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インドで考えたこと - 格安ツアーとインド経済

c0315619_17215577.jpgインドから帰国して数日が過ぎた。成田に到着した翌日から発熱が始まり、重い風邪の症状に苦しまされる日が続いたが、どうやら峠を超えたようで快方に向かっている。インドへの旅を思い立ったのは、大手の代理店が破格値の商品を売り出したのを新聞広告で見つけたからだった。5万円でタージマハール観光ができるのならこれを買わない手はない、ということで衝動買いで飛びついてしまった。もう一つの理由は、年齢からくる体力と健康の衰えで、例えば、もしも辺見庸と同じ身体の条件になってしまえば、そのときどれほど経済的余裕があってもインド往復はかなわない。実際のところ、今回の3泊5日のハードスケジュールを10年後の体で再びやれる自信はない。インドはハワイとは違う。ヨーロッパやアメリカとも条件が違う。インドの旅は体力を要するものだ。体力のあるうちに行っておかなきゃという人生の計算の感覚が、衝動買いを後押しする動機となった。インド旅行は心身ともに疲労困憊になるタフなものだったが、それではもう二度と彼の地へ行く気はないかというと、決してそうではなく、例えばベナレスとブッダガヤが4万円で売り出されたり、アジャンタとムンバイが4万円でセットになれば、年齢も体力も出費も忘れて目の色を変えて飛びつくことだろう。




c0315619_17222859.jpgインドには見たい遺跡や行きたい聖地がとても多い。中国と同じほど歴史と文化の魅力に満ちあふれている。タージマハールはその一つに過ぎず、かつマストでファースト・プライオリティのものである。デリーに3泊するインド5日間の旅は、中国旅行に置き換えれば、故宮と万里の長城に立ち寄る北京観光の触り程度という、まさしく入門編のものだろう。インド旅行の価格というのは、私の世代の感覚では、15万円から20万円で一週間ほどという相場だった。デリー、アグラ、ベナレスが入り、移動の時間を十分に日程に組んだパッケージが用意されていた記憶がある。インドの観光商品の価値は、エジプトやトルコと同じで、ヨーロッパと比べても低くないという印象だったから、大手代理店による5万円の値づけは衝撃的に思われた。どうしてこんなに値段が下がったのだろう。あるいは、低価格の手頃な商品が発売される経緯になったのだろう。当たっているかどうかは分からないが、二つほど背景があるように思われる。一つは為替と金融であり、インドルピー安の問題だ。20年前、1ルピーは3円だった。ずっと下がり続け、現在は1.6円になっている。昨年11月のロイターの記事では、ルピーが対ドルで過去最低の安値をつけたとあり、高額紙幣廃止の金融政策で混乱したとある。

c0315619_17232867.jpg経済成長を続けている新興国のインドで、金融システムの混乱と不安というニュースは、何やら違和感を感じるが、急成長を続けているが故のステージ・チェンジの制度トラブルが起きていて、市民生活に支障が出ていることをインド人の現地ガイドの話で知った。インドルピーは海外の市場で交換できない。通貨として持ち出せない。成田まで持ち帰っても紙屑であり、インドの法律に抵触する犯罪となる。昔のソ連のルーブルと同じだ。現地での日程中、ガイドが3日間の小遣い用にということで、ツアー参加客一人一人に日本円5000円分をルピー紙幣に換えて渡す。そのときのレートは1ルピー2円だった。観光2日目、デリー市内を走るマイクロバスの中でその事務が行われたが、誰も不服を言わず(日本人団体観光客のプロトコルに沿って)黙って従うため、私も異議を唱えることなく2500ルピーの紙幣を受け取った。レートの差額はガイドのポケットに入るか、現地代理店の余剰収益として入る仕組みなのだろう。そういう部分がなければ、デリー3泊で5万円のツアーは請け負えない。インディラ・ガンジー国際空港には銀行があって両替ができるのだが、そこに個人が立ち寄る時間を予定表から周到に消していて、すぐに空港を出た場所でガイドを見つけて集合しなくてはいけない流れに組まれている。

c0315619_17235830.jpg昔のソ連のルーブルと同じ「不換紙幣」なので、1ルピー2円という固定相場が観光の現場で通用するのだ。1ルピー2円であれば、5万円は6万2500円となる。1ルピー3円とすれば、5万円は9万3700円である。リーマンショック以降の新興国からの資金の引き上げとそれに伴う通貨安、すなわちルピー安という最近の経済事情が、5万円という破格値を実現した要因の一つであることはどうやら間違いない。出発前、成田第1ターミナル4階の書店に入ると、アジア各国の観光本を置いた陳列棚の中にインドの本は全くなかった。多く並んでいたのは、ベトナム、台湾、タイの観光本である。近年の日本女性は、ベトナムと台湾とタイに遊びに行く。ベトナム(コースとしてカンボジアのシェムリアップを含む)が圧倒的に人気が高い。それはこの10年から20年のことだ。アジアの観光市場でベトナムのシェアが上がるということは、どこか他の国が割を食うということである。日本人が貧乏になり、嘗ての「エービーロードで行ってきまーす」の消費バブルが失せ、また海外旅行が歴史や文化を目的としたものではなく、癒しだの美食だのが主題になったとき、おそらく従来の15万円のインド観光の定番商品は打撃を受けてしまうだろう。そんな状況と苦境の中で、5万円という、タタ的な革新的なプライシングでの挑戦が企画されたものと考える。

c0315619_17252028.jpgもう一つの理由として、これは勝手な想像だが、デリーを滞在の拠点としてアグラを日帰り観光することが可能な交通インフラが整備されたことがある。今回、デリーの同じホテルに3泊した。これは客にとっても便利で快適だし、ツアーを売る代理店にとっても仕入れのコスト削減に都合がいい。連泊をすれば安くなる。インドに最初に訪れた観光客は必ずアグラのタージマハールを見物する。デリーからアグラまでは260キロの距離があり、バスで5時間、鉄道で3時間(駅間)かかる。最近の15万円の定番商品だと、アグラのホテルで一泊する設計になっていて、アグラからジャイプールに入るとか、その逆という形で、三角形の位置関係となるデリー、アグラ、ジャイプール三都市を回って宿泊するコースになっている。今回の格安ツアーはアグラを宿泊拠点にしていなかった。ネットで調べると、デリーとアグラを結ぶ高速道路は5年前の2012年に完成している。インドの道路はどうしようもない凸凹のガタガタ道で、狭いマイクロバスに押し込められて往生させられたが、この高速道路だけは立派で快適なものだった。2012年にできたときは、まだアグラの手前が終点だったため、市街地を抜けてタージマハールまで辿り着く必要があったが、先々月(2016年12月)に新しい道路が延長され、高速の出口を降りて10分でタージマハールにアクセスできるようになったのだと言う。

c0315619_17260553.jpgインドという国は実に不思議な国だ。インドの2015年の名目GDPは2兆ドル。日本の半分、中国の5分の1の規模である。だが、IMFが2016年10月に出した推計では、5年後の2021年にはインドのGDPは3.6兆ドルに増えると予想されている。また、世界の各機関の予測では、2030年にインドのGDPは10.8兆ドルに拡大していて、日本の約2倍となり、米国の半分のサイズまで到達している。このとき、インドの人口は15億人を超え、中国を追い抜いて世界一となっている。先進国と中国を含めた経済大国の中で、インドは最も高齢化問題から遠い国であり、若年労働力人口が急増している国だ。その、他国から見て羨ましい人口構成がインドの経済成長の原動力であり、インドのポテンシャルとアドバンテージを裏づける根拠に他ならない。さて、私は17年前に中国に行った。17年前、2000年の中国のGDPは1兆2100億ドルである。現在のインドの2分の1だ。不思議なのはこの点なのだが、17年前に北京に降り立ったとき、ピカピカの新国際空港から市街地までの間に林立する高層マンション群に度肝を抜かれた。高速道路を走っているのが、黒塗りの大型のベンツばかりだったのにも驚かされた。その頃から、日本の地方の道路と駐車場は軽自動車ばかりの風景になっていたから。長安街東路の両脇に立ち並ぶところの、華麗な高層オフィスビルの偉容にも目を見張らされた。中国はこんなにも経済発展を遂げたのかと、そこからわずか20年前の、黒い人民服姿で自転車をこいで人々が通勤する絵を思い出して感慨深かった。

ところがである。インドはあのときの中国の2倍のGDPなのに、目の前にそれらしい絵が何もないのだ。首都であるデリーの市街地に、2兆ドルの経済大国たるを証明する現実がない。デリーに着いた私の前に出現して私を驚かせたのは、きらびやかな高層ビル群でも大量のベンツのお出迎えでもなく、ほとんど野良犬同然の生態に等しい、夥しい数の貧困者と浮浪者がいる路上の絵であり、汚く狭い粗末な住居兼小売店舗の建物の連なりであり、どこまでも行ってもその二つが途切れることのないミゼラブルな「スラム街」の景観だった。


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by yoniumuhibi | 2017-02-07 23:30 | Comments(3)
Commented at 2017-02-07 23:49 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2017-02-08 04:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ijkl at 2017-02-08 23:22 x
北部に行かれたのだと思います。私は北インドにはあまり興味がなくて、主に南方のタミルやケラーラ州に興味を持って訪ねています。言語的にも大野晋先生が指摘されたように日本語と縁深いものがあるからです。もう一つは、北インドの所謂階層社会に辟易としているからです。南インドは元々の民族のルーツが違いますから、どこまで酷くはありません。北インドの混沌とした状況は、一つにこの階層社会に原因があります。中部などの州では、たとえばバンガロールでは情報産業が発達しているので、見掛けは綺麗な地域も市内にあります。ただ、昔ながらの部分もありますが、北インドのようなスラム化は少ないです。機会があれば、ケラーラ州のコーチンに行ってみて下さい。ここは風光明媚ですし、全インドへ看護婦を派遣しているので看護学校があり、女性で賑わっています。インドで女性が活発な唯一の地区かも知れません。マラヤーラム文字もかわいいですよ。もう空港から市内の道が整備されたので、前と比べてかなりアクセスが楽になったと思います。


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