反ヘイト法成立から半年 - 不安な予感、高江をめぐる言論構図への当惑

c0315619_15453325.jpgいわゆる反ヘイト法の成立から5か月経った。法制定を推進した人々にとっては、この半年はそれなりに満足できる成果が上がり、この法が目的とし理想とする方向に日本社会が変わりつつある時間だったのかもしれない。そのことを示唆する事例は幾つもある。そうした現実に対して水を差すわけではないが、私の中には楽観的な気分とは逆の不安な予感の沈殿があり、それを正直に口に出してみようと思う。1994年の5月に北朝鮮の核開発疑惑の報道を契機として、登下校中の朝鮮学校女子生徒のチマチョゴリが切り裂かれるという事件が頻発したことがあった。同じ事件と被害は、1998年のテポドン1号発射や2002年の拉致被害者「8名死亡」報道の際にも発生している。最近は、北朝鮮が核実験をしてもミサイル発射をしても、この種の忌まわしい事件は起きないが、1994年に起きたときは衝撃だった。なぜ衝撃だったかというと、この1994年という時期は、日本と韓国・北朝鮮との関係が、最も前向きで、まさに未来志向的な空気に包まれていた順風満帆期だったからである。ソウル五輪が1988年、日韓W杯が2002年、河野談話が1993年、村山談話が1995年。坂本義和や下村満子が尽力したアジア女性基金の設立が1995年。そのさなかに、この恐ろしい事件が起きた。



c0315619_15455171.jpg単にスカートを切り裂くだけでなく、髪の毛を掴まれて顔面を殴打され重傷という深刻な被害もあった。今から20年前のことで、私も若かったが、日本社会ではもうこんなことは起きないだろうと思っていたため、精神的ショックが大きかった。今から考えれば、空前のバックラッシュの開幕を告げる狼煙だったようにも見え、そこから右翼マンガの大ヒットと「新しい歴史教科書をつくる会」の台頭と跳梁、石原慎太郎の都知事当選と「三国人」発言、小泉純一郎の靖国参拝と凶事が続いて行く。1990年代後半、金融危機による日本経済崩壊と平行して世の中は一気に右傾化に転がった。弁証法の思考でその現代史の意味を解読するならば、すなわち社会の思想も政治も矛盾せる運動体であって、表出する現象は深層において準備されていたもので、反動は表面の正の動きへの否定として内側で生成されていたという論理的帰結になる。右傾化のトレンドはその後も止むことなく怒濤の勢いで続き、ほんの一瞬、2009年の民主党の政権交代に至る2年間ほどを僅かな例外として、真っ黒な右翼反動が日本の政治と社会を塗り潰すままとなっている。経済のシステムは大きく変わり、人々の意識も大きく変わった。私自身は、今はファシズムの時代だとする悲観的認識が固まったままでいる。昨年、それを変えるチャンスがあったが、残念ながら左が方策を誤って失敗に終わった。

c0315619_15461034.jpg9月3日のETV特集で放送された「関東大震災と朝鮮人虐殺」では、埼玉県の村の自警団長をやっていた父親が、実際に逃げてきた朝鮮人青年を畑の中で取り囲んで殺害した証言を聞いた者を取材していて、それを見ると、きわめて善良で素朴な市井の人々が虐殺の加害者となっていた事実が分かる。しかし、この歴史問題にしても、10年前、20年前は、この国の人々はもっとビビッドに感じていて、深刻に捉え、もっと真実の探求に前向きだったような気がする。今は関心が薄い。関心が薄いと言えば、関連して、2000年代に一世風靡した韓流ブームも熱が冷めてすっかり影を潜めてしまった。韓国料理、韓国のドラマや映画や音楽、そこから派生する韓国観光旅行。日本人の生活に定着したのかもしれないが、興味が集中して市場が回っていた一時期のモメンタムが衰えたことが気になる。その一方、安倍政権になってから4年間、NHKの7時のニュースは定番で北朝鮮の核ミサイル問題の報道を続けていて、週に一度か二度は、大きなニュースがないときは必ずと言っていいほど、北朝鮮の軍事的脅威を話題にして流している。金正恩がまるまると太った顔でギャハハと高笑いする写真を映し、視聴者の反感と憎悪と侮蔑を高める宣伝をやっている。最近は、何やらお笑い独裁者の滑稽なワイドショーのように感じられ、不快や警戒の念を覚えなくなってしまった。

c0315619_15463100.jpgヘイトスピーチの定義が、「他の人種や民族に対する憎悪の表現」だとするなら、このNHKのニュースほど大規模で効果の絶大なヘイトスピーチは他になく、北朝鮮への憎悪と敵意を日本国民に刷り込むプロパガンダはない。オーウェルの「2分間憎悪」そのものだ。しばき隊は、反ヘイト法の施行以来、この法律を武器にヘイト撲滅の作戦行動に精勤しているけれど、柄杓で地面に点々と溜まった泥水を一つ一つ掬い取っている間に、1時間100ミリの豪雨が毎週降り注いでいる情景に見える。大阪のわさび寿司や阪急電車の切符や南海電車の車内放送など、毎日小さな事案を見つけてモグラ叩きに奔走しながら、NHKの国家的プロパガンダのシャワーを見過ごしてしまっていて、国民の内面に植え付けられ増殖し蓄積している反北朝鮮感情の事実を重視していない。自分たちの日々の反ヘイトの浄化努力が効を奏し、日本社会が「差別のない社会」に一歩一歩向かっていると錯覚している。どういうわけか、しばき隊やのりこえねっとの攻撃の矛先はNHKには向かわず、オーウェル的な洞察や危機感に結びつく回路がない。マイノリティの言説や反差別の意識が、脱構築主義の思想を出自とするもので、すなわち社会学的な関心に収斂し、政治学的な国家権力の契機に無関心な性格だからだろうか。その思想的な傾向と属性に関連して、もう一つ、沖縄の高江の問題がある。

c0315619_15465019.jpg今回、7月から始まったヘリパッド工事強行に対して、それを阻止しようとする反対派の側の言説が、「差別」や「差別構造」をキーワードにしている特徴に気づく。さらに、現地で抗議行動する反対派の中で最もビジビリティが高いのが、香山リカや添田充啓などしばき隊のメンバーである事実に気づかされる。沖縄の新聞に安田浩一が頻繁に登場し、あの師岡康子まで沖縄に入って活躍していた。沖縄の反基地闘争が、すっかりしばき隊・反ヘイト系主導のものに編成替えされてしまった風景に驚かされる。私は、沖縄の革新はトラディショナルなもので、東京左翼のように業界化することはないと信じていたので、この状況の変化に愕然とさせられる。高江のヘリパッド問題について、毎日毎日、これは本土の人間の沖縄差別が原因だと強調され、「構造差別」こそが問題の本質だと指摘され、ヘリパッド工事の責任者(加害者)は差別の上に胡座をかく本土の一般市民という総括になってしまった。高江の住民と沖縄に苦痛を押しつける主犯は、安倍政権ではなく、米国政府でもなく、本土の市民だという構図にされた。眼前で進行する高江の問題は、間違いなくその図式と文脈で語られている。差別を自覚し、反省することが第一に求められている。基地を強制する米国の存在はあっさり捨象されてしまった。2年前、辺野古が焦点となったとき、私も座り込みに行ったが、そこにはしばき隊はいなかった。

c0315619_15470806.jpg辺野古の問題について、「差別」や「差別構造」がキーワードになることはなかった。「差別」や「差別構造」の論理から闘争のイデーが導出されるという政治ではなかった。沖縄2紙が、反基地闘争の言論で香山リカや安田浩一を主役にするなど考えれなかった。どうして、わずか2年も経ってないのにこんなに風景が変わるのか。沖縄までしばき隊のドメインにされてしまうのか。昨年のSEALDs運動の影響はこんな遠くにも及んでしまっていて、脱力の現実を突きつけられて嘆息せざるを得ない。外部から有識の論者を呼んで問題を分析し、対抗運動のイデーを組み上げるなら、そこで選ぶべきは、ガバン・マコーマックであり、ジョン・ダワーであり、ピーター・カズニックだっただろう。そうした知識人が選ばれることが、沖縄左翼らしさであり、沖縄の知的水準の高さであり、襟を正して沖縄を見守る姿勢をわれわれに媒介するものだった。沖縄の魅力だった。「差別」や「差別構造」の言説では、いくらやってもヘリパッド阻止にワークする有効な政治理論にならない。その問題提起を前面に押し出して説教することは、結果的に、本土の人間の心理を後ろ向きにさせ、混乱と当惑の気分を与えるだけだ。なぜなら、この言説が政策となって行き着くところ、とどのつまり、普天間代替施設の国内移設候補先とか、米軍基地の応分負担という論理と解決策に着地するからである。「差別」論では、かかる不毛な結論にならざるを得ない。

高江の闘争について、もっと書きたいことがあるが、今回は短く止めよう。朝鮮の「差別」について考えるうち、論点が繋がって広がった。稿の出発点に戻ってあらためて思うのは、もし戦争が始まったらどうなるだろうということだ。率直に言おう。在日のリーダーには、在日の人々の生命と財産を守る責務がある。このことは、決して「差別撤廃」の主張と行動をラディカルにするなという意味ではない。けれども「差別撤廃・反ヘイト」の言葉と態度は、あくまで多数派に認められる要素と条件が必要で、特に中間派を確実に説得して味方にできる仕様でなくてはならない。そして常に、日本人の裏側には表面とは異なる古層の蠢きがあり、その狂気の暴発について注意と警戒を怠ってはならず、リーダーには政治的な慎重さが幾重にも必要だということである。暴力を肯定するとか、暴力による犯罪を身勝手に正当化するなどもってのほかで、厳に戒めなくてはならないことだ。


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by yoniumuhibi | 2016-10-29 23:30 | Comments(2)
Commented by 長坂 at 2016-10-30 10:03 x
カトリック平和協議会主催で、映画「高江、森が泣いている」を見て来ました。ユーモラスなカリスマ山城専治に笑い、蹴られ、車上から力尽くで引きづり下ろされ、首を閉められ、ひき逃げされる住民の姿にすすり泣き。見終わり重い空気でしばらく沈黙。
機動隊を挑発して土人と言わせ、根底にある沖縄差別を浮き彫りにする「作戦」なんてそんな悠長な現場ではない!戦後処理に日米安保、憲法に自衛隊、おまけに深刻で重大な環境破壊とあの小さな村に日米のあらゆる問題が押し付けられている。
不平等条約の地位協定や増額ばかり要求される血税の思いやり予算。アメリカからは日本人全員が黄色い土人扱い"差別"されてるのに、しばき隊はアメリカ大使館に殴り込んでくれないの?ケネディに対する人格否定やストーカー行為はやらないのかな?
Commented by A at 2016-11-04 03:58 x
しばき隊(彼らが肯定する暴力)の虜になった連中はもうだめですね。
何か決定的なことでもない限り精神的にも構造的にも組み込まれてしまっていて離れられないでしょう。
私は彼らが理性的に決別することへの期待はもうなくなりました。


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