上野千鶴子の「移民政策は無理」論 - 不当な「排外主義」のレッテル貼り

c0315619_16484601.jpg先週、上野千鶴子が建国記念の日に中日新聞に寄せた談話をめぐって、ネットの中で大きな議論が巻き起こった。上野千鶴子の主張は、大きく整理すると、(1)移民政策は日本では不可能なのでやめた方がいい、(2)日本は衰退を受け入れるしかないから平等に貧しくなろう、の二つである。二つの主張について左翼から轟々たる非難が上がり、現在でもその余韻が残っている。中日新聞に載った上野千鶴子の議論は、アカデミーの大御所様の意見として、何やら杜撰で無責任な誹りを免れないものがあると私も思うが、政策論として見たとき、重要な問題提起を発していて、今後の日本の経済政策を考える上での思考材料を提供したことは間違いない。移民の大量受け入れに舵を切るべきかどうか、そろそろ政策判断を迫られているときだという点は私も同感だ。その意味では、世論を喚起する刺激的な一石をビッグネームが投じたと言えよう。残念なことに、ネットでは話題が集中して侃々諤々されながら、議論をフォローするマスコミ報道が一つもない。朝日新聞がこの問題を紙面に取り上げないのは顰蹙だろう。結論から言えば、私は、(1)については賛成であり、(2)については反対である。



c0315619_16491718.jpg日本で大量の移民を引き受けるのは無理で、移民政策に踏み出すべきではないという判断と立場には同意である。が、日本は人口減少で衰退しかないから、移民を受け入れない以上、平等に貧しくなるしかないとする展望と対策には同意しない。これはあまりにも能がない軽薄な主張で、高齢化と人口減少をイコール貧窮の宿命的条件と決めつけている点が幼稚すぎて呆れる。議論の前提そのものが、経団連(新自由主義)の土俵に乗ってしまっていて、経済学的に問題を分析する視角が完全に欠落している。左翼の側がこんな愚論を言っているから、アベノミクスが繁盛するのであり、右翼の安倍晋三に支持が傾くのであり、具体的には間違いだらけであっても、GDPを600兆円に上げると言い、政策の中身を揃えている素振りを見せる安倍晋三に国民は期待を寄せてしまうのだ。「諦めて貧しくなりましょう」では政策論にならず、オルタナティブにならない。この上野千鶴子の主張は、年末から年始にかけて、小熊英二と朝日編集部と長谷部恭男・杉田敦が垂れていた説教と基本的に同じだ。中間層の生活水準に戻ろうなどと甘い夢を抱くな、低所得の貧乏生活で我慢しろ、観念を切り替えて現実を肯定しろ、という宗教的訓導と同軌のものである。

c0315619_16493659.jpg上野千鶴子の(1)の主張について、移住連という名の外国人移民を支援する団体がクレームをつけ、上野千鶴子に公開質問状を出すという挙に出た。その抗議の内容は、今、せっかく政府(総務省)が多文化共生社会の取り組みを進め、外国人技能実習制度によって実質的な労働開国を進めているのに、上野千鶴子の発言はそれに水を差すもので反動的な暴論だとする批判である。そして、排外主義的な論理に取り込まれ、単一民族神話の言説を助長するようなナショナリズム的な発想だとして糾弾している。この移住連の批判に対して、上野千鶴子は2月16日に自身のブログで反論を上げ、中日新聞に載って注目を浴びた持論を補強する形で詳しく議論を展開している。その中で、それでは、経団連が推進する「移民1千万人時代」については移住連はどう思うのか、その推進に賛成するのか、それが本当にうまく行くのか、移民と日本人全体に福利をもたらす方向なのかと逆に問い返している。移住連の主張に対して「理想主義」という言葉を与えていて、すなわちリアリズムを欠いた空論だと反批判している。私は、この上野千鶴子の移民慎重論と同じ観点に立つ。欧州先進諸国で行き詰まった政策を、日本が今から後追いして同じ矛盾に悩もうとするのはナンセンスきわまりない。

c0315619_16495524.jpg移民政策は無理があるからやめようという主張が、どうして排外主義のレッテルを貼られて糾弾されなくてはならないのか、私には理解できない。移民受け入れを始めれば、当然、移民は日本人労働者が嫌がる3K職場に低賃金で就労する動きになり、経団連(新自由主義)の思惑どおりの進行となる。日本の雇用現場における実質賃金を引き下げる方向に作用する。単に人手不足を補うとか埋めるとかのハッピーエンドで済むはずがなく、2000年代に外国人労働者(中国、フィリピン、ブラジル)を製造業の派遣現場に投入して生じた帰結のように、全体と平均の労働条件が悪化するのは火を見るよりも明らかだ。労働者の権利が確実に切り下げられる。現在のような、企業業績がまずまずで雇用が安定している間はまだいい。が、リーマンショックのような経済危機が襲来し、雇用が厳しい状態に一転したときは、外国人労働者が切られ、日本人労働者が劣悪な地位・待遇で働かなくてはならない羽目になる。さらに、地域社会は学校教育や住民サービスで余計な負担を強いられる事態になり、そのコストを住民が払うことになる。移民の流入は地域コミュニティを変質(混乱・荒廃)させ、昔からの住民にストレスを強いる。多文化共生社会と言うと聞こえがいいが、それは地域住民が自ら望んだものではないのだ。

c0315619_16500773.jpg移民政策がもたらした弊害は、上野千鶴子が指摘するとおり、ヨーロッパの先進国で顕著であり、矛盾が積もり積もって一般の住民(労働者)に拒否されるに至った。多文化共生の理想主義だけでは国家も社会もやっていけないことを、昨年EUに反乱を起こした英国が示している。まさか、移住連も左翼も、英国国民の半数が排外主義の右翼だと罵ることはできないだろう。上野千鶴子が挙げる移民の否定的将来像の観測は、もっぱら、右翼によって民族差別の暴言を吐かれたり、嫌がらせを受けたり、外国人移民の側が蒙るヘイトの人権侵害にフォーカスした問題系となっている。だが、トラブルに巻き込まれたり、仕事と収入の劣悪化を押しつけられるのは、それを半ば覚悟して日本に入って来る移民だけでなく、この国に元から暮らして働いている日本人の弱者であり、だからこそ移民政策は問題が大きいのだという本筋の正論を、われわれはもっと声を大にして言わなくてはいけないだろう。移民奨励、労働の移動の自由化という政策は、基本的に市場原理の新自由主義の政策であり、資本が要求する政策であり、労働者が要求する政策ではない。移民を美化するのは、資本の論理であり、その宣伝工作に労働者の側が乗っかってはいけない。政府が進める多文化共生主義は、実際には、資本に奉仕する政策とイデオロギーである。

c0315619_16502077.jpg最近の左翼は、しばき隊を筆頭に、経団連よりも貪欲に移民を受け入れる立場になった。昔の社会党や共産党がそんな政策を担ぐなど考えられないことだが、今の左翼は外国人移民が大好きで、日本の人口に占める移民の比率が高まれば高まるほど、人種が複雑に混ざれば混ざるほど、日本が黄金の市民社会へと発展を遂げ、夢のリベラル王国が完成して幸福がもたらされるかの如くである。いつから、そんな教義と信仰が左翼の世界で広まったのだろう。浦島太郎の気分だ。そうであるなら、昔の社会党や共産党も移民政策の推進を綱領と公約に掲げて欲しかった。しばき隊や最近の左翼の論議を聞くと、とにかく、異なる民族の血が混じることが社会形成の普遍的方向だという強固な信念がある。アメリカ合衆国のような「人種の坩堝」の国家と社会こそが理想型で、日本はどうしようもなく愚蒙なガラパゴスの牢獄で、悪魔のイデオロギーたる単一民族主義が支配する暗黒の泥沼で、早くアメリカのような国に脱皮変身しなくてはいけないという動機と情熱で身を焦がしている。しかし、この言説は、少し前、ビッグバンだの、日本版ビルゲイツだの、勝ち組負け組だの言っていた、竹中平蔵や大田弘子らの口調とそっくり同じではないか。私は、従来から、左の脱構築主義と右の新自由主義とは、経済政策が同じだということを口を酸っぱくして言ってきた。

そして、私は、こうした米国モデルの多民族混合主義に盲目的に固執し帰依するしばき隊の態度を、脱構築のカーネルの上のシェルの一つであるマイノリティ主義の為せる業だと言い、そのイデオロギーを批判する言論を続けてきた。マイノリティ主義がどうして日本のアカデミーの管制高地を占領したのか、左翼世界の中でそれが恰も正統の如き思想的地位を獲得するまでに至ってしまったのか、その問題については稿を改めて検討を加えよう。無理な理想主義では火傷をする。移民を幸せにすることが日本国の使命だとは憲法に書いていない。上野千鶴子の「移民政策は無理」論は、きわめてリアルで妥当な認識であり、常識的な判断の寸言である。大量移民社会のカオスは日本が選択すべき方向ではない。



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by yoniumuhibi | 2017-02-20 23:30 | Comments(6)
Commented at 2017-02-20 17:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2017-02-20 22:45 x
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Commented at 2017-02-20 23:53 x
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Commented by 七平 at 2017-02-21 01:15 x
(訂正版)
私が10代の頃に(1960年ー1970年)、日本を出る決心をした一つの理由は、”人間らしく生きる為には日本の人口密度が高すぎる” との判断からでした。 当時の人口を調べると1.03億。2015年の統計で1.27億。1km四方に約336人もの人が住んでいる事になります。米国の33人、カナダの3.6人に比較すると、桁違いに人口の密集した国と言えます。 社会的な問題は然ることながら、日本の移民受け入れ等、人口蜜度の観点から間違っていると考えます。 

世界から日本に優秀な人材、DNAを取り込み、日本人の資質を向上させるというのであれば別ですが。 優秀な人々は日本の閉鎖性を見抜いて、もっと居心地の良い国を選ぶでしょう。単純労働者の移民は、一部の企業を短期的に助けるかもしれませんが、既存の単純労働者の賃金抑圧と、社会摩擦の種になり、それでなくても偏見の強い日本人を一層、偏見の強い国民にしてしまうと思います。 

豊かな日本を築き、維持する事に関して全く異論はありませんが、 それらは国の総GNPで計るべき事では無く、 一人頭のGNP や それよりもっと重要な ”国民の知的、且つ 幸福指数” で計量化されるべき事だと考えます。原点に戻りますが、国の為に国民が居るのではなく、国民の為に国があるという考え方です。 前者はシロアリの世界であり、後者は、各個人が幸福を探求する世界です。 Milton Freedmanに代表される新自由主義経済の最大の欠点は ”人間の幸福感とその価値” を完全に無視しているところにあります。物質的な豊かさは極めて相対的なもので、精神的な豊かさが伴わなければ、負け組に落ち込んだ意識が高まり 自殺が増え、麻薬に快楽を求める、人間性が表面化すると思います。米国では実際、現実化しています。

日本にとって人口減少は素晴らしい事だと思います。 徹底的にロボット化を進めても失業者の心配をする必要はないからです。 

もし、私が日本に居る10代の若者であれば、間違いなく都会を離れて過疎地に入り、人間らしく生きる生活を模索すると思います。 国の食料自給率は回復するでしょうし。荒地と化した農地も生産性を回復します。 国民の教育レベルと洞察力が本当に高いのであれば、割高でも国の将来を考え国内産の食料を消費するはずです。

Commented at 2017-02-21 01:21 x
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Commented by 長坂 at 2017-02-21 14:49 x
「多文化共生」「多様性」「反差別」は今ではネオリベが好んで使うマジックワードに。人・物・金はより自由によりボーダーレスに。儲からないとわかれば直ぐに物・金は引き上げます。じゃ遺された人は⁇ 無責任とご都合主義をうまく誤魔化す為に「これからはダイバーシティが大事」だって。
だいたい賃上げなし、ボーナスなし、休みなし、組合なしと労働条件改善の努力はしないくせに、安易な労働力の埋め合わせに移民じゃ対立と排外主義を生むだけ。それにアメリカと違って日本語のハードルが高すぎ。介護現場でうまく行かなかったではないか。結局外国人労働者は使い捨ての3Kか人身売買の性産業が現実なのに、移民が日本を救う?


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