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山口二郎による護憲派の罵倒 - 不当に貶められてきた護憲の立場

山口二郎による護憲派の罵倒 - 不当に貶められてきた護憲の立場_c0315619_16160794.jpg前回、山口二郎が2004年に日本政治学会で発表した基調報告の一部を紹介した。その中で、山口二郎は社民党(社会党)の護憲の主張を罵倒し、共産党については存在の価値のない政党だと斬り捨てていることが確認された。山口二郎のこの20年間の言論を見ると、護憲の立場に対する悪罵と侮辱に徹し、憲法9条を守れと唱えてきた社会党や戦後民主主義に対する軽蔑と排斥で一貫していることが分かる。一つ一つ検証して証拠を挙げよう。手元に2004年刊の岩波新書『戦後政治の崩壊』がある。その冒頭、こう書いている。「2003年秋の総選挙では(略)土井たか子が敗北の責任をとって社民党党首を退いた。(略)土井の挫折は、憲法第九条をめぐる帰依と怨念の両面の風化を意味している。『頑固に護憲』を貫いた土井は、九条に対する信仰を体現した政治家であった。戦後憲法ができて間もない五十年代、左派社会党の指導者が『青年よ、銃を取るな』と叫べば、平和を求める国民から澎湃たる支持が沸きあがった。ところが、実際に青年が銃を持って海外に出動している今、社民党は見る影もなく衰弱している。護憲というメッセージが国民に対する訴求力を失ったことは明白である」(P.ⅰ-ⅲ)。「もはや憲法は政治家がおのれの信念をかけて論ずべき崇高なテーマではなくなった」(P.ⅳ)。



山口二郎による護憲派の罵倒 - 不当に貶められてきた護憲の立場_c0315619_16162264.jpg第1章の中ではこう言っている。「社会党が『護憲』という一枚看板に安住し、政権獲得に向けた政策のイノベーションを怠ったところに、戦後政治の不幸があった」(P.17)。山口二郎の言う「政策のイノベーション」とは何のことだろうか。民主党(民進党)のように日米同盟を認めて改憲に前向きになり、自民党に接近した「現実的な安保外交政策」に即くことだろうか。「政策のイノベーション」では達者だったはずの民進党(民主党)が、2017年の総選挙を機に解体し、護憲の立場を頑固に守っている共産党は党を維持できているが、この13年後の現実について山口二郎どう説明するのだろう。私の見るところ、「現実主義」が売りで改憲を明確に志向する希望の党の方が、おそらく、より「現実主義」でない立憲民主党よりも早く先に崩壊するだろうと予想される。さらに言えば、立憲民主党が枝野私案(自衛権明記の9条改憲)の方向へ舵を切れば、立憲民主党は支持する国民から見放されて失墜を遂げてしまうだろう。第1章の末尾ではこう言っている。「日本では長い間、自民党に代わる政権の担い手が存在せず、そのため政権党に反対することが、天下国家そのものに逆らうという意味を帯びるような空間が戦後日本には存在した。(略)政権交代がないという意味では、戦後民主主義はイノベーションを欠いた半人前の民主主義だった」(P.36)。

山口二郎による護憲派の罵倒 - 不当に貶められてきた護憲の立場_c0315619_16163688.jpg半人前だったかもしれないが、経験に基づく実感から言えば、1960年代から70年代の日本の政治の方が、1990年代から2010年代のそれよりもはるかに民主主義が機能して充実していたし、国会の与野党論戦も健全かつ活発で、国民の福利がよく守られていた。弱者 - 地方・中小企業・農林水産業 - に視線が向いた政治が行われ、日本国憲法の理念に忠実な政治過程だったと証言できる。その実感は誰もが同じはずで、劣化を感じているのは左右を問わず同じであるに違いない。政治家の個々が民主主義の理念と緊張感を持っていて、国民と政治家の距離が近かった。「政治改革」で小選挙区制と政党助成金を導入した後、政治の劣化は一気に進んだ感がある。第2章でも護憲派と社民党を罵倒するくだりがある。「社会党委員長が首相になる以上、自衛隊違憲論は撤回せざるを得ないことはあらかじめ分かっていたはずであるが、村山首相による政策転換に反発するというところに護憲派の政治感覚の欠如が現れていた。他方、社会党の現実化、戦後パラダイムへの合流は、新たな支持者の獲得にはつながらなかった。(略)社民党は土井党首のリーダーシップのもと、こうした経緯に懲りて、むしろ思考停止に基づく旧来の護憲主義に戻ることとなる」(P.47)。山口二郎の認識では、護憲の主張というのは、時代遅れの無価値なもので、旧弊にしがみつく偏狭で蒙昧な錯誤でしかないようだ。

山口二郎による護憲派の罵倒 - 不当に貶められてきた護憲の立場_c0315619_16165403.jpg2009年に刊行された岩波新書『政権交代論』にも、こんなことを書いている。「当時私が近くで観察する機会を得た社会党について説明しておくと、以下のような構図が存在した。まず、冷戦構造崩壊、社会主義の消滅によってこの党の中での左右対立の意味が変化した。もはやマルクス・レーニン主義が政治の選択肢にならないという状況の中で、左派は護憲平和主義に次なるアイデンティティを求めた。護憲平和主義を貫くためには、下手に現実的な政策を唱えるのではなく、常に理想を唱え続け、改憲を阻止するために必要な勢力を確保することこそが正しい生き方となる。(略)九十年代前半、左右の勢力は拮抗しており、特に土井たか子の下で政界に進出した政治家の中には、護憲派的市民派が大勢いた。そのため当時の社会党は、本気で政権交代の可能性を追求するという雰囲気ではなかった。(略)選挙制度改革は、新しい政治主体を立ち上げるための必要条件と考えられたのである。(略)1990年から91年にかけての湾岸戦争の中で旧来の護憲派が平和主義の理念に沿った能動的な対応ができず、一国平和主義といわれ、信頼性を低下させたことも、こうした世論を生み出した一つの要因であった」(P.134)。まるで反町理か松井孝治の話を聞いているようだ。保守派の価値判断からの護憲派批判であり、社会党批判の論である。

山口二郎による護憲派の罵倒 - 不当に貶められてきた護憲の立場_c0315619_16170550.jpg山口二郎については、現在でも左派の論者という表象と通念が一般的である。山口二郎が著者として本を出すのは岩波書店であり、コラムを書いているのは東京新聞であり、左翼の国会前のデモにも頻繁に登場しているものだから、山口二郎を右派だとか保守派だとかと認識する者はいない。25年以上、山口二郎は左派の論客として評価されてきた。左派の論客として上のような反動の主張を堂々と吐いてきたのである。護憲派の意義を矮小化し、平和憲法を守るべく努めてきた革新勢力を貶め、改憲の立場がさも当たり前のように言い、護憲よりも政権交代の方が重要だと言い放ち、その主張で左翼の市民を説得してきた。そのため、山口二郎の上の言説は現在の左翼の中ではすっかり常識化していて、すなわち、護憲派=頑迷な旧主派というイメージが刷り込まれ、そのプロパガンダが奏功して固定観念になってしまっている。言っている中身は右翼の護憲批判と同じだが、東大岩波ブランドの威光があるため、権威主義に弱い左翼がそれを受け入れ、護憲を卑しめる不当な偏見が左翼の中で定着してしまった。小熊英二などが言っている護憲派批判も、この山口二郎の言説に沿ったもので、ほとんど今の左翼のメインストリームの思考と立場だと言っていい。左翼は自ら護憲を卑し貶めてきた。自己否定(転向)してきた。私はこの山口二郎の主張を聞いて、戦後政治の真実を知らない無知だと思うし、平和ボケとはこういう姿を指すのだと思う。ひたすら不愉快だし、山口二郎を崇めて拝跪する日本の左翼の欺瞞に憤りを覚える。

ジョン・ダワーは、戦後の日本人は日本国憲法の理想を地上に引き下ろしたと言った。その歴史認識に私は同意する。地上に引き下ろしたのは、まさに60年安保闘争の市民革命によってだった。戦後日本において、平和憲法を守って国民の命を戦争から守るということは、民主主義を実質化して国民の権利を守るということと同義だった。だから、「平和と民主主義の闘い」という言葉がある。戦後日本において、民主主義は常に平和と熟せしめられていたのであり、人々は憲法9条を守る運動の中で権利を守ってきたのであり、憲法9条こそが戦後民主主義のシンボルだった。ダワーの見地から歴史認識を整理すれば、60年代から70年代の革新勢力(社共)は、まさに戦後民主主義を守ってきた主体であり、口汚い表現で不当に貶められなくてはならない理由はどこにもない。9条護憲の価値と意義について山口二郎は無知であり、それは戦後日本政治史についての認識の欠如に基づくものである。そうでなければ、ただ保守派の意見を口真似して垂れ流しているだけだ。
どうしてこんな主張が岩波新書で刷られて販売されるのか、正直、私には理解不能である。なぜこれほど、護憲派は侮辱され貶下されなくてはならないのか。

山口二郎による護憲派の罵倒 - 不当に貶められてきた護憲の立場_c0315619_16173478.jpg

by yoniumuhibi | 2017-11-22 23:30 | Comments(2)
Commented by 長坂 at 2017-11-22 20:26 x
浜矩子さんや宮前ゆかりさんが「資本論」は英語の方が読みやすい、日本語の翻訳はわかりにくいと言っていますが、私としては是非「世に倦む」版の「資本論」読みたい! 円地、寂聴の「源氏」のように。
Commented by 駄夢 at 2017-11-23 15:41 x
論駁一刀両断、見事なり!
当方、90年前後、若き山口氏の在任大学に在籍(法学部にあらず)しており、彼の講義自体は一コマ聞いたか聞かなかったか程度ですが、当時、“鳴り物入りで東大から来て、随分と権威主義的な輩だな”というのが、(一般的にはいざ知らず)狭い我々仲間の認識だったように記憶しています。
思うに、“(自身の言論の、またオピニオンリーダーのふるまいとしての)おのれの過ちを認めず、結果責任をとらない”ところが、山口氏の弱点というか、いけ好かないところです、私見ですが。どこかで、「学者は結果責任はとらない」と言っていたようにも思うのですが、そりゃあ、政治家に求められる責任はないとしても、あんた、知識人でかつアジテータでしょうが!!と思ったことがあります(ありゃ、アジテータだから、無責任なのか、しかし、ならば大学所属という安全装置は外せや、オイ!と思います)。
社会党没落、民主党勃興、政権交代、そして反動復活後の野党連合うんぬん…で20数年、いや、実際“行動する(政治)学者”としては、(他があまりになんなんで)素直に「えらいですねえ」と賞賛しているところもあったのですが、結局、彼自身の影響と結果(ざっくりいうと、小選挙制と政党交付金なのか?)に対して、あまりに無責任な姿勢が、残念至極。
今回の掘り起こしも、また、大変参考になりました。ブログ主さんの山口二郎批判に影響されているところも多々あると思いますが、ぜひ、山口氏との直接対談、その場での丁々発止、いや建設的な抗論を期待、夢想する次第です。鹿砦社あたりで、乗りませんかね…。駄文、失礼します。



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