空回りして響くエスタブリッシュメントの一般論 - 脱構築主義の黄昏

c0315619_16092320.jpg昨年、E.トッドの著作の翻訳者として有名な掘茂樹氏のお話をうかがう機会があった。そのときに印象深く残った議論として、主権国家の再評価、国家への回帰という問題がある。トッドの所論がどのようなものか、ブログの読者はすでにご存じの方が多いと思われるのでここでは繰り返して説明しないが、今後の世界の動向を予測するとき、国家の復権と国家主義はキーのモメントだろうと思われる。国家への回帰とか、国家主義の再定置とかいうと、この国ではたちまち右翼反動のレッテルを貼られ、しばき隊と左翼から「ネトウヨ」認定され、袋叩きされるリスクを負う羽目になる。この国のアカデミーの標準理論と基本認識では、国家はデフォルトで悪の存在であり、国家や国民なるものは解体脱構築せねばならぬ負の遺産であり、多文化共生主義の真性敵であり、根絶されるべき前時代の悪性ウィルスの如き表象と価値づけになっていて、これを肯定的に捉えて言論する者は、即座に不穏な異端分子として糾弾駆除されてしまう。脱構築主義がアカデミーのヘゲモニーを握り、脱構築主義の研究者以外の生息を許さず、戦後社会科学(丸山真男・大塚久雄)の系譜を引く者を絶滅させてしまった現在、右翼と名指しされることを恐れずに、国家や国民の概念の積極的意義を敢言できる者は少ないだろう。



c0315619_16093630.jpg1月8日に放送されたサンデーモーニングの新春特集を見ていると、本当に奇妙な気分にさせられる。番組では、トランプ支持の選択をしたペンシルベニア州ジョンズタウンの元溶接工が登場し、工場閉鎖で職を失った悲哀を語っていた。収入が減って生活が苦しいと言い、この町で50代で職探しするのは難しいと言い、ヒスパニックが流れ込んで白人の労働環境を悪化させている現状を強く批判していた。11月の大統領選のときにNHKが取材して見せた映像と同じ中身だった。また、英国(イングランド)の中部、東海岸に位置するボストンという町が紹介され、ブレグジットに賛成票を投じた地元の労働者の声も出た。この町は、EU離脱の国民投票で全英で最も賛成の比率が多かったのだという。これまた、昨年の報ステで克明に報道された映像の繰り返しだったが、普通の市民というより明らかに低所得者という風情の中年の男がカメラの前に立ち、東欧からの移民によって職が奪われて困ると切実に訴えていた。昨年、こういう映像を何度見ただろう。2016年の世界の政治を動かしたのは、まさしくこうした、新自由主義による格差社会化の進展で没落した人々だった。彼らの嘆きと苦悩と意思決定が、一つの大きな流れを作った。

c0315619_16094884.jpg奇妙な気分にさせられるのは、リベラルな番組であるはずのサンデーモーニングの解説とコメンテーターの論調が、このジョンズタウン(米)やボストン(英)の没落労働者を悪者にして貶めて描くことだ。曰く、ポピュリズムに操られる無知な人々、理性的思考を失ってヘイトやレイシズムの排外主義に流れる愚かな人々、国境に壁を作って内側に閉じこもって安息を得ようとする引きこもりの人々、民主主義を否定してファシズムを引っ張り込む自滅系の人々、等々、否定的なイメージで塗り固めて処理してしまっている。この人々の要求や主張に内在しようとせず、その社会科学的な主体性の中身に意味を見出す視線を向けない。寺島実郎、姜尚中、目加田頼子など、論者たちはただ彼らを上から見下ろし、判断力のない政治的な愚者として軽蔑の視線を送っているだけだ。こんな愚衆がいるから先進国がポピュリズムになるのだとか、レイシズムが蔓延るのだと言いたげである。それでは、この米国や英国の没落労働者たちはどうすればよいのか。何を選択すればよいのか。移民の自由な流入を歓迎し、地域で失業することや、移民労働者と競争させられて最低賃金が引き下げられることを喜んで求めなくてはいけないと言うのか。それが健全な市民だと言いたいのか。

c0315619_16095947.jpgサンデーモーニングの制作者は、姜尚中と目加田頼子は、何を言いたいのだ。テレビを見ながら思うのは、彼らの言説がまさに、昨年の世界の政治で否定されたエスタブリッシュメントの空疎な一般論であるということである。姜尚中も、目加田頼子も、ぬくぬくとした年収環境と社会的地位にあり、自分の職場が海外移転で閉鎖になって路頭に迷うとか、他者に職を奪われて没落するなどという境遇は考えたこともないだろう。文科省が、ある日、大学の講義はすべて英語を使用と決定し、学長も学部長も文系の教授も外国人を率先して就任させるグローバル教育に制度改変したなら、姜尚中も、ジョンズタウン(米)やボストン(英)の労働者の心情や動機に頷くことができるかもしれない。TOEICスコア800以下は教授失格、700以下は准教授失格という資格基準にすれば、日本人の研究者は大量にリストラされる事態になるだろう。移民が大量に流入してきたとき、負担を強いられるのは低所得の人々であり、治安の悪化等の問題で悩まされるのは彼らと身近に接して生きることになる人々である。寺島実郎や姜尚中や目加田頼子のような、低所得者と隔絶して生きている富裕層ではないのだ。サンデーモーニングの論理が空虚なのは、格差社会についての目配りがないからである。

c0315619_16102360.jpg本来、ジョンズタウンやボストンの人々が定職と定収を持ち、中産層の人生を維持できていれば、ポピュリズムの政治に牽引されることはなく、排外的で不寛容な意識を持つこともない。あるいは、国内経済が順調に成長して産業構造が拡大していれば、労働力不足を埋める必要から、移民にも過剰に険悪な目を向けることはないだろう。彼らの意識を変えているのは、グローバル資本主義の原理と政策がもたらした冷酷な社会の現実である。国境によって外からの脅威の流入を防ごうとするのは自然な要求で、これを不当視したり、右翼のレッテルを貼って非難する方がおかしい。例えば、われわれからすれば、TPPの災禍がまさにそうではないか。目加田頼子と関口宏はTPPに賛成なのか。TPPによって北海道の農業が潰れること、日本の農家の農業や山間地の農業が消滅すること、遺伝子組み換えと発がん農薬の食料品が自由に入ってくることに賛成なのか。TPPを阻止するためには、そこに国家主権の論理を立て、グローバル主義の否定を正当化するしかない。それは保護主義の思想である。サンデーモーニングの論者たちは、グローバル資本主義の進行を不可避なものとして、従わなければいけない自然の摂理として合理化している。

c0315619_16103489.jpg四半世紀前から始まったところの、新自由主義の格差社会が産み落としている問題について、それをやむを得ないものとして捉え、政策による改造によって転換することができるという発想を持っていない。だから、ポピュリズムやレイシズムの政治が生起する問題について、彼らエスタブリッシュメントは社会の個々人の責任に転嫁してしまうのだ。弱者に責任を押しつける論理に回収されるのだ。あなたたちがバカで思慮分別がないから、トランプに釣られて投票したり、ファラージに騙されて一票を入れたりするのだと言っていて、この番組(サンデーモーニング)を見ている賢明な視聴者は、そういう愚かな行動はやめましょうと言っている。考えなくてはいけないのは、ここで陥穽として指摘しなくてはいけないのは、サンダースもまたNAFTAには否定的で、グローバル通商制度に反対だったということである。大統領選挙の期間を通じて、サンダースが移民に制限をかけるという政策は聞かなかったし、クリントンと同じだったが、格差社会化から米国の労働者を守るという立場から政策を打てば、トランプに近い方向性が出ておかしくなかっただろう。実は、サンデーモーニングだけでなく、年末から正月にかけての朝日新聞の論説が、サンデーモーニングと同じもので、トランプ的な方向に吸引される大衆を上から批判する説教だった。

12月の小熊英二の記事がそうであり、正月の長谷部恭男と杉田敦との対談の趣旨が同じだった。リベラルを標榜する彼らは、新自由主義が産む格差社会の矛盾については寛容で、それを、人が受け入れるべき自然法則だと説明していて、文句を言うなと言う。製造業が海外に移転していくのは当然で、低所得のバイトでも我慢してポピュリズムに走るなと言う。中産層から没落し、貧困の矛盾に苦しみ、政治に活路を求めて足掻く先進国の庶民を上から叱責する。まさに、エスタブリッシュメントの一般論だ。こういう言論が説得力を持てるだろうか。安倍晋三とトランプに対抗する政治を作れるだろうか。


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by yoniumuhibi | 2017-01-11 23:30 | Comments(5)
Commented by ろうのう at 2017-01-11 19:26 x
あけましておめでとうございます。
今年は明治維新150周年加えて資本論150周年。
今年こそ光に満ちた年に。
Commented by NY金魚 at 2017-01-12 10:42 x
あけましておめでとうございます。ことしもよろしくお願いいたします。
トランプに投票した白人の知人の話を聞いていると、マンハッタンに住んでいながら、このブログに出てくるジョンズタウンの労働者とまったくおなじ口調です。お説の通り、新自由主義からの格差社会の被害者である彼らに同情する意識もありますが、新大統領がどれだけ彼らの理想に近づいた政策を打ち出せるのかを考えると、どうも彼らはだまされた公算が強い。日本のサンデーモーニングだけでなく、米メディアも大統領選でのトランプ支持者を見下す傾向が高いと思います。
トランプ当選のあとすぐ、一度だけアンチトランプのデモに参加しましたが、圧倒的にクリントンびいきの女性のフラストレーション大会で、こちらにもまったく食傷気味です。仮にかの女が当選していたとしても、この国の格差問題はほとんどなにも解決しなかっただろう、という印象を受けました。チョムスキーの言うように、トランプよりはマシだったかもしれないですが…。結局、格差社会を少しでもマシにしたい有権者にとっては、大統領選で「まったく不毛の選択」を強いられた人びとの「アガキ」のようなものからのトランプへの選択だったと感じています。
◆ アベ日本を含めて、このように圧倒的多数の「格差社会反対」の声があるのに、社会がそれと反対の方向に動いていくのは、このブログに書かれている「識者」や「メディア」が、彼ら(その被害者)のことをエスタブリッシュメント目線で見ていて、格差の被害者の目線から見ようともしない。
新自由主義反対、グローバリズム経済反対といいながら、格差の被害者自身も、どこかでそれを動かしている元凶であるエスタブリッシュメントに媚を売っているということではないでしょうか。資本主義とはむずかしい。

Commented by ローレライ at 2017-01-12 12:42 x
『偽国家主義の安倍晋三の応援団化したリベラル』だらけになったのは『脱構築』と『自己責任論』の結果ですね。『まともな国家主義』なら『脱構築』にはなれない!
Commented by jdt01101 at 2017-01-12 15:21
労働力商品って言葉がありますからねー。それは資本主義の根本矛盾なんだけど、基本的人権持ってても商品には変わりなく、海外から安い商品が大量に入って来て工場が潰れるのも、移民に職を奪われて失業するのも大差ない。まあ今の日本じゃ大した問題にはなってないけど、戦前の朝鮮人虐殺の背景には、財閥の経営する炭坑なんかが、日本人労働者のクビを切って、安い賃金で無保障で働く朝鮮からの移民を大量に雇い入れたことにあった。
Commented by 愛知 at 2017-01-16 02:08 x
祝日には玄関建具枠に国旗と提灯。中学卒業者は金の卵。ホームレスという言葉はなく、お乞食さん。まだ貧しく国籍を失った子も耳の不自由な子も同じ教室で仲良く学び、遊び。学業優秀でも経済的に恵まれなければ、ひっそりと自衛隊に。河川敷の養豚場併設バラックにはローマ字の表札が。イクメンという言葉もなく、見習ったのは復員教諭の寡黙な背中。昨今のレイシスト「国に帰れ」、カウンター「土に還れ」などという言葉の暴力の応酬に辟易。「土に還れ」の延長線上での「アベ倒せ」で倒せるはずもなく。鼓腹撃壌の不勉強な身からすれば、暴力に違いなどあるものかとしか。出来レースかと一人憤りつつ、ご教授に深く感謝。


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