サンダースを捨象した長谷部恭男と杉田敦 - アカデミーの不毛な大衆蔑視

c0315619_16013757.jpgウェーバーが死んだのは56歳のときだった。社会科学の二大巨頭のもう一人のマルクスより8歳も若い年齢で世を去っている。マルクスは貧困と病苦の果てに苦しみ続けて64歳で逝ったが、ウェーバーは当時流行したスペイン風邪(インフルエンザ)にかかってあっと言う間に息を引き取った。ウェーバーは、まさか自分が56歳で死を迎える運命になるとは思わず、さぞかし無念だっただろう。結局、死の前年に講演した『職業としての政治』が遺作となり、その内容もまさに遺言のような響きを放っている。そのウェーバーに自分を重ねて何事かを想念するなどと、畏れ多いというよりも、あまりに不遜な自意識肥大のようで羞恥と恐懼を覚えるのだけれど、最近、1920年に死ぬ前年のウェーバーの心境が私にはよくわかるような気がする。1919年の『職業としての政治』のとき何を見ていたのか。ウェーバーが見ていた政治的現実と今の日本の政治が同じものに思われて仕方がない。ウェーバーが見ていたのはロシア革命であり、ボルシェヴィズムの暴力の嵐だった。俗にウェーバーは保守論者と言われ、『職業としての政治』の論調も、『プロ倫』と同じくペシミズムで覆われている。私の前にはしばき隊の暴力がある。



c0315619_16015047.jpgさて、1月6日の朝日新聞の2面に、長谷部恭男と杉田敦の新春対談(「考論」)が載っていて、現在の政治的世相についてのアカデミーからの認識が示されている。そのメッセージと議論の基調が、1月8日に放送されたサンデーモーニングで論者たち(寺島実郎・姜尚中・目加田頼子)が述べたものと瓜二つの中身だったので、ブログで取り上げて問題点の核心を指摘したいと思う。偶然ではない。アカデミーは狭い世界であり、身内の者同士で普段から時事を語り合い、幹部は忘年会で顔を合わせて意見交換をしている。見解がすり合わされ、認識が一致するのは当然だろう。世論に投げる言説の仕込みと腹合わせをしている。対談の冒頭、米大統領選と英国のEU離脱の件について、二人は次のように議論を交わしている。「杉田 『アメリカのラストベルトの人たちは、自分たちが祖父母や親の代のような豊かな生活ができないのはおかしいと主張し、その切実な声に寄り添わないリベラルやエリートが悪いという議論も最近多いです』 長谷部 『しかし、それは、アメリカの産業・経済構造が変化した結果です』 杉田 『たしかに、寄り添おうにも<ない袖は振れない>面もありますね。グローバル競争で、地域や個人が海外と直接に競争力を比べられてしまう状況になり、その中で、地域の切り捨ても起きている』」。

c0315619_16022257.jpg「杉田 『由々しき事態ですが、根本的な対策がない点では、リベラルだけでなく、トランプ氏もEU離脱派も実は同じです。しかし彼らは、国境に壁を作るとか、移民排斥とか、見せかけの対策をショーアップし、束の間の人気を得ている。本来なら産業・経済構造の変化という<不都合な真実>を伝え、それに対応して生き方を変えるよう人々に求めるしかありません。しかし、それは人々に我慢を強いる<縮小の政治>という面があり、どうすればそんな不人気な政治を、人々の支持を得ながら民主的に進めることができるか。難題です。』」。こんなことを二人で言い合っている。この論理は、基本的に1月8日のサンデーモーニングで訴えられたポピュリズムへの警戒論と趣旨が同じものだ。また、12月22日の朝日での小熊英二の論壇時評の主張と同じだ。自分たちを、米国や英国で反乱を起こした有権者(没落市民)が敵視するエリートのリベラル、すなわちエスタブリッシュメントとして措定し、エスタブリッシュメントの立場で彼らに反論を返し、一つの「解決策」を提出している。その解決策とは、没落するのは経済の自然の摂理によるものだから、不遇な運命に文句を言わず、ポピュリストの振りまく幻想に飛びつくなという戒めの説教に他ならない。我慢しろと言っている。欲望を膨らませるなと諭している。

c0315619_16023626.jpgこの議論には本当に脱力させられる。アカデミーの権威様で年収何千万円の長谷部恭男や杉田敦や小熊英二はいいだろう。経済がどうなろうと、産業構造がどうなろうと、社会的地位と収入環境は不動で、好きなことを好きなときにマスコミでくっちゃべって安泰でいられる。しかし、我慢しろと強いられる市民の方はどうなのだ。自分は大学を出たのに、子どもを大学にやれない親の絶望と悲嘆はどうなるのだ。そういう没落した元中産層の市民たちに、自然の摂理で運命だから我慢しろと言うのが政治なのか。そんな言説が説得力を持てるのか。人々に支持され、確信される理論になり得ると思っているのか。呆れ果ててものも言えない。この傲慢で噴飯な議論は、アカデミーの思考停止そのものであり、没落市民から批判されたリベラル・エリートの愚痴であり、エスタブリッシュメントの開き直りである。新自由主義の支配層を代弁して、没落市民たちに本音を伝え、格差社会に苦しむ彼らを冷酷に切り捨てるメッセージを与えているだけだ。官僚や資本家に代わって、中立を偽装したアカデミーの権威の立場で、そしてリベラル紙とされる朝日の紙上を使って、没落市民に向かって上から「諦めろ」「往生際が悪い」と罵っているだけだ。怒りを通り越して放心の気分になってしまう。

c0315619_16030243.jpg痛言しよう。この対談の結論には重大で決定的な陥穽がある。あるいは意図的な捨象がある。それはサンダースの理論と政策だ。サンダースの社会主義の理念だ。サンダースが予備選で訴えた公約、それへの米国民の支持と熱狂、トランプ現象の前にサンダース旋風が米国を席巻した事実を、この二人はまったく語っていない。サンダースは何を公約したか。格差是正の具体策だった。富裕層への課税、タックスヘイブン課税逃れへの取り締まり、国民皆保険制度、公立大学の授業料無償化、等々、社会民主主義的な政策が並び、米国民を説得し、民主党最左翼のサンダースが驚異的なブームを巻き起こしていた。サンダースは「我慢しろ」などと言っていない。格差と貧困はどうしようもない現実で、対処する手段はないからそれを受け入れろなどと言っていない。経済社会の不条理は政治によって改変できると言っている。政策によって社会を正しく改造し、格差と貧困の苦悩から米国民を救出すると言っている。社会主義による手術を断行すると言っている。サンダースは予備選で負けて退いたが、トランプがクリントンに勝ち得たのは、本選の前にサンダース旋風があり、サンダースの支持者がトランプに投票したからだ。NHKの特集報道では、サンベルトの白人労働者が明確にその真実を語っていた。

c0315619_16032651.jpgクリントンこそが、リベラル・エリートの代表、DCのエスタブリッシュメントの象徴として嫌忌されたのであり、クリントンを拒否した元民主党支持者の没落白人労働者が、トランプに流れた物語が昨年の米大統領選のキーモメントだった。長谷部恭男と杉田敦は、この事実を(おそらくは故意に)無視して立論している。対談の中で、二人はサンダースの名前を一度も出していない。サンダースの意義と可能性について目配りしていない。サンダースの支持者が、サンダースへの期待をトランプに託した倒錯の真相について触れず、最初からトランプに騙されて釣られたように描いている。ラストベルトの没落白人労働者層をバカ扱いしている。おとなしく観念して我慢してりゃいいのに、幻想を見てポピュリスト政治家に騙されやがってと、愚かで単純な大衆だと決めつけて見下している。米国の格差と貧困の弊害は、決して製造業が海外に逃げて行ったことが原因で拡大しているのではない。資本が過剰に儲けすぎていることが理由であり、労働者に公正な分配が行われておらず、政府が社会保障制度を整備していないことが問題なのだ。サンダースが権力を取り、公約どおりに政策を実施すれば、没落白人層は中産層へと回復し、ヘイトやレイシズムの自暴自棄もやむ。それが政治ではないか。それこそが語るべき認識ではないか。

長谷部恭男と杉田敦は状況を根本的に見誤っている。あるいは混乱して思考停止に陥っている。格差社会を改造する処方箋を提示できないアカデミー(=エスタブリッシュメント)の無能と無力を棚上げして、ポピュリズムが蔓延する責任を大衆に押しつけ、大衆が無知で貪欲で過去に未練がましくしがみついているから、トランプ現象という災禍が発生したと説明している。アカデミーの権威がこういう不毛の体たらくだから、エスタブリッシュメントに対する不信と造反が起きるのである。サンダースを捨象することは、昨年の米国大統領選の意義そのものを貶め、米国民の政治選択を卑しめる行為ではないか。米国民は、悩みながら最終的にトランプ選出という政治へ行き着いた。サンダース旋風がなければトランプ現象もなかった。政治はどこまでも複雑なものだ。トランプが勝利したという最後の結果だけがすべてではない。社会主義者のサンダースを熱烈に応援して大統領に就けようと運動した米国の有権者に、私は心から感動させられ、米国民へのリスペクトを思い直した。長谷部恭男と杉田敦の議論と認識は、あまりに皮相的で考察が軽い。


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by yoniumuhibi | 2017-01-12 23:30 | Comments(1)
Commented by ローレライ at 2017-01-13 07:41 x
『来た、見た、死んだ!』とカダフィ殺害をしたヒラリーは『ノーベル賞オバマの闇』の象徴となったが『魔女ヒラリー』が認識できない『リベラル』がいる。


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