インドで考えたこと - インディラ・ガンジー国際空港へANA便で

c0315619_18034322.jpg行き帰りの飛行機は全日空だった。格安ツアーながらANAを使うところはさすがに大手代理店であり、逆に言えば、その分、現地の下請け会社がコストのしわ寄せを受けている事情が察せられる。狭いエコノミー階級の座席だったが、ANAのデリー往復は快適だった。機長がいい。機長は正確に到着時間を守り、日本の航空会社のエクセレンスを証明、日本人乗客を誇らしい気分にさせてくれた。デリーからの復路、搭乗は時間どおりに進行したが、離陸直前にアクシデントが発生、チェックインした客の一人が荷物を預けたままキャンセルしてしまい、機内からそれを取り出す作業が入り、出発は2時間ほど遅れることになった。予定では、午前1時25分に出て12時45分に着く。時差が3時間半あり、フライト時間は7時間40分。このトラブルを、機長は航路の変更と加速の凄技で見事に凌ぎ、飛行中に2時間のディレイを取り戻して予定時刻どおりに成田に着陸した。到着時間に変更はないからご安心をと、二度ほど自らアナウンスして、そのとおりに約束を守った。復路は偏西風に助けられるという判断もあったのだろうが、このタイムマネジメントは完璧で、日本人らしい努力に感心させられる。つまり、お客には後の都合があるから迷惑はかけられないという配慮の意識だ。



c0315619_18040283.jpg往路は偏西風がアゲインストになり、フライト時間は10時間20分と長くなる。機内は激しく揺れ続けた。航路の内容が何ともリッチで、福岡から上海に渡り、武漢から昆明の上空を通ってミャンマーに入り、山岳を横断してバングラデシュのダッカを通過、デリーに着陸する。深夜だったが空が晴れていて、左側の窓(A席)から昆明とダッカの街の光を確認することができた。復路の方は、もともとは往路とは異なる航路が組まれ、デリーを発って一気にヒマラヤ山脈の壁を飛び越え、チベット高原を北東に進んで蘭州上空に至り、山東半島から黄海に出て、ソウルをかすめて金沢から成田に降りるという計画になっていた。そのフライトマップが座席前のLCDで表示されていた。無論、深夜だから何も見えないのだけれど、ヒマラヤ山脈を越える北回りの航路は夢があってわくわくさせられる。が、機長は2時間の遅れを取り戻すべく往路と同じ南回りの針路に変更、もと来た道をたどって日本に帰ることになる。偏西風の流れを読んだ機長の決断が奏功し、全日空は乗客へのコミットを守って日本のエクセレンスを示したが、個人的には、チベット高原とシルクロードの上を飛ぶ「経験」を逸して残念だった。全日空のLCDのコンテンツは充実していて、フライトマップ以外にも映画やドラマやCNNのライブを見ることができる。

c0315619_18041888.jpg復路にCNNを見ていたら、バークレー校の暴動の中継をずっとやっていた。映画のメニューの中に『君の名は。』が入っていて、二度目を往路の機内で見ることになった。他にも、『科捜研の女』があり、『孤独のグルメ』があり、日本人が退屈せず楽しめるよう至れり尽くせりのサービスとなっている。日本の航空会社の国際便に感動するのは久しぶりの体験だったが、エコノミー階級の空間に閉じ込めて窮屈な思いをさせる乗客に、少しでも旅の満足を与えようという会社の意図が感じられて心地がいい。これが日本人なのだとしみじみ思う。東海道五十三次の弥次さん喜多さんの頃もこうだったのだ。今、日本人であることを実感するとき、日本人でよかったと思うときは、JAL・ANAの国際便の機内でサービスを受ける瞬間だろう。個人が買うエコノミー階級のシートの使用価値は、まさしく日本の中間層向けの仕様で提供されている。そこに日本の中間層の実体がある。イデアルティプスがある。中間層(=国民=日本国民)のモデルが想定されている。失われつつある日本の中間層を発見し、私は感激した。弥次喜多も江戸の中間層なのだ。日本人の庶民の旅は歴史普遍的に同じであり、JAL・ANAと同じパブリックなサービス機構が支援して楽しませるのであり、そこには常に一つの標準的類型が設定されている。

c0315619_18053284.jpgインディラ・ガンジー国際空港には、深夜の午前0時5分に到着した。1984年に暗殺された女性宰相の名前を冠し、インドの玄関口となっているこの空港は、6年前に拡張工事が行われてリニューアルされている。乗降客数の規模は成田とほぼ同じ。インディラ・ガンジー。この人のことはすっかり忘れていたが、旅とともに昔テレビで見た面影が戻ってきた。ネールの長女であり、国民会議派の強力なリーダーであり、インドの戦後政治を引っ張った大型のカリスマ政治家である。なお、今回はネルーではなくネールと呼ぶ。現地のインド人ガイドがわれわれにそう発音して説明していたので、オーソドックスに過去の表記を選ぶことにしたい。バナラシをベナレスと呼ぶのも、それに倣ったものだ。現地の日本語ガイドのプロトコルに合わせる。インディラ・ガンジーについて、われわれが忘れている現代史で特筆しなくてはいけないのは、1971年の第三次印パ戦争、すなわちバングラデシュ独立戦争への軍事介入である。彼女が決断した。もし、この女傑が決断しなかったら、バングラデシュの独立は潰されるか、長い内戦の泥沼が続く状況になったに違いない。このとき、米国と中国はパキスタンの支援に回っている。ソ連がインドの味方についた。インド兵の犠牲者は膨大で、3日間のガイドの説明の中でその歴史が何度も語られた。

c0315619_18054824.jpgこのとき国に殉じた兵士について、インド門にその慰霊と顕彰があると案内があり、最終日にマハトマ・ガンジーの墓所を訪れたときもその説明がされた。この現代史は、われわれの世代には、ジョージ・ハリソンの名曲とともに記憶に刻まれている。バングラデシュ独立戦争は、インドの独立すなわちパキスタンの分離と戦争から24年後のことで、多くのインド国民にとっては、インド建国史の延長上の出来事であり、インドの国民国家形成の歴史の一部なのである。インド人は若く、平均年齢が低い。国民は若者が中心だ。だから、われわれのように、ジョージの曲が連想されるという問題ではなく、パキスタンと戦って多大な流血を出したという神聖な物語こそが、バングラデシュについての認識の第一なのである。インドという国にとって、三次にわたった印パ戦争がどれだけ重要で、軍事的に対峙する隣国パキスタンがどれほど厄介で憂鬱な存在かということを、今回の旅を通じて思い知らされた。バングラデシュ独立戦争は、南アジアの近代国家・国民国家の輪郭を決める戦争であり、そして宗教戦争の性格も持っていた。この点、インディラ・ガンジーの決断は、毛沢東の朝鮮戦争介入とよく似ている。デリー観光で市内を連れ回されている途中、二度ほどネールの旧邸前を通る機会があった。デリーの一等地にあり、今では子どものための博物館になっている。

c0315619_18071086.jpg通路を進んで入国審査に臨む前、トイレに立ち寄ったら、小便器の位置が不具合に高く、不吉な予感がして、ANA機内での弥次喜多気分が消えた。結局、その後3日間の滞在の中で、ホテルの部屋を覗いては、この国際空港のトイレが最も清潔だったという結果であり、事実をありのまま報告しないといけない。男子トイレの受け口は、レストランを含めた多くのところで黄色い汚水の小プールになって臭気を放っていた。小便器の位置が高いということは、身長が高くて身体が大きいという意味だろうが、その割に、トイレの空間はどこも狭苦しく設えられている。日本よりもトイレが狭い。そして汚い。インド人と日本人とでは、清潔さについての概念が異なると断言できるだろう。これまで行った国で、トイレ環境のワースト3は、中国、ソ連、インドである。堀田善衛が岩波新書(青)の中で、寺院建築のネギ坊主の塔の造形を見ると、ロシア、中国、インドの、広大なユーラシアの逆三角形を想起するというようなことを書いていて、確かにその三つの国には文化的共通点が多いと思うけれど、何より、身近な問題としてトイレの不潔さが共通している。中国のそれも悲惨だった。人権のレベルが低く、人間が動物のように扱われてきた社会ではトイレが汚くなるのだろうか。人権の水準とトイレの清潔さが正の相関関係なのかは怪しいが、日本と同じ清潔さだったのは台湾だけだ。

サインボードを持った現地ガイドを探すべく空港を出ると、恐ろしい数の人間が待ち合わせで並んでいた。深夜の午前2時頃である。到着便は国内外から何便かあり、荷物受け取りのターンテーブルは何台も回っていたが、それでも、一ヵ所の出口で何であれほど人が多かったのか今でも理由が掴めない。インドはどこでも人が無闇に多い。空港の外は霧が立ちこめていた。最初、それを見たとき、北京と同じ排煙のスモッグかと思った。それも少なからずあるに違いない。が、翌朝になって部屋から外を見たとき、それだけが原因ではなく、この地特有の濃霧が主であることが判明した。霧もインドは激しい。


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by yoniumuhibi | 2017-02-08 23:30 | Comments(3)
Commented by キヌケン at 2017-02-09 07:24 x
久しぶりに失礼致します。
インド旅行、お疲れさまでした。
この時期はインド(デリー)は寒いことでしょう。
私も2011年に約4か月半滞在しましたが、特に1月から2月にかけては、日夜の寒暖の差が激しく風邪を引いてしまいました。
トイレ事情を書かれてましたが、まあ凄いですよね・・。
地方に行くと、コルカタの国立博物館のトイレでさえ、トイレットペーパーが無く、左手でお尻を洗う方式でした。ウォシュレットと思ってじきに慣れましたが・・。笑

インド人の清潔さ、ですが、貧民はいざ知らず、中間層から上は非常にキレイ好きです。各人の家に入るとそこはもう別世界となっています。(まあ長く行っていたので、4軒くらいのお宅にお邪魔しましたが、隅から隅まで本当に綺麗でしたね。そういう家は清掃人を雇っていますが。)
結局自分の家の中だけキレイにして、玄関から外はゴミ箱なのです。とにかくゴミも唾もぺっぺと捨てます。
あの赤い唾は噛みたばこのようで、ビンロウの実を好んで楽しんでいるみたいですが、街中が汚くなります。せっかく新しく建てたビルや商店街もすぐに足元から赤く染まります。自宅であの唾を平気で壁や床に吐く人はいませんね。
いずれにせよ、インドは何だかんだ言ってカーストの国なので、国全体の公共の精神に弱いところがあります。
でも私は大好きな国です。
何だか血が騒ぐ、と言いますか、何かありそう、何か特別なものがあるのではないか?と幻想のようなものに捕らわれます。
ちなみにインド人の多くに「Do you know BEATLES ?」「Do you know Jon Lennon ?」と質問しましたが、ほぼ100%近くが知らなかったです。
インドは、文明は外国から取り入れますが、文化は頑なに取り入れようとしませんね。
ですから街の大きなデパートみたいな所に行っても、ルイビトンとかエルメスとかは見当たらなく、ほとんどインド製の高級サリー売り場みたいなもので占められています。
そうした国を挙げてのオリジナリティーみたいなものに強烈に惹かれます。
あと、余談ですが、デリーには高層ビルはあまり無いですが、隣町のグルガオンが大発展しています。目も眩むようなピカピカのオフィスビルが林立してして、まさにビジネスタウンとなっています。
Commented by NY金魚 at 2017-02-11 01:40 x
ツイッターの更新が10日もなかったので、心配しておりました。インドに行かれていたのですね。当方、若き日に藤原新也『印度放浪』が出版された72年から、2度もインドを訪れて、その思い出のままもはや半世紀近くになろうとしています。
やはり1月の夜中1amにデリー空港に着いたと思うのですが、そのひと夜と翌朝までの体験はその後の自分の人生を大きく変えてしまった、と思っています。それまでの小さな島国での生活から突然解放され(外され)その亜大陸にあるすべてを自分の心のなかに受け入れざるをえなかった。
そしてそののべ2ヵ月近くの滞在で確信したことは、その亜大陸国の貧困と死に向かう姿は、半世紀後も数世紀後も、ほとんど変わることがないだろう、ということでした。今回の世に倦むさんの紀行を読んで、そのことを痛感しました。
最近も、アメリカに住むインド出身の若者(多くがIT関連の仕事)と話しますが、かれらは半世紀前の僕の体験のなかのインドを認めようとせず「そのころからインドはとてつもなく変わって、今やそんなひどい貧困を感じさせるものはない」と力説しますが、僕はまったく信用していません。前稿のコメントに書かれているように、南インドを再訪すれば、多少ITのにおいを嗅げるかもしれませんが、それは本当のインドではないと考えます。(僕自身も南インドは大好きですが…)
考えてみれば貧困の問題は、日本でもアメリカでも、比率はともかく世界中どこでも歴然と存在しているわけですが、インドだけがそれを隠さない(隠せない)ということではないでしょうか? 死と貧困を隠蔽しつづける『文明国』の思考が、ネオリベラリズムとグローバル経済をさらにひどい段階に押し上げている気がします。死ぬために歩いてきたヴァナラシの河岸で、いつも遠くを観つめつづけているかれらの哲学的眼差しを、深い畏敬の念で受け入れている自分がいます。 
Commented by 愛知 at 2017-02-13 03:20 x
「コービン2.0」騒動を醒めた目で眺めながら、反エスタブリッシュメント感情をいたずらに煽る派手な戦略ではなく、コービンは彼らしい「BACK TO BASICS」路線で行けと檄をとばしているのがオーウェン・ジョーンズだ。・・・インドの旧宗主国在住の保育士、ブレイディみかこさんが2月8日から新ブログ、「UK地べた外電」を始められたので、一文のみ引用させて頂きました。久しぶりの前回、今回貴下ブログに心躍らされている読者の一人です。何よりご無事で良かったと細君と二人喜んでおります。無能な使者は歓待せよ『六韜』の教えそのままの行政府の長に辟易しつつです。


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