戦後日本の中間層システムを憎悪する小熊英二 - 朝日新聞の説教3連発

c0315619_16431355.jpg前年比で5分の1の動員規模となった「安倍政権NO」の渋谷デモ。そのデモ行進の映像に小熊英二が出ていた。偶然に撮られたというより、自分の姿を故意に見せていたという雰囲気で、隊列の先頭に近い位置で歩道寄りの左端を歩いていた。カメラを意識した視線だった。2012年の官邸前デモのときもそうで、わざと目立つように国会記者会館の前庭に入り込み、連れてきた子どもを抱き上げて遊ぶところを、窮屈な歩道で立ちんぼしているデモ参加者に見せつけていた。こちらに親密さを誇示するように、金平茂紀や長谷川幸洋と話し込んでいた絵を思い出す。狭い歩道上には広瀬隆も一人で立っていたけれど、なぜか小熊英二は、一般市民が立ち入りできない国会記者会館の敷地にいつもいた。朝日の論壇編集の地位を持っていたからだろうか。その朝日が、今回の「安倍政権NO」のデモを記事にしなかったことは、小さいながらも一つの事件であると思われる。しばき隊学者には分担があり、SEALDs事業部と「野党共闘」事業部は中野晃一の担当だが、反原連事業部はずっと小熊英二が面倒を見ている。野田佳彦との官邸内会談を周旋したのも小熊英二と菅直人のコンビで、反原連事業部(Redwolf)が事務局を仕切る「安倍政権NO」デモには、こうして二人は必ず顔を揃えるのである。



c0315619_16433255.jpg12月22日の朝日新聞に出ていた小熊英二の「論壇時評」は、捨て置くことができないので批判を加えておきたい。前回、長谷部恭男と杉田敦の朝日紙上対談を批判した稿でも触れたが、この二人の新春対談の要旨と小熊英二の主張とは同じメッセージのものになっている。さらには、朝日が1月4日に1面トップで出した「経済成長は永遠なのか」の見出しの論説も、小熊英二の言説と符合した中身であり、同じ主張を年末年始の朝日紙上で三連発で叩き込んだ形になっている。それはまた、トランプ現象をどう考えるかという現状把握でもあった。どういう主張かというと、簡単に言えば、もう昔の昭和の中間層の生活を懐かしんではいけないという説教だ。経済成長を追いかけてはいけない。ほどほどで我慢しろ、昔の生活に郷愁を感じて幻想を追い求めているから、右翼のポピュリズムに回収され、自国のアイデンティティーに固着するナショナリズムに惑溺してしまうのだという論理である。この見方は、しばき隊を中心とする現在の左翼の支配的な現状認識であり、政治と社会に対する危機感としてアカデミーと左翼に共通する観念だろう。脱構築主義の学者たちは、どこまでも戦後日本の高度成長を叩き、それを総力戦体制の国民主義の悪だと罵り、「戦後社会からの脱却」を唱え続ける。

c0315619_16434629.jpg社会学は言わずもがな、山口二郎や白井聡も口を開けば戦後の否定を言い、戦後政治を憎悪し、戦後日本の社会モデルに対するヘイトスピーチを繰り返す。戦後を悪玉にして呪詛する脱構築主義のパターンは不変だ。この思考停止の病癖の口上に対して、私はずっと批判を加えてきたが、彼らは一向に口を閉じない。本来、指摘しなくてはいけないのは新自由主義の弊害である。資本の論理に歯止めをかけない新自由主義の政策と、その政策によって固められたシステムが、中間層から所得と資産を奪い、生活と人生を困窮させてきたことが問題で、解決策として提起しなくてはいけないのは、それを抑止する具体的な処方箋なのだ。サンダースの提起と方策こそが、示されなくてはいけない有意味で建設的な議論である。だが、日本のアカデミーと左翼は、新自由主義を視野に入れず、中間層を再建し産業を再生する経済政策へと関心を向けず、もっぱら戦後日本の体制と思想が悪いのだという講釈に執着する。的外れにもほどがあるが、戦後日本の社会構造に責任を転嫁する。小熊英二の論法だと、人は中間層の生き方を求めてはいけないという結論になる。実際、長谷部恭男と杉田敦はそれをポピュリズム防止の策にし、大衆が身の丈をわきまえて低所得でも我慢するように、アカデミーとマスコミが啓蒙することの重要性を示唆した。

c0315619_16440089.jpg小熊英二も、長谷部恭男と杉田敦も、中間層の没落が極右の危険なポピュリズムを媒介している状況を認識しながら、そこに新自由主義の過剰な搾取の契機を言わず、内部留保の異常な増殖と膨張を言わず、タックスヘイブンの課税逃れの飽食を言わない。中間層がどうして没落したのか原因を分析しない。製造業が海外移転して国内の産業が空洞化したから、不可抗力の経済過程で仕方がないからと、自然現象の進行と帰結のように事態を説明する。問題の本質を捉えず、異議を唱えない。現実には、こんなシステムは20年前にはなかった。台風や地震のように訪れたのではなく、人の手で法律が変えられたために仕組みが固定したものだ。労働法制と資本法制を国会で変えたから、新自由主義の原理でシステムが回るようになったものだ。労働者の給与明細に入るべき取り分が、資本会計に移転して内部留保となり、株式の配当となって富裕層の海外金融機関の口座に入り、テリブルでトリメンダスな、そしてアンタッチャブルな富の蓄積となったのである。それが事実だ。社会科学の学者が指摘しなくてはいけない事実はそれだ。思い出すがいい。森永卓郎が『年収300万円時代を生き抜く経済学』を出したとき、世間の人々は仰天したではないか。冗談じゃない、そんな無理な生活ができるのかと。本が出版されたのは2003年のことだった。

c0315619_16441489.jpgわずか14年前のことだ。森永卓郎の本の副題は「給料半減が現実化する社会」で、つまり、当時は日本のサラリーマンは年収600万円が平均的相場だったということになる。今、雇用の4割を占める非正規の年収は7割が200万円に届いていない。「サラリーマン」の語が表象する実体がこの国から消え、言葉が意味を成せなくなった。非正規労働者が切望し懇請する時給1500円の水準は、月給にすると25万円で年収にすると280万円になるのだと言う。森永卓郎が世間を驚かせた300万円に届かない。どれほど日本は変わってしまい、日本人は貧乏になってしまったのか。その真実を思い直さないといけない。その一方で、富裕層のための2億円とか4億円のマンションが都心に林立している。そのことが空気として当たり前に受容されている。厚労省の「毎月勤労統計調査」によれば、実質賃金ベースの労働者の平均年収は、1997年の417万円から2015年の360万円へと18年間で57万円も下がった。それと逆行して税金や保険料の負担は年々増えている。生活が苦しくなっている。ワーキングプアが増え、人が中間層の生き方から脱落するのは当然のことだ。どこかで精確に検証したいと思っているが、5年前、政府と政治家は「低所得者層」などという言葉は使っていなかった。行政とマスコミにおいて、そのような存在は前提されていなかった。

c0315619_16442505.jpgいつの間にか行政で定義や用例ができていて、「低所得者層向け対策」などという施策が打たれ予算が付けられている。NHKのニュースのアナウンサーが大きな声でその語を読み上げている。「富裕層」という言葉も同じだ。「富裕層」や「低所得者層」という言葉を、行政上の正式な範疇として、政府やNHKが当たり前のようにように言い回すようになったのは最近で、私の記憶と理解では4年前からである。おそらく、それまでの日本では、「低所得者層」などという用語を、社会的に定在する対象として正式に認め、政策や法制度を考案するときの概念として措定し、政府や政党が公共の場で言うなどとんでもないことだった。日本は一億総中流の社会であり、行政においては標準世帯の家庭のモデルがあり、その収入と資産と生活レベルの想定があり、それはまぎれもなく中間層たる「国民」の姿で、それより下位に貧困層のクラスタが設定されるということはなかったのだ。そのような不具合が発生する可能性があるときは、政策によって全力で阻止するというのがこの国の政府の原則であり責務だった。その常識と留保が壊され、新自由主義のイデオロギーが支配するようになり、格差拡大の政策と制度が正当化されていく。資本法制と労働法制の「改正」が積み上げられる。今では格差拡大が当然視され、自然の摂理のように意識され、貧困は自己責任として処理される環境になった。

c0315619_16444067.jpgそうなる上において、80年代から90年代のこの国で、最も重要なイデオロギー的役割を果たしたのが、アカデミーの左に位置する脱構築主義者に他ならない。脱構築主義は新自由主義のために道を開き、社会主義の理論を排撃し、戦後日本の中間層システムを新自由主義が解体する手助けをした。脱構築主義の敵は戦後民主主義であり、戦後社会科学(丸山・大塚)だったから、戦後日本が築いた一億総中流のシステムを彼らは憎悪し撲滅する動機をネイティブに持つのである。今、戦後日本の中間層システムがこれだけ破壊され、国民生活が疲弊して人々が貧苦に喘いでいるのに、左のアカデミー(東大岩波)はいまだにヒステリックに戦後日本叩きを続け、脱構築のドグマを朝日紙面で埋めてしつこく布教している。彼らは決して格差社会を批判せず、サンダース的な社会主義の救済策を対置しようとしない。その代わりに、おまえら、中間層だった頭を切り換えろ、低所得者に落ちた己れの身の程を知れと言い、幻想と欲望を追い求めるなと非情に突き放す。まるで古代の仏教のような話を大衆に刷り込んでいる。禅僧の坊主の清貧の説法を聞くようだ。左の政治勢力が、そういう脱構築主義の成長否定論を政策の土台にしているから、大衆はアベノミクスの経済成長論に説得力と魅力をを感じ、その政策を支持し選択して安倍晋三に票が集まるのである。



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by yoniumuhibi | 2017-01-18 23:30 | Comments(4)
Commented at 2017-01-18 21:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 七平 at 2017-01-19 01:57 x
(1の2)終戦直後、日本は欧米の資本主義と民主主義を取り込んだ様に一見、見えたのですが、実際に当時の日本に発展と戦後復興をもたらしたのは、欧米型資本主義ではなく特殊な日銀、通産、大蔵省が指導する社会主義であったと思います。 経済至上社会主義とでも言いますか、輸出振興と経済発展に官民一体で努力し、戦後復興を成し遂げ、経済力をつけた感があります。富の配分も社会主義的に、今に比べると平等に分配され万民中産階級の国民意識があった時代です。 1970-1980 年代がピークとなり、日本の経済がもてはやされ、21世紀は日本の世紀等と言われる程でした。 しかし、日本の一人勝ちは、欧米列強には面白くなく、為替による日本経済の競争力去勢が組み込まれると同時に 米国が ”構造改革” を強いるに至りました。 George Bush と小泉政権のネゴは、この ”構造改革” を日本に押し付けるやり取りであったと思います。 この構造改革の意図するところは、”日本も欧米の様に成れ”。 言い換えれば、日本が育て上げた 経済至上社会主義を放棄せよとの命令に近いものでした。 
Commented by 七平 at 2017-01-19 01:58 x

(2の2)日本経済の進路を定めるこの重要な時期に、宇沢弘文氏のような Milton Freedmanに真向から立ち向かえるような立派な経済学者が未だ生きておられたにも拘わらず、小泉政権は 竹中平蔵 のようなボンクラ経済学者を選び、米国の圧力に屈してしまった訳です。”構造改革” 受け入れが現在の日本の低迷、衰退、経済格差拡張を生んでしまった出発点と考えています。 竹中平蔵がハーバード大でFellow であったからと言って、学位を得たわけでも教授の席を与えられた訳でもありません。もし、彼が本当に優秀な人材であったなら、シカゴ大学が宇沢氏を36歳の若さで教授に抜擢した様にハーバド大は彼を引き留めていたはずです。 話は横にそれますが、Ivy League の大学に 大学院留学したり、Fellow として勤める事はそんなに難しい事ではありません。 受け入れ側は、安い研究労力が得られるし、人材の判断ができると幅広く世界各国から研究者を受け入れています。小保方晴子等は良い例です。しかし、学位を出すとなると、その大学の名誉がかかってきますので、まったく異なった次元の話となります。  この様な背景があり、安倍晋三はUSC中退となり、麻生太郎はStanfordへ学位無の留学となるわけです。夏期講座ならお金さえあれば、誰でも取れます。

時代と環境は異なっても、勃興する中国に対し、欧米、特に米国は 同じメッセージを出しています。 ”我々の様に成れ。 さもなくば包囲網を引きますよ。” 米国の先兵役を果たして、御用聞きの様に走り回っているのが阿倍信三ですので、情けない話です。 

欧米追随の経済学はいい加減にして、国民一人一人が ”幸福の探求” を果たせるような、経済学を考えてはいかがでしょうか? 



Commented by 長坂 at 2017-01-19 12:26 x
「野田に会ったぞ、俺たち凄い!」でやめておけば、、、
再稼働しちゃってるし、40年廃炉どころか更に20年延長して、ですよ。被曝を恐れて国内難民化している人達に対しては冷笑、デモに行けばルールばかり。だから人々の気持ちはどんどん離れ、原発事故は忘却の彼方。福島の比ではないのに豊洲の汚染「小池劇場」に大騒ぎ。ま、皮肉にも事故の教訓は日本ではなくドイツや台湾で生かされる事に。「反原発祭り」や「な~んだ祭り」を映画化して監督デビュー、ピンチは名を売るチャンスにか?
高止まりの支持率と強気の共謀罪。ホント、日本の右傾化は大したことないわ。


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