NAFTAの破綻とメキシコの20年 - 合衆国と中南米の「文明の衝突」

c0315619_18291744.jpgペニャニエトが訪米中止を発表し、31日に予定されていた米墨首脳会談が取り止めになった。25日にトランプが「国境の壁」建設の大統領令に署名したことで、衝撃と緊張が走り、世界中が注目していたが、二人が顔を突き合わせて「カネを払え」「払わない」と喧嘩する修羅場は避けられることになった。メキシコでは、ペニャニエトの対米弱腰姿勢に対して国内で反発が高まり、支持率が12%にまで落ち込んでいる。メキシコでトランプとペニャニエトを批判している急先鋒は、民主革命党(PRD)のリーダーのオブラドールで、2018年の大統領選の有力候補の一人と言われている。過去に2006年と2012年の大統領選に出馬、2006年は僅差で破れた。PRDは左派政党で、日本共産党の党大会に代表を送っている。日本国内では、この問題についてメキシコ側から取材した報道があまりにも少なく、状況を客観的立体的に捉えることが難しい。昨年の米大統領選で予測を外し、DC・NYの目線だけで見て判断してはいけないなどと反省の弁を垂れながら、日本のマスコミは、「国境の壁」問題についてメキシコ側の論理や立場に目を向けない。内情を探ろうとせず、メキシコ国民の意見を拾わない。昔の日本はこんなことはなかった。すぐに黒沼ユリ子が出て来て、久米宏の番組で現地をレポートして説明をしていた。



c0315619_18295293.jpgネットの時代になったからと言って、世界中の状況がリアルに正しく理解できるというものではない。メキシコの情報を押さえるためにはスペイン語が読めないといけないし、メキシコの歴史や経済や社会について知識を持っている必要がある。本来、一番いいのは、スペイン語に堪能な日本人ジャーナリストがオブラドールのインタビューを丁寧に撮り、メキシコシティの市民と地方の農民の声を拾って特集を構成・編集し、日本の茶の間に発信することだろう。メキシコ側からのNAFTAや米墨関係を報告することだ。昔の日本は、報道する側も、報道を受ける側も、それが必要だという認識と感性を持っていた。国谷裕子が現地に飛ぶということをやっていた。今はやらない。その代わり、マスコミや左翼の誰かがネットで米国紙の報道を拾い、メキシコはこうだぞと得意げにツイッターで紹介する。米国の目線でのメキシコ認識をメキシコの真実や実態として日本人に流す。米国や英国のマスコミの目線で世界を観察することが、間違いのない実像を得る方法だと左翼までが思い込んでいて、例えば、ロシアのスプートニクはデマとフェイクばかりだから信用するなと喚いている。日本人が米国人の一部になろうとしていて、独立した日本人だという意識がまるでない。

c0315619_18303875.jpgメキシコの輸出の8割は米国向けとなっている。G20の一員であるメキシコのGDPは世界第15位。メキシコの輸出額は世界第13位。米国向けの輸出がメキシコ経済に占める比重は大きく、現在の0%の関税率を20%に上げられたら大打撃を受けることになる。NAFTAによってメキシコ経済は発展を遂げてきた。格差と矛盾を深刻化させつつも、NAFTA発効からの20年でGDPを10倍に膨らませている。米国との自由貿易圏がなければ、メキシコ経済の拡大と成長はなかっただろう。米国は壁建設の費用を払えとメキシコに要求、輸入品に20%の関税をかけて資金を捻出すると具体論を言い出した。メキシコの経済相は、「現在より状況が悪くなる場合、協定内にとどまることは理にかなわない」と言い、NAFTA離脱の選択肢を言っている。トランプの場合、脅しや冗談ではなく本当にやるから、メキシコ側が折れない場合は実行されるだろう。NAFTAは事実上の破綻だ。カナダが仲介に入ってNAFTA維持に動くかと思いきや、カナダは意外にも冷淡かつ非情で、メキシコの援護に回らず、米国との二国間FTA交渉の準備に入った。カナダも自国第一主義に旋回している。カナダが冷血な態度に出たのは、英国(メイ)がハード・ブレグジットを決断した影響が大きい。

c0315619_18310910.jpgどの国も、トランプに追随して自国第一主義の通商路線に変わり始めた。こうなると、3月にチリが協議を始動させるところの、中国や韓国を招いたポストTPPの枠組みが俄然注目される。普通に考えて、メキシコはその曙光を頼るしかなく、中国が入った新しい自由貿易圏の形成に活路を見出すしかないだろう。少なくとも、その方向と将来を示唆して米国を牽制するしかない。もし、来年2018年にPRDのオブラドールが大統領選に勝利したら、メキシコはBRICSに加わるかもしれない。私はその選択と跳躍を期待するけれど、物事は簡単にはユートピア的方向に行かないもので、現実を考えれば、その前に輸出の大幅減と通貨の大幅安でメキシコ経済は混乱し、ベネズエラ的な地獄が現出する恐れが十分にある。そこへCIAが介入して謀略を仕掛ける危険性もある。と言うより、トランプやバノンやポンペオの頭の中は、中南米を60年代の頃の「アメリカの裏庭」に戻そうとしているようにしか思えず、中南米のスペイン語を話す人々を米国に奉仕する奴隷としか見ていないのではないか。今のところ、問題は米国内の不法移民対策とか、マイノリティたるヒスパニックの権利とか、隣国メキシコとの通商上の緊張ということになっているが、いずれ、この問題は、合衆国対中南米という「文明の衝突」に転化してゆくはずだ。

c0315619_18314292.jpg特定の国からの輸入品に高関税をかける措置は、WTO協定に違反する。昨年夏のトランプの発言では、WTOからの脱退もあり得ると言っていて、この問題はすでにそこまでの深刻さを帯びている。この時点では、トランプが勝利するとは誰も思ってなかったので、面白可笑しいネタとして軽く受け流していた。トランプは、世界の通商経済の秩序を米国の一国主義で破壊しようとしていて、協議して纏めた規則を守る行動から米国を解放しようとしている。GATT・WTO以前の世界貿易に戻そうとしている。バイでテンポラリーに決める方式に転換しようとしている。米国の主張を押し通すことができ、米国のメリットになるからだ。これは簡単に言えば、ルールなき弱肉強食の世界である。他の国々は、例えば、米国抜きの新TPPをめざす豪州やNZのように、WTOの水準を超えた大きな自由市場圏を作ろうとして模索を続けるし、特に新興国は、公平で合理的で先進的な共通ルールの国際市場圏の整備を求め、それへの参加と安定を望むから、予測としては、トランプが目論むような、すべてがバイの積み重ねで完結する弱肉強食の世界になるとは思えない。つまり、世界の通商は二つの動きに分かれ、一方に米国が自己中心のバイで構築を図る動きがあり、もう一方に中国を要とした標準的な国際市場形成の動きがあり、不調和の中で二つが並存し交錯する形になるだろう。

c0315619_18320348.jpg同情を覚えるのは、メキシコから米国に流入した不法移民とメキシコの地方の貧農の人々だ。現在、1100万人(人口の3.5%)いると言われる米国内の不法移民のうち約600万人がメキシコ人で、米国からメキシコの家族に仕送りをしたりしている。NHK-BSで放送したティファナ特集によれば、メキシコ南部の貧村で麻薬カルテルの暴力が横行していて、農家にカネを出せと脅し、断れば皆殺しにされるという、前世紀の暗黒のような、コロンビアのような惨状になっているらしい。家族で逃げて国境のティファナに来ていた。メキシコから米国に密輸される薬物(覚せい剤、マリファナ)は年々数量が増えていて、資金が麻薬カルテルを潤して武器を充実させ、警察による取り締まりが対応できない状態になっている。そうやって、ギャングに脅され家と村を捨てて逃げた者がいれば、NAFTAの関税ゼロによってトウモロコシ生産ができなくなり、食い詰めて国境を超える者も多い。皮肉なことに、米国で働いている不法移民の40%が農業労働に従事しているという統計があり、つまりは、安価なトウモロコシの流入で生計を奪われたメキシコの貧農が、メキシコ向けのトウモロコシを米国の農場で作付・収穫しているということになる。メキシコのトウモロコシ農家は潰されたが、米国内でメキシコ人労働者を求める需要は旺盛で、人出が足りず、建設やサービスの事業者はトランプの「壁」政策に不満を言っている。

GDP世界第15位になり、G20のメンバーに入り、OECD(35カ国)にも加盟したメキシコは、教育水準が向上して先進国的な少子化の様相も呈しつつあり、要するに、NAFTAの20年はメキシコ経済全体を膨らませつつ、貧富の格差を大きく広げ、中間層として生きる希望を持てた者と、生きる場所を失って不法移民になった者(あるいは麻薬カルテルの一人になって農家を襲う者)と、国民の運命を二つに分けたということになる。


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by yoniumuhibi | 2017-01-27 23:30 | Comments(9)
Commented by 長坂 at 2017-01-28 02:13 x
度々すみません。トランプのビジネスであるホテルやカジノ、リゾートって中南米からの移民無しには成り立たない。フロントやコンシェルジュはピカピカの白人にして高級ぶれるのも、3K仕事を安い賃金で文句言わずに引き受けるヒスパニックがいるからこそ。ここ何年かは雇用主が罰せられるので合法移民しか雇われないが、過去には絶対多くの不法移民がトランプのホテルで働いていたと思う。メキシコ人の恩恵を一番受けてきたのはトランプ。
志願兵が減っている米軍を支えているのも不法移民2世じゃないの?
ドラッグやギャングの問題は余りにも根が深くて、下手に手出ししたら確実に殺される、、、と思う。
Commented at 2017-01-28 11:08
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 長坂 at 2017-01-28 12:50 x
マドンナが冗談で「WHを爆破したい」と言ったが、それをマジでやろうかと思う人出てくるのでは。主義主張は異なるが、オクラホマシティ連邦ビルを爆破したティモシー・マクベイみたい人。軍隊経験者が多いから武器弾薬の扱いは慣れてるし、変なミリシアとか作って対外戦争以前に内戦。仰る通り弾圧が一層激しくなりますよね。SNSの監視や電話の盗聴も今以上に。マイナンバーで日本からの情報もだだ漏れ。共謀罪はGood Timing! 後は水攻めの拷問が待っている。
Commented by ametyan at 2017-01-28 23:29 x
ブログ主さまはもうご存知と思いますが「FED Up」という日本未公開のドキュメンタリー映画でアメリカの深刻な問題が報告されてます。アメリカ人の子どもの3人に1人が肥満、アメリカ人の5000万人(つまり6人に1人)が糖尿病だそうです。特に中西部や南部の貧困層に顕著な現象だとか。米国では貧困な若者が人生を何とかしようと軍に入隊を希望するそうですが、最近は入隊希望者の25%が栄養失調で失格となる。こうなった背景には巨大ジャンクフード産業と穀物メジャーの学校給食支配があり、また広大な国土の隅々にまで野菜・果物の生鮮食料品は行き届かない。なぜならスーパーマーケットが競争・淘汰の結果一部の超巨大店しか生き残っておらず、小さな商店には輸送費などコストの点で生鮮食料品を置けない。この国民の健康問題を何とかしないとまさに国が滅びるところまで危機的なのだそうですが、オバマケアで国民の糖尿病に対応すると治療に2000億ドルかかるそうです。
(という在米の映画評論家さんの解説でした)
知り合いの話ではカリフォルニアなどの農業盛んな州でさえ、野菜・果物はメキシコからの輸入が多いそうです。これでメキシコからの輸入品に高率の課税をすればどうなるか…。トランプは20%課税は据え置いたようですが、この人は経済の基礎知識ないんでしょうか。中西部、南部といえばご自分の支持者の地域だったはず。
Commented at 2017-01-29 12:00 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ametyan at 2017-01-29 21:38 x
2017-01-28 23:29 に投稿したametyanです。
上記投稿に間違いがありましたので、訂正させてください。
× 治療に2000億ドルかかるそうです

○ 治療に1000億ドルかかるそうです
Commented by 私は黙らない at 2017-02-10 06:10 x
私は、メキシコからの不法移民大量輸入は、米墨両政府によるジョイントプロジェクトだったのではないかと思っています。暴動の引き金になりかねない余剰労働力問題を解消したいメキシコと安価な労働力を大量に欲しいアメリカの利害が一致したということです。
この問題は、メキシコ国内の貧富格差、治安問題を抜きには語れません。NAFTA効果で20年間の間GDPが10倍になったとありますが、では、一体その富はどこに蓄積されたのでしょうか。
又、麻薬の問題ですが、警察による取り締まりが対応できていないというより、もしかすると本来の責務とは全く逆の働きをしているのではないでしょうか。麻薬に関与するカルテルの背後関係については、誰もがうすうす気づいていますが、ここにメスをいれようとしたジャーナリストが数名「自殺」していることからも、非常にアンタッチャブルなイシューだということがわかります。麻薬がらみの残忍な殺人事件も多発しており、暴力と貧困の中で暮らす人達は本当に気の毒です。また、麻薬取引で生まれた巨万の富は一体何に使われているのでしょうか。
メキシコ政府が壁問題に必死になるのは、それが自分たちの死活にかかわる問題だからだと思います。はけ口を失った余剰労働力が、自分たちに向かってくるのを恐れているのだと思います。
メキシコ政府は、壁にいちゃもんをつける前に、やるべきことがあると思います。まずは治安の回復。フィリピンのドゥトルテではありませんが、断固、麻薬撲滅をするべきです。今までできなかったのは、やる気がないからです。当事者だったからです。
次に、極端な貧富格差を是正すること。政治家も痛みを分かち合いなさい。誰だって、自分の国で安全とまともな収入が確保されれば、それが一番幸せでしょう。
Commented by 私は黙らない at 2017-02-10 06:13 x
(続き)もう一点、壁問題を報じる日本のメディアの論調が、きわめて一面的でお涙頂戴節なことに違和感を感じます。私は以前、こうしたメキシコからの不法労働者が、こともなげに「今、妻と子供がバケーションでメキシコに帰ってる」とか、「クリスマスにメキシコに行ってくる」とか言うのを聞いて大変驚きました。不思議に思い、「どうやって帰るの?」と尋ねようとして、主人に「それ以上深入りするな」と言われ、ハタと気づきました。(どういうことかはお察しください。)どうやら現状は、命がけで砂漠を超えてやってくるというイメージとはだいぶ違うようです。
彼らの名誉のために言っておきますが、彼らはとてもよく働きます。白人、黒人、アジア人がもはややりたがらない仕事を厭いません。そして、誇り高く、よく助け合う。メキシコ人がよく「俺の兄弟だ」というので、ずいぶん兄弟が多いなと思っていたら、親しい人をそう呼ぶのだと、これも主人に言われ、なるほどと思いました。だからメキシコ人のホームレスというのを見たことがありません。それと、これは私個人の感傷(?)ですが、子だくさんのメキシコ人を見ていると、上の子が下の子の面倒を見ていて、まるで昔の日本の原風景をみているような気がして、どこか懐かしさを感じます。
こうしたメキシコ人の素顔が、メディアの報道から一切伝わってこないのです。メキシコ人もテレビカメラの前では、お涙頂戴しておいた方が得なのでしょうが、それを見ていて私は「あなたたちの誇りはどこへいったの」と情けない気持ちになるのです。

Commented by 私は黙らない at 2017-02-10 06:15 x
(続き)それと、壁問題に関して、日本のメディアによる報道は若干無責任だと思います。
国境を開けっ放しにしておくということは、地続きの国境線のない日本で例えると、例えば地方の国際空港の入国管理を廃止してしまうといったことではないでしょうか。その結果、各国から様々な人たちが無秩序に入国し、日本の社会基盤にひずみが生じ、市民生活への影響が無視できなくなり「明日から入管を再開する」と宣言したとしましょう。それに対し、世界中のメディアが反対の狼煙をあげる、そうした時に、どう報道するのでしょう。
最後に、持論ですが、アメリカ政府は、ボーダーコントロールを機能させた後、再度アムネスティを実行するべきだと思います。犯罪歴、福祉の不正受給のスクリーニングをした上で、不法労働者に永住権を与え、アメリカの社会保障システムに彼らを組み込むのです。実際問題、彼がが全員送還された場合(不可能ですが)、アメリカ経済はパニックになります。
今、この分断で幸せな人は誰もいません。それだけは誰もが同意すると思います。


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