フィデル・カストロの死を悼む - 堀田善衛『キューバ紀行』の紹介

c0315619_14161280.jpgカストロの死を悼み、堀田善衛が書いた『キューバ紀行』を読んでいる。初版は1966年。64年に訪問したときの旅行記であり、時期的に考えて、政治宣伝の要素を割り引いて慎重に読まなくてはいけないかなと最初は警戒した。だが、読み進むほどにそうした意識は消え、どんどん中身に没入して行ってしまう。さすがに堀田善衛。この本は古典の価値がある。決して古くない。カストロとキューバ革命をどう評価すればいいか、肯定と否定の両面が交錯し、イデオロギーの座標軸で悩んでいる者は、一度、虚心坦懐に半世紀前の堀田善衛の文章に接してみるといいだろう。第1章にカストロが32歳のときの、1959年10月に行われた演説が抜粋されている。バチスタ政権を倒して10か月後のときだ。長くなるが、煩を厭わず引用しよう。「彼らはキューバの人々を脅し上げようと思っている。一方で、彼らは砂糖の輸入割当てを減らして、キューバの経済を締め上げるぞ、といって、キューバの人々を威かしている。他方で、彼らは新たなテロでキューバの人々をおびやかし、キューバ人に、生命を吹き込むような革命の過程と、わが国に正義を打ち立てようとする努力とを放棄させよう、と考えている(拍手)」(P.48)。



c0315619_14162860.jpg「なぜ、彼らはキューバを攻撃するのか? キューバはどんな罪を犯したか? キューバの革命政府、つまりキューバの人民は、侵略の対象になるような、どんなことをやったのか? 私は人民に尋ねる ― わが国の歴史で、これまで全くなかったことだが、絶対に正直な人を国家の機関に据える、ということを、われわれはやった。諸君はこの行動に賛成だろうか?(『賛成だ』の叫び声) 私は人民に尋ねたい ― 諸君は革命政府が行政機関内の腐敗と汚職とを終わらせたことに賛成だろうか?(『賛成だ』の叫び声) 私は人民に質問する ― 諸君は革命政府が人民の生活から、賭博を徹底的に追放してしまったことに賛成だろうか?(『賛成だ』の叫び声) 私は聞きたい ― 諸君は革命政府が戦犯を射殺したことに賛成するか?(『賛成だ』の叫び声) 私は聞きたい ― 諸君は独裁時代に金を儲けた犯罪人たちの財産を人民の手に返した革命政府の行動に賛成するか?(『賛成だ』の叫び声) 私は質問する ― 諸君は革命政府が調査局(バチスタ政権の特高組織の一つ)の敷地を公園にし、軍用地を人々が切実に必要としていた体育センターにしたことに賛成かどうか?(『賛成だ』の叫び声)」。 

c0315619_14164179.jpg「私は人民に質問する ― 諸君は革命政府が、歴代の独裁者たちの手で電話会社(キューバの電話事業を独占してきた米国系会社)に与えられた利権を帳消しにしたことに、賛成するだろうか?(『賛成だ』の叫び声) 私は人民に質問する ― 諸君は革命政府が電気代を値下げしたことに賛成するか?(『賛成だ』の叫び声) 諸君はわれわれが薬代を引き下げたことに賛成するだろうか?(『賛成だ』の叫び声) 人民は革命政府がキューバ住宅建設局をつくり、この機関がすでに一万戸の住宅を建てたことに賛成するだろうか? 人民は独裁時代には抹殺されていた労働組合結成の権利や社会的な諸権利を、革命政府が労働者に与えたことに賛成であるかどうか?(『賛成だ』の叫び声) 私は人民に質問する ― 諸君は土地改革に賛成か?(『大喝采』) 私は人民に質問する ― 諸君は農民に土地を与えることに賛成するか?(『賛成!』) 諸君は、われわれが農民の住宅をつくり、農民の生活水準を引き上げることに賛成するか?(『賛成』) 諸君は、革命軍が農民にとって最良の同志であり友人であること、なぜなら革命軍は人民の利益を守り、人民だけに奉仕するから ― このことを認めるか?(『認める!』)」。

c0315619_14165888.jpg「私はキューバ人民に尋ねたい ― 諸君は革命政府が出した工業化計画に賛成するか?(『賛成!』) それではさらに尋ねたい ― 革命政府は人民が賛成しないようなことを何かやったのだろうか? 革命政府は人民の利益を守るために、あらゆることをしたのではなかったか?(拍手) このように例外的といってもよいような状況は、キューバの歴史で初めてつくり出されたものである。このキューバの歴史は四世紀前、キューバ征服者たちがインディオを迫害し、絶滅させたことで始まった。この四世紀間の特長は、人々が金で買い取られ、家畜のように売り飛ばされた奴隷の状態であった。この歴史は、わが国で2万人が殺され、多くの農家が徹底的に破壊され、多くの農民が利己心と貪欲と、利権を持った大会社との犠牲になって射殺された革命の時期で終わりを告げた。わが国の長い歴史で初めて、革命政府が権力を握った。この政府は、一切の特権と不正をなくし、人民を悪の手中から解放する措置を講じている。このような悪の多くは、四世紀ものあいだ存在し続けてきたものであった。この政府は、過去五十年間に比類を見ないような規模で建設に―道路、灌漑網、学校、病院の建設に乗り出した。この政府は、これまで一度もつくられたことのないような工業社会を建設しようとしている」。

c0315619_14171663.jpg「私は人民に尋ねたい ― われわれが国際組織のなかで毅然としているのは、正しいことだろうか?(『拍手』) 諸君は今日、皮膚の違いに関係なく、すべてのキューバ人が働く権利を行使できる、という事実に賛成するだろうか?(『賛成だ』の叫び声)」」(P.48-52)。こうして長々とカストロの演説を紹介したあと、堀田善衛は次のように書いている。「ここに、この32歳のフィデル・カストロとキューバの農民たちが、のしかかるようにしてつい140キロ北に蟠踞している、核兵器大王のアメリカと直接対決するという、とてつもない、しかし考えてみれば当然な道へ歩み出て行く者たちの緊張と戦慄と、決意が悲壮なまでに、血の色をともなってあらわれている。(略)しかし、道について歩き出したものは、歩いて行かねばならぬ。止まれば死ぬということになる。そこから”祖国か、死か、われらは勝つ”というスローガンの、キューバ人にとってのただならぬ切実さが出て来る。(略)フィデル・カストロとキューバ革命の持つ意義の一つは、それがラテンアメリカ世界においての人間の発掘ということと関わりがあり、この革命と北米合衆国との関わり合いが、今までのところ北米にとってはあくまで”政治”であり、政治だけでしかないけれど、たとえばキューバおよびラテンアメリカ世界の人々にとっては政治や経済だけのことではなくて、人間としてのまともな生活ということにまで関わってくる」。

c0315619_14173070.jpg「私は、フィデルの演説を聞き、かつ読むとき、そこに生一本の人間というものと、政治というものとの関わり合い方の、その一つの極点を見るような気がするのである」(P.57-59)。「フィデル・カストロ氏の演説に魅力というものがもしあるとすれば、それは彼の演説がもつ論理性にある、と私は思う。それを英語の通訳を通じて現実に聴いた限りでもそう思い、またその後に17、8の演説を英語とフランス語の訳を通して読んでみた限りでも、私はそう思ったものである。そうして、そのこと、論理性ということ、これは私自身にとっても、まことに意外なことであったのだ。それは、私自身が、主としてアメリカ系の通信等を通してそれまでに持っていた、というより持たされていたイメージというものと全く違うし、大方の人々の持っていた、あるいは持たされているイメージとも、まるで違うものであろうと思う。それは、私自身にとっても実は非常なおどろきであったということを、ここで白状しておきたいと思う。つまり、フィデル・カストロの論理性とは、その実質実体は、小なりといえども誇り高い独立国としてラテンアメリカの現実のなかに実在したいという熱望に支えられた、キューバのその内側から見ての論理性なのである」(P.70-71)。

c0315619_14183165.jpg「しかもキューバがその論理常識を通そうとすると、米国の政府や巨大会社が怒り出すという論理であり、この論理がラテンアメリカの全体に通じるようになると、アメリカによる植民地的支配が全体的に崩れるかもしれぬという、そういう論理性である。たとえば、米、ラード、綿花、電話、土地、石油、鉱業、商船隊、電気、自動車、バス、薬その他から、生命である砂糖とタバコまで、とにかく国民生活に必須なほとんど一切が、軍隊までが、外国の政府と独占資本によって規制されていた国の、つまりはラテンアメリカの植民地半植民地だった国が、その独立を論理としても実質としても完遂しようとしたとき、その国家的自由、国家的行動の自由を他人、他国に縛られることなく快復しようとしたとき、独立国としては当たり前のこと、従って論理常識にかなったものにしようとするとき、言い替えて植民地の宿命から脱出しようとするとき、かつはこの論理の当前事を完遂しようとすると、生命であった砂糖の割り当て廃止を食らい、従ってその砂糖を買ってくれるという国へ自由に売ろうとすると、今度は軍需品の輸入を止められ、内外からの破壊工作に耐えるために軍需品をベルギーから買おうとすると、その輸送船が爆破され、ついに社会主義国からそれを買おうということになる、

c0315619_14184717.jpgかくてとうとう国交断絶を食い、あまつさえ軍艦による封鎖を食い、直接侵略を食い、ナパーム爆弾で収穫を焼かれ、ハバナ爆撃を食い、たったメキシコ一国だけを除いて、アメリカの圧力によって仲間のラテンアメリカ諸国もがキューバとは国交を断ち切らされるという、独立国としての論理常識の当然がおそろしい圧迫、非論理、暴力を呼ぶという現実がある」(P.71-72)。堀田善衛の文章の引用だけで稿が尽きたが、カストロ論、キューバ革命論として十分な内容で、決して古くなっていない。それは、一つには、カストロ自身が半世紀前から人格と精神が変わらず、理想に燃える革命青年のままであり、キューバが革命の理念を失わなかったということもあるからだろう。キューバは変わらなかった。変わることを米国に阻止され、結局、抵抗し抜いて小国の意地を貫いた。20世紀の社会主義国の指導者の中で、唯一、カストロは西側世界で人気があり、キューバは、貧しくとも医療で模範的な最先進国となった実績で称賛を受けている。今回、カストロの独裁について、国内での人権抑圧について、日本の左翼から非難の声が上がっている。だが、目と鼻の先に国を潰そうとする超大国アメリカがいて、経済封鎖をされ、軍事的圧力をかけられたとき、あのような兵営国家と統制経済で固まる以外の道をどう採ることができたのだろう。

建国の理念を捨てて米国に屈服する以外に、他にどのような針路と選択があったのだろう。カストロとキューバの半世紀の「失敗」を責める者は、特に冷笑系の脱構築左翼は、それではどうすればよかったのか、どんな方策をもってキューバは国家経営と社会建設に成功したのか、具体的に教えて欲しい。



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by yoniumuhibi | 2016-11-28 23:30 | Comments(3)
Commented by 長坂 at 2016-11-28 22:11 x
なぜ冷笑できるのか!?中南米(だけではないが)の歴史は、CIA暗躍の歴史。アンタッチャブルのユナイテッド・フルーツAKAチキータ・ブランドに手をつけ様とすると共産主義呼ばわり、軍事介入、政権転覆、親米軍事独裁政権樹立。民主化を妨げ、搾取し尽くし、全ての富はアメリカへ。残されたのは極度の貧困と格差。ガテマラやホンジュラスからの不法移民があ~って、誰が好き好んで故郷を捨て、家族と別れ、命を賭してまで言葉の通じない国に行きたいか?
ゲバラはCIAに殺され、カストロは何度も暗殺されかかった。嫌がらせの経済制裁と、改めてアメリカの巨悪ぶりを再確認。奇しくもグランマ号がメキシコを出発した日に亡くなったと朝日にあった。RIP
Commented by NY金魚 at 2016-12-01 02:16 x
チェ・ゲバラからフィデル・カストロへの別れの手紙・抜粋:
◆ 私が喜びと悲しみの混じり合った気持でキューバを離れるのだということを知って欲しい。私はここに建設者としての私の最も純粋な希望と、私が愛するもののうちの最愛のものを残して……そして、私を息子のように受け入れてくれた人民と別れていくのだ。このことは私の心を深く切り裂く。私は新しい戦場に、君が私に教えてくれた信念、わが人民の革命精神、最も神聖な義務を果そうとする感情を携えていく。そして、どこであろうと帝国主義と戦うのだ。戦いが私の心のすべての傷を十分に慰め癒すのだ。
◆ もう一度言うが、キューバに関して私はいっさいの責任から解放された。だが、キューバは私にとってひとつの模範だ。私がどこか異国の空の下で最後の時を迎えたら、私の最後の思いはキューバの人民、そして特に君に向かうだろう。君の教えと模範に感謝する。私は私の行動において最後までそれに忠実でありたいと思う。私はこれまでわれわれの革命の外交政策に常に従ってきた。これからもそうしたいと思っている。どこにいようとも私はキューバの革命家としての責任を自覚しているだろう。そして、そのように行動するだろう。私は私の子供や妻に何も残しておかないが、それは別に心残りのことではない。そのほうが私には望ましいのだ。国家が生活と教育に十分なことをしてくれる以上、私はそのほかに何も望まない。
◆ 君とわれわれの人民に語りたいことはたくさんあるが、それはもう必要のないことなのだろう。言葉は私が望むことを表現しえない。これ以上紙をよごすまでのこともないだろう。勝利に向かって常に前進せよ。祖国か死か。革命的情熱をもって君を抱擁する。
チェ
Commented by NY金魚 at 2016-12-09 14:46 x
カストロのやろうとしたこと。
コロラドにお住まいの、宮前ゆかりさんのツイッターの語句をまとめて、これからの「労働の意味」を考えています。
◆ アマゾンの実店舗制がはじまって、キャッシャーやチェックアウト担当の店員に、必要ない「買い物システム」が試されているという。在庫管理のロボット化とともに、今後どこのスーパーでも店員の必要がない小売りシステムが拡大し、労働市場のエントリーレベルの雇用機会が激減することが懸念される。経済活動における労働の意味とは何か。
◆ この問題(労働の意味)に早くから取り組んだのが、実はフィデル・カストロだという。カストロは国策として医療専門家や太陽エネルギー技術者、教師など「人間で あることが価値を生む労働」の領域の開発に力を入れた。医師や技術者を海外に派遣し教育を広める活動を重んじた。マルクス理論を人間的な解釈でよく理解していたから。
◆ 同じように、人間だからこそできる「労働活動」を国策の中心に据えた国のひとつにアイスランドがある。アイスランドでは国策として音楽活動、音楽教育に力を入れ、毎年「made in Iceland」というコンパイレーションアルバムを発信している。
◆「人間らしい労働とは何か」というアジェンダはマルクス理論をちゃんと読んでいれば当然取り組むべき課題として浮上する。労働環境のロボット化の問題をき ちんと見据えて医療と福祉に必要な「人材養成」を国策にしたカストロの明晰な洞察をきちんと評価できる日本人経済学者はいるのか?
◆ ちっぽけな国の国策が音楽だなんて、ダサいとくさす人もいるだろう。でも小さいアイスランドの美しい景観のある場所で開催される音楽祭には世界中から聴衆が来るし、音楽学校や音楽制作技術の専門学校もあるし、経済の核のひとつとしては有意義なセグメントだと思う。日本なら茶道経済みたいな。


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