補遺 - マルクスの「生産関係」と「交通形態」、平田清明の「交通」論

c0315619_12565865.jpgマルクスの生産関係の概念は、所有と階級の契機を含んだタテの社会関係の意味を持つ。吉野源三郎が『君たちはどう生きるか』で論じている「生産関係」は、平面的なヨコの繋がりで、商品の中に凝縮された社会的分業の総体を意味している。が、丸山真男は「回想」での解説において、これぞ「資本論入門」の極意であり、見事な説明の表現であると絶賛していて、「生産関係」の概念の異同については特に触れていない。それはなぜだろうと考え、前回のような仮説を立ててみた。その仮説にたどりつく前に想起したことは、もともとマルクスの生産関係の概念が、あの史的唯物論の公式 - 『経済学批判』の序言に示された「導きの糸」 - として完成する前には動揺と変遷を遂げており、「交通形態」という言葉が使われた時期もあったという理論史の事実だった。初期の『ドイツ・イデオロギー』では、「交通形態」という語が頻出し、そして同時に「所有形態」という語も登場する。国民文庫版の訳者である真下信一が、序文で次のように解説している。「マルクスとエンゲルスによって仕上げられた理論の若干の基礎概念をあらわすために、『ドイツ・イデオロギー』のなかでつかわれた用語は、その後彼ら自身によって、それらの新しい概念の内容をもっと精確にあらわす別の用語に取り換えられた」(P.11)。




c0315619_12571540.jpg「そんなわけで、『生産関係』の概念はここでは『交通様式』、『交通形態』、『交通関係』という用語であらわされ、『所有形態』という用語は事実上、経済的社会構成体の概念をふくんでいる」(P.11)。初期マルクスにおける「交通」 - Verkehr - の概念に着目して問題提起したのは、1969年に『市民社会と社会主義』(岩波)を出した気鋭の平田清明で、名著となったその中で、マルクスの失われた基礎範疇として「所有」と「交通」と「市民社会」の三つを挙げている。引用しよう。「マルクス・レーニン主義の今日の不幸をうみだした最大の原因の、すくなくとも一つは、『資本論』体系のこれまでの研究そのもののなかにある。そしてまた、『資本論』研究者としての生活態度それ自体のなかにある、と我々は言わねばならぬ。『資本論』こそ、市民社会としての資本家社会に一般化する私的生活の排他性と相互的無関心性を批判し、そこに社会的分業として形成されている社会的労働の私的および資本家的な領有を告発したものである。にもかかわらず、この根底的批判をおのれ自身の生活の視座として主体的に受けとめることがなかったからこそ、コミュニスト・マルクスがその辛苦の理論的研鑽を経て確定した決定的な基礎的諸範疇を、ひとは見失ってきたのであり、そしてついに、今日の不幸をみずから招いてきたのではないだろうか」(P.76)。

c0315619_12573402.jpg「何が失われたのか。失われた基礎範疇は何であるか。(略)所有 -失われた基礎範疇の第一は、所有である。(略)交通 -失われた基礎範疇の第二は、交通である。交通?そんな経済学的範疇はあるのか。交通なるものは、初期マルクスの未熟な哲学的用語ではないのか。こんな反論めいたものが、すぐはねかえってくる問題状況に、今われわれが立っていることを、私は知っている。日本は、世界最大のマルクス主義研究国であり、そこに発達した文献史的研究は、初期マルクスにおける『交通関係』という概念が、成熟したマルクスにおいてしばしば『生産関係』という名辞で表現されていることを、さぐりあてている。だが、なぜ交通関係が生産関係として、表現されるのか。生産という用語において、かの、資本の直接的生産過程を、想い浮かべる読者には、生産と交通という二つの概念が、なかなかに結びつかぬはずである。(略)この二つのものが、なぜに一個同一のなにものかを表現するものとして、マルクスに把まれたのか。(略)市民社会 -失われた基礎範疇の第三は、市民社会である。(略)市民社会とは、何よりもまず、人間が市民として、相互に交通する社会ではないのか。(略)これら見失われた諸範疇について(略)簡単な解説をおこなう」(P77-78)。

c0315619_13042115.jpg「(略)交通 Verhehr、Commerce とは、さまざまな諸個人が特定の社会的形式において相互に物質的・精神的に交わり通ずることである。市民的な交通とは、物を商品として譲渡しあうという形式で、諸個人が相互に交渉=交通しあう過程である。それは同時に、諸個人が自立的人間として相互にその意思を疎通=交通する過程でもある。前者は「物質的交通」、後者は「精神的交通」と言う。諸個人の現実的交通は、この両過程の具体的統一としてある。相互に自立した個人としての市民の最も基礎的で最も日常的な交通形態は、自分の生産した物を商品として交換しあう関係である。それゆえ、市民社会における交通の第一概念は、交換という経済的範疇である。(略)ところが、この交通は、人間の行為ではあるが、じつは、商品とか資本とかがその姿態を変換し、それぞれの姿態の持手を変換する過程であるにすぎない。そして、この商品の姿態変換や資本の姿態変換は、物が商品として生産されることのために、あるいは、資本のもとで物が生産されることのために、そしてそのような生産が連続しておこなわれることのために、不可避に発生するのである。つまり連続的生産としての再生産が、社会の人目につかぬ底辺でおこなわれているから、このような姿態変換が必然となるのである」(P.79-82)。

c0315619_12580917.jpg「直接に人間的行為とみえた交通は、じつはこの再生産という過程の表面的な姿だったのである。このように考えると、交通とは社会の外面であり、生産がその内面であり、両者は一体をなしている。悟性的分析をもってすれば、この両者は概念的に区別されるものであるが、理性的総合をもってすれば、この両者は表裏一体をなすものなのである。この交通のうち、とくに資本家的交通を独自に論じたのが、「資本論」第二巻であって、それは『資本の流通過程』と題されている」(P.82-83)。以上、平田清明の「交通」論を長々と引き写した。普通、長文の引用作業というのは煩瑣なもので、大塚久雄もデフォウを引用する際に屡々そう漏らしていたが、この平田清明の文章の引用は苦にならず、著者の情念や気魄が伝わって逆に愉快な気分を覚えるから不思議だ。マルクスにおける「生産関係」と「交通形態」の概念の問題に注目し、長々と平田清明の所論を紹介したのは、ここで平田清明が述べている「交通」概念こそ、まさに吉野源三郎(「おじさん」)がコペル君(読者)に説こうとした「生産関係」、すなわち「人間分子の法則」の論理とぴったり適合すると直観したからである。一般に通念されているマルクス主義の「生産関係」では、「人間分子の法則」と等値するのは無理がある。だが、平田清明の「交通」概念で解説すれば、まさしく必要で十分な説明になり、そして「資本論入門」の中身になるだろう。

c0315619_12582230.jpg今年は資本論150年でロシア革命100年の記念すべき年である、であるにもかかかわらず、メモリアルな文化イベントがこの国では皆無に等しい。平田清明が言っているとおり、50年前までの日本は「世界最大のマルクス主義研究国」だった。人口1万人の町で本屋が1軒しかない私の田舎にも、店の奥の棚にマルクス・エンゲルス全集が鎮座していたのを覚えている。資本論の文庫版は、3社(大月と岩波と青木)の訳書が書架に並んでいた。マルクスのおかげで商売繁盛していた出版社やアカデミーの学者がうじゃうじゃいた時代であり、まだ生存している往年の学者たちは、今、マルクスのおかげで余裕の年金暮らしをしている。だが、記念すべき資本論150年に誰も何も言おうとせず、マルクスに感謝の辞を捧げようとしない。平田清明の名前や名著やその議論の中身や、当時の<市民社会と社会主義>の論争や空気感などは、資本論150年ロシア革命100年の節目に、日本人が思い出して意義を再論・再確認してよいものだ。丸山真男は、吉野源三郎を追悼し、『君たちはどう生きるか』を解説して、その「生産関係」の説明こそまさに「資本論入門」であると語った。1981年のことで、今から36年前のことである。そして、自分が資本論の知識をどのように身につけたか、大学時代の読書会の経験を語っている。「回想」を読みながら、それが資本論への誘いであることが分かる。このとき、日本ではマルクスがアカデミーから棄てられようとしていた。

c0315619_12583827.jpg丸山真男が、この回想にマルクスの資本論を持ち出したのは、勿論、1937年に丸山真男がこの本を読んだときの正直な感想を述べているのに違いないけれど、もう一つ、この当時(81年)の思想状況に対する丸山真男の感じ方があり、マルクス離れの風潮の中で、マルクスを強調しようとする動機づけがはたらいたのだろうと私は想像する。いわゆる不破・田口論争があったのが、1979年から1980年である。名大(東洋政治思想史)の守本順一郎が死に、あの「思想史の方法を模索して」を丸山真男が書いたのが1978年で、その続編とも言うべき「闇斎学と闇斎学派」を発表したのが1980年である。
晩年の丸山真男の思想史研究の傑作。作品は江戸思想史の専門研究論文であるけれど、正統・異端論であると同時に、丸山真男のマルクス主義へのオマージュであり、助走路になっているのは78年の「思想史の方法を模索して」に他ならない。60代後半となった老身で、幾度も肝臓病の高熱で倒れながら、そして(丸山真男らしくなく)文章を乱しながら、渾身の精神の力業で書き上げていて、晩年マルクスの資本論執筆を思わせる鬼気迫る筆致になっている。資本論150年ロシア革命100年のこの機会に、ぜひ「思想史の方法を模索して」(第10巻)と「闇斎学と闇斎学派」(第11巻)をお読みいただきたい。不破・田口論争があったのは79年から80年だが、何度も言っているように79年に東京と大阪の知事選があり、78年に京都府知事選があった。

丸山真男が、『君たちはどう生きるか』の読者をマルクスの資本論に導くように、私は、丸山真男のこの『回想』を起点として、そこから読者を『ドイツ・イデオロギー』と平田清明の『市民社会と社会主義』に誘い、また、『思想史の方法を模索して』と『闇斎学と闇斎学派』に誘いたいと思う。


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by yoniumuhibi | 2017-11-30 23:30 | Comments(1)
Commented at 2017-12-02 22:14 x
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