サンダースなら勝っていた - マイノリティの逆説と理想の共同体

c0315619_15155307.jpgトランプの勝利を目の当たりにして、最初に持った感想は、これは2001年の同時テロ以来の歴史的事件が起きた瞬間で、ここから世界が大きく変わるということだった。次に抱いたのは、トランプは戦争を始めるだろうという予感と不安だった。トランプの資質と政策では、米国は割れるばかりで対立が深まるばかりだ。格差も解消されず、銃乱射事件が多発し、国内は不信と憎悪と暴力が横溢することになるだろう。分断を深める米国を統合へと持って行くためには、外に敵を作って戦争を始めるのが最も手っ取り早い。戦争が始まれば、合衆国の国民は星条旗と大統領の下に一つに結束する。奔放に散乱する多様性が、一夜にして単一化され一色に染まる。そういう生理のメカニズムを持っている。トランプは平気で戦争をやれる人格の持ち主だし、米国は唯一の超大国の軍事力を持っている。トランプは、過激なデモを繰り返す反トランプ勢力に対して強権的なカウンターで臨むはずで、彼らに「反米」のレッテルを貼り、「米国の敵」だと決めつけて弾圧を正当化するだろう。米国社会はオーウェルの『1984年』のようなファシズムの暗黒の世界に沈み込む。第三に着想したのは、サンダースだったら勝てたのではないかということだった。



c0315619_15160636.jpg第一の直感については、NHKのインタビューに登場したイアン・ブレマーが、そっくり同じ言葉を河野憲治に返していた。同時テロから15年、世界は大きく変わったが、今回のトランプショックをターニングポイントにして世界は大きく動く。ヨーロッパは間違いなく影響を受け、トランプと親和的な極右政権が誕生してEU崩壊の流れが加速するだろう。戦後世界の秩序を安定的に維持してきたところの、国連(UN)体制が揺らいで危機を迎えるだろう。第三の仮説については、ワシントンポストが10日にその見方を示す記事を載せていて、また、ある民間企業の調査でもサンダースが勝利したという分析が出たとハフィントンポストが書いている。今回の選挙の主役は、ラストベルト諸州のミゼラブルな白人労働者たちだった。彼らが反乱を起こし、本来なら民主党候補に投票するところを、エスタブリッシュメントであるクリントンを嫌い、オバマの「Change」の公約に裏切られた怨念から、ブルーカラーに寄り添う擬態をするトランプに票を流した。格差社会の地獄で煩悩する白人労働者層の怒りが、劇的なトランプ勝利を決定づけた。民主党予備選の結果をベースにして、サンダースが出た場合どうだったかというシミュレーションの結果が出ている。興味深い。

c0315619_15161894.jpgそれを見ると、クリントンが落とした中西部の諸州、アイオワ、ウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアを取っている。もともと民主党の牙城であるところの、労働組合に組織された産業労働者が多く住む伝統的な工業地帯だ。ラストベルトを予定どおりに手中に収め、サンダースが圧倒的な数の選挙人で勝利を獲得していた。この試算と仮説は無視できないものだ。クリントンがエスタブリッシュメントであり、白人労働者にとって欺瞞と疎外のシンボルだったから、反クリントンの民意がトランプの選択へと向かったのである。民主党がクリントンを立てたのは失敗だった。サンダースを候補にすべきだった。トランプも泡沫候補であり、サンダースも泡沫候補だったが、米国という国は泡沫候補でも自分の一票で大統領にする。マスコミだの世論だのに左右されない。誰が何と言おうと、自分はこうだと単独で意思決定する。そういうところが米国の美点であり、かぎりなく魅力的なところだ。日本人みたいに空気を読まない。結局、史上最悪の、品性下劣で知性低劣で非常識な男を指導者にしてしまったが、もう少しのところで米国民は社会主義者を大統領に選んでいた。米国の格差社会が想像を絶するものとはいえ、一歩前へ踏み出す米国民の勇気に恐れ入る。

c0315619_15163254.jpgABCの開票特番を見ていたら、トランプ陣営のスタッフと思われる女性の出演者が、嬉々とした口調で、クリントンはフロリダにリソースを投入しすぎたのだと戦略の失敗を指摘していた。フロリダが接戦だったため、クリントン陣営は選挙戦で過剰にフロリダにテコ入れし、そのためミシガンやウィスコンシンが手薄になってしまった。われわれはその情勢を睨み、フロリダは絶対的な自信があったしフロリダで負けたら終わりなので、逆に中西部の州を重点的に回ったのだと手の内を語っていた。つまり、フロリダを捨てていたらクリントンは勝っていたという分析だ。米国人らしく、マーケティングの理論と技術を駆使して緻密にゲームをやり、明快に勝因敗因を分析して公衆の前でプレゼンテーションする。米国らしさが充満した開票の一日だった。ここで思想的意味を考えよう。マスコミやネットでは議論されてないが、今回の結果は、米国の左翼リベラルにとっては、「マイノリティの逆説」とも呼ぶべき皮肉な政治結果だと言える。クリントンの支持層のコアは黒人とヒスパニック、つまりマイノリティだった。予備選でブームを起こしたサンダースがクリントンに負けたのは、マイノリティが結束してクリントンに票を集中したからである。そして、本選では、サンダースを支持したラストベルトの白人労働者がトランプに投票してしまった。

c0315619_15164582.jpg民主党の予備選の結果を示す地図を見ると、白人の人口比が多い州ほどサンダースが勝っていることが分かる。中西部のミネソタとミシンガンとインディアナも取っていた。本選でクリントンから票が逃げた理由は、エスタブリッシュメントだからという点だけでなく、白人の有権者から嫌われたという点を看取すべきかもしれない。これは、今、ネットで言われているポリティカルコレクトネスの問題とも関わるだろう。西海岸のカリフォルニアは、確かに先進的で最も知性の高い人々が居住していて、全米の政治意識をリードしている地域とも言えるが、同時に、米国全体からすれば、異端的で新参者が多く集まっている風変わりな土地とも言える。結果を見れば、意図せず、マイノリティ主義がリベラルの足を引っ張ってしまったと言えよう。もしそのように言えるとすれば、今回の「マイノリティの逆説」の事態は、思想的に大きく二つの問題をわれわれに投げかけていると言えるのではないか。一つは、格差と差別とどちらが第一のアジェンダなのかという問題だ。これは、今、まさに日本の左翼リベラルの中で潜勢的ながら争点になっている問題である。日本での思想状況については、また稿を別にして論じたいが、大きく、経済学の問題が第一なのか、社会学の問題が第一なのか、どちらなのかというプライオリティの問題だとシェーマ化していい。

c0315619_15170519.jpgマイノリティの権利主張・権利回復の問題がアジェンダの第一なのか、新自由主義の格差の弊害を克服することが第一の課題なのか、そういう選択と優先度の問題が政治的に浮上しているように思えてならない。それは、サンダースvsクリントンという対立の構図で象徴化されて浮かび上がった。白人ブルーカラー層vs非白人層という図式でもある。第二の問題は、ポリティカルコレクトネスに関わる問題で、要するに、人として生きるときに、どういう共同体が理想の共同体なのかという問いかけだ。トランプ支持者たちがNHKのカメラに訴えたのは、先祖が長い時間をかけて作ってきた米国のコミュニティがどんどん変化し、嘗ては常識とされた価値観が偏見とされ、悪意のない日常の言葉が非難と排斥の対象にされるという不快感だった。NHK-BSで中山俊宏のインタビューに答えた女性が、多様性と言いつつそのうちみんな同じクリーム色の顔になってしまうけれど、それが本当にいいことなのかという本質的な反論の問題提起をしていた。私を含めてリベラル一般は、ジョンレノン的な理想を持ち、国境のない、国家のない世界を実現すべしと言う。だがそれは、歴史を振り返って見れば、北米や南米や豪州の先住民にとっては悲劇そのものだった。また、20世紀の普遍主義である「プロレタリアートに国境なし」の思想も、実際には恐ろしい帰結を人類史に残した。

生前退位の「お言葉」のとき、天皇陛下は敢えて共同体という言葉を使った。とてもいい日本語で、この言葉には社会科学的な深い意味がある。最近、日本人は共同体という言葉を使わず、その意味を言うときはコミュニティを代用する。天皇陛下に倣って、なるべく共同体を使うように努めたい。人は、どういう共同体で生きるのがベストなのだろうか。新自由主義の矛盾と悪弊が止揚されたときの、日本の、世界の諸国の、ベストな共同体のあり方はどんなものなのだろうか。国境を取り払って移民フリーにするということは、国の主権がなくなり、国の法律もなくなるということになる。世界中が一つの法律の下で動くことになる。それを深慮なく推奨することは、TPPを賛美することとあまり変わらない態度ではないかと、ポリティカルコレクトネスの議論を見ながらそう思われてならない。


c0315619_15174471.jpg

[PR]
by yoniumuhibi | 2016-11-15 23:30 | Comments(5)
Commented by 長坂 at 2016-11-15 23:23 x
全米一リッチなカリフォルニア、実は州内はアメリカの縮図。全体は真っ青だが郡別にみると圧倒的に赤い所が何カ所も。南からはヒスパニック、西からはアジアンが白人のミドルクラスを東へそして州外へ。20年ほど前、夫がブキャナンの熱心な支持者で「バカじゃないか」と思っていたが、今思うとまだ穏健だった。せめてあの頃に取り残されて行く白人達の声を聞いていれば。
民主党はKYすぎ。スティグリッツだかクルーグマンが格差が最も小さい時に国は最も発展すると言っているのに、ピケティやパナマ文書が注目されているのに、女性初の~だもの。
まだ「資本に国境はある」頃、ボートピープルが大勢来た。治安の悪化や納税者負担を懸念する人はいたが、英語のわからない難民が仕事を奪う脅威だなんて誰も言ってなかった。
安定した生活は人を冷静にし、寛容にする。新自由主義は全てをぶち壊す。
Commented by pico at 2016-11-15 23:24 x
左側から世界はなぜ多文化なのかという点について考察する流れが出てきていることを歓迎します。

ヒスパニックはマイノリティではなく、下層市民と言うべきだろう。マイノリティと呼ぶにはあまりにも数が多すぎる。ここで「マイノリティ」と呼ばれているのに相当するのは不法滞在者のことでで、そもそも選挙権もない人たちのことだ。日本で言えばカルデロン一家を思い浮かべる。あの時タガログ語をしゃべれないというミエミエの嘘に賛同し、子どもの権利条約を批准しているフィリピンを子供の教育に適さない土地だと貶めていた左翼やマスメディアを思い出す。それは在特会の躍進を生み出した。
Commented by 七平 at 2016-11-16 08:56 x
下記は今年の2月9日に、私が日本の友人にあてたメールの一部です。今では後の祭りですが、Hilary より Sandersの方がTrump を負かす可能性は高かったと思います。

(1の2)
資本主義のご本尊である米国が、共産主義者や社会主義者を選ぶわけがないとの一般的な考えですが、黒人の大統領を選出した米国です。  共産主義は別として、生活水準も幸福指数も高い北欧諸国は軒並み社会主義国家であることは米国でもよく知られています。 それらの国々ではSandersが推奨する国民健康保険制度や大学での授業料無料は長年に渡り実行されています。 冷戦まっさなかの(1950-1960年)時代には、米国内では共産、社会主義に対する恐怖感、嫌悪感が存在していました。”赤狩り”が横行した時代です。 しかし、 ソ連の崩壊に続き、昨今のロシアや中国が掲げている共産主義は修正共産主義も甚だしく、実際には、共産主義政治と資本主義経済が同居しています。 もはや 共産主義は敗北のIdeology であり、恐れずに足らず、との領域に入っていると思います。 一方、 2008年に起こった、Wall Street を中心にした 世界金融システムを揺るがすような詐欺事件を発端に、経済不安、格差拡大、不平等の根源は ”野放しの資本主義” にある、との見方が強まっています。  あれだけの被害を出しておきながら、会社や銀行がBillons の罰金だけ払って誰一人逮捕者もなく済まされてしまった事実に不満をもっている国民も大勢いると思います。
Commented by 七平 at 2016-11-16 08:59 x
(2の2)
共和党の候補者のDebateは次元が低すぎて、 笑い話のネタにする程度な人間ばかり目立ちます。 私個人としては、 Trump が勝てばよいと思っています。 彼は George Bush 同格の阿呆だと思います。 Primary が終わった頃には Sanders と Trump の比較が両極端に表れると思います。 常識派は Trump の 乱暴さ、常識外れに呆れかえると思います。 従って、 Sandersにとっては、Trump は Debate 等で負かしやすい相手になると考えています。


Commented by ametyan at 2016-11-19 11:14 x
>サンダースなら勝っていた
>今回の選挙の主役は、ラストベルト諸州のミゼラブルな白人労働者たちだった
本当にそうだろうか。
私はトランプ勝利前後から突然報じられはじめた「ラストベルトのプアホワイトの逆襲」というのがどうも胡散臭く感じられいろいろ読みあさってみた。日系米国人によれば、アメリカ現地で建設工事現場で、またハウスクリーニングの仕事で、商業農園の労働者でアメリカ人を見たことがない、という。これらの仕事はすべていわゆる不法移民の仕事だという。(これと同様の構造が日本にもあることは少し観察すればわかる)「仕事がない」という白人労働者はこれらのキツくて低賃金の仕事をやろうとしない、という。仕事がないという白人のかたわらで黙々と彼らがやろうとしない仕事をやってきたプアカラード、プアヒスパニック、プアムスリムがいる。彼らはクリントンのstronger together!(一緒に強くなろう!)に呼応しなかった。そもそも有権者ですらない場合が多い。トランプを大統領にしたもの、それは白人労働者の悲哀なんかではない。TV番組「The Apprentice」でYou are fired!と叫んでいたトランプをミゼラブルな白人労働者が支持してたとはとうてい感じられない。彼らをトランプ支持に押しやったもの、それはトランプの「白人至上主義」「アンチフェミニズム」である。


カウンターとメール

最新のコメント

特定秘密保護法、安保法案..
by 私は黙らない at 04:05
安倍総理の顔が、元気のな..
by はちみつ at 22:18
蓮舫戸籍問題、民進のネト..
by 長坂 at 13:16
>>実はその行動には、唯..
by ポー at 16:20
北欧旅行もあるでしょうが..
by ポー at 16:25
安倍の腐臭を放つ政治に、..
by ともえ at 23:46
フェイクニュースといえば..
by 一読者 at 19:35
公明党山口代表が、憲法改..
by ネット受信料を払うの? at 00:01
元エリート官僚による..
by 七平 at 09:10
19時のニュースで九州豪..
by アン at 00:26

Twitter

以前の記事

2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月

記事ランキング