年の敗戦がもたらした8.15革命(丸山真男/宮沢俊義)として始まって、15年がかりの長い革命過程の仕上げの爆発だった。15年間の市民革命である。そこから今まで55年間、革命の所産が社会に根を下ろして生きてきた。

戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_16231649.jpgさて、70年間の時間のスケールを1945年からさらに過去に遡って年表を見ると、1868年の明治維新の近くに到達する。明治維新にも60年安保のような体制確定の総仕上げのモメントがあった。それは1877年の西南戦争である。死者1万3000人の大きな内戦。明治維新が無血革命だったという言説は正しくない。単なるクーデターだったという主張など論外きわまる。ここで注目したいのは、明治維新から8.15革命までの時間的距離で、70年間ほど時が経過すると、日本人が作った社会体制は終焉なり再生のときを迎えるのではないかという問題意識だ。楽観的な口調で言うなら、明治維新と8.15革命と二つの革命で近代国家を建設し再建した日本は、三つ目の建て直しの時期を迎えていると、そう無邪気に、ナイーブに革命待望論を言うことができるのかもしれない。今回の安保法制への反対デモが、後世から市民革命の大爆発と言われる成功を収め、安倍政権を退陣に追い込めたときに、どういう政策目標を掲げるべきかは前の記事に整理した。が、もう少し歴史的に広くパースペクティブを取って、70年間のスパンで未来の新体制を考えたとき、われわれの国家の畢竟の課題となるのは、やはり米国から独立することであり、日米同盟を揚棄して中立となり、平和憲法の理念を正しく実現する形で東アジアに平和共同体を築くことだろう。その大きな夢を実現することで、半島の南北を一つにし、中国の民主化を助けることだ。

戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_16232636.jpg60年安保のとき、戦後日本の若い国家を壊さないため、市民はやむなく妥協をして、憲法9条を守る代わりに日米安保を受け容れ、矛盾する二つを同時に定着させてきた。厳しい冷戦の国際環境の中で、そうせざるを得なかった。日本人らしい融和とマイグレーションの知恵であり、日本人らしい弁証法的な生き方だと私は思う。日本の個性をやさしく評価したい。戦後日本の人々は、自衛隊を専守防衛とすることで、日米同盟を受け容れながら、平和主義の理念を体制定着させてきた。戦力を自衛力と言い、自衛隊を憲法体制の中に組み入れてきた。だが、本来、日本国憲法は自衛隊も日米安保も想定していない。紛争は話し合いで解決すると決め、外交で周辺世界と協調して生きていくことを定め、国連体制の下でそれが可能であると考えた。理想に挑戦して実現すると誓った。宮崎駿の説いたとおりだ。「けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と、政府は子どもたちに平和日本の真価と覚悟を教育している。平和日本の建設は、同時に、憲法9条がリアルに生きる平和な国際社会の構築でもあった。したがって、次の70年間の新体制のチャレンジは、70年前の原点の決意に戻り、安倍能成や吉野源三郎の戦後民主主義に即き、憲法9条と日米同盟の矛盾を払拭して理念を正しく形にすることになるだろう。

戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_16233692.jpg昨夜(7/13)、NHKの9時のニュースを見ていたら、山崎豊子の生前の日記が見つかったという報道があり、終戦直前の1945年、20歳の頃の肉筆の文面が紹介された。驚いたのは、山崎豊子が戦争を自然に受け止め、大阪が空襲されて焼け野原になるまで神国日本の最終的な勝利を確信して生きていたことだ。無論、多くの者がそうであり、誰もが「撃ちてし止まん」の軍国少年・軍国青年だったのだから、山崎豊子も同じであったからと言って驚くことはないのだけれど、事実を知ると愕然とさせられる気分を否めない。ここでコントラストとして想起するのは、1941年12月8日の真珠湾攻撃の報に接した際の加藤周一の証言である。加藤周一は、即、東京が米軍機に空爆され、自分も焼け死ぬだろうという地獄の未来を直観した。3年半後の日本と自らの最期を生々しく想像した。その直観は正確なものだった。科学的に正しい推測がされていた。何度もBlogやTWに書いているとおり、この法案が国会で成立し、日本が中国と戦争を始めたら、必ず全面戦争になり、そして核戦争になり、日本は滅亡すると私は確信している。加藤周一の判断と推測が科学的に正しかったように、私は私の予測が間違いないと自信を持っている。先週、NEWS23で紹介されたフランス人記者は、次のような見方を述べていた。「言論の自由の尊重か、あるいは右翼勢力が危機を増大させる分岐点となるのか、今、日本が試されている」。

戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_16234979.jpgこの記者の発言の基本的な認識は正しく、ただし、分岐点の意味はもっと深く大きい。分岐点の一方の道は「右翼勢力が危機を増大させる」という程度のものではなくて、自衛隊による初の武力発動であり、中国に対する(謀略による)先制攻撃の軍事衝突であり、中国と交戦状態に入る将来だろう。1941年12月の時点で、遠い太平洋上での対米開戦の意味を3年半後の正確な結末にまで描くイマジネーションを持っていた者は、わずか一握りの知識層だった。また、今と同じく、3年半後にはこうなると加藤周一が渾身で説明しても、周囲の大半はその予測と根拠を信用せず、悪い冗談として笑い流していたことだろう。当時、新聞報道を見ながら、いわゆる「支那との戦争の泥沼をめぐる日米交渉」の行方を注視し、米国とも戦争になると悲観していた者は少なからずいたはずだ。そこまでは漠然と予感しながら、開戦したらどこへ行き着くという最終幕を洞察することができなかった。中国との戦争のことを論じるとき、この加藤周一の事例を、かれこれ3年ほど引き合いに出すけれど、思うように伝わらず、危機感が広がらないのがもどかしい。私が3年前に予測したのは、2016年の6月頃に日中軍事衝突というシナリオだった。安保法案の政局はすでに2ヶ月続いたのに、中国との戦争を科学的に分析する試みがされず、政府と右翼の思惑が暴露されない。戦争は謀略で始まるのに、ベトナム戦争もイラク戦争もそうだったのに、次の戦争の謀略の可能性を言う者がいない。

ただ、一つだけ救いなのは、知識層ではなく子を持つ母親が、直観で「戦争が近づいている」ことを明確に悟り始めたことだ。テレビ報道を見ながらその真実に気づき、戦争を止めるために果敢に運動を始めた。素晴らしい。フランス人記者はすべてを言ってないけれど、「今、日本が試されている」という意味は、言論の自由を獲得するためには闘わなくてはいけないという意味である。戦争か革命かという分岐点。決して大袈裟な表現ではなく、客観的な政治的現実として、日本の市民はその分岐点に立っている。55年前は革命を成功させた。そして戦争を阻止した。


戦争か革命か - 55年前と同じ岐路  (7月15日は岸内閣総辞職の日)_c0315619_1624894.jpg

by yoniumuhibi | 2015-07-14 23:30 | Comments(10)
Commented by NY金魚 at 2015-07-14 23:10 x
モノクロテレビで60年安保のニュースを見ていて、子供ごころにもこれは「市民革命だ」と直感した記憶があります。当時の社会科の先生は、平和憲法に誇りを持とうと生徒たちに呼びかけ、教室のなかでも革命が起こったような感覚がありました。そのあとすぐその先生はどこかに飛ばされましたが、授業を聴いた全員の胸に、いまも残っていると思います。

文中、宮崎駿の言葉の引用がありますが、かれが先日スタジオ・ジブリで行った会見の言葉をくり返します。「15年に渡る日本の戦争は、惨憺たる経験を日本人にも与えた。300万人の死者。この経験は、多くの私たちの上の世代にとっては忘れがたいこと。平和憲法 というのは、それに対する光が差し込むような体験であったんです。これは今の若い日本人にはむしろ通じないくらいの大きな力だった。」
そして会見の最後の方でこうも語っています:「何か、世界がもっと根元の方でみしみしと悪くなっていくようです。」
Commented by 長坂 at 2015-07-15 13:41 x
嫌がらせを得意とする安倍内閣なのだから、盧溝橋事件78周年を記念して7月7日か、(尊敬してる?)731部隊隊長、石井四郎へのオマージュとして、7月31日に強行採決と言う手もありましたが、7月15日が第二次日中戦争記念日になってしまいました。爆買で日本経済の下支えをお願いしながら、着々と戦争準備。さすが戦犯のDNAですね。
Commented at 2015-07-15 14:40 x
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Commented by 芝ちゃん at 2015-07-15 20:34 x
60年安保反対に、地方都市の大通りで参加した一人です。あの全国津々浦々に広がった「アンボ反対」の怒号のような叫びに対し、現在の『安倍政権』の自由勝手な「憲法解釈の変更」に対する怒りが、何故か目に見えてきません。
当時の朝日新聞を図書館で読んできましたが、社説は勿論のこと、天声人語もコラム欄も『アンボ反対』で溢れています。
先日も投稿しましたが、昨夜のテレビによりますと、日本の三大女性誌が「女性の立場から、今回の戦争反対の記事」を紙面に書いているというのです。
その意味に、大手マスコミの堕落を痛感しています。
Commented by at 2015-07-15 21:24 x
委員会の録画を見ながら思いました。委員会の理事会に託した資料が出てこないことから、共産党の赤嶺議員は委員会延長の動議を出しましたが、やくざな浜田委員長が「起立少数」と議席も数えず採択し、突然、これにて討論は終結したといって採決を図った。官僚の書いたシナリヲどおりに書面を読み、同時に野党議員が委員長を囲みながら、賛成・反対討論を、これも予め用意された各党の議員が声高に、しかし顔も上げずに書面(これもシナリヲですよね?)を読み続け、採決と至ったですね。馬鹿にしないでよ~あんたのせいよ~国会劇場を私は見たくないです、愚かな学芸会を!!!明日は全国どうなるんだろう?盟主国米はなんとコメントするでしょう?NHKは全然そっぽを向いていましたね?移住しましょう、ハワイでもタイでもブラジルでも!!!この国からいなくなりましょう!!!こんな国会を見ていたら国を愛せなくなります。
Commented by べえちゃん at 2015-07-15 22:51 x
いよいよ強行可決しましたね、安部政権!ブログ更新待っています!応援しています!子育て中で国会前などいけませんが、このブログの存在をせめて、フェイスブックの友人たちに伝えます!
Commented at 2015-07-16 02:10 x
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Commented by 私は黙らない at 2015-07-16 03:00 x
テレビでデモ初参加という主婦を見ていて、思わず熱い物がこみあげてきた。4~50代とおぼしき女性、初めてのデモでとまどっているのか、ういういしい感じさえする。普段なら、夫子供を送り出した後、家事を終え、買物にでも行く頃だが、今日はいてもたってもいられず、この炎天下の中、わざわざ国会前まで出て来たのだろう。
このデモ、今後どうなるのだろう。反戦争法案というメッセージから、反安倍、反独裁へと運動が拡大し、さらに盛り上がりを見せ、安倍総理の宗主国である米メディアがこの動きを報じるようになると、又違う展開になるのだろうか。
最後に一言、国民の間に「理解」が広がらないという一文について。国民は「理解」していないのではなく「納得」していないのだ。「丁寧に」説明するのであれば、今まで既に露呈しているこの法律の矛盾に真摯に答えるべきだ。アベ君アソウ君話で「あぁそうですか」と国民が納得するとでも思っているのか。
Commented by 私は黙らない at 2015-07-16 03:40 x
度々すみません。今、ネットで、NHKが総括審議を中継しなかったというニュースを知り、怒りで手が震えそうです。曰く「国民的な関心が高い重要案件を扱う委員会の質疑であることや、各会派が一致して委員会の開催に合意することなどを適宜、総合的に判断している」あちこちでデモが起きてるこの案件、重要じゃないのか!籾井さん、出てきて釈明しなさい。
真宗、浄土真宗、カソリックと、宗教界からも反対の声があがっているそうですが、一体創価学会は何してるんですか。平和平和といつも言ってるじゃないですか。
Commented at 2015-07-16 04:26 x
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