フィリピンにおける左派政権の成立 - 脱米のドゥテルテを支持し期待する

c0315619_16270420.jpgドゥテルテの意味を考えながら、鶴見良行の『バナナと日本人』を読み返した。1982年に出されたこの岩波新書は黄版を代表する名著で、80年代の日本人の教養書として広く愛読された一冊である。大学を出て社会人になった私にとって、その東南アジア論はきわめて新鮮で、魅力的で、『マングローブの沼地で』『マラッカ物語』『ナマコの眼』等々の諸作品を次々と夢中になって貪り読んだ記憶がある。それらの書籍群は、蔵書の中のいわば一等地のところに鎮座していて、この先も地位に変更があるとは思えない。マルクスとウェーバーの方法では東南アジアの島嶼社会は切れないのだと鶴見良行は言っていた。近代主義の方法のこの地への適用では有効な社会科学の成果を得られないから、自分は違う方法を模索するのであり、小舟に揺られ、波間に漂い、海面の低い目線からマングローブの林に接近する視角で対象を考察するのだと言っていた。鶴見俊輔の従弟であり、ベ平連に参加して活動している。またPARCの設立メンバーであり、現在、反TPPで活躍中の内田聖子とPARCの活動の源流を若い人が知る上でも、この本は有意味な情報提供となるだろう。日本の社会科学の古典であり、若い学生には必読文献である。鶴見俊輔は長生きしたが、鶴見良行の方は残念ながら22年前に早死にした。



c0315619_16272444.jpgドゥテルテをめぐる言説について、これまで日本ではあまりに一面的で誤った認識と評価がされていて、そのことが不満でならなかったが、今回の訪日を契機に徐々にマスコミ報道の表現が変わりつつあるのに気づく。これまではマスコミの粗悪なプロパガンダに踊らされ、左翼までがドゥテルテを「フィリピンのトランプ」と呼び、一方的に悪玉の独裁者と決めつけて唾を吐いていた。ドゥテルテの経歴や政策や公約の中身には目を向けず、政治家としての実績や真実を知ろうともせず、マスコミがネガティブキャンペーンで垂れ流すところの、麻薬取締上の人権弾圧に焦点を当て、ドゥテルテを自由と民主主義の敵として口汚く糾弾していた。そうした日本の左翼の軽薄さと単純思考に辟易とさせられる。結論として、ドゥテルテをトランプに擬える表象化は全く不当で、その刷り込みを容認する態度は、米国絶対視のイデオロギー・バイアスに侵された無知と錯覚そのものだ。偏見である。ドゥテルテを正視して同じ類型を発見するなら、そこに置くべきはベネズエラのチャベスだろう。思想、政策、経歴、言葉、どれもよく似ている。すなわち、指導者としてのドゥテルテを概念定義するなら、トランプ型の反人権・暴言癖の独裁者ではなく、チャベス型の第三世界の反米・社会主義のカリスマである。

c0315619_16273844.jpg昨夜(10月30日)のBS朝日の番組では、ドゥテルテが社会主義者であることを - 否定的告発的なニュアンスで - 解説者がコメントしていた。その根拠として、大統領に就任後すぐに、労働法制を労働者寄りに転換する政策に断行した点が挙げられた。調べてみると、CNNのフィリピン支局が書いた記事が検索で引っ掛かかり、フィリピンで問題になっているContractualizationの撤廃について、ドゥテルテが左翼の労働運動団体の要求に沿って選挙公約を掲げていたことが察せられる。Contractualizationとは、フィリピンの言葉で、5ヶ月で解雇できる非正規の雇用形態のことであり、前のアキノ政権によって2011年に規制緩和策として導入されていた。CNNの記事に出てくる労働団体はKMUという名前で、公益財団法人「国際労働財団」によれば、「長年にわたり、政府並びに歴代すべての大統領に批判的立場を取り、共産主義運動を支持する労働戦線とのレッテルを貼られている」と説明されている。おそらく、BS朝日の番組で言われていたドゥテルテによる労働法制の左寄りの転換とは、このContractualizationの撤廃に関する大統領令の発動を意味するのだろう。日本では、法改悪で派遣契約が永久化され、金銭解雇の解禁へと進み、労働法制は緩和(ネオリベ化)の一途だが、フィリピンではドゥテルテがその前に立ちはだかった。

c0315619_16275585.jpgそれと、もう一つ見逃せないのは、日本のマスコミではあまり紹介されない事実だが、8月下旬、武装闘争を続けるフィリピン共産党の新人民軍(NPA)と和平協定を結んでいる。小さな出来事に見えるけれど、意味は小さくなく、ドゥテルテとは何者かを知る上で重要な手がかりだろう。ドゥテルテの大学時代の恩師はフィリピン共産党創設者のジョマ・シソンであると言われていて、この情報も簡単に無視できない。政治家は、若くして抱いた大志と目標を実現するべく、職業としての政治の人生を続けるものだ。高校教師だったドゥテルテの母親は、マルコス独裁政権下のダバオで民主化運動の指導者をやっていて、ドゥテルテはどうやら彼女の思想的影響を強く受けている。ドゥテルテの公約の中に、土地所有制の改革が含まれていることも注目で、特に『バナナと日本人』の読者ならこの問題の帰趨について神経過敏にならざるを得ない。フィリピンにはフィリピンの政治がある。貧富の差は激しく、貧しい庶民が多く、政党制はよく定着しておらず、大統領選は人気取りのポピュリズムの発散形態になる。だが、そこには社会民主主義が確かに息づいて鼓動を続けていて、人々の暮らしが向上してミドルクラスが全体化する国民経済が夢見られ、弱者が権利を持ち、犯罪が少なく治安のよい社会環境と、汚職のない政治の実現が求められている。粘り強く、諦めることなく。

c0315619_16282638.jpg敢えて「フィリピンにおける左派政権の成立」と呼び、前のめりにその意義を強調する言挙げを私は試みているが、そうだとすると、フィリピンでの反米左派政権の出現はきわめて画期的なことだ。昨年9月、豪州で安倍晋三の盟友であったアボットが降板、自由党ながら親中派でリベラルと言われるターンブル政権に変わった。さらに、眼前で動いている韓国情勢が左方向に旋回し、再び左派政権が誕生する事態が出来すれば、豪州・フィリピン・韓国と、アジア太平洋地域に縦に3国の線が繋がる形になり、米国のリバランス政策が完全に破綻する図になる。南シナ海問題は、仲裁裁判所の決定にかかわらず、中国がイーブンに押し戻す形勢となり、米国の「航行の自由」作戦が無意味な状況にならざるを得ない。中国封じ込めの軍事戦略は展望を失った。本来、この作戦はフェーズを上げ、米軍単独の行動を多国籍軍化し、豪州軍と自衛隊とフィリピン軍を艦隊編入して中国軍と対峙、係争地域で牽制と挑発に出ることが狙いとなっていた。そのための日米防衛ガイドラインの策定と日本の安保法制の整備だった。しかし、ここで肝心のフィリピンが中立宣言し、2年以内に米比軍事協定を破棄する意向を表明したことで、対中十字軍からフィリピンが離脱、スカボロー礁および南沙諸島での緊張が消えた。中国軍を相手に軍事衝突を起こす大義名分がなくなった。

c0315619_16284250.jpg韓国では、盧武鉉政権から李明博政権に変わった9年前以降、左派は押されっぱなしで、米韓FTAを阻止できず、労働法改悪が断行され、朴槿恵政権に労組が強権弾圧されて後退するままとなっていた。すなわち、韓国民主主義のリバウンドのエネルギーが相当溜まっていて、支持率20%を切った今は、積年の恨みを晴らす好機だろう。21世紀に東アジア諸国で成立した政権のうち、左派政権と呼ばれたのは韓国の盧武鉉政権だけであり、フィリピンのドゥテルテ政権がそれに続くことを希望する。アジアのチャベスとなり、脱米・反ネオリベの旗手となり、ASEANを社会民主主義の方向に牽引して欲しい。マスコミや世間が、ドゥテルテをチャベスと同じ範疇で捉え、正しく社会主義者と呼ぶようになるのは遠くない将来だろう。さて、われわれははたと気づかないといけない。今年、世界政治に登場して注目と人気を集めた二人のカリスマ的指導者は、二人とも70代の高齢者だが、二人とも社会主義者であることを自認している事実である。もう一人は、言うまでもなく米国のサンダース。よく考えれば、これは驚くべき事象であり、現在のマスコミや論壇のコードとプロトコルを覆す流れであり、次の時代の曙光であると言えるだろう。熱い言葉を持った70代の社会主義者が出てきて、脱グローバリズムを果敢に唱え、新自由主義を克服する理念と構想を訴えてよいのだ。

そういう潜在的実力を秘めた人物は、おそらく日本にもいるだろう。

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by yoniumuhibi | 2016-10-31 23:30 | Comments(3)
Commented by ろうのう at 2016-10-31 20:29 x
アメリカ独立革命の闘士ベンジャミン・フランクリンは
齢69にして独立戦争に参加している。
Commented by 愛知 at 2016-11-01 03:09 x
KMC(フィリピン)のフェイスブック頁を覗いたところ、関西在住の顔見知りの方お一人のみ頁に「いいね」を。新自由主義、米軍、米経済への反発で、ドゥテルテ大統領を支持。一方、言論活動を本格的に再開されたリンチ事件の首謀者には少なからぬ賛同が。久しぶりに『バナナの逆襲』の公式頁も覗いてみたのですが、今も細々と上映が続いていました。「企業価値に損害を与えまたは損なう如何なる行為をも阻止する」という多国籍果実商社の強面のステートメントにもめげずに。現在のマスコミや論壇のコードとプロトコルを覆す(貴下記事より引用)御ブログのアップに心より感謝します。フィリピンへの出張で感じたことなど、書き始めると思いは止められなくなりそうです。
Commented by 私は黙らない at 2016-11-01 13:29 x
もはや「暴言」という言葉は、どこかの国のOligarchyにとって、都合の悪い人物を貶めるための決まり文句になっているようだ。今まで、ドゥトルテを支持してるなんて、家庭外では怖くて言えなかった。
フィリピンと米国の関係を餌を目の前に投げられた犬にたとえた発言に、彼の積年の怒りを感じる。彼を「人権」という言葉で非難するのであれば、汚職にまみれ、もはや麻薬の無法地帯にしてしまったドゥトルテ以前の為政者達の責任はどうなるのか。
一点、少し気になったことがあります。ドゥトルテとトランプでは政治的なスタンスは正反対ですが、トランプを悪玉の暴言王と認識されているのであれば、それこそマスコミの意図する通りかと思います。
それと付け加えたいのは、こちらではサンダースに失望している者も多いということです。あれだけ反クリントンの急先鋒だったのに、その口の端も乾かぬうちに支持者達に「クリントンを支持しなくてはいけない」と言われて、はいそうですか、と言えますか?それでは、まるで、グリム童話に出てくるハーメルンの笛吹のようではないですか。サンダースだったら、グリーンパーティのステインの方がよほど主張が一貫していてよいと思います。
フィリピンのウゴチャベス、どうぞ、身辺にはくれぐれも気を付けてほしいと思う。


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