保守派を取り込めなかった共謀罪反対運動 - 世論を攻略できぬまま敗北

c0315619_15024178.jpg共謀罪法案が、徹夜国会の末に今日(15日)の朝に成立した。昨夜(14日)、報ステに生出演した田原総一朗が共謀罪について持論を述べる場面があり、開口一番、これは岸信介が成立を目論見ながら断念に追い込まれた警職法であり、安倍晋三は岸信介の怨念を晴らすべく憲法改正の前に共謀罪(=警職法)を仕掛けてきたのだと謎解きをしてみせた。共謀罪を解読する政治思想史的な洞察として、なるほどと腑に落ちる。他のコメントは耄碌爺の与太話に終始したが、この指摘と認識は本質的で正鵠を射ていると思う。もっと早くこの視点がマスコミで論議されるべきだった。1958年10月、逆コースを突っ走る岸信介が、警察官の警告・制止・立入りの権限を強化し、令状なしの身体検査や保護を名目とする留置を可能とするところの警察官職務執行法改正案を突然国会に上程。これに護憲団体などが猛然と反発して警職法改悪反対の共闘会議を結成して対抗、それが巨大な国民運動に発展し、10月から11月にかけて5波にわたる統一行動が実施され、11月5日には400万人がスト・職場大会・街頭抗議行動に参加、遂に成立断念に追い込むという出来事があった。この反対運動の経験と成功が、2年後の60年安保闘争の爆発に繋がり、岸信介は退陣に追い込まれている。



c0315619_15025521.jpgこの警職法反対闘争は、戦後の政治史の中でも重要なもので、大学1年の基礎法の「憲法判例」演習でも何度か登場したが、特に具体的な訴訟があって判例が出た憲法問題の事件ではなく、いわば傍流的な歴史的事実だったため、手短に触れられる程度だった。が、傍流の問題でありながら、何度も何度も、まさに執拗低音のように、基本的人権の憲法判例を学ぶときに繰り返し教官の説明で出て来る事件でもあった。丸山真男集に収められた論文や談話の中でも、警職法反対闘争は頻繁に顔を出す。よく顔を出すけれど、闘争について概説や詳論したものはなく、それは「憲法判例」の基礎法ゼミでの配役と同じく、周辺的で、断片的で、あ、またこれが出て来たという感じの、遠くに聞こえて繰り返される小さな執拗低音の範疇だった。前回、11年前に共謀罪が出され、国会の会期末に流産した件を記事に書いたが、そのときも、法案を強引に押し通そうとしたのは官房長官だった安倍晋三である。小泉純一郎ですら、廃案になってよかったと直後に感想を漏らしているのを見ると、安倍晋三がいかに共謀罪 - 治安維持法・警職法改正の嫡流である治安立法・弾圧立法の制定 - に執念を燃やしていて、そして自民党の中で浮き上がっていたかが分かる。

c0315619_15030781.jpgそしてまた、安倍晋三と同じように、現在の呼び方で言えば日本会議系の極右反共の者たちが警察官僚の中にいて、岸内閣当時の警察官僚の志(DNA)を引き継ぎ、いつの日か頓挫した警職法のリベンジを果たそうと虎視眈々と狙いつつ、ハト派路線に舵を切って続いていた自民党政権時代を雌伏してきたことが分かる。治安維持法の復活を当然視し、それを悲願とする警察官僚の毒々しい内面は、核兵器の保有を渇望し、それをもって国連常任理事国に復活しようとする外務官僚の飽食的野望と同じだ。戦後の日本国憲法の体制を打倒し、戦前日本の理想郷に回帰すべく、国権主義を拡張しようとする日本の官僚たち。そのあたりの問題は、保阪正康がサンデー毎日の記事 - 大日本帝国を呼び戻す共謀罪は治安維持法の再来だ!- の中で触れている。コンパクトな文章だが、歴史家による当を得た共謀罪批判であり、こうした議論がテレビの報道番組で提起されなかったことを残念に思う。共謀罪の法律論を法学者が説明する場面もなかったが、歴史家が治安維持法をテレビで教育する場面もなかった。日弁連やペンクラブは反対の論陣を張って奮闘したが、もっと、保阪正康のような保守の立場の有力者が、国民に共謀罪の正体と脅威を啓蒙する機会があってよかった。

c0315619_15032151.jpg例えば、昭和史の半藤一利。今回の共謀罪の議論では姿を見せていない。治安維持法について若い世代に説明して欲しかった。あるいは、元特捜部のヤメ検弁護士の堀田力。共謀罪についてどう考えているのだろう。それから、微妙なところかもしれないが、五百籏頭真はどう反応するだろう。同じく微妙な候補だが、91歳の元官僚の石原信雄の見解はどうだろう。これまた微妙であるに違いないが、榊原英資はどうだろう。2年前の安保法制のときは、穏健保守の立場の官僚OBたちが反対論に回って世論を説得する図があった。元内閣法制局長官の阪田雅裕とか、元自衛隊幹部の柳澤協二が正論を述べた。今回の政治戦を見ていて、共謀罪を廃案に追い込む側に欠けていたのは、保守派や中間派を取り込んで行く作戦と努力だろうと思われる。この人は共謀罪についてどうだろう、まさか鉄面皮に賛成論は言うまい、ひょっとしたら反対論を言ってくれるかもしれないという面々に、反対派は積極的にアプローチして発言を求めなかった。誰だって、安倍晋三に睨まれたくないし、政府の敵にはなりたくないだろうし、立派な勲章は欲しいだろう。だが、共謀罪について賛否を問われたとき、地位を築いた文化人が賛成論にコミットすることは憚られるのであり、正当化する理屈を並べるのは簡単にはできないことだ。

c0315619_16365519.jpg私はそう思う。であれば、積極的に保守派の著名文化人をリストアップして、共謀罪への賛否の発言を求めればよかった。今回は小林よしのりが反対派に陣取っている。11年前はその役割を櫻井よし子が務めていた。櫻井よし子が国会参考人となって反対論を開陳したくらいなのだから、保守系論者であっても、その気になれば誰でも気軽に反対に手を挙げることはできたはずだ。要するに、安倍晋三を支持して追随するかどうかという問題なのだ。もし、そんな形で、次から次へと保守の論客が反対を言い、池上彰が反対の旗をマスコミで振る状況になっていれば、NHKの世論調査で賛成が29%で反対が23%などという結果になることはなく、賛否の比率は逆転していたと思われる。その政治を作ることは可能だった。私から見ると、反対派は政治の機会損失をしていて、戦略的に柔軟に勝つ方策を練っていない。TWのアジテーションとデモばかりやっている。しばき隊学者が司令塔になり、過激で硬直した安倍批判をリピートし、共謀罪反対の世論を左翼の溝にキャナライズしていた。マスコミが共謀罪についてまともに論評したり価値判断することを忌避していたため、共謀罪をめぐる議論の主戦場はネットになったが、そこは最早、右翼と左翼が殴り合う戦場で、共謀罪に消極的反対の者は、左翼の反安倍ツイートをRTするかどうかという選択になっていた。

c0315619_15040335.jpg共謀罪反対派の陣営が左翼色を濃くし、反安倍の気勢を上げて「野党共闘」の方向へ回収することばかりに集中したため、共謀罪の刑事法制そのものを客観的に検討する契機が弱くなり、そこに保守派や穏健派が寄る足場がなくなって、中間派をグラデーション的(アナログ的・漸次的)に反対派の側へ包摂することができなかった。反安倍の側は、2年前の安保法制の政治戦に続いて、またしても手痛い敗北を喫したことになる。半年もかけて賛成世論を切り崩せなかったのは、正しい報道をサボったマスコミの所為だけでなく、やはり反対派の側に何らか戦略戦術のミスがあったと考えるべきだろう。私は、小池百合子に共謀罪の賛否を尋ねる戦術はどうかと提案したが、質問をぶつけて絵を撮ろうとした記者はいなかった。半年という長い時間があったのに、どうして中間派を反対派に引き寄せることができず、多少とも良識のある穏健保守や影響力のある論者から共謀罪反対の声を上げさせることができなかったのだろう。共謀罪反対の運動が、国連人権委員会の後押しまで受けながら、国民世論に訴えて多数派を形成できず、少数派にとどまって安倍晋三に敗北したことに私は納得がいかない。
やり方があったはずだ。


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by yoniumuhibi | 2017-06-15 23:30 | Comments(0)


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