北方領土の返還を阻む要因は日米同盟 - 真相を報じた朝日の記事

c0315619_16365777.jpg25年前の1991年1月、納沙布岬まで行ったことがある。JRの根室駅を降りてバスに乗り、平らな根室半島を45分ほど走ると終点に到着する。この年、ゴルバチョフの訪日が決まっていて、海部俊樹との首脳会談で領土返還の合意がなされるのではないかと期待が高まっていた。日本に島々が返ってくる前に、ソ連が占領支配している北方領土を一目見ておこう、北の国境の緊張した情景を目の当たりにしておきたいと、そう思ったのが足を運んだ理由だった。歯舞諸島の一つである水晶島が目の前に見える。テレビでよく見るところの、鳥が飛んでいるような、蛙が地面につぶれたような独特な形の小さな島だが、横から遠望すると、隆起がなく、海上に水平に島の地表が伸びている。一面が乾いた枯れ草の色で、根室半島沖に点在する島々はどれも同じであり、スコットランドを連想させる異郷の地形をしている。そこにソ連の国境警備隊の監視所があり、望遠鏡で覗き込むと、歩哨の一人が屋外で立ち小便をしているのが確認できた。納沙布岬から3.7キロ。想像以上に距離が近い。左側の視界には国後島が長々と入り込んで水平線を遮り、納沙布岬を押し包むように横たわっている。日本の領土の先にソ連の島があるというより、ソ連領内の懐深くに納沙布岬が突き出しているという印象だった。



c0315619_17173485.jpg昨夜、12月13日のNHK-NW9では、国後島から引き揚げてきた84歳の元島民の女性が出て、ゴルバチョフ訪日の当時を回想していた。私と同じように、そのとき返還が成ると信じ、これで島へ帰れる思ったと、そう言って声を詰まらせていた。ソ連の指導者が来日するのは初めてのことで、来日する以上、戦争の後処理をするのは当然で、平和条約の締結、すなわち経済援助と交換の四島返還で合意するのが当然だった。ソ連は経済的に断末魔の苦境にあり、ゴルバチョフは東独からの軍撤退を150億マルクで手を打っていて、一方の日本経済は絶好調の時期にあり、何兆円かの買収でゴルバチョフの決断を引き出せそうな状況だった。残念ながら、訪日前にゴルバチョフが失脚してしまっていて、領土問題の決着は先送りにされ、その後は時間の経過とともに解決からどんどん遠ざかってしまった。経済が低迷して日本の国力が弱体化し、逆にロシアが石油で国力を復活させ、立場がすっかり変わってロシアが強気になっている。元島民の高齢化が進み、今では政府とNHKが、二島返還を先に実現して少しでも前進させようなどと弱気を言い出している。「戦争による領土変更」というロシア側の言い分を認める論者も現れ始めた。70年も実効支配を許して世代を交代させているのだから、無理もない話だとは言える。

c0315619_17174664.jpg国内の世論では、領土の返還もなしに経済協力してはならぬという主張が強い。ロシアに騙されて一方的に援助させられるだけで領土は戻って来ないと、そういう見方が多い。私の意見は違う。領土問題と経済協力を切り離し、積極的にシベリア極東開発に出るべきだと思うし、もっと日本はロシアと人材交流や資本交流を深めるべきだと考える。ロシアに深くコミットしてよい。平和条約は領土問題の解決なしに締結できないし、そこは譲るべきではないし、あくまで四島一括返還を求めるべきだが、そのことと経済協力とは切り離して考えてよいのではないか。その方が日本の国益になるはずだ。というのは、次のような理由からである。今、元島民が高齢化して、これ以上時間を延ばしていたら一歩も前へ進まなくなる、元島民が生きているうちに少しでも具体的な成果を得ようと、そういう空気に変わってきた。現実にそのとおりだろう。ロシアは自信を取り戻していて、着々と実効支配の時間を積み重ねている。戦争のどさくさに紛れて不当な侵略で奪い取った土地だったものが、時の経過と共に、世代が移り、記憶が風化し、戦争が過去のものになり、戦争の結果得られた領土だという意味づけに変わった。化学変化した。若いロシア人ほど、この認識と観念が強いだろう。

c0315619_17180031.jpgそこで、経済協力の方だが、こちらは果たして時間が経っても今のままでいてくれるだろうか。日本人は、貧しいロシアが豊かな日本からカネをせびろうとしていると、ずっとそう思っている。開発資金を出すのは日本で、領土返還の餌で釣って騙すのはロシアだと、その固定観念の原状のままでいる。しかし、本当にこの状態が将来まで続くだろうか。シベリア極東開発に投資の魅力を感じ、国益上の動機を持っているのは日本だけではない。中国がいる。いずれ、日本が踏み出さなければ、中国がそこに資金と技術を入れ、中国の思惑どおりにシベリア極東開発を進めるだろう。シベリアに眠っている資源を貪欲に食い散らかし、中国国内の工業生産の原料補給基地にして行くだろう。中国経済の後背地にしてしまう。つまり、何も現状を動かさず放置していたら、日本が何も得られなくなるのは、北方領土だけではないのだ。シベリア極東開発という国益をもたらす国家事業の方も、このまま手を出さず尻込みしていれば、いずれ参入と着手の機会を失うことになるのである。このまま10年、20年と何も経済協力のプロジェクトを動かさなければ、シベリアの豊かな果実はすべて中国に持って行かれ、日本の経済と財政は縮小して何もできなくなり、ロシアから要請すら受けない位置になる恐れがある。

c0315619_17181451.jpgロシアとの経済協力というのは、未来永劫にチャンスとして同じ条件で転がっているのではなく、まして、日本が施しを与える類のものではないのだ。たとえば、ウラジオストクからハバロフスクに新幹線を引いてもよいではないか。ハバロフスクからイルクーツク、イルクーツクからウランバートルへ延伸してよいではないか。間宮海峡と宗谷海峡の海底トンネル、およびガスパイプラインの敷設もあってよいではないか。このまま日本が何もせずに指を咥えていれば、ウラジオストクからハバロフスクまでの新幹線、間宮海峡の海底トンネルは、中国企業が受注して工事を始めるに違いない。経産省は東京にLNGの国際取引市場を開設しようと画策しているが、それを成功させるためには、ロシアと手を握り、二人三脚を国際社会にアピールし、将来の宗谷海峡のパイプライン構想を世界に吹聴するのが良策だろう。フェイクであっても、当のプロジェクトを打ち上げて宣伝しておけば、米国の余剰LNGを買い叩くのに好都合となるし、カタールに売価を吊り上げられて悲鳴を上げる心配もない。シベリア開発というのは、本来、日本が踏み出して手がけるべき夢の事業だった。日本経済が仕切ってドメインにするべきパイオニアだった。そのことで、抑留されて凍土の地で果てた犠牲者30万人の同胞の無念に報いるべきだった。

c0315619_17182829.jpg経済協力と領土返還は分けて考えるべきだというのが、私の以前からの対ロ外交方針である。それでは、領土返還の方はどうするのか。経済協力のカードを切ってしまって、領土返還をロシアから得られる手段はあるのか。それについて結論を述べたい。領土返還は経済協力とリンクすることは能わず、唯一の解決の展望は安全保障の策にある。すなわち、日米安保条約を破棄することだ。そうすれば四島返還を達成できる。島を日本に返還する上において、ロシアが最も警戒し懸念しているのは、そこに米軍基地が建設されるのではないかという疑念に他ならない。マスコミ報道を見ながら、薄々と感じ取るのは、どうやら今回は、最初は本気でプーチンは二島(歯舞・色丹)を返還する(引き渡す)つもりだったらしいということだ。歴史的な快挙ということで、盛大に祝賀し、安倍晋三はこの機に解散総選挙を狙っていた。だが、交渉の途中で頓挫した。その理由について、本日(14日)の朝日が紙面記事でこう書いている。「楽観論は11月に入って後退した。同月上旬、モスクワ入りした谷内正太郎・国家安全保障局長は、ロシアのパトルシェフ安全保障会議書記と会談。(略)パトルシェフ氏は日ソ共同宣言を履行して2島を引き渡した場合、『島に米軍施設は置かれるのか』と問いかけてきた。谷内氏は『可能性はある』と答えたという」(2面)。

c0315619_17184135.jpg「プーチン氏が問題視するのは、日本の米国との同盟関係そのものだ。『日本が(米国との)同盟で負う義務の枠組みの中で、その程度ロシアとの合意を実現できるかを見極めなくてはならない』『日本は独自に物事を決められるのだろうか』と、疑問を呈した』」(同 2面)。きわめて重要な事実を朝日は報道している。今回の二島返還のカギは、そこに米軍基地を置かないという日本政府の約束だったのだ。その要求を日本側に打診し、安倍政権は米国に打診し、米国は了承を出さず、谷内正太郎が不首尾をロシア側に通告したのである。それで破談となった。昨日(13日)の朝日の記事では、森喜朗がインタビューに答えてこう言っている。「プーチン氏は以前、私に『島を返還したら米軍基地ができるのか』と聞いてきたことがある。私は『あり得ない』と返答した」(4面)。きわめて興味深い。いつの時点かは不明だが、森喜朗はプーチンに対して、二島が返還されたときにはそこには米軍基地は置かないとコミットしているのだ。プーチンと安倍晋三との今年前半の交渉においては、この森喜朗のコミットがロシア側の外交前提になっていたのだろう。つまり、問題はどこまでも日米同盟であり、米軍基地の不安なのだ。そして、森喜朗が首相をしていた頃よりも、現在の方が日本の対米従属が深まっているのであり、米軍基地の問題でフリーハンドを持てなくなっているのだ。

振り返ってみれば、1956年の日ソ共同宣言が反故にされてしまったのは、1960年に岸信介が日米安保条約の改定・延長を断行したからだった。日米の軍事同盟が強化され、日本がアジアにおける米国の前線基地の性格を固めたため、ソ連は日ソ共同宣言を無効(保留)にする態度に出てしまった。今も基本的にその延長上にあるのであり、ロシアは過去からの原理原則を一貫させているのだ。すなわち、裏から解説するならば、今回の二島返還を潰した犯人は米国である。歯舞・色丹に米軍基地を置かないとコミットし、山口での共同声明にその項目を入れることを米国が容認すれば、二島返還、すなわち1956年の共同声明は60年ぶりに履行されていた。日米同盟があり、それが強化され続けているかぎり、どれほど経済協力をしようがしまいが、それとは関係なく、北方領土は絶対に返ってこない。日米同盟が元凶だ。

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by yoniumuhibi | 2016-12-14 23:30 | Comments(2)
Commented by 七平 at 2016-12-15 00:19 x
米国とロシアを比較して、どちらがより人道的で信用できるかと聞かれたら、私は躊躇なく米国と答えます。 ロシアと安全保障条約を結んだところで何の価値があるだろうか?戦後、満州から引き揚げた父からの実話として記憶していますが、二次大戦中には日露不可侵条約がありました。 しかし、原爆が投下され日本の敗戦が明らかになり始めると、不可侵条約等お構いなしで南下を始め、略奪行為を始め北方四島まで占領したのがソ連です。多くの日本兵は捕虜となり、シベリアで強制労働に処される等、そのあたりの描写は山崎豊子が書いた”不毛地帯”になされています。

沖縄の基地問題に関し、米国が基地を拡大して出ていかない事に怒りを覚えている沖縄県民や日本国民がたくさんいるのは解りますが、私の見解では、本当に沖縄に基地を維持しそれを拡大させたがっているのは日本の軍産複合体だと思います。実際、大型基地等サイバーやドローン、ミサイル戦争が主流になるであろう昨今、余りメリットは無いと思います。 

フィリピンが米国にスービック湾からの米軍基地撤退を決議した時、米国はすんなり出て行ったのは記憶に新しいところです。日本の国会で米国基地撤退を決議すれば、米国はすんなり出ていくでしょう。靖国神社を信望する連中には、願ったりかなったりで大喜びするでしょうが、さてその後が大変です。

問題は、日本に民主主義が定着していない事と、世界に対してガンジーやマンデラの様にMoral Highground に立てる政治家や指導者がいない事です。米国は日本の政治家の悪行を日本のマスコミより熟知しています。必要とあらば、人質事件の真相も含め安倍晋三を失脚させるネタ等山ほど手持ちのカードに抱えていると思います。


  
Commented by 愛知 at 2016-12-16 17:57 x
「日本は一九四五年九月二日のあの降伏文書で連合国に降伏しておる。その連合国は米・英・ソ・中というこの四大国であることは降伏文書にもはっきり書いてあるわけであります。ところがその連合国に対して降伏したにもかかわらず、その中の特定の一、二の国だけと條約を結ぶということになりますと、これは降伏文書にも違反することになるし、また日本が無條件で受諾したポツダム宣言にも違反するつまり日本政府は條約違反を犯す、法律違反を逢えてする、こういうふうなことになるわけで」(砂間一良委員)
 今回の記事に触発され。片務講和・国会・議事録の語で検索して現れた昭和26(1951)年5月16日の第10回国会・外務委員会の議事録から引用。
 同議事録冒頭のドタバタ振りは、まるで今日のことのようで笑えて。再び追想で恐縮乍ら、子どもの頃、「永世中立国・スイス」が共通の憧れ。最近、そんな言説を目にしませんが、左側で多く目にするオスプレイの構造上の欠陥論などに辟易。命の尊重への真摯なご教授に深謝。


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