素直に喜べないノーベル賞 - 暴論の誹りを承知で敢えて違和感を言う

c0315619_17115809.jpg昨夜(12/11)の報ステでは、ノーベル平和賞の授賞式で演説したサーロー節子が大きく取り上げられ、オスロでの単独インタビューの映像が紹介された。今日の朝日には13面に講演の全文が載り、39面に会場を取材した関連記事が載っている。1面には「核兵器は必要悪ではなく絶対悪」だというサーロー節子の言葉が見出しで載り、16面の社説もこの問題を書いている。サーロー節子のスピーチはとても感動的で、そして歴史的なものであり、文科省が後で何らか教材にするかなとも思ったが、NHKがニュースで全く取り上げずに無視したことを考えると、政府の姿勢が窺え、安倍政権では無理だろうなとも悲観する。昨夜放送されたインタビューでは、核兵器廃絶がどれほど遠い理想だと言われても、そこへ一歩一歩近づくことができるのであり、現実を変えて行くことができるのだから、それを信じて一人一人が努力することが大切なのだと視聴者を励ましていた。力強い訴えであり、そして、丸山真男の「現実主義の陥穽」のロジックを思い起こさせる真理の主張で、聞く者の心に勇気と律動を与える言葉だった。サーロー節子のことはこれまで全く知らなかった。突然、登場した感がある。90年代になって突然出て来たベアテ・シロタのようだ。救世主が出現したように感じる。



c0315619_17121182.jpgサーロー節子はどうしてこれまで無名で、マスコミで取り上げられることがなかったのだろう。素朴に不思議に思う。ノーベル平和賞受賞したのはICANという組織で、われわれにとって全く耳慣れない名前で、それもそのはずで、わずか10年前の2007年に活動を始めた団体だ。今年、国連の会議で採択された核兵器禁止条約の推進に中心的な役割を果たした功績が認められ、ノーベル平和賞が授与されることになった。立派なことで、当然のことで、何も文句を言う筋合いはない。だが、ノーベル平和賞を授与されたのはICANであって、広島で被曝したサーロー節子ではないのだ。私は、2年前の8月11日に「谷口稜曄(86)と坪井直(90)のお二人をノーベル平和賞の受賞者に」という記事を書いた。その立場から、今回のノーベル平和賞とICANを取り巻くムーブメントには不満と不審を感じる。ノーベル平和賞を授与するなら、ICANではなく被爆者のサーロー節子に授与すべきで、サーロー節子とICANを受賞者とすべきだろう。サーロー節子は、受賞者であるICANを盛り立てる脇役として式に呼ばれているだけで、ICANの受賞の演出のために協力させられているだけにすぎない。私から見て、これは、広島と長崎の被爆者と被爆者団体に対するエクスキューズにしか見えない。

c0315619_17122379.jpg被爆地日本が軽んじられ、日本人がバカにされていると感じてるのは私一人だけだろうか。なぜ、日本人の被爆者にノーベル平和賞が与えられないのだろうか。坪井直や谷口稜曄は、ずっとずっと前から、自身の苛酷な体験と地獄を語り伝え、原爆の悲惨さを世界に訴え続け、渾身の思いで核廃絶の運動をしてきた聖人のような人たちだ。どうしてこの人たちがノーベル平和賞を受けられず、目を向けられず、10年前に結成されたばかりの、ポッと出の国際NGOが賞を取ってしまうのだろう。団体の説明には創始者の名前は出ているが、今回、オスロで賞を受け取ったのは現在の事務局長で、創始者や結成者の人物ではない。このICANという団体には、ノーベル賞の一般表象に相応しいところの、生の人間の思想性や個人の営為というものが感じられず、人工的なオーガニゼーションの臭いだけが漂い、運営も職員も、国家機関や政府当局と無縁ではないのだろうという想像がはたらく。「おためごかし」という言葉があり、こういうときに使うんだろうかと思う。この受賞に不満と不如意を感じる私が、コケにされた日本人とコケにした欧米人の関係の、その暗黙裏の欺瞞と差別を表現するときに、「おためごかし」という言葉が適当なのなのだろうかと、どこにも向けられない憤懣を覚えながら思う。

c0315619_17123419.jpg特に見ていて不愉快だったのは、ICANの日本人メンバーを称する者が、広島に出張って、被爆者を含めた現地の人々の前で何やら説教を垂れている図だった。どうやらピースボートの人間らしく、ピースボートがICANの日本支部のような存在なのだと紹介がある。ピースボートといえば、辻元清美と櫛渕万里のピースボートではないか。脱力させられる。ピースボートがノーベル平和賞を取ったという意味に等しい。広島や長崎の被爆者や被爆者団体や核廃絶運動をさしおいて。そんなことがあっていいのだろうか。とても素直には喜べない。今年はノーベル賞で傷つけられた。ノーベル賞は日本人を傷つけるためにある、とそう確信する。カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞って、いったいどういうことだろう。この15年間、ずっと、村上春樹が賞を取るのではないかと言われ、報道がフィーバーし、年中行事のようになりながら、ずっと受賞を逃してきた。もうそろそろ、いいかげんにしてほしいと思っていたら、全然知らない英国在住の日本人が受賞し、それを日本人が大歓迎して嬉しそうにはしゃいでいる。私はずっと、日本人と村上春樹に対するノーベル委員会の嫌がらせだなと感じ続け、最近は、安倍政権が介入して邪魔しているのではないかという「陰謀論」を真面目に疑ってきた。今回のノーベル文学賞があって、村上春樹の名前はタブーになった。

c0315619_17124899.jpg本人はどれほど傷ついているだろう。察するに余りある。カズオ・イシグロが受賞したことによって、村上春樹は5年以上、ひょっとしたら10年、賞を取る可能性がなくなったと言える。日本人を続けて受賞者にするわけにはいかない。村上春樹に賞を与えないための選択としか考えられず、悪意にもほどがあると私は素朴に憤る。日本のマスコミの表面で、村上春樹の名前を口に出す者はいなくなるだろう。憚られる。その名前を出すときは、ノーベル文学賞の話題に触れないわけにはいかないからだ。酷い仕打ちをするものだと思う。それほど日本人が憎く、日本人が嫌いで、日本人に世界の栄光の地位を与えたくないのだろうかと思う。きっとそうなのだ。村上春樹の価値を理解しているからこそ、村上春樹を世界の文学の頂点に立たせたくないのだ。欧米人の自信喪失や地位の相対的低下に繋がるから。そうとしか考えられない。日本人だからというより、韓国人や中国人やアジア人に対してそうなのだろう。せいぜい、化学だの物理学だの医学生理学だのをやるから、理系で我慢しとけということだろう。ノーベル賞という世界標準の権威を操作する権力を、欧米の文化的支配の強化やサバイバルに使いたいということだ。そういう意図が見える。どれほど陰謀論と言われても、ノーベル委員会にはスウェーデン政府とノルウェー政府が絡んでいる。

c0315619_17125979.jpg選考と決定において、日本政府に事前の打診がないとは思えない。日本政府はノーベル賞受賞者を増やす目的で、15年くらい前から予算をつけて活発なロビー活動を始めていた。だが、私みたいな者がこういう正直な感慨を吐露すると、左の方から、僻みだとかナショナリズムだとか言われて袋叩きにされる時代になった。グローバリズムが大好きで、北欧と聞けば何でも無条件に頷いて、彼らが決めることならずべて正解で普遍的だと考える日本人ばかりになった。傷つけられながら、嫌がらせをされながら、それを正視せず喜んでいる日本人がいる。沖縄が基地と米兵に傷つけられているのは日米安保のせいなのに、右は日米安保は平和の公共財だと言い、左は悪いのは沖縄を差別している本土なのだと「ヘイト」(人種差別)のせいにする。日米安保を不問に付す。捨象する。沖縄の基地問題はヘイト問題になった。スリカエじゃないのか。来日した外国人観光客にひたすら奉仕し、外国人の日本観光の満足に貢献することを無上の歓びとし、日本で稼ぎ儲ける外国企業に最高の資本主義的環境を与えることを、自分たちの使命と幸福だと心得る日本人ばかりになった。この国で左が騒いで口を尖らせる人権問題は、在日外国人の人権問題ばかりになった。3歳の子どもが父親の暴力で殺されても、もうテレビのニュースにならなくなり、いじめで誰かが自殺しても大きく取り上げられない。

中国人観光客の大人の女性が北海道で失踪すると、テレビが毎日警察のアップデートを流して全国民に情報提供を呼びかけたが、座間で殺された高校生の失踪は全然問題にならなかった。日本人が日本人への関心を失っている。


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by yoniumuhibi | 2017-12-12 23:30 | Comments(6)
Commented at 2017-12-13 00:17 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by NY金魚 at 2017-12-13 11:38 x
サーロ節子さんの拡張高い言葉たちに感動しました。英語の演説でしたが、頭のなかで日本語に直して理解しても、そこに核廃絶に関する美しい日本語の感性が溢れていて、思わず涙しそうになりました。「きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の魂を身の回りに感じていただきたいのです。一人一人に名前があったのです。誰かから愛されていたのです。彼らの死は、無駄ではなかったと確認しましょう」朝日のインタヴューは日本語でしたが、かの女が美しい日本語でなにより海外に移住された被爆者の一人が、世界に強い影響力を持つノーベル平和賞の舞台で堂々と語られたことに、おなじ海外移民として強い共感を覚えました。サーロ節子さんは移民二世だそうですが、驚くほど多くの被爆者の方たちが被爆後海外に移住されてしまったことは、日本国内で被爆者に対するなんらかの差別があった故ではないかと考えます。

お説のように I CAN ではなく、サーロ節子や谷口稜曄のような被爆者の方々が平和賞を直接受賞すべきだというご意見にはまったく同感です。10年ほど前に国連前広場で谷口稜曄氏にお会いしたことがありますが、実に毅然とした老紳士で、長く大きい痛みがそのまま彼の人格の深みになっていて、何者よりも『核廃絶』への強い意志(彼だけでなく人類全体の意志)に深く繋がる存在であると感じました。

I CANの理事をされているピースボートの川崎哲氏には、この5月にコロンビア大学での『核廃絶条約』のための会議でお会いして意見交換しました。このときも広島/長崎の被爆者の方々とご一緒でした。ピースボートの理事はI CANの理事ということで自動的に平和賞受賞メンバーに決まったようですが、彼はその瞬間から「今回の受賞の主役は、ピースボートでいっしょに活動を続けてきたおおぜいの被爆者の方たちで、かれらのための受賞である」と理事たちを説得してまわり、上のサーロ節子さんの演説、ほかの被爆者の方々の出席に及んだということです。(…続)
Commented by NY金魚 at 2017-12-13 11:40 x
続)もうひとつ、カズオ・イシグロの文学賞受賞についての意見。
世に倦む氏とは過去に村上春樹の大ファンとして、文学賞で盛り上がったことがありますが、私自身は春樹の大ファンであるとともにイシグロの深すぎる物語の大ファンでもあります。私自身は数冊の著書を読んだだけですが、それぞれがまったく異空間にある深い深い物語であると感じます。どれも発想がかけ離れていて。同じ著者とは感じられないほどですが、まだの方はぜひ彼の本の複数册をお読みになることをお勧めします。春樹ファンをやめるつもりはまったくありませんが、人類の未来、戦争、差別への深い洞察という意味では、あるいは春樹を越えているのでは、と感じることも多々あります。今年の文学賞は実に正当な選択であると感じています。
ふたりは朋友であり、村上春樹はイシグロのために2010年に『カズオ・イシグロのような同時代作家を持つこと』という総合的絶賛の文章を書いています。春樹はプリンストン教授として東部に数年いたけれども、イシグロの方は幼少期からイギリスに育ち、もはや日本人とはいえないかもしれないが、上記のサーロ節子さんのように、日本人の感性を決して失っていない日本生まれの異国人ということで、大きな近親感を感じています。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1457570641023720&set=a.263704340410362.57302.100003123951098&type=3&theater
Commented at 2017-12-13 23:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 井上はるか at 2017-12-16 18:21 x
サーロー節子さんのスピーチ、素晴らしかったですね。ここまで来るのに日本の被爆者の方々が壮絶な闘いを続けてこられたことを考えると、たしかに平和賞はそれらの方々皆の共同受賞にしてはとも思います。
しかしカズオ・イシグロは「誰も知らない作家」などではありません!
日本でも海外文学ファンの間ではつとに知られる、その経歴も含めて異色の存在感を放つ存在ではないでしょうか?
恥ずかしながらそういう私も、知ったのは映画「日の名残り」(アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソンと、英国の演技派俳優揃いの名作・ヒット作ですので、宜しければぜひご一見を)からで、第二次大戦前後、親ドイツの没落し行く英国大貴族というアンビバレントな存在を軸に、その華麗な邸宅のディテールを緻密に描きながら、同時に人間存在の儚さ、矛盾をあぶり出したすごい作品の原作者クレジットに、日本人の名前を見出した時はびっくりしました。
しかしそれは私の不勉強で、英国最高の文学賞であるブッカー賞を取り、とうに何度も来日し、ノーベル賞受賞者である大江健三郎氏と対談などもしている。
独特の登場人物と物語の舞台は、日本や英国のような、そうでもないような曖昧さと同時に、どうにも忘れられなくなるリアリティを持って読者の心に住みついてしまう。多くのファンがいるのも納得しました。
日米開戦前夜の上海、クローン人間が合法化された英国、住民がすぐに記憶をなくしてしまう古代ブリテン…彼の物語は非現実的な大仰な形をとりながら、私たちの社会のリアルをぞっとするほど克明に描いているような、もはや「社会」などというものを超えて、人間存在そのものに触れているような、つまり、私たちみんなの物語である、と感じさせる大きさと深さがあります。
彼自身が語るように、根底に、日本人としての感性があり、しかし後天的に獲得した英語で考え、書くという、言語と作家の今日的あり方も含め、受賞は納得感があります。
私はそんな偉そうに語れる文学ファンでもなく、単に数冊読んで感動したというだけのものですが…。春樹ファンではないので、ごめんなさい…。
でも、イシグロ氏と村上氏は親しい友人だそうですよ。私見ですがイシグロ氏の「充たされざるもの」の世界観には村上氏の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を思い出しました。よろしければ、手にとってご覧になっては。失礼いたしました。
Commented by 私は黙らない at 2018-01-18 05:22 x
ICANの平和賞受賞、大変喜ぶべき受賞にもかかわらず、私もどこか違和感を感じていたところ、こちらのブログを読み、自らの抱いた違和感を見直すことができました。
こう言ったら語弊があるかもしれませんが、受賞者がICANでは、空調の効いた快適な空間での核廃絶活動のような感じがしたのだと思います。
昨年夏、こちらに手記を寄せられた原爆投下直後に広島市に入られた方の体験にあるような、炎天下の、生と死の混じった強烈な臭い、枯渇してゆく生への最後の叫びみたいなもの、それは今まだ残っておられる被爆者でなければ伝えられないと思います。そして、今やこの生存されている語り部のなんと貴重なことか。。。
日本の被爆者に平和賞が授与されず、ICANになったことが、ノーベル平和賞の限界なのだと思います。近年、平和賞自体、西側の政治的意図が色濃く反映されているようなので、日本の被爆者や、平和憲法に平和賞が授与されることは決してないと思います。平和賞、所詮その程度のものなのだと思います。
文学賞に関して言えば、これは、受賞よりも受賞を辞退してこそ価値があるように思います。サルトルみたいに。
文学に俗世のお墨付きは要りますか?受賞は商業上の成功にさらに寄与するかもしれませんが、それだけのことです。


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