「震災から6年」の与良正男の暴言 - 脱原発の気運はどこで挫けたのか

c0315619_16464598.jpg震災から6年の特集を放送した12日のサンデーモーニングで、与良正男が聞き捨てならないことを言っていた。原発事故の直後に政府と東電が情報隠しに奔走した映像が流れたが、与良正男が、何を思ったのか、次のように言い放ったのだ。「あのとき、メディアは情報隠しをしていると批判されたが、そうではない。分かっていて隠したわけではない。何が起きていたか僕も分からなかったし、専門家も、日本全体が分かっていなかった」と。この自己正当化の言い訳の言葉は、事故後も何度も聞いた覚えがあるし、与良正男もどこかで発言していたかもしれない。しかし、6年後の今も、こんな身勝手な愚痴を平気で言いのける与良正男の神経はどうなっているのだろうと唖然とする。この男は幼稚だ。安倍晋三と同じで、幼稚園児のような未熟な精神性のままで還暦に達している。与良正男が無知で、そのとき何も状況を理解できなかったことは事実だろうし、わざわざ言うまでもないことだ。だが、科学的な知見を持ち、事故の内実を的確に推測できていた専門家は少なからずいた。広瀬隆がそうだし、田中三彦がそうだし、小出裕章がそうだ。与良正男の言う、専門家も分かっていなかったという主張は真っ赤なウソだ。



c0315619_16465716.jpgマスコミが問題だったのは、政府の説明をそのまま垂れ流し、メルトダウンはしてないだの、放射能は出てないだの、格納容器は健全に保たれているだの、そういう嘘八百をそのまま報道して国民に伝えていたことだ。事故についての政府と東電の発表が、そのままマスコミの報道となりメッセージとなっていて、政府発表を合理化して事故を隠蔽する御用学者ばかりがテレビに登場した。マスコミが本当に公平中立であるなら、そして、新聞記者からテレビに天下った論者ふぜいが何も知らず、視聴者国民のために正確さを期すべく謙虚に誠実に報道をしようと思ったのなら、政府や御用学者の説明と並んで、両論併記で、広瀬隆や田中三彦の説明を紹介するべきだっただろう。それが、無知なマスコミ幹部がするべき判断と行動だった。だが、マスコミはそれをせず、斑目春樹と西山秀彦の嘘八百を国民に伝えたままだったのだ。だから、公開されているデータを根拠にして科学的に解析し、メルトダウンの発生を看破した広瀬隆などの指摘がツイッターで拡散し、説得力を持ち、国民の間で広く支持されて行ったのだった。何が起きているのか分かっていた専門家はいた。そうした専門家をマスコミが排除し、無視していただけだ。あのとき、日本でツイッターの言論空間が確立した。マスコミとは別のもう一つの言論機関ができ、市民社会に地位を占めた。

c0315619_16471060.jpg6年後の、与良正男のこの発言には脱力させられる。マスコミが東電と御用学者に手を貸していたことが反省されてない。福島の事故の報道で、マスコミは初動でどうするべきだったかが正しく総括されてない。事故隠しにマスコミが加担してしまった結果責任が自覚されていない。反安倍の旗幟の下でサンデーモーニングでコメントする与良正男ですら、あのときの原発事故報道は仕方なかったという態度のままでいる。自分たちの犯した深刻な過誤を正視しておらず、マスコミが政府のイヌになって大本営報道をしたために、真相が伝わらず、被曝しなくてもよかった福島の人々が被曝してしまったのだという悔悟の念がない。SPEEDIについても、事故直後からネットで情報が上がっていた。SPEEDIという文科省のシステムが動いていて、放射能の拡散予測を行っていることを、私はネット情報で初めて知った。あのとき、ツイッターで流れていた知識人の警告や訴えを、少しでもTBSが関心を持って内在的に取り扱い、バランスを取った評価で報道していたら、浪江町の人々は汚染濃度の高い北西方向へ避難して滞在するという行動は採らなかっただろう。また、極度に汚染されていた飯舘村に1か月も避難指示が出されないということはなかっただろう。与良正男が何も知らなかったのは事実だが、何も知らなかったから責任がないということにはならない。

c0315619_16472210.jpgさて、番組中、関口宏が、何でこうなったのだろう、いつからこうなったのだろう、と口にする場面があった。6年前、原発事故が起こり、直接の被災者でなくても深刻な体験をし、日本人は脱原発を希求する意識になり、国論は脱原発の方向へ舵を切ったかに見えた。だが、喉元すぎれば熱さ忘れるなのかどうか、今では、あの頃は夢中になった「節電」のライフスタイルすら個々が本当に維持しているかすら怪しい。2012年以降、原発推進の安倍晋三を4年間で4度も国政選挙に勝利させ、脱原発の民意を選挙に反映させることができず、政策転換を果たして福島の被災者に報いることができなかった。2013年9月から原発ゼロの状態に入り、そのまま2年を過ごし、原発なしでもやっていけることを体験で証明したにもかかわらず、サンデーモーニングで紹介したように、2014年の政府のエネルギー計画で原発をベースロード電源とする方針を決定させ、全体の20-22%を原発で賄うという方向にしてしまった。全体の22%を原発で賄うということは、福一と福二以外の全国の原発をすべて再稼働させるという意味ではないか。元の木阿弥だ。放射性廃棄物は増え続ける。関口宏が溜息をつくのはよく分かるし、あまりにも無節操のように思われる。どうして、いつからこうなったのだろう。6年間を振り返って、私なりに関口宏の疑問に対する回答として言いたいことがある。

c0315619_16473263.jpg転換点はあったと思う。脱原発が挫折した瞬間があった。先週号の週刊金曜日は福一原発事故の特集で、小出裕章が『フクシマの苦難は続く』と題した記事を寄せていて、末尾にこう書いている。「環境を汚染している放射性物質の主犯人はセシウム137であり、事故後6年たっても解除できないままの原子力緊急事態宣言は、今後100年の単位で解除できない。それなのに、この国はオリンピックが大切だという。フクシマを忘れさせるため、マスコミは今後ますますオリンピック熱を流し、オリンピックに反対する輩は非国民だと言われるときがくるだろう」(P.19)。小出裕章は東京五輪の開催決定が転機だったと考えているようだ。ブエノスアイレスのIOC総会で2020年の東京五輪が決まったのは、2013年9月のことで、ちょうど原発ゼロが始まったときだ。確かにこの時期を転換点と考えるのは正鵠を射ている。瀬戸内寂聴とドナルド・キーンが東京五輪に猛反対したのは、2014年の正月に放送されたテレビ番組の中でのことだった。私なりに、これが政治的転換点だったと思うのは、2014年2月の東京都知事選である。あの選挙は、脱原発を争点にしようとした選挙だった。それまでずっと脱原発で論陣を張ってきた文化人たちが、細川護煕を担ぎ、小泉純一郎の支援を得て、万全の構えで政治の決戦に打って出た選挙だった。鎌田慧、広瀬隆、河合弘之、澤地久枝、湯川れい子、瀬戸内寂聴。

c0315619_16481037.jpgだが、左翼政党はこの動きに乗らず、独自に宇都宮健児の支援を決め、反原発勢力は二手に分かれて骨肉の戦いを演じ合う羽目に陥ってしまう。獰猛に、卑劣に、凶悪に、ネットで細川陣営を誹謗中傷して潰すマヌーバーと暴力を仕掛けたのは、宇都宮健児の親衛隊となって活躍した、売り出し中のゴロツキ集団のしばき隊だった。ここで二つに割れて以降、反原発の動きは一気に萎縮し、広瀬隆は表に出なくなった。鎌田慧、広瀬隆、河合弘之といった、それまで反原発の世論を喚起し運動を引っ張っていたオピニオンリーダーズの影が薄くなった。それに代わって、しばき隊(Redwolfの反原連)が主導権を握る形勢となる。そこから3年経った。今では、3.11以降の反原発の動きというと、しばき隊(Redwolfの反原連)が表象の中心に居座り、鎌田慧や広瀬隆や河合弘之が活発に動いていた経緯は念頭に上らなくなっている。大江健三郎や「さようなら原発」の大集会が忘却されてしまっている。どうして6年の間に反原発の気運が薄れたのか、あれほど強い国民の意思だった反原発の声が弱くなったのか。6年も時間が経つと、人は政治の中身を丁寧に考えられなくなる。自然現象のように観念して処理してしまう。だが、政治は自然現象ではない。2014年の東京都知事選が大きかった。あの局面での反原発勢力の分裂が決定的な事件だった。左翼政党(共産と社民)が、なぜ宇都宮健児を担がなくてはならなかったのか、今でも私は理解できない。

ヘゲモニーとセクト主義の論理だけが彼らの動機であり、組織の維持だけが彼らが分裂選挙を強行した理由だった。



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by yoniumuhibi | 2017-03-13 23:30 | Comments(3)
Commented by 須田 at 2017-03-13 22:20 x
鹿児島の知事も方針転換しましたし、新潟ではまだのようですが、その新潟の知事選で野党共闘が反原発を旗印にする流れが少しは強まったのかな、と思ったら、今回の民進党の党大会に至る体たらくでしょう。曲折あっても、全般的にはそういう流れなんですよね。そして、なぜかあまり大きな話題になってない気がするのですが(したくない人がいる?)、共産党の「再稼働『条件付き反対』提唱」というのが出てきました。何が起こっているのやら、という感じです。
Commented at 2017-03-13 23:21 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 愛知 at 2017-03-14 03:30 x
福島原発事故を当時担当していた複数の新聞記者が何が起こっているのか全く分からなかったと発言。今日のNHKTVで相当な地位の専門家が当時は組織が成り立っていなかったと。全てが想定外でしたという含みなのだろうが、そうじゃないという人がどこかにいるはずでそうでなければ又同じ事が起こる。内海桂子師匠(大正11年生まれ)が3月12日にツイートしておられ。その前の「教育勅語」に関するツイートも考えさせられました。今回の記事で、6年前、東京に住む長男に米やら電池やらを送ったことを思い出しました。井上ひさしが『吉里吉里独立す』をNHKラジオ小劇場のために書いたものの、東京オリンピック(1964年)開催による愛国的機運の中で不評を蒙り、担当のディレクターが左遷される結果に(ウィキから)―――こんなことをいつまで繰り返すのかと、鼓腹撃壌の身乍ら思っております。


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