ロシア革命から100年 - 20世紀の資本主義国の庶民を守った防波堤

c0315619_15014624.jpgロシア革命と社会主義について、もう一つ論じておかないといけない問題がある。それは、20世紀にその存在があったから、われわれは幸福な人生を送ることができたという間接的意義だ。世界が二つに分かれた片方の内側は、どうしようもなく悲惨で暗鬱なもので、その住人に苦難と忍耐と絶望を強いるものだった。スターリンの恐怖支配と暗黒政治の犠牲者は2千万とも3千万人とも言われている。毛沢東とポルポトを足せばどれくらいの数に上るか分からない。ゴルバチョフが登場してすぐの末期ソ連を旅した経験があるけれど、そこで目撃した人々の疲労感と苦悩と憔悴の表情を忘れられない。ソ連の統制と欺瞞と貧窮に疲れ果て、社会主義を厭うて恨んでいた。あのとき、渓内譲は岩波新書の新刊の中で、ソ連が崩壊することはないだろうと楽観的な予想を書いていたが、現地を見た私は間もなく終焉が近いことを確信した。20世紀後半、そこに、私の人生の半分があり故郷がある。小学校社会科の教科書では世界地図は二つに色分けされ、青色と赤色に塗り分けられていた。社会主義の体制下で生きる人々は塗炭の苦しみを強いられ、われわれはそこから自由で、人生に希望の持てる時代を送ることができたけれど、真実を直視し意味を総括すれば、彼らの犠牲のおかげでわれわれは幸福な環境を与えられたと言い得る。



c0315619_15020110.jpg自由主義陣営の諸国の政権は、社会主義化を防ぐため、国内の左翼勢力が求める社会政策を積極的に取り込み、社会保障を充実させて庶民の不満を解消した。英国労働党政権の「揺りかごから墓場まで」が典型例だし、70年代初頭の田中角栄の福祉政策がそうだ。自由主義陣営の諸国の政権は、社会主義に対して警戒しつつ常に妥協的であり、懐柔的であり、そうならざるを得なかったし、国内に資本主義と社会主義の緊張関係と競争関係があった。そうした事実を忘れてはいけないし、それが当時の政治と社会の正しい認識である。今、実在としての社会主義がなくなり、ソ連が消滅して四半世紀が経ち、自由主義の世界はレッセフェールの19世紀に戻り、エンゲルスが『イギリスにおける労働者階級の状態』を書いた頃の格差と貧困の現実に戻っている。21世紀に入って、国内の労働法制と資本法制は小泉竹中改革によって次々と変えられ、フリードマンの「理念」を追求するものになった。安倍改革はそれをさらに押し進め、フリードマンの理想の王国が実現しようとしている。19世紀のレッセフェールは経済社会過程への国家の介入を排除するものだったが、現代のレッセフェールは20世紀に整備し構築した社会政策の制度体系を国家が取り壊し、すなわち規制を潰し、資本の極限までのレッセフェールを国家が保障するものだ。新自由主義。

c0315619_15022157.jpg放っておくと社会主義者に政権を取られかねず、選挙で社会主義政権が誕生しかねないので、自由主義諸国の支配政党は妥協的な政策を公約に組み込まざるを得なかった。この視角と認識は、60-70年代の日本の政治を概観して当を得た見方と言えるだろう。このことは、現在論じられている保守二大政党の問題についても当て嵌まる議論である。保守二大政党制を支持する者の主張によれば、共産党や社民党など非現実的な勢力は不要で無意味だと言い、二つの保守政党が政権交代を通じて政策競争すれば、国民にとってベターな政策になると言うのだが、実際のところは、レッセフェールの二つの党が政権交代したところで、レッセフェールはどんどん進んで『イギリスにおける労働者階級の状態』の矛盾が深刻化するばかりであり、対米従属が進むばかりだ。60-70年代の日本社会が中産階級の王国となり、若者の誰もが自分の人生に夢と希望を持つことができたのは、資本主義の自由放任を防ぐ対抗勢力が強靭に存在したからであり、国内に政治対立の緊張関係があったからに他ならない。保守側は、それを「何でも反対の野党」と侮蔑し無意味化するのだけれど、緊張関係があったから弱者を保護しようとする政策的動機が保全されたことを看過してはいけない。自民党そのものが、ネイティブかつ無条件に中小企業や農林水産業者にやさしいわけではなかった。

c0315619_15023348.jpg資本主義はどうなるのだろうか。私自身は、共産党の説くような資本主義の次に社会主義が来るという単純な発展段階論の立場になく、そうした人類史のユートピアを信用していない。ただ、前回の記事で書いたように、社会主義は資本主義を裏返した理想として存在し続け、資本主義の体制のあり方に牽制と調節を促し、資本主義の現実に対して変革を求める思想・運動として表裏一体の関係で生き続けるだろうと考えている。だから、資本主義が人類史において生き続けるかぎり、社会主義も未来永劫に不滅だろうし、理念として不滅であらざるを得ず、その理念を理念たらしめ、理念を確信づける根拠を与えるのがマルクスの理論だろうと素朴に考えている。資本論から150年経ったが、マルクスを超える資本主義批判の学問体系は出現していない。ただ、漠然と思うのは、どこかで人類は資本主義の生き方をやめるのではないかという予感だ。ロック歌手のキャット・スティーブンスがイスラム教徒に改宗(入信)した事実は有名だが、米国の中ではイスラム教徒が増え続けている。あれほどイスラム教徒を敵視しイスラム教が忌み嫌われている国で、ムスリムの生き方を自ら選択する者が増えていることは、何事かを感じさせられる現象と言える。私の予想は悲観的で、人類が資本主義の生き方をやめるときというのは、第三次大戦の地獄を経験しての反省からだろうと諦観している。

c0315619_15025018.jpgウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、資本主義の将来あるいは終焉を想像するとき、とても示唆的に読めるものだ。「資本主義の精神」の舞台は米国で、18世紀から19世紀前半の北米の入植者の世界が描かれている。今、明らかに、プロ倫で描かれた世界から始まって打ち立てられたところの、米国資本主義の価値観と信仰が挫折を迎えている。この論文の核心の部分、すなわち「資本主義の精神」とは何かの説明だが、それはベンジャミン・フランクリンの「時は金なり」から始まる一説だ(岩波文庫 P.40-43)。私がウェーバーのプロ倫を読んだとき、70年代の米国の思想界は社会主義に宥和的で、ガルブレイスが資本主義と社会主義はコンバージェンスするだろうなどとマイルドな楽観論を唱えていた。米国はプロ倫的ではなく、世界はプロ倫的ではなかった。ミドルクラスが健在だった。ケインズ的だった。ウェーバーを学んで数年後、大学を出た私は、私と年の差のない若いビル・ゲイツと直に顔を合わせる機会があった。あの狂人のような眼(後に発達障害だという診断で定着するところの)。弱肉強食のサバイバルのパラノイアの猛獣。大金持ちになりながらハンバーガーを片手に昼食時に仕事するビル・ゲイツこそ、まさにウェーバーのプロ倫的世界の体現者で、80年代半ばから米国はガルブレイスをやめてビル・ゲイツへと猪突猛進する。

c0315619_15030398.jpgレッセフェールへ、フリードマンへ、新自由主義へと奔走する。手にする武器は情報技術であり、打倒する相手はソ連と日本だった。その意味で、プロ倫を中産階級社会のイデーを論理化する根拠として使った大塚久雄は、やはり問題であり錯覚だという批判が当たるかもしれない。資本主義はそもそもミドルクラス的な本性を持たない。資本主義がミドルクラスに幸福な形態に収まるのは、国家が政策的に規制介入する契機(=社会主義)があってこそのことだ。それがわれわれの経験から言える社会科学的事実である。80年代後半、ソ連の人々は疲弊し、鬱屈と満が爆発する間際まで追い詰められていた。今の米国はどうだろうか。トランプのような男が大統領になってしまう社会病理の基層は何だろうか。何十人が射殺されたと事件が頻繁に起こり、犯人はみな精神的な障害を負っている。今、米国社会で生きることは重く厳しい現実であり、精神的に過剰にタフな日常だろう。俗にソ連は実験国家と言われるけれど、その性格は米国も同じで人類史の実験国家である点は等しい。実験の矛盾と重圧に耐えかね、ソ連が崩壊したように米国崩壊も十分にある。ソ連の場合は外側にモデルがあり、市場経済で民主主義の国になるという救済と展望が誰もに了解されていた。米国の場合は脱出口としての未来モデルがない。だから、米国が崩壊するときは内戦か第三次大戦という破滅になるだろう。

米国がサンダース的なマイルドで理性的な方向へ行くのか、自暴自棄的な戦争の地獄へ向かうのか、よく分からないが、そこには一点、マルクスが残した「最初に革命が起きるのは英国」という予言があり、すなわち資本主義の行方を考えることは、米国の今後を考えることと同義になる。リーマンショックから10年であり、株価もバブル的様相をきわめていて、そろそろ過剰金融恐慌(=金融バブル崩壊と金融危機)が起きておかしくなく、来年も米国の情勢から目が離せない。資本主義とはまさにメンタルヘルスの問題だ。日本も米国も。


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by yoniumuhibi | 2017-11-13 23:30 | Comments(3)
Commented by 長坂 at 2017-11-13 23:42 x
ロシア革命から100年、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェット、ジェフ・ベゾスの資産額の合計が、下位50%のアメリカ人の資産合計額を超え30兆円になったそうです。僅か3名が1億6000万人の合計資産以上の資産を所有しているアメリカ。自国にタックス・ヘイブン(デラウェア州やユタ州)を持つアメリカ。ピケティの「21世紀の資本」が2013年、あれから4年「累進課税の富裕税を」なんて念仏、もっと露骨で強欲に富の集中が続く。パラダイス・ペーパーの記事にありましたが現在の不公正、不公平はフランス革命時並みだと。だけどもうここまで格差が広がると革命や戦争で「解決」できるかどうか、結局金持ちの高笑いが、、、
Commented at 2017-11-14 01:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 七平 at 2017-11-14 11:34 x

何主義であろうと、ある政治や経済理念を施行する行政府、立法府、司法府が同一人物、および同一グループや世襲によって長期に続くと、必ず特権階級が育ち、歪な社会に変貌してしまうと過去の歴史が示しています。右、左を問わず、富と権力は必ず人間を腐敗させるからです。現安倍政権等は良い実例です。巣鴨刑務所から現在に至るまで、三代に渡り、コネと権力が継承されている故、彼の様な低能力者が首相の座に座っていられるのだと思います。トランプ対応を見て、他国の首脳は阿部晋三をBrown Noserと認定すると思います。 

米国の創始者 は、上記を踏まえ、権力の集中と横暴を防ぐため、随分知恵を絞っています。 大統領の任期を限定し、三権分立を盛り込んだ憲法を書き上げています。 実際、トランプの様な下品で無知な大統領が選ばれてしまいましたが、三権分立は今でも正常に作動しています。 又、第四権とも呼ばれる、Media も活発にトランプの言動を分析、批判しながら Informed Citizen を育成、維持しています。

米国の国内政治を48年間、肌で感じて今日に至っていますが、比喩的な言い方をすると ”腕の長いやじろべえが右往左往しながら、目的地に向かって蛇行している” と言い表せると思います。 腕の長さは米国での標準偏差の大きさを意味し、同時に安定性を示します。 右往左往は米国の解決策の求め方、 ”Solution through Confrontation" 即ち、 意見を戦わす事によって解決案を見出す方式を示しています。民主主義国家においては、国政が振り子のように揺れながら前進するのは当然だと思います。トランプが右に振ろうとした反動で、振り子はすでに左に振り始めています。

米国は桁違いの富豪を、過去にも今日でも輩出していますが、製鐵王カーネギーは、”金持ちのままで死ぬやつは馬鹿だ”と明言し、大半を寄付して他界しています。Bill Gates も Warren Buffet も 大半の資産をCharity に回してこの世を去るでしょう。超富豪が出ても、世襲にならない限り心配には及ばずと考えます。

三権分立、一人一票の不正無き選挙とInformed Citizen を維持する報道、言論の自由が維持される限り、大丈夫だと考えています。



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