トランプの勝利と没落白人労働者層の反乱 - 反エスタブリッシュメントの民意

c0315619_17304891.jpg米大統領選の開票を伝えるABCの特別番組を、昨日(11月9日)はずっとテレビで見入った。トランプが注目州のオハイオを制し、長い激戦の末にフロリダを奪って、270人の選挙人を獲得する勝利ラインを固めて行った。今回のトランプの勝利は、ラストベルト(錆びた製造業の地帯)に取り残された、没落した白人労働者層の反乱であり、彼らの悲哀と憤怒が米国政治を動かした「革命」に他ならない。トランプ勝利という衝撃の事態がどうして起きたのかは、11月5日放送のNHKスペシャルが分かりやすく説明していた。オハイオ州北東部にあるヤングスタウンという町にカメラが入り、鉄鋼労働者だった62歳の男がインタビューを受けていた。嘗て作業していた、今は廃屋のようになった工場を案内して説明していたとき、男の目から涙が流れる場面があった。自宅には1人で住んでいて、妻とは離婚、3人の娘は町から出て行き、一家離散の孤独な生活を送っていた。「働くということは金を稼ぐということだけじゃないんだ。一緒に仕事する仲間を守り、家族を守るということなんだ」と、そう言った。8年前には「Change」に期待してオバマに投票したそうだ。おそらく、ずっと民主党に投票してきた典型的な北東部の労働者だったのだろう。



c0315619_17310203.jpgNHKらしい取材と編集で、分かりやすい図式に仕上がっていた。あまりに象徴的な絵作りだから、NHKらしく一部はヤラセも含まれているのかもと疑ったが、真実はこうして分かりやすい物語で説明される。NHKは詳説をしなかったが、きっとこの62歳の元労働者は、工場が閉鎖になって解雇される前の数年間、労働組合で必死になって従業員の整理に抵抗した経験があったのだろう。そのことを思い出して、思いが詰まって「働くということは仲間を助けることなんだ」と、大越健介に向かって激情を噴出させたのに違いない。この男とトランプとは生き方も価値観も全く違う。そのことは本人も了解している。トランプに投票するからと言って、それはトランプの政策に心から期待してのことではないのだ。8年前、チェンジを約束し、ウォールストリートを批判し、米国製造業の復活を公約したオバマ政権が、逆に格差を拡大させ、貧しい者をさらに貧しくさせ、製造業と労働者を没落させたことへの怒りと恨みが、トランプ支持へと反旗を翻した動機となっている。8年前のような変革への期待の一票ではなく、「特権階層の資本主義」とそれを支えるエスタブリッシュメントを破壊する衝動の一票なのだ。諦めた者、希望を絶たれた者たちの、欺瞞と裏切りに対する逆襲であり、デスペレート革命と呼ぶべき動きなのだ。

c0315619_17312372.jpg11月7日に報ステで生中継された放送も類似した内容だった。炭鉱の町であるバージニア州西端のブキャナン郡にカメラが入り、荒廃しきった町の惨状を紹介し、職を失った元炭鉱労働者の声を聞いていた。さびれた町の庁舎にトランプ支持のポスターが公然と貼られ、町長が「この町は見捨てられているのだ」と富川悠太に語っていた。まさに、夕張と同じ光景が広がっていた。アパラチア山脈の山の中の町に日本のテレビが入ったのは初めてだろう。せせこましい山が視界に連なり、平野が狭く窮屈で、町が谷間に沿って伸びている地形は、日本ととてもよく似ている。どこもかしこも雄大で壮麗で豁然とした景観が広がるアメリカらしくない。そこに、炭鉱が閉鎖されて仕事を失い、希望を失った労働者たちが蹲っている。報ステもNHKと同じく、典型的で象徴的なラストベルトの絵を探し、それを視聴者に見せ、トランプ現象の内実を説明していた。今日(11月10日)の朝日新聞にも、同じような基調の記事が書かれていて興味深い。こんな例が上げられている。「ラストベルト(錆びついた地帯)にあるペンシルベニア州レディングに住む年金暮らしのリッチ・ハーゾグさん(68)は、ヒスパニック系への敵意を隠さない。長年暮らす街から工場が消え、大都市から移り住んだ移民が急増した。人口の6割をヒスパニック系が占め、貧困率は4割になった」。

c0315619_17314051.jpg「ミシガン州デトロイト郊外のトラック運転手ロナルド・ミラーさん(50)も、自宅でトランプ氏の勝利に歓喜した。長年の共和党支持者だが、(略)名門ブッシュ家が大嫌いだ。許せないのは多くの若者が犠牲になったイラク戦争だ。『エリートたちは権力維持が目的で、庶民のことなんて気にしない。この選挙はクリントン王朝の誕生を阻止し、エリートから権力を奪い返す革命なんだ。トランプ氏にはワシントンを破壊して欲しい』(2面)。朝日新聞の紙面は、日本のテレビやネットでのクリントン支持一色の議論とは距離を置いて、かなり冷静な観察記事を書いていた。8日の国際面(10面)でも「隠れトランプ」の存在を的確に指摘している。「隠れトランプ」は、世論調査で尋ねられても本当のことを言わないから、数字が報道の表面に出ず、したがって世論調査よりも3-8ポイントはトランプの票が積み上がるという分析を紹介。クリントンが絶対に勝つと予想する、藤原帰一や小西克哉や町田智浩などとは一線を画した慎重な予測をしていた。さらには、徒に国民の分断と対立のみを深めてしまう不具合な政治システムだとして、小選挙区制への懐疑まで米国で出始めていて、中選挙区制でマイルドに調整した方がいいという主張が上がっていることも紹介していた。この事実には驚かされる。まさに、英国のEU離脱のときの国民投票に対する批判と同じだ。

c0315619_17315987.jpg今回の米大統領選は、とても大きな歴史的事件のように思われる。ここから大きく世界が変わるという印象を否めない。これほど大きな転換は、2001年9月に起きた同時テロ以来のことではないか。あのときも、ここから世界が大きく変わるという感想を持った。世界が変わり、日本も変わり、自分の生活にも影響するだろうと直観した。が、それは悪い予感というのみで、具体的にどうなるかは分からなかった。今回もあのときと同じで、将来がどうなるかはよく分からない。悪くなるだろうという予感しかない。戦争になるだろうという暗い感覚はある。トランプは大きな戦争を始め、世界中の人々がひどい目に遭うだろうと漠然と想像する。特にパレスチナの人々については心配だ。メキシコについても心配だ。トランプに期待する意識など欠片もない。けれども私は、今回の大統領選には感動することが多かった。米国の有権者の一人一人が、悩みに悩んだ末に、トランプに一票を入れ、クリントンに一票を入れ、そして投票所で白票を入れている。ラストベルトの没落した白人労働者の嘆きと呻きは、心から共感させられた。また、女性の権利のために先頭に立って闘ってきたクリントンを、ここで何としても大統領にするのだと懸命に応援運動をしている高齢のリベラルの女性の姿にも心を打たれた。

c0315619_17321359.jpgその一方、ウォールストリートの代理人であるクリントンは支持できないと、明確に断言する若いリベラルの女性の言葉も納得できた。一人一人の言葉が重く、メッセージがクリアで、説得的で、民主主義を支える市民社会の主体として十分な質量を持っていた。さすがに米国だと感服させられる。日本と較べて、有権者一人一人の民主主義政治が何と充実していることか。候補者の2人は高齢で、見映えの点で決して魅力的とは言えない。政策討論はなく、この国をどこへ導くかの論争はなく、史上最低と言われる誹謗中傷だらけの選挙戦だった。しかし、米国の地べたの有権者は関心を失うことなく、まさにそこに己の人生を賭けて、必死で選挙に参加していた。マスコミの世論操作に踊らされることなく、逆にマスコミを相手に政治戦を演じていた。ラストベルトのデスペレートな中高年白人労働者も、都市でサンダースを支援したリベラルの若者も、それぞれ立派だと思う。そして、争点が複雑に折り重なる政治の本質が浮かび上がり、グローバル資本主義の終焉とか、米国における都市と地方との対立とか、移民問題とポリティカルコレクトネスの矛盾とか、諸々の断面が見え隠れして考えさせられた。それらを、世界中の人々が追いかけていた。うっすら感じることは、21世紀の本番が始まるということだ。20世紀の世界の枠組みとは違う時代が始まろうとしている。

それは、超大国アメリカが普通の国になろうとしているということかもしれない。


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by yoniumuhibi | 2016-11-10 23:30 | Comments(5)
Commented by 長坂 at 2016-11-10 21:06 x
隠れトランプの中には、トランプ支持と言うとPC(コンピューターじゃない方)をかざして、差別主義者とレッテル貼りされるのに嫌気が差し、ヒラリー支持を装った人も結構いるのでは?教養やモラルが邪魔して公の差別発言は慎み差別を糾弾するが、実は、、、の方がたちが悪い。ビンラディン・ハンティングをスポーツの様に楽しみ、カダフィを殺害させ、ガザを見捨てたクリントンがトランプよりまともとはとても思えない。どこまで本気かわからないが、中露との関係見直し、無駄な軍事介入は避けるって、ちょっとここに期待したい。
思えばアメリカのミドルクラスは70年代後半から怒りっ放し。アメリカが不況なのは日本の不公正な貿易障壁のせい。NAFTA後はマキラドーラが失業の原因。2000年以降は安い人民元と中国の保護貿易が悪い。そして今年はそれらプラス押し寄せる移民と難民が職を奪い経済悪化に拍車をかけてるって。4年後は何だろう?

Commented by tosanoiroiro at 2016-11-10 21:25
 選挙直前に行われたWikileaks、クリントン選対本部長Podestaメールのリークでクリントン大統領候補周辺の醜悪極まりない実態(外国政府から多額の献金受領、リビア・ベンガジ事件の真相、Wikileaks創始者アサンジ氏のドローン爆殺計画、FBI高官夫人への高額献金など。あと安倍政権絡みでは米国でのリニア建設利権なんてのも!)が明らかになったことは無視できないと思います。

 これではFBIの末端が激怒して再捜査宣言するのも当然ですし、多くの有権者がトランプ候補(大統領)の「クリントンは刑務所送りだ」の発言に同意して投票所へ向かったのではないでしょうか。

 残念ながらWikileaksの件についてはテレビメディアでは触れられない禁句と推察します。

 ただ気になるのはトランプ候補はクリントン候補に総得票数で下回っていることで、トランプ大統領治世ではほぼ確実に「実力ある非白人勢力」が冷遇されるのがみえているため、彼らが集中しているカリフォルニア州付近で特に反トランプ運動が激化するのではないかと懸念します。
Commented by さくら at 2016-11-10 22:46 x
「21世紀の本番が始まる」に共感します。TPPが土俵際でうっちゃられたことに安堵する一方で、これから起きるだろう変動へは大きな不安を覚えます。21世紀が、民主主義と国際協調の、稔りの世紀となることを祈ります。
Commented by 七平 at 2016-11-11 02:00 x
(1の2)
選挙中の Trump の暴言をまともに受ける必要は無いと思います。 彼は暴言をばらまく事によって無料でマスコミを見事に操った面があります。 米国の政治家は右手で握手しながら、左手で言葉の平手打ちをするくらい平気です。 それでも、日本の政治家の様に切れない訓練ができています。

ブログ主さんご指摘の通り、選挙結果の決め手となったのは Rust Belt 州 (Pennsylvania, Ohio, Michigan 等)田舎での投票が大きくTrumpに投じられたからです。 Globalization に対する負け組の反動とでも言いますか、その点では Brexitの動きに平行するものがあります。 

加えて、Bush がPrimary であれだけの選挙資金を準備しても相手にされなかった様に、米国文化の背景にDynastyや名家を非常に嫌う風潮があります。逆にリンカーンやオバマ もそうであったように、叩き上げの実力派人物を称賛する傾向が強くあります。国会議員の世襲議員数が40%を超える日本とは本当に対照的です。

私の信条ですが、富と権力は必ず人間を腐敗、堕落させると考えています。 世襲議員三代目等、実力は無いし、骨の髄まで腐っているというのが私の見識です。

いくら国としてのGNPが伸びて、Wall Street が潤い Globalization が経済を伸ばしたと聞かされても、その恩恵を肌で感じられない負け組の人々がたくさんいるわけです。クリントンを選べば現行維持、トランプを選べば既存システムを揺さぶって変革が起こるかもしれないとの期待が背景にあったと思います。


Commented by 七平 at 2016-11-11 02:02 x
(2の2)
今朝、トランプの勝利演説を聞きましたが、選挙中の攻撃的なSpeechとは取って変わって、勝者の演説に変わっています。彼にとって、大統領選もその任務も Reality Show なのでしょう。Businessman かつ Showman ですので Ideology に捕らわれずなんでも彼の得になるならNegotiable で駒を進めると思います。 そういう意味では、安倍晋三と馬が合うかもしれません。むろん、New York育ちのTrump の方が交渉力は数段勝ると思います。

日本の表面的な民主主義と米国の民主主義との目立つ差は、各個人の物事を鵜呑みにしない姿勢、主体性(意見形成)とマスコミの独立性にあると思います。 日本のマスコミはどう見ても政府の広報係の役目しか果たしておらず、報道の自由、強いて言えば、言論の自由が奪われても長い物には巻かれろ、を決め込んでいるようです。日本国民がそんなマスコミを容認しているのか、見て見ぬ振りをしているのか解りかねますが、左右関係無く、日本は ”お上と羊” 国家であると思います。儒教の影響でしょうか? お隣の韓国も似たり寄ったりだと思いますが、少なからず、韓国のマスコミの方が政府の飼い犬になり下がっていないようです。


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