55年体制 - 60年安保の市民革命で定着させた戦後民主主義の政治体制

c0315619_16105792.jpg本屋の店頭を覗くと田中角栄の関連本が多く並んでいる。今年に入ってからずっと田中角栄ブームが続いていて、人々が田中角栄の人物と政治に郷愁を感じ、そのリーダー像に強く惹かれている空気がよく分かる。田中角栄に人気が集まっていることの意味を考えたいが、まず指摘したい点は、田中角栄を懐かしく思い、田中角栄の政治に焦がれる心理が、今の自民党の支持率を高くさせ、民進党など野党の支持率を低いところに置いているという事実だ。田中角栄という政治シンボルは、今の安倍晋三の政治やアベノミクスの政策とは原理的に対立して隔絶したものだが、しかしながら、それは過去の自民党政治の表象と繋がり、そのため、自民党は同じ自民党だから、「頼れるのは自民党」という結論に漂着するのである。田中角栄ブームという現象が否定しているものは、ネオリベの経済政策であることは間違いないけれど、それだけでなく同時に、90年代に出て来た民主党が否定されている。四半世紀やってきて何も成果を出さない、国民の暮らしに何も福利をもたらさない、民進党(民主党)が否定され、民進党を媒介したところの「二大政党による政権交代システム」という考え方が否定されている。



c0315619_16122458.jpg田中角栄を懐かしむ気分は、すなわち「昔の自民党でよかったじゃないか」という感慨であり発見だ。確認されているのは、実のところ、山口二郎たちの「政治改革」の実験の失敗と思想の誤謬なのである。この点にポイントを絞って、いわゆる「55年体制」について試論を述べてみたい。結論から先に言うと、55年体制というのは、戦後民主主義の政治体制の別名だ。これまで、55年体制という言葉はきわめて否定的な意味で使われてきた。山口二郎やマスコミやアカデミーによって、ネガティブな意味で言葉が使い回され、前時代の、価値のない、終わった過去のアンシャンレジームとして観念されてきた。わわれわが子どもの頃、55年体制の語はこれほど否定的な意味を帯びておらず、いわゆる「1か2分の1体制」として価値中立的な政治用語だった。だが、山口二郎の「政治改革」を経て、小選挙区制二大政党の時代になり、それが20年以上も続き、現在、「55年体制」は最初から意義を貶められた言葉に変容し、明治時代の人々にとっての「旧幕体制」のような言説になっている。このことは現代人の常識であり、私のような偏屈な者以外は、ほぼ全員が、山口二郎と同じく「55年体制」の語を暗黒の表象として切り捨てる態度で論じているだろう。

c0315619_16124027.jpgどうして55年体制がかく否定視されるかというと、そこに政権交代の契機がなく、半永久的な自民党の一党支配体制で、野党が政権を担う意思と能力のない抵抗野党だった(とされる)からである。この点については、私は一つ一つ細かく反論を返したいけれど、ともかく、こうした属性規定の認識がアプリオリに前提されていて、所与として認めざるを得ない状況になっている。それに対して、山口二郎らが構築した現体制である「二大政党制システム」では、何より政権交代が可能であり、米国や英国やドイツなど先進国と同じ国際標準の政治体制であり、その点で先進的で、55年体制より優れていると断定されるのである。若い世代ほど、「政治改革」以降の、小選挙区制導入の後の現在の政治体制を肯定的に見ているだろうし、55年体制に対して蔑視の見方を持っているに違いない。学校の社会科教育もそう教えていることだろう。だが、私はこのブログを開設して発信を始めた当初から、否、丸山真男のHPを開設した20年前から、その議論に正面から反対し、反論の論陣を張ってきた。基本的に、小選挙区制導入の「政治改革」は、市民が下から声を上げて求めた変化ではなく、われわれが小選挙区制実現を要求してデモをしたことはない。それは上からの「改革」だった。

c0315619_16125429.jpgむしろ、ハトマンダーにせよ、カクマンダーにせよ、小選挙区制は戦後の自民党が憲法改正の実現のために虎視眈々と狙ってきた制度改変でって、憲法を守ろうとする革新側はこの策動に要警戒で臨み、それを未然に阻止する運動を行ってきたものだ。ところが、どういうわけか、80年代末から90年代初にかけて、岩波書店やら朝日新聞が小選挙区制導入論に転向、社会党と共産党を切り捨てる方向に転換、ウェストミンスターモデルの保守二大政党のシステムに改造するプロジェクトを轟然と推進するのである。左側から「政治改革」の旗を振って扇動したのが、山口二郎と後房雄だった。ここで、新しい認識を強く訴えたいと思う。55年体制とは、保守と革新がぶつかった妥協の政治形態だったけれど、同時に、戦後民主主義の人々が作り支えた政治体制だったということだ。戦後民主主義は、45年から47年の揺籃期から始まり、冷戦の激化による逆コースと朝鮮戦争によるバックラッシュの苛酷な時代を経て、最後に60年安保の市民革命の爆発に至り、そこで体制を固めるのである。保守と革新の間で合意ができ、一つの平和的な安定した政治体制ができるのだ。つまり、55年体制とは、戦後民主主義が外化した政治体制であり、日本国民が日本国憲法を体制化したときに掴み取った政治体制なのだ。

c0315619_16131384.jpg45年から47年の、丸山真男的に言えば、三島市民大学の「飢餓の中の民主主義」の熱い時代が最初の生卵の時代で、次に、戦中からの知識人たちが全面講和を主導して活躍した逆コースとバックラッシュの時代が半熟の時代で、最後に、バックラッシュの悪魔の化身である岸信介を60年安保の市民革命で粉砕し、ようやく政治体制を固めて高度成長に向かった時代が黄身が固まった時代である。戦後民主主義は、そのように三段階の時代に分けられる。こうして戦後の日本人が苦難と激動の末に歴史的に獲得した戦後民主主義の政治体制は、形としては「1か2分の1」の55年体制であり、選挙制度は中選挙区制だった。山口二郎たち岩波文化人は、二言目には55年体制を侮辱してこき下ろすのだが、振り返って率直に、55年体制の政治は今と較べてどれほど中身の濃い、実り豊かな民主主義だっただろうかと思う。とにかく、政治家も国民も真剣だったし、確かな信念と言葉を持っていて、今のように軽薄で欺瞞的ではなかった。土井たか子や正森成二のような政治家が多くいた。宇都宮徳馬もいたし、鯨岡兵輔もいたし、伊東正義もいた。投票率は今よりずっと高く、総選挙で70%は当たり前だった。政治家たちは、何より中小企業と第一次産業を大事にした。弱者に目配りした。

c0315619_16132838.jpg亀井静香のような経済政策の立場が、与野党超えて基本的にデフォルトだった。弱い者を守るのが政治の使命だった。中選挙区制の時代の55年体制と、小選挙区制に変えてからの「政権交代可能な二大政党システム」と、どちらが民主主義的かと問われれば、どう考えても前者の方だと言わざるを得ない。55年体制の時代は地域の国民一人一人が力を持っていた。政党も力を持っていた。今は、国民に力がなく、マスコミと米国と霞ヶ関が力を持っている。有権者である国民が政治家を選べず、政治家を育てられない。政治家との接点がない。ある日突然、あなたの選挙区の候補者はこの2名ですと、自民党と民進党(民主党)の候補者が決められてポスターが貼られてしまう。嘗ての時代はそうではなく、中選挙区に立つ候補者については家族まで情報をよく知っていて、職域や地域や血縁等で何らか自分と繋がる関係性があり、右であれ左であれ身近に感じる存在だった。昔の55年体制の自民党がよかったのは、決して自民党が単独でよかったのではなく、左に社会党と共産党がいて、左側から強烈に牽制をかけ、政策を国民寄りに、弱者寄りに、日本国憲法の権利を実現する方向に引っ張っていたから、政権与党もそれに引っ張られていたのである。だから、抵抗野党と揶揄されても、国民にとってはその存在意義は大きかった。

55年体制は、われわれ国民が(われわれの親や祖父母の時代だが)、その手で掴み取ったものだ。60年安保という市民革命を通じて掴み取ったから、その政治体制は民主主義的に機能したのである。民主主義のあり方は、決して米国や英国やドイツのモデルが絶対で普遍的というわけではない。各国の国民が歴史の中で掴み取ってゆくものだ。われわれは、55年体制の意義と評価を完全に間違えていたのではないか。田中角栄への評価を見直しているように、55年体制の評価も根本から見直すべきだと思う。われわれは、山口二郎を捨てるべきだ。

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by yoniumuhibi | 2016-09-30 23:30 | Comments(2)
Commented by 私は黙らない at 2016-10-01 02:28 x
そのとおりです。一字一句、正に、おっしゃるとおりです。二大政党制の成れの果ての姿に日々接している身としては、二大政党制=民主主義の進化形幻想に大いなる疑問を持っています。今の時代、二大政党制は、二大政党独裁とも言ってよく、ある意味、一党独裁より質が悪いと思います。(決して一党独裁がよいと言っているのではありません。)本質的に中身の変わらない二大政党以外の政党が排除される構造は、権力にとってとても都合がよく、国民のつけ入るスキがありません。健康な与党は、健康な野党あってのものと思い知るべきです。実際、55年体制の時代、一億総中流社会といわれた時代、貧困や、格差などという言葉が新聞紙面におどることはなかった。今こそ二大政党制へのアンチテーゼを高らかに謳いあげるべきかと思います。
Commented by NY金魚 at 2016-10-03 13:10 x
◆ ことしの米・大統領選を見ていると、いよいよ二大政党制の崩壊がはじまったのか、という印象を受けます。国会の議員数だけはいまでも伯仲していますが、サンダースとトランプによって二大政党の両方が大混乱させられました。
最近になって共和党支持だった新聞が、トランプを大統領にしないためにこぞってクリントンを支持に転向しています。民主党の方はさんざんサンダースにかき混ぜられたあと、どうやら本命のクリントンが重病で執務ができなくならないかぎり、大統領になりそうな気配です。シリア/イラク/ISと中国を敵に設定した新しい戦争の時代がはじまる予感がしています。いまの二大政党制を維持できればどちらに転んでも戦争がしやすい。守旧派はこの体制を必死で守ろうとしていますが、いつまでつづくのでしょうか。大統領選後にサンダースは新党を立ち上げるでしょう。ジル・スタインの緑の党と、共和党から派生した財政ネオリベでリベラルのリバタリアン党と絡み合った第三勢力に今から期待しています。
◆ このブログに出てきた「ウェストミンスターモデル」という言葉に代表されるように、二大政党制は、英・米・加・豪というアングロサクソンの支配する国で安定しました。親分のイギリスでは、世紀末に勝利した労働党がふたたび下野。かっての二大政党のひとつ自由党が一翼に入ってきました。が、リベラルの労働党でジェレミー・コービンが党首となり、革命的なブームとなっています。
◆ 短絡的ですがこの二大政党制という言葉は、西洋哲学の二元論をイメージしてしまいます。日本の特異な政治状況とは水と油のように融合できないだろうという気がしつづけています。 
さて、日本におけるリベラル新党が、どのように進行するのか。世に倦む日日さんの新構想に、海の向うから小躍りする思いであります。


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