伊勢崎賢治を「護憲派」と呼ぶ欺瞞と錯誤 - カーネルは取り替えられない

c0315619_15024799.jpg一昨日(24日)、プライムニュースに伊勢崎賢治が出演して、持論であるところの9条改定論を咆哮していた。現在の国連PKOに自衛隊を出せば、必ず現地で武装勢力と戦闘をせざるを得ず、相手の兵士や民間人を銃殺する事態に遭遇する。ところが、日本の自衛隊の場合は、国内では軍隊ではないので軍法会議の制度がなく、殺傷の責任が自衛官個人に負わされてしまう。だから、9条を改定して2項を削除し、自衛隊を正式な軍隊にせよという主張である。この言い草はどこかで聞いた覚えがあり、2015年6月に安保法制の関連諸法案が国会に上程され、衆院で質疑が始まったとき、野党側のトップバッターとして立った細野豪志が同じ内容を言っていた。当時、てっきり、国民の強い反対世論と憲法学者の圧倒的な反対論を背に受け、政府を糾弾する論陣を張るだろうと期待してテレビの前に座った私は、この法案じゃまだ不備があるから、自衛隊員が民間人を射殺できるよう法的保障を万全にしろと要求した細野豪志に唖然としたものだ。無論、この細野豪志の主張に賛同する世論はなく、マスコミ報道を含めて、駆けつけ警護そのものに反対する声が多数となって現在に至っている。プライムニュースでも、たまりかねた秋元優里が「それだったら無理に自衛隊を出さなきゃいいじゃないですか」と伊勢崎賢治に抗弁する場面があった。



c0315619_15034959.jpg伊勢崎賢治の主張は、現時点では国民一般の支持を得られない極論だろう。外務省のタカ派の官僚が言いそうな政策論である。実際のところ、伊勢崎賢治は、大学教授という立場で外務省と防衛省のタカ派官僚の代弁をして、世論の洗脳工作を行っていると言っていい。この主張は、自民党議員や岡本行夫や森本敏がやれば、ただちに左翼席から反発が上がり、自衛隊に人殺しをさせる気なのかと非難轟々の嵐となるものだ。だが、伊勢崎賢治がやると、誰も文句を言わず、ネットでも無視して黙認の反応となってしまう。伊勢崎賢治に左派の論者というイメージが定着しているからで、「世界」や「週刊金曜日」に常連の売れっ子文化人だからだ。世間では、伊勢崎賢治は護憲派の国際政治学者という評判になっていて、心酔している左翼が多い。だが、言っていることは明らかに9条改定論であり、安倍晋三が唱えている自衛隊明記論と同じ中身である。所謂、左からの「新9条」だ。そして、細野豪志と同じ政策論である。この伊勢崎賢治の立場が、どうして護憲派という定義になるのか、左翼から熱烈に支持されるのか、私には全く理解できない。どうして、伊勢崎賢治は改憲派の範疇に属せしめられないのだろう。「護憲派による9条改定論」などという、途方もない恥知らずな欺瞞と詭弁が左翼の世界でまかり通るのだろう。

c0315619_15044021.jpg日本国憲法は平和憲法と呼ばれる。前文を読めば、その意味は誰にも明らかで、その意味は小学校6年の教室で教えられる。この憲法の核心は前文と9条のラディカルな平和主義にある。戦争の放棄だけでなく武力の放棄を明記している。憲法全体を閲読したとき、気づくのは、9条だけが特別に第二章「戦争の放棄」として独立している点であり、9条が特に意味と価値が重く、国家の基本原則として優先度が高い特徴が分かる。9条は、第三章の「国民の権利及び義務」の人権カタログに先行して置かれている。このことは、実を言うと、丸山真男の『憲法第九条をめぐる若干の考察』を読むまで私は明確に意識することがなかった。大学1年の基礎法は別冊ジュリストの憲法判例を精読する演習だったが、9条は平和的生存権として基本的人権の一つにフラットに位置づけられ、他の人権条項に優先する別格のものだという教育ではなかったのである。憲法には前文に基礎づけられた構造があり、プライリティがある論理構成になっているのだという初歩的な事実を、私は憲法学者ではなく政治学者の丸山真男に教えてもらい、爾来、その認識と教理を信条としている。すなわち比喩的に言えば、9条は日本国憲法のカーネルであり、カーネルは取り替えることができない。もう一度、伊勢崎賢治とその信奉者に言う。カーネルは取り替えることができない。

c0315619_15215115.jpg番組の中で、伊勢崎賢治は、自衛隊は英語で Self-Defence Force であり、Forceとは戦力なのだから、外国人にこれを戦力ではないと言っても理解してもらえるはずがないと言い、9条2項を削除しろという結論を補強していた。伊勢崎賢治に言いたい。それならば、憲法9条を変えるのではなく、自衛隊の英訳を公式に変えればいい。Self-Defense Organization と英語表記を変更すればいい。確かに、伊勢崎賢治の言うように、Self-Defense Force と名乗ってPKOに部隊を出している組織が軍隊ではなく、国内に軍事法廷がないというのは、辻褄が合わない異常な法制度状態だろう。であれば、憲法を変えるのではなく、英訳を変えればよいではないか。国民投票をする必要もない。政府の事務処理だけで簡単に済む。自衛隊は正式には軍隊ではないのだから、それを Force と英語表記することが間違いで、海外の人々に誤解を招く元である。だから、憲法に従って防衛行政の手続きを変えるべきだ。さらに、加えて伊勢崎賢治に言いたいが、自衛隊が事実上の軍隊でありながら、正式には戦力ではなく、軍隊としての法的認定と運用はできないのだと、これまで日本の外交官や自衛隊幹部が海外で説明してきた事実を、伊勢崎賢治は正しく了解しているのだろうか。説明しにくい矛盾を必死で説明し、国是たる9条と自衛隊の関係の理解を外国の当局者に促してきた彼らの努力と苦労を、伊勢崎賢治は真面目に考えているのだろうか。

c0315619_16021679.jpg本来、国際政治学者である伊勢崎賢治こそが、国連PKOの日本代表として日本政府職員の身で派遣された際、国連の若いスタッフや、各国部隊の将校に対して、日本の戦後史と憲法9条を説明し、理解を調達しなくてはいけないのではないのか。政府職員は国家公務員なのだから、憲法遵守義務があるのは当然である。ところが、伊勢崎賢治は、全く逆の言動をしていて、憲法が間違っているから憲法を変えろと言っている。これは、右翼の論者が言っていることと同じだ。外務省のタカ派の本音を代弁し、左翼リベラル層を含む国民一般を説得して巧みに世論誘導する調略をやっている。伊勢崎賢治のような主張があるのは構わない、というか、それは言論の自由の範疇だろう。だが、問題なのは、この露骨なタカ派の改憲論をプロパガンダしている男に対して、左翼が「護憲派」の評価と表象を与え、護憲派の論者の代表格のような扱いで重宝し、集会や媒体に頻出させてうやうやしくご託宣を拝聴していることだ。いったい、護憲派とは何なのだろう。どうやら伊勢崎賢治本人も、自らを護憲派だと自認しているようで、その倒錯と欺瞞に私は目眩を覚える気分になる。「新9条」の扇動と宣教に余念のない、東京新聞の佐藤圭やマガジン9条の鈴木耕も、自己の立場を護憲派だと考えていて、「護憲派による9条改定論」などと意味不明な自家撞着を平然とやっている。護憲派の意味がスリカエられ、改憲派が護憲派に収まっている。

c0315619_16010234.jpgそうした深刻な矛盾について、左翼の中で自問や反省が起きておらず、誰からも異論が上がらない。しばき隊とSEALDsも「新9条」への賛同を明言しており、9条2項を削除せよと吠えている。左翼世界全体が、きわめて自己欺瞞的に、信号の赤を青だとして、赤信号の横断歩道を手を繋いで一斉に渡っている。脱構築に進化(=退化)した現在の左翼にとって、土井たか子的な9条護持は古臭くカビ臭い戦後左翼の妄執であり、国民主義と総力戦体制と右肩上がりを引き摺った偏屈と悪弊であり、そうした「古い護憲派」の態度はゴミ箱に棄てないといけないらしい。08年に幕張で「9条世界会議」が開催されたが、その後、急速に「新しい護憲派」の台頭と跳梁跋扈が始まり、9条改定を公然と提起する者を護憲派と呼ぶようになった。その欺瞞の変節史に大きな機動軸の役割を果たしたのが、鈴木耕のマガジン9条であるに違いないが、その詳細の解読と分析については、また別の機会に論考を試みよう。最後に伊勢崎賢治への反論として上げたいのは、自衛隊が尖閣を防衛するときでも、今の9条2項の法体系のままでは自衛隊員が中国兵を射殺することができず、また、戦闘の巻き添えで中国漁船の民間人を射殺したとき、自衛隊員が殺人罪に問われるではないかと脅した問題についてである。そもそも、憲法は国家間の紛争は話し合いで解決せよと言っていて、尖閣は領土問題だから中国と平和的に協議して外交で解決すればよいだけだ。

c0315619_16034563.jpg尖閣問題の解決は、防衛省ではなく外務省の任務と使命である。肝心の外務省が何もせずサボっていて、日米同盟真理教の勤行ばかりに耽っているから、防衛省と国交省が厄介な仕事を現場で負わされている。生命のリスクを負わされている。尖閣問題の解決など簡単で、元の棚上げに戻せばいいだけのことだ。首脳会談のアグリーメントで、尖閣は現状を維持し、10年後にあらためて協議するとし、特に何もなければ現状維持を続けて更新すると決めればいい。そして、ガス田開発を共同で進める計画を詰めればいい。現状を維持するとは、2011年以前の原状のステイタスクオであり、すなわち日本の実効支配を中国が認めるという結論であり、無人島である尖閣に日本側が余計な手出しをして中国側を刺激しないという合意である。台湾を含む漁業権の問題については、別途、三者の実務当局者で話し合って線引きするということだ。何も、わざわざ戦争をおっぱじめて、中国兵を射殺したり、民間の漁船乗組員を射殺したり、軍事法廷を開いて自衛隊員の処分をどうするか決めるだのの必要はない。それでは、尖閣で不慮の衝突が起きた場合はどうなのだと、伊勢崎賢治と信奉者は尋ねてくるだろう。それについてはこう反論できる。最前線で中国公船と対峙しているのは保安庁の職員と巡視船であり、銃撃なり被弾を伴う衝突の事態が最初に発生するのは保安庁の警備活動においてだ。自衛隊ではない。

16年前、2001年の九州南西海域工作船事件のとき、奄美沖に出現した北朝鮮の不審船に対して保安庁の巡視船が交戦したことがあった。威嚇射撃を行って停船命令を出しても不審船は応じず、逃走を図り、さらに自動小銃で反撃応戦する展開となったため、海保は20ミリ機関砲と64式小銃による危害射撃を浴びせ、加えて2発のロケット弾を発射、結局、激しい銃撃戦の末に不審船は自爆して海底に沈没する。このとき、警察官職務執行法を準用した海上保安庁法が適用されていて、つまり、正当防衛の行為として保安庁職員は責任を問われることはなかった。尖閣の場合も、不測の事態が起きるときはこうした小競り合いの勃発であり、そこからすぐに日中両政府による外交交渉という進行になる。最初から自衛隊の艦船と部隊が出動するわけではない。まして、海上で操業する中国漁船団を相手に、自衛隊が武力を行使するなどあり得ない話ではないか。どこからそういう話が出るのだろう。海保の職員が現場で体を張って任務を遂行しているのに、伊勢崎賢治の主張は、それを無視した、憲法9条改正を目的とする侫悪な政治的発言である。


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by yoniumuhibi | 2017-08-26 23:30 | Comments(1)
Commented by flintlock at 2017-08-29 15:11 x
2015年の筑波大教授の論文で、憲法9条(前文も含め)の策定過程で、各当事者がどのような意図で条文を検討したのか、詳細な分析がされていました。


「日本国憲法の平和主義と、安全保障戦略」
平山朝治 筑波大学人文社会系 教授
(URLを記載すると弾かれましたが、検索すると出ます)

論文冒頭にこう述べられています。
「憲法第9条第2項は、集団安全保障が完全に有効であることを条件として強制力を発揮するプログラム規定であるというのが、その立法趣旨である。このことは、マッカーサーの意図に基づくGHQ草案形成プロセス、議会における吉田首相の答弁や芦田修正の経緯からわかる。」

その立法趣旨は、GHQ、日本政府だけでなく、極東委員会において連合国各国にも共有されていたことが、文民条項をめぐる議論から見て取れます。

けれども、衆議院や貴族院にはその趣旨が明示されず、国民にも明示されませんでした。日本国憲法の施行当初から、大きなねじれを抱えていたことになります。


これは私の論点ですが、日本国憲法は軍備を否定していますが、他国軍の駐留や、軍事同盟についての規定はありません。連合国(国連)の軍事力を背景とする国際秩序を、国民は肯定していたのではないでしょうか。

「平和を愛する諸国民の公正と信義」とは、当時においては日本のファシズム政権を倒した連合国の政府と国民を意味するはずです。ポツダム宣言や極東国際軍事裁判を肯定し、さらに突き詰めると、原爆投下をも、他に手段が無い場合の最終手段として容認する立場ではないでしょうか。


オバマ前大統領のノーベル平和賞授賞式演説では、軍事力行使が容認される条件をテーマとしています。その演説の思想と、日本国憲法の平和主義との共通性について、下記のブログ記事が指摘しています。


「日本国憲法の平和主義とオバマ米大統領の平和思想」
(URLを記載すると弾かれましたが、検索すると出ます)


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