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日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの

日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_1781850.jpg発表された新しい日米防衛指針(ガイドライン)について、それを報じた4/28の朝日の1面記事はこう書いている。「今回の指針改定は(略)日米安全保障条約の事実上の改定といえるほどの内容だ。78年の最初の指針は『日本有事』、97年に改訂された指針では朝鮮半島有事を想定した。日本政府はいずれも『極東』の範囲を超えないと説明した。(略)しかし今回は、地理的制約を取り払い、『アジア太平洋地域及びこれを超えた地域』と地球規模での協力をうたった。これは安保条約の枠組みを超える内容だ」。また、2面では柳澤協二にこうコメントさせている。「前回の改定は、憲法と日米安全保障条約という枠の中だった。今回は憲法の解釈を変え、日米安全保障条約の範囲も超えている」。日米ガイドラインの報道を見ながら、特に強く気づかされたのは、今回の措置が日米安保条約の改定だということだった。このガイドラインと今国会で成立させる安保法制は、日本国憲法を改定した中身を先取りしているだけでなく、日米安保条約の改定も先取りしている。現行の日米安保条約の条文と全く無関係と言っていい、超越し拡大した日米軍事同盟の中身が埋まっている。すなわち、このガイドラインの合意と制定によって、条約は全くの紙切れになったと言って等しい。日本国憲法と同じく、日米安保条約もスポイルされた。



日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_1782832.jpgこの点について逆の方向から注目したい。日本国憲法も、日米安保条約も、当然、政策文書であるガイドラインより上位に位置するものであり、法体系的には日本国憲法と日米安保条約に則って安保法制とガイドラインが整備、規定されなくてはいけない。そうでなくては法治国家とは言えない。この矛盾について、日本国憲法の方は改憲の政治日程が動いていて、憲法を変えて実態(ガイドライン等)に合わせるべく、法的に上位の憲法の条文を変えて整合を図ろうとしている。これは誰もが周知の事実である。さて、それでは、日米安保条約の方はどうなるのだろうか。実態と異なる条文のまま、ミイラのような姿でそのまま永久に放置しておくのだろうか。日米安保条約を実態に合わせて改定しなくてはいけないという問題は、国内では保守の論壇やマスコミでもあまり意識に上がっておらず、具体的な議論や争点になっていない。畢竟、この問題は米国がどう考えるかにかかっていて、政策主体が米国にあるから、米国に問題を預けていて、米国の言うとおりにすればいいという態度で国内では関心がないのである。国内の保守は改憲だけに集中していて、日米安保条約など気にしていない。今回のガイドラインの議論の中で、その点がホール(欠落)と思われる。実際のところ、米国は日米安保条約をどうするつもりなのか。

日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_1783978.jpg結論から先に言えば、米国は日米安保条約を揚棄して、アジア太平洋地域を包括する新しい集団安全保障の枠組みを創設するのである。NATOのアジア太平洋版が構想されているのだ。それを仮にAPTO(Asia Pacific Treaty Organization)と呼んでおこう。米国には、日米安保条約を実態に合わせて改定する計画はない。そのような面倒なことはせず、APTO(仮)を作り、その中に同盟国を集結させ、中国と対峙させる思惑なのである。日米安保条約と同じように、言わばミイラ化の棚ざらしになっている軍事条約がある。米韓相互防衛条約だ。この条約(米韓同盟)は、日米安保条約の2年後の1953年に調印され、80年代に戦時作戦権の委譲問題をめぐって左右で対立した後、盧武鉉政権の誕生前後に在韓米軍の撤退というところまで左に揺れて危機に瀕した。その後、右に大きく揺り戻し、今では米韓FTAを含む「深化した包括的な米韓同盟」という地平に至っている。2000年代以降は、日米安保条約とほとんど同様の性格になり、米国主導の東アジア安保体制を支える柱の一本となる。米韓相互防衛条約は、条文は古い冷戦時代(朝鮮戦争当時)のまま残っていて、やはり改定の必要があるのだけれど、米国はそれを日本とセットで進めようと考えていて、個別の国と一本一本軍事条約を結ぶのではなく、包括的なマルチの軍事同盟へ編成替えを目論んでいるのだ。

日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_1785011.jpgしたがって、当然、その構想には同盟国である豪州とNZの加盟が含まれる。1951年、日米安保条約と同じ年に締結されたANZUS条約(太平洋安全保障条約)も、バージョンアップのタイミングを待っていて、新しいAPTO(仮)の枠組みにそっくり引っ越しする予定なのである。そして、米国の計略は、日本、韓国、豪州、NZの既存の同盟国の他に、幾つかのASEAN諸国もこの新しい軍事同盟の中に取り込み、中国を包囲して封じ込めようとするものだ。まさにソ連封じ込めのNATOとそっくり同じものが考えられている。そこで、当の北大西洋条約なるものが、どのような条文で構成されているか気になって、ネットの検索で調べようとしたところ、日本語に翻訳されたテキストが見つからなかった。英語の原文はNATOのサイトの中にある。前文に面白い表現を見つけたので、ここで紹介したい。They are determined to safeguard the freedom, common heritage and civilization of their peoples, founded on the principles of democracy, individual liberty and the rule of law. NATOの意義と目的を宣言するにあたって、「自由と人類の文明と共通の遺産を守ることを固く決意し、民主主義、個人の自由、法の支配の諸原則に基づいて設立した」と言っている。「民主主義、個人の自由、法の支配の諸原則」。最近、誰かが頻回に口にする「価値観」のフレーズではないか。

日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_179126.jpgなるほど、安倍晋三が「わが国の価値観」として定義し、繰り返し内外に連呼するところの常套句は、反共反ソ軍事同盟であるNATOの条約前文に掲げられたイデオロギーだったのか、原点はここだったのかと、歴史の発見をした気分になった。オバマも、安倍晋三も、冷戦時代に立ち戻り、丸ごと冷戦思考となって、嘗てソ連に対してやっていたことを今度は中国に対して試みようとしている。さて、こうなると、もう一度意味を考え直さなくてはいけないのは、TPPとは何かという問題である。本質を言えば、TPPはEUなのだ。TPPはEUであり、NATOがAPTO(仮)である。先に経済のルールでグループを作り、そして軍事同盟へ引き入れる。あるいは両方同時に加盟させる。NATOはEUと共に東に拡大していて、ソ連崩壊では満足することなく、ロシアを解体させようというところまで封じ込めを強めている。EUとNATOは一体であり、ロシアの周辺で起きた様々な色つき革命、グルジアのバラ革命、ウクライナのオレンジ革命、キルギスのチューリップ革命、等々は、すべて安倍晋三が常套句にしている「民主主義、個人の自由、法の支配」の「価値観」を前面に掲げ、米国のネオコン財団と裏で繋がって資金協力を得たクーデターだった。米国は、TPPをEUに擬えていて、米国の経済ルールで支配するアジアの市場圏を作り、それを反中軍事同盟に転轍する戦略を立て、着々と進めてきたのだ。

日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_179128.jpgTPPへのとっかかりはAPECで、長期的に粘り強くアジア戦略の歩を進めてきたことが分かる。ただ、どうやら、TPPは経済圏市場圏作りのプロジェクトとしては破綻が近づいている感を否めない。その象徴的な一事はフィリピンがTPP入りをやめ、ASEANが結束してRCEP志向で纏まったことである。今年のAIIBの事件は重大で、完全に日米の外交敗北が露呈した。AIIBの情勢を受けたとき、米国がこれまでのような一方的なルールの押しつけでTPPを妥結させられるとは到底思えない。ASEANの経済統合は2015年の日程である。ASEANの経済統合と言うかぎり、当然、貿易と資本と市場のルールを共通化し、国境の壁を崩し、ASEAN全域をEUのような共同体にすることが目標になる。そのとき内部に、米国のルールにそっくり従うTPP加盟国と、それに従わない国の二つが共存することは不可能だ。現状、マレーシアとベトナムとシンガポールとブルネイがTPP交渉参加国だが、この4か国がTPPに入ったままASEAN経済統合を実現するとすれば、他の諸国(インドネシア・タイ・フィリピン)もTPPに引き込む必要がある。2013年の当時は、それらの国々もTPPに前向きな姿勢を見せていた。が、2015年になって、AIIBの事件が目の前で起こり、アジアにおける中国の台頭と日米の衰退が歴然とし、ASEANの国々はTPPに対してすっかり消極的な気配になっている。RCEPの交渉が纏まれば、その時点でTPPは命を失う。

日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_1792228.jpgTPPが挫折すれば、米国が目論んでいるAPTO(仮)も、理想的な形での構築は難しくなるだろう。そもそも、APTO(仮)の構想が足踏みしている根本の要因は、日本が右翼化して韓国と敵対を強めているところにあり、二国が速やかにマルチの軍事同盟のプラットフォームに融合できないことがある。今回、米国は日本との蜜月を強調し、日米ガイドラインで中国封じ込めの軍事戦略をアピールしたのだけれど、その要点は、日本が単独で中国と戦争するという一点に尽きていて、マルチのAPTO(仮)結成は見通しが立たない不透明な状況になっている。仮に、米国にとって最悪の想定だが、交渉が停滞するTPPを尻目にRCEPが先に纏まり、RCEPのルールを軸にASEAN統合が方向づけされた場合は、韓国と豪州はますます中国の方に引きつけられ、中国と軍事的に敵対する方針の維持が難しくなるだろう。日米ガイドラインだけに目を奪われると、日米が共同して中国を軍事的に封じ込める態勢が整ったように見えるが、TPPとセットで全体を俯瞰すると、米国のアジア戦略は行き詰まりの状態に陥っている。「バスに乗り遅れるな」と菅直人が発破をかけ、正体不明のTPPのバスに日本が飛び乗ったのは、今から5年前の2010年のことだった。飛び乗ったものの、何年経ってもTPP交渉は最終合意に至らず、われわれは行き先の分からないバスで、5年間、発車しないまま座席に居続けている。

以上、日米安全保障条約の改定の関心から、米国側の立場からの独自の視角で今回のガイドラインの意味を考察してみた。南シナ海の問題については、また次に検討したい。


日米安保条約の改定はどうなるのか - ガイドラインの背後にあるもの_c0315619_1793576.jpg

by yoniumuhibi | 2015-04-29 23:30 | Comments(7)
Commented at 2015-04-29 23:12 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 私は黙らない at 2015-04-30 06:31 x
なるほど。目から鱗です。対ソ連のNATO、対中国のAPTOですか。この国の人、他の思考回路、ないのでしょうか?
任期あと2年で、アメリカじゃもう誰も相手にしちゃいないOさんの横で得意満面なAbeさん、それを選んだ私達日本国民、情けなくて涙がでます。首相交代、支持率超低空飛行でもAIIB参加はしっかり決断したお隣の女性大統領の方がよっぽどマシです。しかも、最近の日本のマスコミ、AIIBの運営に対する疑問とか、AIIBネガティブキャンペーンまがいの報道が多くて、Sick of it!アホか!日本の外から、日本を見てみろ!アメリカを見てみろ!中国を見てみろ!勝ち馬に乗れ!
Commented by 芝ちゃん at 2015-05-02 17:14 x
4月22日の「毎日新聞の電子版」に、日本の三大女性週刊誌(女性セブン、女性自身、週刊女性)が「安倍政権を批判する記事が目立っている」と紹介しています。
最近のマスメディア(新聞・てれび)が総じて「安倍批判を控えている」現在、【安倍政権をストレートに批判する、日本の女性たちの本音】を、三大週刊誌がそれに応える形で編集していると、普段は女性誌を読まないオジサン記者がビックリしたと書いています。
敗戦直後、作家林芙美子の短編に「戦争って大変だったわ。死んだ人が一番可哀想ね。死に損ですもの」と、女性主人公に言わせています。
彼女は【死に損】という庶民感情の言葉で、戦争の悲劇を語っているのです。そうした庶民感覚を受け継いで、平成の現在でも、日本の女性たちは【安倍批判】を内に秘めているのです。
Commented by amadei at 2015-05-02 22:14
前泊博盛著の「日米地位協定入門」を読むと日本人にとっての最高法規である日本国憲法の位置づけがよく分かります。
日本国憲法の下に位置づけられるはずの「安保を中心としたアメリカの条約群」や「日本の憲法以外の国内法」でなければならないはずなのに、砂川判決以降は「安保を中心としたアメリカの条約群」の下に「憲法を含む日本の国内法」が位置づけられているということ等が述べられています。

訪米してヘラヘラして勝手にいろんなことを約束している首相のニュースは全く見る気にならない。
Commented by serenatalouvre at 2015-05-03 00:49 x
5月1日付のThe New York Timesをネットで隅から隅まで目を通してみました。安倍の訪米は日本国内ではマスコミが華々しく伝えていましたが、同紙面のどこにも、安倍のAの字も、Japanの文字さえも見当たりませんでした。TVで報道されたホワイトハウスでの会見でも、オバマはその時間の4分の1をボルティモアの暴動について使い、その間安倍は手持無沙汰な様子でした。

この日の同紙のトップページで大きく取り上げられていたのが、イラク戦争での捕虜に対して、CIAが秘密裏に行っていた虐待的尋問に、ブッシュ政権の指示のもと、全米心理学協会の専門家が関与していたことが明らかになったという記事でした。

2004年6月に、イラクのアブ・グライブ収容所での捕虜への虐待行為の映像が流れて、内外に議論が巻き起こったため、CIA幹部が内密に、収容所での「尋問の高度なテクニック」の使用を一時中止するよう命令。

問題は、その直後の7月に、全米心理学協会の指導部が、CIAおよびその他の機関の心理学専門家と協議し、捕虜尋問での心理学専門医師と行動科学専門家の関与の必要性を認め、協会員が尋問に関わることを容認するガイドラインを制定したことでした。やがて多くの心理学専門家からの強い批判と問題提起を受けて、このガイドラインは2005年に撤回されるに至ったようです。

しかしその全容はヴェールに包まれていましたが、2008年になって関係者の多数のEメールが発見され、「尋問テクニックの高度化」に関わった元職員らの証言を得ながら、正確な報告書を出すための調査が進められているという記事でした。

このような「高度な」技術を、J-NSAやJ-CIAが見習うことがないことを願いたいです。

Commented by ローレライ at 2015-05-03 16:15 x
『極東のフセイン』としての日本、を分析したイラン。http://bator.blog14.fc2.com/?m&no=2812&cr=747b9ff7933115e6574add9d4de5dc73北風さん☆
Commented by swissnews at 2015-05-03 17:01
ドイツ語メディアで偶然見つかった8つの電子オンラインでは皆、歴史問題をタイトルにしていた。「アジア諸国との橋渡しをするチャンスを放棄し、アメリカに頭を下げた」「反省はイエス、謝罪はノウ」「アメリカ兵犠牲者には参詣し、アジアの犠牲者に対する言葉はついにでなかった」とかだ。欧州は、日米間の、軍事、安全、経済(PTT)には公には口を出さず(興味はあっても)、人権、モラル的なものを話題にする。日本の軍国主義的傾向を警戒してるからますます、心情的には日本以外のアジア諸国に近づいていく感じ。(無論利己主義的な原因があっても)


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